Neetel Inside 文芸新都
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インステッド
1話

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 断じて学校に行くべきではなかった。

 しかし祐一は、ごくまっとうな……いや、そう言うといささか語弊があるが、少なくとも予知能力者では無かったので、その日起きる惨劇を回避するすべが無かった。

 いつもどおり祐一は遅刻瀬戸際のギリギリ感を楽しみながら、もはや回復の予知すら伺えなくなったねぼすけの従兄妹と朝の登校を全力疾走で終えたばかりであった。

「おっ……相沢か。いかん、急がねば」

 クラスメイトの北川が、朝一で無礼な言葉を吐いた。

「失礼なやつめ。たかが妖怪アンテナのくせに……」

「妖怪アンテナって言うなーっ!!」

「あははは……バーカ、バーカ」

 どうやら、北川は自分の髪型を気にしていたらしい。いつものように児戯に等しいやり取りが行われる。

「北川、それは意図的なものなのか?」

 祐一は、問題のブツを指して問い掛ける。

「いや……違う」

 いくらか沈鬱な面持で、北川が答える。

「じゃあ、なんなんだ?」

「……聞いてくれるか。実は、俺人間じゃないんだ。そう、俺は太古の昔からこの星に栄えてきた幽霊一族の末裔……」

「なんだ、やっぱアンテナじゃん。しかも元ネタ、鬼太郎夜話?」

「元ネタとか言うなーっ、この話は親父に聞いたんだーっ! 俺は誇り高き幽霊一族の末裔なんだーっ!」

「……はあ、北川君。馬鹿?」

 低血圧なのだろうか、香里は生活に疲れきった顔で侮蔑の言葉を吐く。

 よほどショックを受けたのだろう北川は、みっみさかぁと彫像のように立ち尽くした。

 夜のお勤めは辛いのだろう、そのうえ毎日学校に欠かさず登校するなどなんて頑張りやさんなんだろう……そんなことを考えながら、祐一はこぼれて来る涙をそっと押さえた。

「……相沢君。何泣いてるの?」

「……いや」

 祐一は香里から視線を逸らす。

「それにしても香里。なんだか今日はやけに疲れてる顔してるな、不眠症か?」

 香里は血走った眼をすぅ、と一瞬細めそれから

「相沢君!! あなたのせいよ!」

 と言い放ちながら、カッと開けた。

「おっ、落ち着けって……なんで俺のせいなんだ?」

「栞があなたに『最高のお弁当を作るんですぅ』とか言って、無理やりあたしに手伝わさせたのよ。……おかげで寝たのは明け方近く」

「あっはっはっはっ。そら、災難だったな」

 香里の中の何かかがプチッと、小気味よい音を立てて切れる。

「笑い事じゃな――い!!」

 香里はよほどその笑い声が癇に障ったのだろうか、祐一の口の中に手を突っ込んで左右にびろ――んと広げた。

「いっ、いひゃい、おひ。かほひ、ひゃめろって、ひゃやめろ!! しゅいまへん。きゃほひひゃま、ひゃめてくらさひ。(訳:やめろ、やめやがれっ! このラーメン頭! 終いにゃ×××に俺のピー突っ込むぞ!! ちなみに大抵心と体は裏腹な物です)」





 ぜいぜいと、荒く息をつく二人。

 はあ、あたしってば朝っぱらから何やってんだろ……香里はうっすらと額に徒労の汗をにじませながら、深く後悔する。

「無駄なカロリー消費だお~」

 今まで出番の無かった名雪が言う。

「「お前は(あなたは)黙ってろ(てて)!!」

「うにゅ」

 二人のユニゾンが、朝のラッシュ時の下駄箱内に響き渡り、幾人かの生徒は、なんだなんだと興味深そうに視線を投げかける。

 それに気付いた、いわゆる常識人を気取る香里は、さっと羞恥で頬を染めた。

(なんで、朝っぱらからこんなに恥ずかしい思いしなくちゃいけないの? うう)

「とにかく、相沢君。昼休みは栞がお弁当持ってくるから、残さず食べきるのよ」

「ぐぁ、またあの人外魔境のレベルにチャレンジするはめに……そのうち胃拡張になってしまう……」

「大丈夫よ。胃薬あの子、持ってきてるから」

「そら、ずいぶんと心強い」

 祐一ははあ、とため息をつく。

「まてよ、ということは……」

 祐一はなにか新しい遊び道具を手に入れた子供のように、目をらんらんと輝かせ、香里の顔をじっと見つめる。

「なっ、なによ」

「そのうちの弁当の何割かは、香里が作った……てことだな?」

「はう、ま、まあそうなるわね……」

 祐一はふんふん鼻歌を鳴らし、口の端をにっと歪めてみせる。なにやらチンピラみたいだわ……香里はそう思った。

「なっ、何が言いたいわけ!!」

「べっつに~、さあ今日は香里の手作り弁当が食べれるぞ~! 一日頑張るぞ~!」

 そう叫びながら祐一は右手を天に突き出し、おおと声を挙げる。名雪も半分糸のようになった目で、だお~と雄叫びを上げた。

「ちょっ、ちょっと! あたしは少し手伝っただけで……」

 香里はこのとき祐一の真意に気付いた。あからさまにからかっている。マズイ……このままでは今日一日笑いものにされてしまう。しかし、時は嘆いても、もどす事は出来ない。香里は再び己の不運を呪った。

「う~、そろそろ行かないとまずいんだお~」

「「忘れてた!!」」

 祐一と香里は顔を見合わせ、叫んだ。

「まっ、続きは教室でって事で……」

 祐一は余裕の表情で、革靴を脱ぎ(なんと、まだ履き替えていなかったのだ!)上履きを取り出そうと、靴箱をひらく。

「あれ?」

 ひらりと、一枚の紙片が舞い落ちる。

「どうしたんだ、相沢?」

「ぐぁ、いきなり飛び出してくるな北川」

 いつの間にやら復活したのか、北川に突然声を掛けられ、祐一は咄嗟に紙片をかくす。

「いや、なんだか手紙がさ……」

「おっ、おっ! ラブレターか? 憎いねこんちきしょー!」

(……こいつ、どうしても事を荒立てたいのか!?)祐一は北川に殺意を覚える。

「らぶ!?」

「れたー!?」

 その言葉を聞いた耳ざとい名雪と香里はずんずんずんと地響きを立てながらにじり寄ってくる。その表情に祐一は冷や汗が、背を伝う。

「祐一、命が惜しかったらわたしに見せようね?」

 にっこりと微笑む名雪。

「相沢君。よこしなさい」

 抑揚を付けずに香里は言う。

「ちょっ、ちょっと待てよ!? 何でお前らにわたさにゃならんのだ? プライバシーの侵害だぞ!!」

「うー、そっそれは……とにかくわたしは従兄妹として、祐一が変な女に引っかからないように見守る権利と義務があるんだよっ!!」

(……変な女にならもう引っかかってるぜ)

 口が裂けても云えない祐一だった。

「それなら、香里はどうなんだ?」

「あっ、あたし……あたしはクラス委員として文句あるっ!?」やや、頬を染めながら。



「そんな、無茶苦茶な!」

「――――――文句ある?」



 ――恐怖。

「全くありません。ビタイチ!!」

 祐一は腰抜けだった。

 しぶしぶ祐一は紙片を取り出す。その手紙はパステルピンクで彩られ、封には大きなハートマークが糊付けされていた。

「……ハートマークね」

「……ハートだな」

「う~、はとまーくだお~」

「よっ、相沢の旦那!? 憎いね! このやろっ!」

 一瞬後北川は香里のナックルで物言わぬ肉塊と化した。名雪は「うあ……」とか言いながらも介抱するそぶりも見せず、ただ遠くから眺める。

「いまどき、はーとまーく何て正気じゃないよ~。絶対危険な女だお~」

「そうね。時代錯誤もはなはだしいわね」

(おまいらのほうが危険じゃい)

 祐一はそう腹の中で毒づくと、手紙を開けた。

       

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