Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      


 次の日の朝、新しいルールのせいか、やはり教室はいつもよりぴりぴりと痛い空気が漂っていた。
 アリスは歩けるようにまで回復したが、ルールをみるなり自分のカードをゼロポイントにし、クライスのカードに全ポイントを入れて部屋に隠した。
 よって遅刻である。
「アリス、一体どうしたのですか」
「すみません、掲示板を見ていたら遅れてしまって」
 アリスは嘘をつくときは流暢になるらしい。実に最もらしい言い訳である。
「まだ怪我の回復はしていないのでしょうが、気をつけなさい」
「はい」
 ユウトはアリスの後方に続いて席へ座る。
「おい、アリス、お前何ポイントたまったんだよ」
 後ろの生徒が話し掛けてくる。早速探っているらしかった。
「800ポイントくらいね」
「は? 嘘だろおい」
「さあね、いっとくけどあげないわよ」
「いらねえよ、お前のカードなんかで進級しても笑われるだけだ」
 口ではそうは言いつつも顔が真剣になっていては説得力がない。
 しかも、これから奪いますと宣言しているような台詞についユウトは笑ってしまう。
「おい、何で笑うんだ」
「ごめん、でも勘弁してやってくれ」
「何がだよ」
「そこ、うるさいですよ!」
 先生の叱咤に生徒は仰け反るように席へ戻る。
 アリスはスーシィにしか話していないのだから、スーシィが漏らさない限りは噂だけが一人歩きするだろう。まず始めにクラスの落ちこぼれ同士がつぶし合う構図ができてしまうことは仕方のないことだ。
 その後、スーシィとシーナが準備はいいかと聞いてきたが、それ以外は得に変わったこともなく授業は終わった。
「ユウト、この間の――」
「悪いアリス、約束があるんだ。先に戻っててくれ」
「なっ――」
 アリスを一人教室に残し、ユウトは先に待ち合わせ場所へと向かった。
 多少の不安はあったが、怪我をしたアリスを襲ってポイントを得ようとする卑劣なやつは少なくともクラスにはいないとユウトは思う。
 廊下を何度か曲がり、渡り廊下をいくらかいったところにその部屋はあった。
 『調理室』と書かれたプレートがユウトの頭上を過ぎる。
「来たわね」
 スーシィがユウトを見ずに言う。手には食材が握られていて、品定めをしているようだった。
「ユウトっ、無理を言ってすみません」
 シーナが奥の食材置き場からトレイを運んでやってくる。
「俺が持つよ」
 シーナは微笑で応えた。
「こんな方法があったなら私もユウトに何か作ってあげるべきだったわね」
 スーシィはじゃがいものようなさつまいものような野菜を手にとって言った。
「その時は喜んで」
 ユウトは有り体に答えただけだったが、シーナは顔を歪めた。
「私の料理じゃ不満ですか?」
 どう言おうか迷ったところで、結局ユウトはシーナにこう言うしかない。
「シーナの料理が一番だ、何せ俺専用メニューがあるからな」
「それは興味深いわね」
 結局何をしにきたのか、話しは料理で盛り上がっていく。途中から料理を作りはしたものの、シーナは最後までユウト専用の料理の話をスーシィに話さなかった。

「ごちそうさま」
 スーシィは貴族のように上品な食べ方で、見ていて気持ちが良い。
「どうだった、シーナの料理は」
「毎日でもいいくらいよ、宮殿で雇われれば間違いなく料理長ね」
 そこまでの評価もどうかとユウトは思うが、シーナもお世辞を言われていることはわかっているらしかった。
「お世辞だと思ってるわね……実際今の世の中で料理に心得のある人間はみんな権力者から引っ張りだこよ。だから、総体的にみても数は少ないし、腕の立つ料理人を雇うということは外交や交友を深める意味でも重要な――」
「スーシィ、おーい」
「なに、今大事なところでしょ、私はお世辞とか言うタイプじゃないっていう証明が」
「それはわかった。でも、他にも話があるだろう? シーナはこのままじゃ進級できないんだから」
「そうね……実を言うと私は様子見がいいと思っているの」
「様子見、ですか……」
「そう、シーナに必要だったポイントが何ポイントだったか覚えてる?」
「確か400か?」
「そうよ、その400ポイントをどう集めるかについてだけど……」
「教室で待ち伏せ、だろ?」
 調理室に現れたのはランスだった。
「ランス……」「久しぶりだね、ユウト」
「だれ?」
 スーシィにはハルバトの後、園長室で一緒にいた男だと話してやる。
 ランスは扉にもたれて腕を組むしぐさで優雅に話し始めた。
「実は俺の友達のためにポイントを稼ぎたいんだ。しかし、あいつは小心ものでね。他人(ひと)から奪ったもので進級するなどしたくないそうだ」
 シーナはぎゅっと握り拳をつくった。
「だが、僕はそう言われても納得ができない。彼が病に倒れているのは僕のせいなのだからね」
「相変わらずまわりくどいな」
「まわりくどいだとっこの僕が――まぁ、いいだろう。要点をいうと君たちと協力させてほしい」
「だってさ、二人とも」
 スーシィは呆れている様子で、シーナは目を逸らしてランスを見ない。
「当然、そちらにもメリットになる事はあるぞっ。例えばクラスメイトが何系統が得意なのか、とか……」
 ランスは前屈みに力説するが、スーシィはランスの前へ歩きながら首を振った。
 詰め寄ったスーシィにランスはたじろぐ。
「勘違いしてるわね、協力するならポイントが既に500以上の者に頼みなさい」
 ポイント500以下の者と協力したところで最終的には敵同士。だとしたらポイント500以上の者に協力を頼み込む方が賢明といえた。
「た、確かにそうだが……」
「なら無理に私たちと組もうとしなくてもいいでしょ」
 少し突き放したようにスーシィは締めくくった。
「くっ」
 ランスはユウトたちを尻目に去っていった。
「スーシィさん……」
 シーナが複雑な顔をしてスーシィを伺う。
「良かったのか……?」
「……いいに決まってるでしょ、私がシーナに進級してもらうのは私のためでもあるんだから――あっ……」
 スーシィは目を見開いてすぐに口を閉じた。
 ユウトは疑問に思う。スーシィをいつから仲間と思っていたのだろう。そもそも、スーシィがいる時点でユウトを誘う意味は薄い。目的はカードを奪うだけなのだ。
「シーナは進級にポイントが必要なのはわかる、けどスーシィは自分のためってどういうことだ?」
「……」
 スーシィは答えない。それが4の使い魔を手に入れることに繋がるとは、本人を目の前に説明は難しかった。
「シーナ?」
「ごめんなさい、ユウト……」
 シーナはユウトから目を逸らし、駆けだして行った。
「……っ」
 スーシィも後を追うように出て行く。

 水色の髪が乱れるのも気にせず、息を切らせて部屋に戻った。しかしすぐにノックの音が聞こえる。
「だれです」
 震える声にスーシィは優しく名乗った。
「……」
 沈黙を許可と取ったスーシィは部屋へ入る。
「私、ユウトを騙すことなんて出来ませんっ」
 対面するとシーナは堰を切ったように叫んだ。
「ごめんなさい、私が口を滑らせたせいだわ」
「私には、ユウトしかっ……いないのに……」
 スーシィは少し顔をしかめる。シーナはユウトに依存しすぎているのではないか、だとしたらメイジとして絶対にあってはならないことだ。
 依存が生み出すものは固執だけではない。自己犠牲や負の連鎖は魔法を闇へ導いていく。
 その想いのマナはサモンエスケープのような死を代償にした魔法さえも本人にとっては容易にさせる場合もあるだ。
「マナを律しなさい、シーナ」
 スーシィは杖をシーナの額へ突き立てて一喝した。
「……えっ」
「気がついていないの? あなたの中に渦巻くユウトへの想いは、正しいものではなくなり始めている。自分のマナの色をよくイメージしてみなさい」
 シーナにはユウトと出会ってからの四年間しか記憶がない。
 彼(ユウト)だけが、シーナにとっての支えだ。そう思うと、それを奪っていくアリスへの嫉妬が黒い色となって、鮮やかな碧を漆黒に染めていくのがわかる。
「その眼……お祖父様を思い出すわ。ふふ、いいでしょう。そこまでの想いがあるなら直接アリスにぶつけるしかないわね」
 アリスにはいい逆恨みだけど、彼女にもそれを受ける義務はあるでしょなどと言いながらスーシィは踵を返す。
「どういう、ことですか」
「聖誕祭、忘れたの? 何もユウトを取り戻す方法は一つじゃないわよ」
 聖誕祭。明日だった。


       

表紙
Tweet

Neetsha