Neetel Inside 文芸新都
表紙

4の使い魔たち
アリス

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 講堂では大中小様々な使い魔とその主であるメイジがひしめき合っていた。
 空中に浮かび上がっているのはクラスの名前で、アリスはそれを目印に自分のクラスへと進んで行く。
「あ、あれが人型の使い魔よ」
「へぇ、珍しい」
「意外と凛々しい顔ね」
 噂のようなものはある程度あるらしく、ユウトは背中の蒼剣に身を隠す思いだ。
「気にしないでいくわよ」
 万年噂の種だったアリスは微塵も気にしていないのか、慣れているのか臆面もなく自分のクラスへ入った。
 来賓がなんとか様であるだとか、生徒会長の挨拶がどうだとか、退屈なのはこちらの世界でも変わらないようであった。
 そして、シーナの姿はここにはない。
「では、只今を持って三学年を除くここにいる全生徒の進級を確定する」
 わっと喝采と歓声に包まれる空間。
 ユウトは一瞬どういうことか理解できなかった。
 つまり、シーナは進級をしていないということになるのか。
 ユウトの中で音との距離が大きく間延びしたように感じた。
「シーナは、ユウトにだけは黙っていてほしいって。そう言っていたわ」
 アリスの声だけがはっきりとユウトに聞こえる。
『……気にしないでください、なんともありませんから』あの言葉は嘘だったのか。
 いや、なんともないのはシーナの心の方だったのか。
 言いしれぬ虚無感がユウトを襲う。
「つまり、あの蒼髪は落ちたっていうの? はっ、馬鹿みたい。あり得ないでしょ」
 雑多の中、声の主はセイラだった。
 ユウトは激情に任せて掴みかかろうとする。
「待ちなさい、ユウト」
 スーシィはユウトの前に割っては入った。
「シーナを最後に落としたのはこの私よ。それが、最善の判断だった」
「なんだよ、最善って。落ちる必要なんかなかっただろ……」
「いいえ、彼女、シーナはね、最後に言ったわ。やっぱり人から奪うことはしたくないって、そしてあなた、ユウトにもそれと同じように否定されたからって」
 俺はいやだよ! という言葉がユウトの中で想起する。
「でも……その後にちゃんと協力するって言ったじゃないかっ」
「それはそれ、シーナは他にもリリアを召喚したことでユウトを傷つけた結果を悔いてる」
「そんな……」
 現にクエストどころか、起き上がることすら出来なかったことを指摘され、ユウトは言葉に詰まる。
「では、これで閉式とする」
 気がつけばフラムの声に講堂は呼応するように色彩を変える。
 波ゆく人の中、木造りの壁が見えるほどに辺りは閑散としていった。
「行くわよ」
 ユウトは納得できないままにアリスの後ろを行く。
 廊下をしばらくいったところでスーシィが唐突に言った。
「じゃあ、これから私は荷造りがあるから」
 おかしなことを言うとユウトは思った。
「何処かに行くのか?」
「野暮用よ。薬の材料も切れたし、私は私で少しこの体の変異について詳しそうな知人を当たってみるつもり」
 アリスは? というスーシィの問いかけにアリスは片手をひらとさせて、
「私は学園が家みたいなものよ」と素っ気のない返事をする。
 聞けば新学期前には長期休暇があるらしく、スーシィは暫く学園を離れるらしかった。
 部屋へと戻ったアリスは少し一人になりたいとユウトを追い出す。
 最後に見た時よりもアリスの部屋はずっと白けて埃がたまっているように見えた。

「シーナに会わないとな……」
 ユウトはまだシーナの口から納得のいく言葉を聞いていない。
 せっかく学園で出会うことが出来たのに、このままではまた離れる日が続くのだ。
 シーナの部屋の前までいき、扉をノックする。
「どうぞ――」
 部屋の中心にはリリアがいて、シーナは机の上で読書をしていた。
 シーナの部屋は最初よりもずっと物が増えた。
 そんなことに今頃気がつくユウトは少し恥ずかしくなって視線を下げる。
「シーナ、進級のことなんだけど……」
 ユウトが口を開くと、シーナは努めて明るく笑った。
「もう気にしないでください、この学園では留年も珍しいことじゃないみたいですし」
 来年受かれば良い。そういうつもりでシーナはいる。
「私もようやく事態が飲み込めてきたところだ。これが適応力……というやつか。まぁ、来年は私がいる限り確実だろう」
 リリアは目尻の強い眼で軽く微笑んでみせる。そういう表情もできるのだとユウトは思った。
「そうか、それなら安心だな」
 リリアは強いし、意外としっかりとしているとあの三週間でユウトは感じている。
 ほっとすると同時に軽くまとめられた荷物に目がいく。
「あ、それですか? 一旦ジャポルの方へ戻ってレミルに顔を見せておこうと思ってるんです」
 どうやらユウトの心配は杞憂だったようで、シーナはしっかりとこれからのことも考えている。
「聞いてます? ユウト」
「あ、うん。そうだな、何かあったらアリスに連絡してくれ」
 はい、と意気の良い返事がユウトの心を少なからず晴らすのだった。
 それからユウトも一人部屋へ戻る。
 部屋の前でルーシェが待っていたが、ユウトは早く休みたい気持ちで一杯だった。
「ごめん、ルーシェ。また来てくれる?」
「え、うん……ごめんね」
 ルーシェは目を白黒させていたが、ユウトに気遣う余裕はなかった。
「はぁ。シーナは留年か……」
 自分の軽率な動きが、ありようがない結果を招いてしまったことに怒りと虚無感を覚える。
 皆、この休みの間に様々な思惑で学園を離れるらしく、ユウトはアリスがこのまま学園で過ごすのが何となく勿体ないようにも感じた。
「…………」
 ドアがノックされ、黒い頭が隙間から覗く。スーシィの姿は少女そのものだが、実年齢はユウトたちより一回りほども上だ。
「じゃあ私はこれで発つけど、アリスと自分のことしっかりね」
 それを思わせるようにスーシィには誰がどんな状態かしっかりと見ている。
 ユウトは一瞬考えたが、やはりそういうことなのだと納得する。
「わかった、スーシィも気をつけて」
 わずかに口元で微笑むとスーシィはそのまま廊下の角に消えた。
「いくか……」
 アリスをこのままにはしておけない。少なくとも、このままアリスが何もしないでいることはあってはならないのだとユウトは発起する。
 廊下を出ると、丁度カインとリースが手荷物を持って通り過ぎるところだった。
「アリスの使い魔……か」
 カインは歩を止めてユウトを感慨深そうに見つめる。
「なんとなくだが、お前が使い魔である理由がわかった気がするよ」
「これから帰郷でもするのか」
「まぁ、そんなところだな。一時は停学にまでなったんだ、当然だろ?」
 振り返ればカインもアリスには入れ込んでいたような気がするとユウトは思った。
「これ」
 リースは手を差し出して一つの小瓶を取り出した。
 中には同じ大きさの四色の小石が入っている。
「マナにおける四つの属性は世の万物が全て均衡を保つように出来ているらしい。それはマナを模した石でね。安泰や静穏を願うお守りみたいなものだ」
 本来は受け取り側が逆なんだけどな、とカインは笑って言った。
「ありがとう」
「ぼ、僕じゃないぞ。それはリースが勝手に用意したものだ」
「誰もカインには言ってないぞ」
「ふん、まぁいろいろあったが僕は謝るつもりはない、せいぜい新学期もよろしくな」
「ああ」
 これがカインなりの謝辞なのかと思うとユウトはどこかこみ上げてくるものがあった。
「あ、それと……」
 カインが思いとどまったようにユウトから数メイル離れたところで立ち止まる。
「どうした?」
 わずかな静寂に何か不穏を覚えながらもユウトはカインから視線を外せない。
「……アリ――いや、なんでもない」

 カインと別れた後は行き交う生徒たちの中からユウトに話し掛けてくる者も多かった。
 そんな中でも、ランスの一行には相変わらず気後れしてしまう。
「やあ、ユウト」
 相変わらず女子生徒を侍らしてランスの美貌と人気は留まるところがないようだった。
「元気そうだな、ランスはどこか行かないのか」
 軽く前髪を払って見せるランスは女子生徒の群れより歩み出でる。
「それを今考えていたところだ。何せこちらは団体だからね、無計画にことを進めてはし損じるということもあり得る」
「相変わらず遠回しなんだな……」
 そこでだとランスは持ちかける。
「君さえ良ければ、僕らと一緒に来ないか? 何せほら、こちらは女子ばかりで流石の僕も隙が生まれるというものだ。君とは知らない仲ではないし、護衛ということも兼ねてくれるのなら是非共にパライソへ」
 パライソ(楽園)? ユウトは首を傾げたが、それはできないと言うしかなかった。
「……主人の面倒を見るのか?」
 ランスの言葉にユウトは頷きで返す。
「僕みたいな奴では、ついに何も出来なかったと痛感するよ。くく」
「どういう意味だ?」
 ランスは自嘲気味に笑う。
「彼女の目は初めから死んでいた。ということさ。特に君に入れ込むようになってからはまるで――」
「ランスさまあ、はやく行きましょうよ」
 周囲の女子たちはユウトとランスの会話がつまらないようだった。
 そう言った女子の一人をなだめるとランスはユウトに向き直る。
「ごめんよ、僕は一度諦めた女性には一切の執着を持たないんだ。ま、今のは聞き流してくれ。未練たらしいと思われるのは心外だからね」
「それじゃ後は任せた」などと思わせぶりな言葉で場を後にするランス。
 なるほどアリスの部屋の近くまで来ていたのかとランスが去ってからユウトは気がつく。
 廊下の突き当たりからアリスの部屋が見える。
 辺りに人通りはもはや無く、そこだけがぽっかり取り残されたように寂しく鎮座していた。

       

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