Neetel Inside 文芸新都
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PACE MAKER
Pace.01 Boy's Side

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      Boy's Side





『昨日、僕は桜美綾香に告白された。』


 梅雨時、7月前。蒸し暑い中、少年は自転車で坂を駆け上がる。
 起きたばかりか、それ以外の理由からか。ややその瞳は虚ろ気だ。
「……はぁ」
 ため息一つ、少年は後悔する。
 眠れずに徹夜してしまったこと、朝食を取らなかった事もそうだが。昨日答えを返せなかった事を悔やむ。
 自分はどうして応える事が出来なかったのか。応えてやれなかったのか。
 時には自分で自分を罵ることもあった。酷い奴だ、と。
「……」
 頭を軽く振り、そんな考えを打ち払う。思考を切り替え眼に活力を取り戻す。
 そう、今は登校中。学校へ遅刻せずに着くのが最優先。
 そしてクラスに何時も通り、馴染めるように。
「――っしゃ」
 軽い気合の声を唇から漏らし、海野は勢い良く坂を駆け上った。

 頭から、後悔の念を振り払えぬまま。



 何時もと同じ様にクラスに入ろうと、教室前で立ち止まり深呼吸。
 覚悟を決めて、扉を開けた。
 開けた先には何時もの風景、談笑に励むクラスメイト達。
「お、海野おはようさん」
「おはよう」
 変わらぬ挨拶を知った顔を交わす。何時もの風景だ。
 自分の席に着き、鞄を降ろす。中から教科書を取り出し机に突っ込む。
 ようやく落ち着き、クラスを見渡す。
 桜美は友達と談笑中。こちらに気づいているのかは判らない。
 ふと、ここで一つの事に気がついた。
「……なんだ、孝也は今日も遅刻か?」
「ああ、まだ見てないな。大方遅くまでエロ度満載の深夜アニメでも見てたんじゃねぇの?」
 そうだなと相槌を打つと、廊下から激しい足音が聞こえてきた。
 二人は顔を見合わせ、苦笑する。噂をすればなんとやらである。
 そして音の元凶が教室の扉を開いた。
「セーフ!ギリギリセーフ!」
 教室に飛び込んでくる遅刻常習犯の山城孝也。
 そんな山城に一瞥くれると、海野は呆れた声を投げかけた。
「……お前さ、もうちょっと静かに登場できないのか?」
「おお、真矢か。見てくれ今日も素敵にギリギリセーフだ」
 素晴らしい笑みを浮かべ海野の方へ歩み寄り、そのまま隣の席に腰を降ろす。
 鞄を机のサイドに引っ掛けると、すぐに机に突っ伏した。
 そして軽く右手を上げ、
「じゃ、俺寝るわ」
 それだけ言うとぱたりと反応が無くなった。ホームルーム直前だが本気で寝るつもりなのだろう。
 呆れ肩を竦めると、すぐに担任が入ってきた。
 ホームルームが始まる。自分も寝ていないので眠たいが、こうはならぬようにと気合を入れる海野。
 と、着席の合図と共に起立の号令に従いもしなかった山城が呟く。
「――お前、昼休み屋上こいや」
 その意図が読みきれず、山城を見ても反応は無い。突っ伏したままだ。
 その後、意図を読みきれぬまま一時限目が始まる。



「く、そ……重たいなこのっ……!」
 昼休みまで、何も変わる事の無い日常が続いた。
 案外悩みとは日常生活で忘れられるモノだ。――と錯覚する。
 本当は、今でも胸の奥で悩み続けている自分が居るのに。それを否定して。
 そんな感情を殺しながら、海野は妙に重い屋上の扉開ける。頑丈な鉄の扉だ。
「お、おお、開い――」
 ギィィィ……と鉄の扉が開いていく。
 必要最低限だけ開き、中へ身を滑り込ませ、
「――っつぅ!?」
 何者かによる攻撃を受けた。
 痛む右腹部を抑え、扉を閉めると足元にはゴム製のボールが。コンビニで売っている様なタイプの物だ。
 そして視線を上げると、仁王立ちでゲラゲラと笑う山城の姿。
「……なんのつもりかね、孝也クン。態々呼び出して僕に喧嘩の押し売りかい?」
「うるせーよクソったれ、とにかくこっちこい」
 ボールを拾い、投げ返してやりながら山城の方へ。
 二人してフェンスに持たれかかり座り込む。
 同時に溜息を付き、先に口を開いたのは山城だった。
「それで、何を悩んでるんだ」
「―――」
 顔に驚きを表す。そんな海野を苦笑し山城は続ける。
「俺達腐れ縁だろうが、それくらい判るっての」
「……判ったよ、白状する」
 意を決し、悩みを言葉に出す。
「――桜美に、告白されたんだ」
「……で?」
「で、って……それだけだけど」
 一瞬場の空気が凍る。
 やや間をおいて、呆れた声で山城が応えた。
「……お前はどうなんだよ」
「桜美に告白されたのは純粋に嬉しい。僕なんかでいいのなら付き合いたいと思う」
「なら付き合っちまえよ、好きなんだろ?それだけで十分じゃねぇか」
 その言葉に僅かな怒りを覚え、海野が立ち上がる。
 声を怒気を含み、眼は怒りで歪み、想いを目の前の友人に曝け出す。
「そんな簡単に言うなよ……!お前だって知ってるだろう!アイツは――!」
「知ってるよ。細かいことまでは知らんが心臓病なんだろ。
 ――で、お前は心臓病の娘とは付き合えませんってか?」
 山城は冷静に、痛い所を突く。怒りで猛る、しかし力の無い瞳を見つめ。
 そう、桜美綾香は『心臓病』だった。
 担任が入学当初に桜美同意の下、全員に発表して周知の事実だ。
 いつしか右手はフェンスを握り締め、その部分だけを僅かに歪ませていた。
 山城の言葉が胸に突き刺さり、その落ち着いた態度が逆上させる。
「違う!そんなんじゃない!」
「じゃあなんだ、言ってみろよ」
「……!」
 また、喉から言いたい事が出ない。
 しかし、今度は違う。
 後悔しない為にも、声を搾り出す。
 ボロボロな自分の、精一杯の声を絞り出す。
「……僕なんかで、本当にいいんだろうか」
「向こうが良いってんだから良いんじゃねーの。
 正直お前のどこに惚れたのか、俺には良く判らんがね」
 攻撃的だった瞳が、力を失う。
 フェンスに持たれかかり、腰を降ろした。
 空を見上げてみると熱くなっていた頭が段々冷えていく感覚が妙に心地良い。
「何かあればお前が守ってやりゃいいだろ。
 好きとか、嫌いだとかに病気のコトを持ち出すのはサイテーな奴のする事だ」
「―――」
 無言で返す海野の両肩を、強く掴んで自分の方へ向きなおさせる。
 逃げられぬ様にその瞳をじっと見つめ、山城は問うた。
「――もう一度聞くぞ、お前はどうなんだ?」
「……僕は」
 虚ろだった瞳に光が戻る。
 もう迷わない、そう心に誓おう。
 海野は誓いを胸に言葉を紡ぐ。
「僕は、桜美が好きだ」
 その言葉に山城は頷き、親友として声をかける。
「そうか、ならいい」
 短くそれだけ告げると、屋上を後にする。
 海野に背中を向け軽く右手を上げると扉を開き、姿を校舎の中へ消した。
 もう一度空を見上げる海野。
 雲は出てるが、良い天気だ。梅雨時なのに雨の振る気配も無い。
 暫くそうした後、短く呟く。
「もう、迷わない」
 空はどこまでも澄み渡る、蒼だった。

       

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