No.8/夏のお祭り/未鳥

君はこんな話を聞いたことがあるだろうか?
それは暗い、暗い夜の道、夏の夜の出来事を……。

少女が夜の道を走っていた。
誰かに追われるように、ただ必死に逃げるように。
後ろを見ても、誰もいない。
ただの真っ暗で無音の空間がそこにあるだけ。
けれど、確かに少女は何かから逃げていた。
どれだけの時間、距離を走っただろうか……、少女はついに座りこんでしまう。
壁に背をつけるように、動けなくとも、注意深く周囲に気を配る……。
それから数分、少女にとっては数秒ほどに感じる時間がたった。
突然、少女の近くにあった公衆電話が鳴り始めた……。
止むことなく鳴り続けるソレを、意を決して少女は手に取った。

「もし……もし……?」
『休んでいる場合かな……? まだ祭りは始ったばかりだぞ……?』

少女は息を飲み、電話を叩きつけるように切った。
息は荒く、逃げるようにその場から立ち去る……。
先ほどまでの疲労なんて知ったことかと……。

「逃げなきゃ、逃げなきゃ……殺される……!」

遠くから犬の雄叫びが聞こえる……。
その数は次第に増し、ついには四方八方から無数に聞こえ始めた。
この異様な光景の中、いるのは彼女は一人だった。
建物に光が灯ることはなく、ただ暗闇の中、少女は走り続けた。

「まだ、死にたくない……。 やりたいことも会いたい人も、いっぱいいるのに……っ!!」

その言葉に呼応するように、更に更にと雄叫びの数は増えていく。
次第に、雄叫びは少女の近くまでやってきた。
背をむけた壁の向こう、今曲った角の辺り……。

「ツマラナイ」

声が届くのが早いか、少女が振り向くのが早いか……。
それとも、少女が死ぬのが早かったのか……。
今まで少女が立っていた場所に、黒い男が立っていた……。
指の先から赤い、赤い滴が落ちた……。

そう、君は知っているだろうか、この話を。

なぜそんな話をするのかって……?

「今夜は君が、餌だからですよ」

暗い、暗い夜の街、光の無い暗い道……。
小さな小さな夏のお祭り。
sage