Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      


「ハッ!」
 裏庭の一角でユウトは久々に大剣を振った。
 ゴウ。という音が空気を裂き、地面の草が揺れる。
 寸分狂わず振れる剣。ユウトの身の丈ほどもある長さに、寸胴の刀身はユウトの胴ほども太い。
「ハッ!」
 斜め上へ空を指すように振り上げる。
 ごうと掻き上げる空気は木の小枝を揺らした。
 片手でそれを回すと、肩に通してあったベルトへその大剣を放る。
じゃきっと小気味よい音を立ててユウトの体がわずかに沈んだ。
 死の使い魔という異名をもつ使い魔、ユウトはここにようやく戻ってきた。
「…………」
「ユウト! あんたまた勝手に部屋を抜け出してたのねっ!」
「えっ?」
 振り返るとアリスがいた。
 正確には寝間着のすけすけな服で扉の間から身を乗り出すところだった。
「うっ、寒い……」
 杖も忘れたまま飛び出してきたのか、アリスはユウトに叱咤する。
「どうして、部屋でじっとしていられないの? リースと違ってあんたの場合は見た目の取り柄がないからすっごく目立つのよ。変な噂とか立っていないからまだいいけど、あんたが一人でいると――」
 アリスの小言がまた始まる。
 どうもアリスは、ユウトがおかしな噂の対象になるのが嫌らしかった。リースは纏う髪が幻覚を誘う仕組みとなっているのに対し、ユウトは何の取り柄もない普通の人間だ。
 ちょっと頭の良い使い魔止まりだった。
 今までにない怒り方にユウトもどうしたものかと首を捻る。アリスは言いたいことをひとしきり言うと、わかった? と念を押してくる。
 ユウトは曖昧に返事をすると、今度は背中の剣について聞きだした。
「ところで、あんたその背中の剣はどうしたの」
「これは、俺がもともと持っていた剣だ」
「へぇ、随分と大きいのを扱うのね。まるで――」
 ラジエル。その国の名前が出たとき、ユウトの心臓は跳ね上がった。
「どうしたの?」
 違う、ユウトの心臓が跳ね上がったのではなく、剣の心臓が跳ね上がったように思う。
「いや、何でもない」
 平静を繕いつつ、ユウトはどうしてそうなるのかを考える。行き着きたくもない原因に思い当たると、そこで考えをやめた。
「とにかく、今日は大事なクエストなんだから、ちゃんと部屋で待機してなさい」
 ユウトは今更ながらアリスの姿に、目のやり場がないことを思い知って生返事になる。

 ユウトとアリスの部屋は別室である。本来使い魔は主と部屋が同じであるにも関わらずだ。
 では何故、ユウトとアリスは部屋が同じではないのか。

夜更けの朝にそれを計った人物がユウトを尋ねた。
「ほっほ、経過報告を聞きに来たぞい」
「え、園長先生……」
 扉を無視してユウトの前に出現したのは白衣の老人。フラムの姿だった。
 ユウトは気配にこそ気づいたものの、出てくるタイミングまでは察することができなかった。
 一瞬どう言おうか迷ったものの、どうせこの人物は全てを知っているという諦念が余念を払った。
「闇の魔法については……今のところ調べてはいないようです」
 入学当初、アリスの研究の内容は闇魔法ではないかという疑惑が上がっていた。
 その真偽をフラムに頼まれていたのだが、この人は全部知った上で愉しんでいるのだと最近わかってきた。
 むしろ、最初に経過報告をしたときには、嘘をついているとまで言われ、ユウトは殺されかける始末だ。
「忠義、仁義、礼儀これを守れぬ者は我が学園に不要。良きかな」
「だから、最初は殺すような脅しをかけたんですか」
「左様、お主は言葉を扱える使い魔。あるじの立場が窮地になるような発言を平気で行うとあらば、不慮の事故に見せかけて殺めておった」
 物騒なことを言い出すフラムであったが、これも半分冗談なのだとユウトはフラムの目をみて思う。
 慈愛に満ちたその瞳の奥には深い緑が宿っている。
「先生は一人の命よりも大勢の命。革命者よりも忠義者ですか」
「左様。真に大事なものとはすなわち愛情。ワシはこの学園の生徒諸君を愛しておるからの。その為にすることの全てはワシが最善と判断したものじゃ」
「じゃあ、アリスの体に掛けられた呪いが生徒達に害のあるものだったら、先生は躊躇わずにアリスを殺すんだな……」
 語気を強めた言葉にフラムは眉一つ動かさず、
「左様」と一言放った。
 つまり、全てを知った上でユウトにのみ経過報告を求め続けているのは、ユウトの覚悟をいつまでも失わせないようにする為。
 学園を敵に回した時、ユウトが自分自身の保身に走るのか、アリスの僕(しもべ)として生きるのかを問い続けているのだ。
 ユウトの心に迷いがある以上はアリスとユウトが同室になることは決してなく、またフラムも心のどこかでは躊躇っているのかもしれない。この二人が同じ道を歩むことの是非に。
 ユウトとフラムの視線が合ったその時。忽然と開かれたドアの向こうにアリスの姿があった。
「何してるのっ、もうクエスト張り出されたわよ!」
 フラムの姿は壁に呑まれるように消えていた。
「あ、ああ――今行く」
 アリスに引かれてユウトは部屋を後にする。まだ普段の授業の一の刻も始まらないうちから廊下は生徒達で賑わっていた。
 我先に簡単で良い得点が入るクエストを手に入れようと、皆各々に教室を目指すのだ。
「今日こそはまともなクエストを手に入れるわよ」
 勇ましさとは裏腹にアリスを通して見る窓の外は曇り空だった。
 アリスはいつにもまして気合いを入れて人混みを掻き分けていく。
 途中でぶつかる生徒たちや使い魔たちが声を上げて仰け反ろうとお構いなしだ。
 ユウトの大剣を背負う背中に視線が集まってくるのもなんとなく照れくさく思う。
 教室の入り口が見えたところで、シーナとスーシィがその隣りにいた。
「アリスさん」
「どうかしたの? 二人とも」
 その重たい気配を感じ取ったのか、アリスは若干警戒した口調で応えた。
「私、今日はアリスさんとはクエストを受けません」
 呆然とした面持ちで、アリスは二人を見た。
「どういうこと……?」
 今まで必ずと言っていいほど、クエストを一緒に進めてきた仲だ。それを今になってやめると言う。
「パーティを組んだ方が有利なのはわかってるわよね?」
 クエストは最高四人で受けることが出来る。これは魔法陣の定員でもあり、これを有効に生かせば、難しいクエストでも四人で分担してクリアできるという仕組みだった。
 実際、今まで何度も二人以上で乗って、クエストをクリアしてきた経緯がある。
「はい、ですから今はアリスさんとクエストを受けません」
「シーナ?」
 シーナの頑なな態度はユウトの目にも余る。ユウトはアリスの後からどういうことか聞こうとした時だった。
「ですからっ、アリスさんとはこれ以上組めません!」
 空気が凍ったようだった。
 シーナの見たこともないような鋭い眼光。
 ユウトの頭の中では一体なにがどうなっているのか、必死に考えていた。
 アリスも似たようなものなのか、ただぼんやりと目の前の現実を直視している。
「そ、そう。別にいいわよ。スーシィ、あんたもそうなの?」
 声を発した先でスーシィは頷く。
 ユウトは声を掛けようとしたものの、アリスはその返事を聞き、一人で教室へ入っていってしまう。
 アリスを追う前に助けを求めるようスーシィを見たが、隣にいたシーナがごめんなさいと一言言うだけだった……。

       

表紙
Tweet

Neetsha