「(どうも、上手くないわね……)」
スーシィの胸中では、ここのところアリスが徐々に余裕を見せなくなってきているのを感じていた。
甘えたくないという思いが強すぎて、エレメンタルに固執していることも理解していた。
だからこそ、スーシィは自分が上手くないと思う。
あの時、強引にやめさせる事も出来たのに、もっと簡単にアリスに悟らせることもできたはずだ、と。
走り出していったアリスをユウトは途中で見失っていた。
「そうだ、アリスの部屋に行ってみよう」
部屋にいなければ、本当にどこにいったかわからない。
ユウトは祈るような気持ちで扉をノックした。
「……――空いてるわ」
アリスの声は力無く聞こえてきた。
良かったと安堵すると同時に緊張もして、声を強ばらせる。
「入るぞ」
カーテンが閉められたその部屋は、昼だというのにうす暗い。
ベッドの中にアリスの気配はあった。
「……」
ユウトはベッドの横に立つと黙って後ろを向いた。
「いいのよ、私のことは気にしなくて……それと、もう庇うようなこともしなくていいわ」
掛け布の中から突き放すような言い方にユウトはむっときたが、それも一瞬だ。
「スーシィにああ言われたからか」
「違うわ、ずっと思ってたことだもの」
「――アリスはどうしたいんだ? 誰の助けも借りないことが、本当に正しいと思ってるのか」
「ええ、その通りよ。
私に必要なのは私一人だけの力、私だけの力で最後まで生きられる力よ」
ユウトにとってそれはかつての自分を見ているようだった。
暗澹とした奥から聞こえる確かな声色にアリスの本心が伺えた気がした。
「自分だけで生きていれば、誰にも迷惑を掛けないとか思ってるのか」
「そうよ、何が悪いの。みんな私に構い過ぎなのよ」
そう言ったアリスの声色はわずかに変化した。
「いい加減にしてくれ……じゃあ何で魔法なんか習ってる。
魔法は人々のためにあるものだろう」
ジャポルや学園の中で時折あるのは魔法で人の利便を図ったもの。
それらは相違わず人の為に存在する魔法だ。この世界にとって魔法とは生き得るための知恵でもあるのだから。
「……」
ユウトはかつて言われたことをそのまま言った。
「力はみんなを守るためにある。
もし、自分の為にしかならない力があるとしたら、それは孤独を生む破壊の力――らしい」
「――そうよ、壊したい」
「――え?」
アリスは小さく捻るように紡ぎ出す。
「私、自分を壊したい……、かけられた魔法を無くしたい……全部、無かったことにしたい」
その言葉が潮となったのか、せき止めていた洪水が溢れるようにまくし立てた。
「こんな魔法があるから私は――あぁっ、あの男が私から全てを奪ったっのよ――うぅ」
それは嗚咽か叫びか、まとまらない言葉がユウトの胸に暗い念を落とし込む。
ユウトは布団を剥いで中で震えているアリスを抱き留めるしか思い浮かばなかった。
「ごめん、アリス。何も知らないで勝手なことを言った」
こういう形で聞くことはしたくなかったと、ユウトの中で後悔が渦巻く。
ユウトの胸に顔を埋め、背中を掻くようにしてアリスは続ける。
「こわしたい、壊したいのよ全部。私――う、っ、私は殺したい奴が、っいるのよ」
支離滅裂なアリスは泣き出し、ユウトの胸を染めていった。
「ずっと、そう思ってこの学園にいたのか」
わずかに揺れる頭がそうだと告げている。
だとすればそれはどれだけの孤独の時間だったのだろうか。
アリスのそれは、ただただ真っ直ぐな復讐心だった。
そしてそれが生まれたのはアリスが四歳のときにまで遡る話しだった。
「……私、今の親戚に引き取られるまでは貴族の家系だった――」
赤く目を腫らしたアリスはぽつりと言った。ユウトは今ではなくても良いと言ったが、アリスは話したいと続けた。
その貴族は、農家一帯の地主であった。
幼いアリスには既に許婚が存在し、魔法とは無縁に近い生活を営んでいたという。
「ある日、ふと目が覚めると冷たい風が流れていて……」
風は廊下から流れていた。
嗅いだこともないどこか据えたような臭いが、アリスに尋常ではない屋敷の雰囲気を伝えた。