Neetel Inside 文芸新都
表紙

4の使い魔たち
シーナの召還

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 ――それから二年。
 
 目の前に死んだと思っていたルーが現れた。
 白い体躯、黄金の瞳、少し薄黄色がかった頭。それは間違いなくルーのものだ。
「クルル」
「つまり、あの子供はルーだった……?」
 生徒たちに対峙するルーシェは紛れもなくルーのようだ。
 しかし、それを知っているのはユウトだけであり、クラスメイトとその他のメイジたちはルーシェが使い魔を呼んだと思っているらしかった。
「イノセントドラゴンはその強大すぎるマナを制御するために他の生物に擬態するという碑文を読んだことはあったが、まさか人間じゃったとはのう」
 フラムは一人でふむふむ唸っていた。
 その間にもメイジは十人単位で倒れていった。それもほとんどかすり傷程度だが、戦意喪失には充分な効果があるようだ。
「俺、あんな化け物相手に戦いたくねえよぉ!」
「ふざけんなっ、だったらさっさとどっかいけ」
 幾度目かの爆撃で生徒の数は一気に減った。
 気がつけばセイラとアリス、シーナにカインだけが残っていた。というよりは意図的に残したのだろうか。
 他の生徒がなぎ倒されていく中でその攻撃を凌ぎ続けていたのはこの四人だけ。
「何なのよあれ、人間の方を出しなさいよ!」
「僕にはあれが彼女の正体であるように見えたんだが……」
「実力ではあちらの方がはるかに上のようです。怪我をされないうちに辞退されてはどうですか?」
「そういうシーナこそ早く諦めたらどう?」
「私はまだ、ユウトに勝手にキスしたことを許していません」
「それを許さないのは私の権利でしょ?」
 さらに四人の話しは全然まとまっていなかった。
 ルーシェの攻撃はとにかく雷撃のごとく速い。四人がばらばらに散って戦ってもルーシェは全く苦にしていない。むしろ本当に雷を使えば一撃だろうが、あえてそれをしないのはルーシェ自身が格上にあることを意識しているからに他ならない。
「きゃっ――」
 火、水、風、土、全ての属性を扱いながらルーシェは四人を追い詰めていく。
「ちょっと! あんたはあっちで戦いなさいよ」
「冗談じゃない、あっちへいくと攻撃が強くなるんだよ」
「ごめん、場所開けて!」
「えっ、これって――」
 ごうと巨大な風が四人を同時に吹き飛ばす。
 完全にもて遊んだ戦い。ルーシェはアリスたちの完全に上をいって負けを認めさせる気だった。
「くそ、少し速いがやるぞ! リース!」
 土の中からぽんと出てきたのは白竜に対しては小柄なリースだった。
「あんた、土の中に使い魔埋めておくってやりすぎでしょ……」
「ユウトになんでも言うこと聞かせられるっていったら自分から入ったんだ、僕じゃない」
 完全に真後ろから飛びかかったリースにルーシェは全く反応できていない。
「――っ」
 ずぷっと鈍い音を立てて白い背中にわずかな傷がつく。
「~~っ」
 出血もほとんどないたったそれだけの傷なのにルーシェは悶えるように転がった。
「まさか……」
 ユウトはわかる。魔竜たちと戦っている時、ルーには魔法が一切効いていなかったこと。
 それはすなわち、魔法に強く、物理攻撃、すなわち痛みに弱いことになる。
「今よ!」
 予想以上の足止めにアリスたちが動きだす。
 次々と魔法をたたき込んでいくが、まるで効いていないようだ。
 それよりも肩の傷に対するルーシェの痛がり方がおかしい。
「リース、毒を塗ってないだろうな。相手は殺していいわけじゃないぞ」
 こくこくと頷くリース。
「麻痺も?」
「……忘れた」
 麻痺は塗っておけとカインが口を開いたときだった。
「Flame bal...(豪炎の)」
 アリスは持ち前の経験からいち早く危機を悟った。
「カイン! 早く離れなさい!」
『Dispelia!』
 灼熱の嵐がグラウンドを巻き込む。
 息を吸ってしまえば肺が焼けるに違いない。ユウトはフラムにこの死合いをやめさせるよう頼んだ。
「まぁ、大丈夫じゃろ」
 髭を撫でながらこの一言はいくらなんでも無責任だ。
 しかしフラムに束縛されている以上は動くことができない。
 ユウトは仕方なくなり行きを見守るしかなかった。
「大丈夫? 二人とも」
 セイラは学年一と火属性が得意なだけあってか、火の防御になれているようだった。
「ええ、なんとか」
 シーナは直前に水の防壁を張ったらしい。それはユウトにも見えていた。
「ごめん、僕はリタイアする」
 カインは平静を装ってそう言った。
 リースを庇って受けた傷は背中の広範囲を焼いたようだ。
 アリスだけは地面に突っ伏したまま動かない。
「アリスさん」
「悪いわね、私もリタイアする」
 何故か起き上がらない。起き上がれないほどダメージを受けたようにもユウトには思えなかった。
「風魔法、ぎりぎりで使ったんだけど、距離があれで……服がちょっと……」
 ユウトには遠くからで何を話しているか聞き取れない。
 ルーシェの方はあんな魔法を使うつもりはなかったのか、かなり血色の悪い顔で背中の傷をなめている。
 しかしこれで、実質二人だ。
 セイラはここにきてシーナに共闘を持ちかけていた。
「雷系攻撃を使われたら一発でアウトだけど、あの子はそういうつもりないみたいだし、ここはタッグでいけば確実に勝てる」
「わかりました。では、攻撃は任せます」
「了解っ」
 なんとセイラは杖を捨てて白竜のルーシェに飛びかかっていった。
「Melva!(水流)」
 セイラに穿たれる攻撃をシーナが悉く捌いていく。
「信じられない体術だ……」
「ワシの孫じゃからの」
「…………」
 セイラの動きはまさに精錬されたそれだった。何の武器もなしで竜族を追い詰めている。
 しかし、ルーシェはただ単に慣れていないだけで、セイラの動きにすぐに合わせてくるようになる。
 セイラと肉弾戦を強要されるルーシェは魔法に要する時間をあまり取れない。
 それが返って二人に勝機を与えたが、少し時間がかかりすぎたせいでルーシェが逆に巻き返すかたちとなっていく。
「くそっ」
 攻防の中、シーナはセイラのサポートという役割上、攻撃ができない。
 それに魔法の効かない体であることは先ほど証明されていた。
 セイラも押され始めている。そしてシーナは肉弾戦ができないとすれば、残すは敗北だけ。
「……」
 空中にいるユウトを想うと今勝たなければ、後はユウトを召還するしかない。
 しかし、それでユウトが素直にコントラクトするとは思えない。
 そう、正しくは残された道はここだけなのだ。
 後に残るユウトとの接点など、シーナから強引にどうにかするものだけだ。
 ここで勝って、ユウトにお願いしよう。
 それが、シーナの導き出した答えだった。
「セイラさん、時間稼ぎをお願いします!」
「えっ?」
 攻撃に転じなければ確かにその場凌ぎはできる。
 しかし魔法は抑えられない。
「...mel legi lesis(防壁)」
 シーナの詠唱により、セイラの体に魔法防壁(レジスト)が纏わり付く。
「あの子、こんな魔法まで……?」
 魔法を相殺するレジストは全属性の均衡維持が必要だ。シーナは最低でも四つの魔法をその場に留める高位魔法を行った。
「すぐにもどります」
 シーナはグラウンドと反対方向に脚を走らせる。
 あの部屋にある魔力の水を持ってくるためだ。
 
 セイラは何とか一矢を報いるためにドラゴンへ飛びかかるが、その巨体さに似合わず俊敏で近づきすぎると翼と尾が襲い来る。
「なんて、奴なのっ」
 ルーシェもシーナが何をするために何処へいったのかわからない為に下手なことはできなかった。それに、杖を持たない相手に魔法を使ってもユウトは喜ばないとルーシェは感じる。
「あぐっ――」
 シーナが消えてから十分、セイラがついに尾を避けきれずに吹き飛ばされた。悠々とグラウンドの端まで吹き飛ばされたセイラに意識はない。
 残りはシーナただ一人。
 入れ替わるように現れたシーナは息切れしてはいるものの、隣には魔力水があった。
 碧く輝く水はシーナの召喚する魔法陣に吸い取られるように減っていく。
 させないと言わんばかりにルーシェの表情に焦りが走った。
 その魔力水は異常だったからだ。
「ほう、面白いものを持ち出しおった」
 フラムもここにきてその桁外れなものに意表を突かれたようだった。
 ルーシェがシーナへ飛ぶと、後ろにセイラがいた。
「活アリ!」
 見事な右ストレートがルーシェの頬を殴ったように見えた。しかし、レジストが切れたセイラの拳はルーシェの纏うマナに弾かれてグラウンドを転がることになる。
 それでもルーシェは自分が殴られたであろうことを痛感し、数秒動きが止まる。
「Fifth pentalias halii enemyl^ alction coded syena…」
 そのわずかな時間の間に魔法陣から出てきたのは目映く碧い光りを放つ水。
「Luqal!!」
 その中心にシーナが契約の魔法を放つ。
 全ての光りが集束するように碧い水は影を象ってゆく。
「…………」
 それが足先から髪先まで顕現させたものは人の形、濁った橙色の髪、水色の眼。
 黒剣を腰に据えたそれはあまりにも荘厳とした風体で、色のない無表情がただ前を向いている。皆はただ息を呑んだ。
「ここは……」
 その影が凛とした声を発する。
 目の前にいるイノセントドラゴンであるルーシェが一瞬小さく見えたようにユウトは想った。
「私はどうなった……私……?」
 ルーシェはその虚ろな人影に魔法を放つ。
 しかしその動きはルーシェの予想を遙かに上回っていた。
 躱す動作が影になり、後には土煙が上がる。
「汝、仇なす者か」
 ルーシェを影と土煙とが挟む。一瞬で背後まで飛んだのだ。
 ユウトにはその斬撃が四回まで見えた。斬撃というよりは打撃のような攻撃がルーシェを捉えていた。
「クルルウ……」
 ほとんどの人間は何が起こったのか理解できないまま白竜が地にふせるのを見たことだろう。
 気がつけばシーナの召還したそれは踵を返して立ち去るところだった。
「ふむ……」
 当然ながらこの大会は誰の歓声もないまま幕を閉じた。アクシデントによって告白大会はシーナがルーシェを破ったのだった。

       

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