No.35/不明/不明

当々私は倒れた。立ちあがることはもはや出来ず、地面に横たわっているので精一杯である。
服はボロボロで、もはやただの布切れになっている。周りに人気はない。大体ここ数ヶ月、私
は近くで人らしい人が通るのを見かけた事がなかった。このまま私は独りで朽ち果てるのだろ
うか。

私はずっとこの辺りの警備をしてきた。それが私の仕事なのだ。しかし今ではもう、その必要
はなくなっている。何せ守る物がないのだから。だけど私から警備という仕事を取り上げたら
、私という存在は意味がないも同然なので、認めないことにしている。

ここもまだ数年前には人で賑わっていた。賑わっているといっても、朝や昼の明るい内に人が
点々としていただけだが、とにかく今よりはよっぽどマシだった。
ただその点々としている人達が一箇所に集まって、長い行列へと変わることが年に1度だけあ
った。その日の夜は、人々が手に持つちょうちんの光で辺りは明るく照らされ、また太鼓や笛
の音が鳴り響き、人々の楽しそうな声が常に聞こえる。といった、普段の夜の静けさが信じら
れないほどの明るさがあった。行列は警備中の私の側を通る。通りすがる度に人々は私に礼を
していく。そして、他に警備をしている私の仲間にもいちいち礼をして周るのだった。

どうやらそれはこの村の伝統的なお祭りであるらしい。それが私の唯一の楽しみでもあったが
祭りの行列は年々減っていき、気がついたら行われなくなっていた。
唯一の楽しみが消えたのは残念だが、私は構わず、ずっと警備という仕事をやり通してきた。
しかし、今日ついに倒れてしまったのだ。もう仕事をすることは出来ないかもしれない。

このままじっと地面に横たわっていれば、体はいずれ、土に還るだろうか。それも悪くないか
もしれない…。そう考えた時、私に何か近づいてくるものがあった。人だろうか。だったら、
私のことを助けて欲しい。また仕事がしたい。どうか…。しかしそれは単なる願望で終わった
。その正体は、人ではなく野犬だったのだ。私はさっきとは打って変わって、どうかあの犬が
私に構ってきませんようにと願ったが、その望みは叶わず、犬は私に真っ直ぐ近寄ってきた。

犬はまずふんふんと、私の臭いを嗅ぐ。私は食物なんか持っていないぞ。あっちへ行け。その
時、ビリっと音がした。服が破られた音だった。どんどん破られる。どうやらこの犬は布を裂
くのが好きらしい。私の足が動きさえすれば、蹴りの一つでも入れてやるのに。しかし私にそ
んな力はない。このまま裸にされるまで、大人しく犬に遊ばれるしかないのだろうか。

そう諦めつつあった時、一台の小型トラックが脇道に止まった。トラックの窓からは運転手が
顔を出しつつ、こちらをじっと見たかと思うと、震える声で言う。
「ひひひ、人が、い、犬に襲われている!」
運転手は慌ててトラックから降りてきた。体格のよい青年だった。しかし犬は青年を無視し、
私の服を破くのに夢中になっている。青年は体格の割に臆病なのだろうか。犬からは一定の距
離を保って、手でシッシッとやるだけであった。この青年はアテにならないか。と思ったとき
、突然、犬は私の頭に噛み付いてきた。正確には頭ではなく帽子なのだが。
その光景に驚いた青年は、あたふたしながら手にしていた物を犬に投げつけた。投げた物は私
にも犬にも当たらなかったが、代わりに近くの大きめの石にぶつかり、ガッと小さく鈍い音を
立てた。青年が思わず投げた物は携帯電話だった。

少しの間が空き、ようやく青年は自分がしたことに気がついたのか、みるみる顔を青くしてい
く。そして次の瞬間、「あぁ!!」と叫びながら私と犬に向かって、いや、携帯電話に向かっ
て駆け出していった。何せ大柄な男が、ものすごい形相で突進してくるからだろう。野犬は驚
いて、一目散に逃げていった。青年はそんな事お構いなしに、携帯電話に駆け寄り、故障して
いないか確かめる。特に異常はないことにほっとすると、ようやく私のほうに近づき「だ、大
丈夫ですか?」と声をかけてきた。しかし、返事はない。いや、返せるはずがないのだ。


「あ…。何だ、ただのカカシだったのか…。」


青年はふぅ。とため息をつきながら立ち上がり、辺りを見回す。
「雑草だらけだなぁ、でもここも畑だったんだよな。時間はかかりそうだが…ま、やると決め
たからには、頑張ってみるか。」
青年はカカシを起き上がらせると、カカシの足を地面に突き刺し、立たせた。そして嬉しそう
に話しかける。

「またお前にも働いてもらうから、よろしくな。」
sage