「――っ、酷い有様だな。だが、そうか……そういうのも悪くはないな」
ランスはハルバトを見据えてユウト達の前へ出る。
「君がいればハルバトでも勝算はあると思ったんだが……。
まぁ、君ら二人が逃げるまでの時間稼ぎくらいなら僕がなんとかするさ」
じりと砂を蹴るランス。続いて半透明の球体も出て行った。
「あいつ一人で何とかできる相手じゃない……」
「うわあっ――」
ランスは魔法を繰り出したが、それを突き破る威力で翼に殴打される。
時間稼ぎの間に逃げろと言うが、あれではすぐに殺されてしまうだろう。
『まだ愚かな人間がいたとはな……そうやって私に盾をつくことが、どういうことか教えてやろう』
「へえ、喋るのかい」
ハルバトはついに空へ出た。円を描くようにランスの上空を飛び始める。
ランスは起き上がると、ふらふらとした足取りで空を仰いだ。
『私の風切り羽は風だけを切り裂くのではない』
ランスの足下に突如亀裂がはいる。
「?」
ユウトは駆けだすしかなかった。
アリスを置いて、ただランスが死ぬことだけを防ぐために。
――ズン、ズン、ズン。
一定のリズムで加速していく、地面に穿たれる深い溝。
まるで突然地面が消えていくよう。
その数は深さと数を徐々に増していき、ランスがそれに気づいた時にはもう逃げ場がなかった。
『死ね、愚かな人間』
「イクラ! 逃げろ」
ランスは魔法で使い魔を吹き飛ばす。
一カ所に集中していく無数の『見えない斬撃』。
ハルバトは翼とわずかなマナによって空気を刃に変えていたのだ。
「ぐあああっ――――」
ずばずばと肉の切り裂かれる音と、血沫はランスのものではなかった。
それを代わりに受けたのは使い魔だった。
「な、ユウト……お前っ」
腕と脚は骨が見えるほど切り裂かれ、背中に無数に浴びた斬撃はユウトの肺と腎臓を深く傷つけていった。
ランスにはゆっくりと血潮を飛ばして倒れるユウトが見えた。
恐らくはこの中で誰よりも強かったはずの男が地面に伏す。