Neetel Inside 文芸新都
表紙

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 白髪の後ろ姿が揺れる。
 アリスにはこの街にきた理由があるようだった。
 黒いマントに身を包み、ユウトの先を行く。
 通り過ぎる者は皆、アリスのその身なりに目を引いた。
「アリス、何か目的があるんじゃないのか……?」
「あるわよ、今もその目的を遂行してる最中じゃない」
「は……?」
 何やらよくわからないが、そういうことならいいかとユウトは前を見る。
「あのね――」
「大丈夫か? 顔が赤いけど」
「別に、気のせいなんじゃないの」
 さっさと着いてきなさいよというアリスは視線という視線を集めているようだった。
それからしばらくして、アリスが街の中央で何か騒ぎが起きているのを指さして近寄ろうとしたとき、街に駐在する衛兵に呼び止められた。
「!」
 ユウトは身構えたが、それより速く衛兵たちは二人を包囲した。
「無駄な抵抗はやめて大人しくしろ。お前達を国家反逆、及び侮辱行為の容疑で連行する」
 アリスがフードを脱ぐ。
「どういうつもり? 私たちが何をしたっていうのよ!」
 すると衛兵の一人が気まずそうに言った。
「現在街の中でマントを着用している者は徹底的に取り調べられることになっている……悪いが来て貰うぞ」
 黒マントがそんなに珍しいとは思えず、アリスとユウトは首をかしげる。
 その気になれば突破できる衛兵達に黙ってついていくしかない。
 一応という話しでアリスたちは杖と剣まで押収され、衛兵がすぐ脇に立って手首に縄をつけた。
「はぁ」
 少し離れたところにいるアリスの表情は浮かないものだった。
「あの、この街で何かあったんですか?」
 ユウトはそう尋ねるも衛兵は黙って取り合おうとしない。
 しばらくすると、大きな営舎が見えてくる。
 外側を石造りの塀で囲い、建物は他の住宅と比べると数倍は大きかった。
「また来たのか、仕事とはいえ休みたいぜ……」
 門番の衛兵はユウト達を中へ通す。
 何故こんな事態になっているのか見当もつかないアリスとユウトは言われるがままに建物へと入っていく。
 建物の中は男臭く、清掃もあまり行き届いているとは言いにくい場所だった。
 奥に連行され、階段を下へ降りていく。
「よし、お前達は一緒に取り調べを行う。ここで待て」
 そう言いながら鉄柵の中へ押し込められる二人。
 がちゃんと金属が鳴り、ユウトとアリスは閉じ込められる格好となる。
 部屋はわずかなエレメンタルによる灯りがわずかにあるだけで、ユウトはここが一切マナが使用できない特殊な建築がなされていることを知る。
「アリス、大丈夫か」
「……ええ」
 肩を抱きながらアリスはそう答える。
「そういえば、どうしてマントだったんだ?」
「――今朝から妙に寒気がするのよ、体の内側から冷えてる……」
 一瞬ユウトは風邪かと思ったが、昨日までのアリスは問題なかったはずだった。
「俺の服を使うか?」
「いらない」
 反響する声が石造りの部屋全体に響き渡る。
 それと交代するように徐々に大きくなる声があった。
「や、何ですかここは! 私がマントをしていたのは偶然ですってばッ」
 がちゃりと目の前の扉が開けて見知らぬ影が踊り入ってくる。
「きゃあ!」
 それを合図に無情に閉じられる扉。
 ユウトは咄嗟にその華奢な影を支えた。
「あ、ありがとうございます」
 その姿を睨みつけるアリス。
 徐々に状況を把握したのか、少女は徐にユウトから飛び退いた。
「すみませんっ、私ったらお二人がそういう仲だとは知らずに」
 アリスは毛を逆立てる。
「は? 何言ってんのよ」
「いえ、とんでもないです。お似合いです」
 少女は両手を目の前でぶんぶんと振りながら必死に言った。
「あ、私、マリエと言います。……お互い災難でしたね」
 暗い牢に虚しくその言葉が響いた。
「私はアリス。こっちは使い魔のユウトよ」
「使い魔? メイジの方だったんですか!」
 マリエは急に首を垂れてアリスにお辞儀する。
「ご無礼をお許し下さい。てっきり恋人同士なのかと……」
「……」
「それで、使い魔って言っても普通の人間みたいに見えますね。なんだかとっても凛々しい感じもするわ」
 ぺたぺたとユウトを触るマリエに狼狽えるユウト。
「あんまり触らないで頂戴」
「あ、ごめんなさい……」
 しばらくの沈黙が続いた。どこからか風の流れる音だけが静寂の中に響き、アリスは壁にもたれて座り込んだ。
「あの、お二人は国のメイジなんですか?」
「囚われてる時点で違うに決まってるでしょ、私たちは学生よ」
「へぇ……」
 アリスは肩に首を埋めて溜息をついた。
「なんだか災難続きだわ……」
 マリエが一瞬ユウトの顔を見て、すぐに思い立ったように口を開いた。
「大丈夫ですよ、私たち殺されるわけじゃないみたいですし。少しの間の我慢です」
 それがどれほどの慰めなのかユウトには図れなかった。
「マリエはどうして捕まったんだ?」
 マリエは驚いた顔をしてユウトを見た。
「喋れたんですね! 驚きました!」
「何だと思ってたのよ……」
 アリスは呟きながら肩をさすった。
「私は代々赤実の苗木を栽培していまして、今日はたまたま市場へ向かう途中だったんです。その時はいつもマントを着ていないんですが、今日に限って着ていたらこんなことに……」
 マリエはくりくりとした目で戯けて見せて、そこまでは聞いてませんよねと付け加えた。
「じゃあ、あんたは私たちと違って魔法すら使えないってこと?」
「えっ、そういえばそうですね!」
「はぁ……」
 ユウトは黙った。
「そうなると、衛兵たちが私たちを捕まえた理由はマントしかないのね」
「マントなんてそんなの誰でも着るものじゃあないですか」
「…………」
 こつこつと石畳に叩く革靴の音が響く。
 徐々に近づき、それは牢の入り口で止まった。
「出ろ」
 そう言われ、連れ出されたのはアリスだった。
 ユウトは目線でアリスを追ったが、首を振って拒否を示される。
 しばらくして、同じ兵がまたやってきてマリエを連れて行った。
「…………」
「最後はお前だな」
 プレートを胸板に貼り付けた屈強そうな男はユウトに牢から出るよう催促する。
 ユウトは事の成り行きを伺うように指示に従った。
 暗室の廊下を抜けると、徐々に喧騒が聞こえる。
むわっと拓けた空間には光りと雑踏。そこには大勢のマントを羽織った人集りがあった。
「ユウト!」
 後ろから呼び止められた先にはアリスとマリエの姿があった。
「無事か」
「えっ、ええ」
 マントを全員つけていることからも全員が何らかの容疑者であることは確かだった。
「皆さん、マントをつけてますね」
 ユウトたち以上に若い者はいないが、それでも上は老人から下は大人たちだ。
「ここ、出口がない地下室になってるみたいね」
「え、外の建物じゃないんですか?」
「窓辺に魔法が掛けられてるのがわかる? 火のエレメンタルで作られた細工ガラス。あれが地下である証拠ね」
「連中は俺たちを出すつもりがないようだな」
 地響きに似た音が部屋の後方から放たれ、一同は息を潜める。
 音の主は見えないものの、そこに誰かいるかのように声が聞こえる。
『静粛に』
 ざわざわとした空気が一瞬で静まった。
『皆さんご存知の通り、先日領主の城へ不法侵入、及びに名誉毀損行為を行う狼藉者が現れた』
「聞いてないわ……」
「お二人とも知らなかったんですか?」
『これに伴い、王国を始めとした領主は総力を挙げて調査に乗り出したところ、ある重要な手がかりを掴んだのです』
 そう言って頭上に提示されたマントはアリス達と同じ黒いマントだった。
『このマントがどこの物とはわかりませんが、あなた方の現在着用しているマントと相似しているものと言えるでしょう』
 一同は皆ざわめき立ち、緊張や不安を隠せないようだった。
 一説にはこのような王国への暴挙があった場合、疑いのある者は多かれ少なかれその真偽とは関係なく処罰されてきた。
 それはユウトもアリスも知っている。
 得にユウトが見てきた任務では戦犯で無罪を主張しながらも死んでいったメイジが多くいた。
『我々の領主様であらせられるアグリュネド様は寛大な御心によってお前達に潔白を証明するチャンスをお与えになさった』
 取り出されたのは頭の大きさほどある黒い輪のようなものだった。
「なにあれ?」
 不可解な物体に一同は訝しむ。
「お前達にはこれをつけてもらう。そして、契約書にサインを行えば、晴れて釈放となるだろう」
 周囲のざわめきは当然だろう。
 サインをしなければどうなるか――知らない者はいない。
「それは横暴だろう!」
 ユウトの横から出てきた一人の男が大声を張り上げた。
『横暴?』
「そうだっ、お前らそんなこと言って結局は俺たちを奴隷のようにしたいだけじゃないか!」
 途端にそう言い終わった男の体が宙に舞い、ぐしゃりと不快な音を立てて地に落ちた。
「――――わぁあああ!」
 その声は八方から発せられ、ユウトはアリスを掴んで男から離れた。
「な、なに。どういうこと?」
 完全に事切れた男を目にしたアリスはあまりに突然の事態を飲み込めないでいる。
「逆らったら殺されるってことだ」
「私たちが何をしたっていうの?」
「何もしてないさ。けれど、今は逆らったら……」
 男の凄惨な最後が蘇る。
 濃厚なマナの残り香が辺りへ霧散しているのがわかる。
「ど、どうしましょう」
 マリエの顔にも深刻な翳りが浮かぶ。
『一人ずつこちらの部屋に入りなさい』
 指し示された地面に矢印が浮かび上がり、その先に人がくぐれるような入り口ができる。
 このままじゃまずい――。
 ユウトの脳裏にはそう叫ぶ声があったが、どうしようもなくその時は来た。
『――次』
 アリスたちを残してほとんどの数が入り口の先へと消えた今、次はアリスを指していた。
「…………」
 重々しい足取りでアリスはそこをくぐろうとする。
『私は一人ずつだと言ったはずだが?』
「これは私の使い魔です」
『……ルーンを見せよ』
 ユウトは手首を掲げる。淡いピンクが輝いている。
『よろしい』
 まるで囚人のような扱いに憤りを隠せない。
 入り口からくぐった先には拓けた小部屋が用意されていた。
 外壁は今までと変わらない石造りだったが、中央に机が一つ用意されている。
 その上に載せられた1枚の羊皮紙が契約の内容を綴っていた。

 ――魔法契約。

・契約前提
汝は謀反、及び国家反逆罪の容疑により一切の弁明を許されない状況にある。
これにより、今後の行動に活動の監視を行う処置を執るものとする。

一、 汝はいかなる場合においても、他国への侵入を我が国の許可なしに行えないものとする。
二、 国王宮殿への接近は認めないものとする。
三、 我が国への貢献を常に行うものとし、自身の潔白を証明する努力を行う事。
四、 反逆の意志ありと判断された際には死を持って制裁にあたる旨を了承されたし。

 

 ふるふると羽筆を持つアリスの双肩が震えている。
 ユウトはかける言葉は見つからず、ただなり行きに身を任せるしかなかった。
「こんなの、奴隷の契約と一緒じゃないの」
 反逆した者と同等、そう言われているに等しい。
 アリスはここにきて自分の不運を呪うしかなかった。

 首に嵌まった輪はまさしく、犬を繋ぐ首輪のように黒光りしている。
 空は既に星一つない暗転に覆われて、アリスの行方を遮るように闇が広がっていた。
 いつもなら栄えある街の街灯も今日は特に暗くしんみりとしている。
「マリエ、どうなったのかな……?」
 ユウトたちはあれからマリエを見ていなかった。
 アリス達は兵士に連れられて今の場所まで誘導されたのだ。
 罪人の烙印ともいえる首輪を付けた状態でもうこの街にはいられないだろう。
 アリスはここにきた不運を呪いながら一刻も早く帰ってしまいたかった。
「……」
「ちょっと、ルーシェの使い魔を探してくる」
 ユウトの考えにアリスも賛成する。この街は今混乱している。
 王国が侵入者一人に手こずるようでは王国たる権威がないからだ。
 必死の犯人探しにこれ以上巻き込まれるのは得策ではないと判断したユウトは闇の中に一人アリスを置き去りにしてルーシェを探しに発った。
 
 ユウトは宿に行く途中で強いマナの気配を感じ取る。
 恐らくはルーシェのものだろうとそちらへ向かった。
「スーシィ?」
 スーシィは街並み外れた森の入り口をじっと見つめたまま動かないで居た。
「ユウト?」
 こちらの気配に気がついたのか、スーシィはそっと視線をこちらに向ける。
「アリスが大変なんだ、王国の衛兵に捕まって――」
 ユウトが顛末を告げるとスーシィの表情はにわかに堅くなった。
「なるほどね、けれど今はこいつが先よ」
 突如、闇から踊り出てきた黒い影は一瞬でスーシィの胴を一閃した。
「――っ!」
 ユウトは咄嗟に距離を取ったものの、スーシィはぴくりとも動かない。
 ザザザザ――。
 藪の中を風が縫うように駆ける様はまるで人並み外れた動きだった。
 ユウトが全速力で走るよりも、ずっと速い。
「Gikura !!(穿て)」
 背後からスーシィの声が上がり、高速の土属性魔法が影を捉える。
 しなやかな草をもマナの気だけで飛散してしまうその威力は影にとっても驚異だったに違いない。
 闇の中で影は大きく宙返り、森の中へと姿をくらました。
「速すぎるわね……」
「スーシィ、怪我はないのか!」
 ユウトは剣を抜く暇さえない応酬だった。
「ええ、大丈夫よ。私とユウトを見てまた森へ入ってしまったけれど」
 まだだ、とユウトは思った。
 恐らくスーシィが狙われたのは敵の気分とかじゃない。きっと知られてはならないことを知ったのだと。
「スーシィはここで何をしてたんだ?」
「私? 気になることがあったのよ」
「気になること?」
「異質なマナがこの街に漂ってるの。本来は何十にも封印されていなきゃならないような異質なマナが……」
 スーシィはそれを追ってここにたどり着いたという。
「王室直属の領主が必死になって取り返そうとしている何か。恐らくあの禍々しいマナはそれなんでしょうね……」
「でも、おかしくないか? そんなのここの自衛団だってわかるだろ?」
「わからないわよ、異質なマナが読み取れるのは異質なマナを持った人間じゃないと」
「えっ?」
 夜風が一陣吹き去って不穏な気配が強くなる。
「やっぱりまずかったわね、その異質を吐き出す物を先に横取りしちゃおうとしちゃったのは……」
 通りで相手は殺しにきているわけだとユウトは納得した。
 スーシィのしたことは王室の手先か、秘密を知った危険人物と勘違いされたに違いない。
 月が暗雲の中からひっそりと顔を出した時、その影は跳ねた。
「lolo ultulmerl…kiki uruikmel…dada slorijiol…imim aliekso….(エレメンタルに対なるものたちよ)」
 五芒星の魔法陣が輝く中で影はユウト達の真上に踊り出た。
 月光を背に浮かび上がったシルエットはユウトと同じ黒髪。
 ――ガキン。
 蒼い火花がユウトと影の間で散る。
「君は……っ」
 小さい鼻に優しそうな黒い瞳がユウトを真っ直ぐ視ていた。
「マリエ……?」
「Kile nla Atem !!(爆ぜろ)」
 突如、スーシィの魔法で影は後方へ数十メイルも吹き飛ぶ。
 しかし、彼女は空中で巧みに姿勢を持ち直し、着地と同時にその勢いで森へと消える。
「仕留め損なった? 嘘ッ、即死の威力で放ったはずよ!」
 簡易レジスト如きでは致命傷を避けられないはずである魔法が効果の薄いことに驚きを隠せないスーシィ。
「やっぱりはかられてる」
「?」
「私の前半の長詠唱(ロングスペル)はその後の大魔法の詠唱を超短縮するためにあるんだけど、それはある条件で消えるの」
「瞬きか?」
 ユウトはスーシィが魔法を使うときは絶対にしていない行動を即座に連想できた。それはユウトが幾度もの戦いで培った洞察力でもある。
「ええ、空間に固定するスペル配列にマナの効果を相乗させていないといけないから、瞬きをすると安定しなくなるのよ」
 先は風が吹いたことでスーシィは再び詠唱を開始することになったのだとユウトは納得する。
「相当訓練したんだな」
「どうしてそう思うの?」
「だって俺が来るまでは普通に大魔法を使っていたからそれまでは瞬きをしていなかったってことだろう?」
 スーシィはわずかに口元を微笑して闇へ目を向ける。
「私のネタが割れる時間はそう遅くはないわ。ユウト、今からでも逃げていいのよ」
「何いってんだ、見殺しにしろっていうのか?」
 再び風が吹く。
 スーシィの目はまだ闇の彼方を穿っている。
「見殺し? これは忠告よ。相手は一介の戦士やメイジじゃない恐らく歳だけにしたらただの子供。けれど対等以上にやり合えるのはリゴの魔導師くらいだわ」
 闇から巨大な魔物が殺気を放っているような凄まじい重圧が押し寄せてくるのをユウトは感じた。スーシィは慌ててユウトを急き立てる。
「早く!」
 悔しくも自分には勝てる相手ではないとユウトは判断する。敵を斬ることに躊躇いはなくても、実力で遠く及ばないのは殺気の強さでわかった。
 これほどの殺気を放つ相手に運が良くても差し違えることが精一杯だとユウトは思った。
「スーシィ……」
「いいから、はやく……」
 一度来た道を全力で戻り始める。
 ユウトが初撃で殺されなかったのはお互いが知り合いだっただけじゃない。
 わずかな殺気の緩和剤に同じ黒髪黒瞳のこの世界では珍しい風貌、そんなものがあったからあの瞬間はお互いに躊躇った。
 だが、次の瞬間に見せた彼女の殺気はユウトが今まで見てきたどんな殺気よりも強かった。
 殺し慣れた者以上に殺すことを存在意義としたかのような者にしか身につかないと思えるほど研ぎ澄まされた気配にユウトとマリエの圧倒的な差が感じ取れてしまう。
「くそっ……」
 とにかくアリスを付近から離さなければならない。
 スーシィが負けてしまったらユウトが戦う確立も高まり、その時はマリエの仲間もいるかもしれないのだ。
 林の道なき場所を突き進み、アリスのいた場所へと戻る。                                                                     しかし、そこにアリスの姿はない。
「アリス!」
 叫んでみてようやくアリスの声が木景から聞こえた。
「ユウト……?」
 ユウトは心の底から安堵すると同時に普段は絶対にないような怯えるアリスがそこにいた。
「どうしたんだ、アリス」
「ご、ごめん。動けない……」
 アリスは腰を草の上に落として震えていた。
「何か、巨大なマナの気配が近づいてきて、最初は学園長かと思ったんだけど……私」
 空を流れていったそれにアリスは酷く恐怖を感じたという。マリエの仲間なのだろうかとユウトは思う。
 アリスを背負おうと近づくと、アリスは首を振ってあからさまに拒否する。
「ダメ! 近づかないで!」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
 鼻をつくにおいが何が起きているかを物語っている。普通じゃない何かが起こり始めていた。
「いいから、早くここを離れないと俺たちも殺される」
「私たちも? もって――」
 叫き散らそうとするアリスの口を押さえてスーシィが命を賭けてユウトたちを逃がすために闘っているというとアリスは大人しくなった。
「あんな化け物じゃ俺も太刀打ちできそうにない……」
 背中にひんやりとした感触が伝ってくるが、気にしている場合ではなかった。
 恐らくアリスが見たものはマリエを遙かに超える何かだろう。
 ユウトが気がつかなかったのは不思議だが、もしかしたらアリスを何かと勘違いして姿を現したのかもしれない。
 それだとアリスだけが分かったのも頷けるからだ。ユウトはアリスを背負って漆黒の森を駆け出した。

       

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