Neetel Inside 文芸新都
表紙

青春式僕らの恋愛小説。
『ツンデレな彼女の場合』

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其れはとても一瞬で。ソレはとても儚くて。


――――――――――――――――――――――― 


ぱーそなる わーるど。


――――――――――――――――――――――― 


「宮沢和葉ぁー」
「フルネームで呼ぶな田所三太」
「…おまっ……人の事いえねぇ…」

相変わらず二人っきりの放送部部室で、相変わらずの会話を繰り広げる二人。
防音の壁のせいで外からの音は聞こえない。内からの音も外からじゃ聞こえないだろうが。


――たまーにコイツがいなくなった時、一人でココにいると静か過ぎて耳が痛くなるときがある。
                       ………早く帰って来いと思うときがある。

パイプ椅子に腰掛けて、二人は声に出さず相変わらずそんな事を考えていた。
沈黙ばかりでもなく、別段騒がしいわけでもない。ただ時折、冗談みたいな笑い話をする。
そんな仲がどうしようもなくもどかしくて、心地良い。

―――馬鹿みたいだよなぁ。

そう自分を笑ったのは、さてどちらだったか。


「で。何なの?」
パイプ椅子の背もたれに体重を乗せ、背伸びをした和葉は欠伸を一つ欠いて聞いた。
「…………」
その様子を呆れ気味に三太は一瞥し、調子を整えるかのように息を吐いて

「ん。―――いや、な」
先刻の和葉同様、三太も背もたれに体重をかける。
両手を天井へとのばして、そのまま親指と人差し指で四角を作った。


「……?」
自分を怪訝そうに見る和葉を視界に収めながら、言葉を紡ぐ。



「こう―― …この四角の中に収めた風景を、保存する能力って人間にはないのかねぇ……」



部費水増しの為に購入した安物のパイプ椅子が、小さく悲鳴をあげた。



「…………はぁ」
あっきれた。そんな言葉が次に出てきそうなため息を出して、和葉はもたれていた背を起こして三太を見、「で?」と先を促す。

「…で、って…何もないけど」
相変わらずな切り返しに、三太も相変わらずな答えを返し、手で作ったままだった四角を和葉へと向けた。
「……?」
困惑気味の和葉を、四角越しに、みた。






桜季節が美しいなんて誰が決めたんだ。


糊の貼ったブレザーに身を包まれながら、三太はそう悪態をついた。

……あれってさぁ、言わば人間の生殖器だろ。桜も見てもらおうとして咲いてんじゃねぇっのに。
勝手な言い分押しつけられて、見世もンにされて ……パンダじゃねぇのに。

ガシガシと頭を欠いたら、フケが出た。ついでにため息も出た。


きゃっきゃと自身の卒業をはしゃぐ女子の先輩たちを目に収め、
田所三太は人の群れから少し離れた場所で桜を見ながら、年らしからず悟ったようなよしなし事を考えていた。
体育館の出入り口にはキャアキャアと談笑する3年の女子の群れとそれを観察し評価批判を行っている1年の男子の群れ。



正直言って、馬鹿ばっかだな、世の中の男どもは。



今まで女子という生き物に興味を示したことがない人間だからこそ出てくる言葉を、三太はもはや垂れ流し状態の思考回路で考えていた。
卒業式の終った更級市立東中学校の体育館入り口付近はもはや混沌としている。
1年の自分には3年の卒業式なんてまったく関係の無いことなのだけれど、
体育館の異様な広さも合間ってか、立会人として1.2年も卒業式に同行する事になっていて。
面倒臭いだとかだるいだとか其処らへんに転がっている常套句を撒き散らしながら
順調にフラストレーションを溜め込んで行く田所三太君中学校1年生。


舌打ち。


とたん、びゅうと吹いた春風が頬を撫でて、桜の花びらが何十、何百枚と吹き飛んだ。
目の前には、吹雪のような桜。その感じにウッと思わず目を閉じた。
聞こえてくる歓声は、きっとこの舞い散っている花びらに対してだろう。


刹那とも 何十秒とも取れた風がやんで、開きかけた半目の瞳が捉えたものと言えば、


まだ吹きすさぶ淡い桃色の吹雪と――――――………――― 
―――――――――― その中に立っていた、女子の、姿。



それはとても綺麗で。でもどこか悲しくて。
この花びらにかき消されても可笑しくない、そんな虚ろな眼をしていた。

ただ、背筋はピシッと直していて、まっすぐと三太を、
いや、三太の先、女子と男子の軍団を先刻の三太と同じように見つめていた。
わなわなと震えてきた手は、三太の意思に反さず親指と人差し指で四角を作って。彼女に、彼の前方にいた女子に、向けられていた。



それはとても、――― とても一瞬でのこと。


刹那すぎる事で、切なすぎる事で。     





―――――― 一瞬で、恋へと落ちた。







それからしばらくして、自分がその彼女と同じ部活である、と言うことを知った時は驚いたと同時に喜んだ。
さらに言うのであれば、彼女の猫かぶりとその下に隠されたえげつない本性を垣間見た時には ……以下略。






「じゃあ。もしそんな能力があったとして、三太は何を保存するの?」

いつもと違う切り返しに、三太は眼をむいた。
いつもなら『ふぅん』と言う興味なさげな相槌で話題は終了するはずなのに。
それでも何とか返答を考えようとする。もっとも、この混乱した脳ならばろくな事は思い浮かばないだろうが。
それでもよく考えて、馬鹿みたいにそれだけを考えて。
そして到った結論は、その、答えは。――― 案外簡単なものだった。



「んーと、な。多分、お前」
言い切って笑顔。

「……はぃ?」
言い切られたほうは呆れ顔 + まだ良く分かってないみたいで。だからもう一度。






「宮沢和葉。お前の表情保存する。」






ひっそりと。子供が秘密ごとをバラすみたいに、耳元で囁いて。


「んじゃ、俺は帰るわ! まった明日ッ!!」
最近やっと座りなれてきたパイプ椅子の横に置いてあった自分のかばんを無理矢理にひったくり、捨て台詞を吐いて、


逃げた。


「なっ、なっ、なぁ!!!」
だんだんと赤くなっていく和葉の顔を見ているのも楽しいだろうが、今はそれ所ではない。



こっちだって、恥で死にそうなくらいなんだっの。



そんな事を思いつつ爆走した廊下に




「フルネームで呼ぶなぁ! 田所三太ァ!!」




と、どこか論点のずれた叫び声が響いたのかどうかは、定かではない。





       

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