Neetel Inside 文芸新都
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三題噺コンテスト会場
No.31/マナー/石目

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 海岸沿いを歩く一人の老人が、ギラギラと暑苦しい光を降り注がせながら沈んで行った太陽に向かって、心の中でざまあみろと呟いた。
 その老人の頭は頭頂部にまで額が広がり、髪は短く見事なまでの白色をしている。目が細く、常に人を疑っているかのような顔つきなどにより、その老人を知らない人間百人に問えば百人が「頑固だろう」と答えそうなほど、意地が悪そうに見える老人だった。
 ならば顔つきだけが意地が悪いのかといえばそうではないのがこの老人。
 例えば、家で飼っている子供より二周りほども大きい土佐犬を近所の飼い犬にけし掛けたり、自分の庭の中に少しだけ入っている隣家の柿の木を枝の根元から無断で切ったりと、まさに意地の悪い老人なのだった。
 老人が毎日歩く散歩道を歩いていると、いつもは静かな神社が妙に賑やかな事に気付いた。
 今日は、神社が主催する年に一度の祭りの日なのだ。
 土佐犬を飼ったり、趣味で盆栽をやるなど、日本的なものが大好きな老人は祭りに気付き中を覗いてみたくなった。
 中に入ればきっと、昔ながらの出店がずらりと並び、客はみな浴衣や甚平等の和服で着飾っていることだろう。そう考えると、老人の祭りに対する興味が最高潮に達した。
 老人はすぐに祭りに入る事を決断する。
 しかしそんな期待も空しく、道路と祭りの入り口を繋ぐ十数段の階段を上りきった老人はいきなり驚き、腹を立てることとなった。
 祭りに入った老人が見たものは、和服姿の人数を圧倒的に上回る洋服を着た若者達だった。
 なぜ祭りの中で和服を着ないのか。なぜ日本の文化にわざわざ洋服を着てくるのだ。
 老人の頭にはそんなお門違いな考えがどんどんと沸いてきた。
 だが、さすがに捻くれ爺さんといえど、そんな事で喚き散らしたりする程の馬鹿ではない。
 気にしなければどうという事はない。ただ少し景観が崩れてしまうというだけだ。
 老人は自分にそう言い聞かせて、若者達に説教をしたくなる自分を半ば無理やり抑えた。
 なんとか冷静を取り戻した老人は、心行くまで祭りを楽しもうと思い顔を上げる。
 だがその瞬間、老人は自分の目を疑った。
 今度は携帯電話で電話をする若者を見つけてしまったのだ。
 なぜわざわざ祭りに来てまで電話をするのだ。なぜ日本の風習の中であんな場違いな機械を使うのか。耳に機械を当てて一人でぶつくさ話している姿は不気味で仕方がない。なによりも携帯電話はマナー違反だ。公共の場での携帯電話は控えろと散々世間から忠告されているはずだ。それでも携帯電話を使うという事は、ワシに対しての挑発なのだろうか。
 こうなると老人は止まらなかった。
 服装に付いては、あくまでも個人の自由であると考え、なんとか思いとどまった。だが、携帯電話はそうは行かない。
 携帯電話はマナー違反なのだ。服装とは違ってこれはこちらに正義がある。
 老人の暴走はすでにピークに達している。
 携帯電話を使用する若者に説教をするべく、老人は若者に鋭い視線を向ける。
 若者は老人の視線に気付いただけで、なぜか怯えた目つきに変わる。良く見れば周りの客も同じような目つきで老人を見ていたが、今の老人にはそんな事は関係なかった。
 そのまま大きく息を吸い込み怒鳴り声を上げようとしたその時、老人の肩を誰かが掴んだ。
 突然の事に驚いた老人が視線を後ろへ向けると、そこには一人の警官が立っていた。
 警官は老人に向かって早口で声を張り上げる。
「ちょっとじいさん! なにやってんの、すぐにここから出て行って!」
 老人は警官の言葉の意味が飲み込めず、怒りをあらわにして言い返す。
「なんでワシが出て行かなきゃならんのだ! 追い出すならあの携帯電話を使ってる小僧にしろ! マナー違反だろう!」
 額に血管を浮かべ必死に訴える老人を見た警官は、心底呆れた表情をしてこう言った。
「爺さんね……。祭りの中で犬の散歩はマナー違反だよ」
 そう言われた老人は、何も言い返すことが出来ずに、祭りの外へと消えて行き、そのすぐ後に上がった一発の花火を見た他の祭りの客は、今も変わらぬ夏祭りを楽しんだ。


       

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