「……あやまってよ」
青い杖は男の方を指して、ルーシェは垂れた眉をわずかに上へつり上げていた。
対する上級生の側は男のメイジ。
両腕と両足が地面から生えた氷の柱に捕らえられ、高さ十五メイルほどのところでつり上げられている。
状況は一方的で、どういう経緯があったのかはわからなかった。
しかし、男は余裕の表情でルーシェを見下ろして言った。
「へ、嫌だね。二つも下の下級生に何で二年である俺が謝らなきゃならねえんだよ」
ルーシェの眉がひくりと動く。
「じゃ、この決闘で謝るか死ぬか、選ばせてあげる」
ルーシェはそう言うと、一言の元に目に見えるほどの白い冷気を男の足下へ放った。
そこから出でたのは剣山だった。氷の針山が一メイルほど生えてくる。
広さにして丁度いいところで、ルーシェは勢いよく別の魔法を放つ。
ガラスが割れたような音と共に男の両手両足のうち片足が解放される。
「なんだ? 脅しのつもりか?」
普通に落下すれば下で待ち受ける尖頂に身を埋めることとなろう。
しかし、落下する前に懐からスペアを取り出し、レビテーションかフライを使えば滞空することができる。
男は余裕の微笑のまま、様子を見ていた。
がきゃん。という音と共に残った脚が解き放たれる。
両腕で宙づりになった男は、
次に片腕が外れたらスペアの杖で下にいる下級生にファイアインパクトを放つか、
ニードルクラッシュを浴びせるかと迷っていた。
下級生だと思って油断していたと、男は胸中に思う。
男が再びにやけると、ばきりと左腕に纏わり付いていた氷が砕けた。
右腕に全身の体重がのしかかる。
男は胸からスペアの杖を取り出すと、ぶら下がるようにして杖を振る。
「Flables explizt!(爆発の火)」
しかし、何も起きない。しんと静まりかえった辺りが一瞬止まったかのように思えた。
「ここにあるマナは全部吸収しちゃったから多分ムリだよ」
男の顔は一瞬歪んで、もう一度杖を振り上げる。
だが、自分の体にいくらかのマナもないことを感じ取りそこで動きは止まった。
「はは、嘘だろ……チャームか何かで思い込ませてるだけだ」
「嘘じゃない。どうするの、謝らないの?」
マナドレインなど、生徒どころか普通のメイジは使えない。男は格の違いとプライドの狭間で揺れていた。
「…………」
パキパキと音を立ててひび割れていく最後の支え。それが消えた時、男は下で待ち構える剣山に血の花を咲かせていけられるだろう。
「ルーシェちゃん、やり過ぎだよ!」
光りの枠の外から違う女の子が叫ぶように怒鳴った。
おかっぱ頭からくりんとした目をつり上がらせて、頬を膨らませている。
「ミス・モラティン。喧嘩の決闘であろうと、下級生が上級生に行う決闘は真剣勝負です。
対戦者への口出しは侮辱行為として厳罰対象になりますよ」
目立つ黒光りのマントの女子生徒はそれを聞いて意気を失う。
「そんな……」
リングを挟んで内側、ルーシェは彼女たちのやり取りを意に介することもなく、男のなり行きを見守っていた。
「……わ、悪かった。俺の負けだ、許してく――」
ミキミキと支柱全体に亀裂が入り、ついに男のそれが宙に放り出される。
「っうわああぁぁ――」
男は魔法で浮くことも飛ぶこともできないまま、氷の槍に向かって一直線に吸い込まれる。
白いリングが解かれると、直ぐさま男はレビテーションに掛けられた。
同時にどこからともなく攻撃魔法が下の針山を吹き飛ばす。
またも命からがらといった勝負で、周りの生徒たちはルーシェの画然とした強さに息を呑んだ。