Neetel Inside 文芸新都
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 雑踏の中に響く音響テスト。プラカードを掲げた大型のドワーフは新入生を案内していた。
「新入生はこちらですよォ」
 ドワーフの後ろで学園の生徒が喋っている。アリシアはその流れに入るとそこには大きなテーブルが用意されていた。
「だからよ、ここの訓練所っていうところが凄いらしくて、あの伝説の使い魔もそこで誕生したって話」
 特待生専用のテーブルに着くと見知らぬ女子生徒が何やらリボンのようなものをアリシアの腕に巻きつける。
「じっとして、これ一応クラス分けのリボンだから」
 巻かれたリボンの色はオレンジだった。見ると全員同じようなものをつけていた。
 隣の席が動いて同じ色のリボンが腕に巻かれているのをアリシアは見つける。
「あ、同じクラスだね」
 煤けた薄い水色の髪、冷めた瞳。ぞくりと背筋に冷たい感触があったような気がして、アリシアの上がった頬はゆっくりと降りていった。視線だけ反対側に移してみるもそこには先ほど偉そうな態度で話していた男の子たちがいるだけである。クラスも違うし、話す気にはとてもなれなかった。
『あー、ではこれから入学式を行う。一同、起立してください』
 喧騒が止んで数千人が立ち上がった。アリシアは周囲を見回しながら自分と似たような人を探すもそれらしい人はいない。全員が殺伐とした様子でどこか自分だけが浮いているような気がして暗い瞳を正面に向けた。
『まず、我らが学園長よりご挨拶です』
 アリシアは少しだけ気を持ち直す。
 突如何の前触れもなくテーブルが振動してホールに騒めきが走った。
「おい、何の真似だ」
 あちこちから不満の声が出る中、それは徐々に悲鳴に変わる。
「こんにちは、私が学園長のスーシィです」
 テーブルの上、それも20名余りの各テーブルに1人のスーシィが現れたのだ。
「空間射影? いや、転移か複写か……」
 どこかのテーブルから火の手が上がるがその瞬間、生徒の1人が上空を舞って視界の端へ消えた。
『あー、いたずらで攻撃しないように。その魔法は学園長自らが考案した新魔法です』
 スーシィは一同を見渡すと杖を仕舞う。
「もう攻撃しようと考える愚か者はいないわね?」
 じゃあ、始めるわよとスーシィは口を開いた。
「君たちがこの学園に入学するにあたって、1つ決定的なことは前代の学園長フラムの意志とは関係なく集められたということよ。今、この世界は新たな危機に直面したの」
 数百人のスーシィが一斉に上空に魔法を放つ。
 そこに浮かび上がった1人の少年。
「彼はユウトという名よ。元々は魔力も力も持たないひ弱な人型の使い魔と思われていた。それを嫌がった主のメイジは彼を訓練所に送ったわ」
 映像は8年後の凛々しい姿へと変わる。
「そして、彼の身体能力はラジエルの騎士と勝るとも劣らないものとなって帰ってくる」
 ラジエルの騎士という言葉にどよめきが起こった。
「あの、ラジエルの騎士って……」
「ラジエル国で栄えた剣だけでメイジと対抗する剣士のことよ。驚くべき身体能力と魔法に対する熟達した対処で強さを極め名を馳せていた。なぜそこまで剣に拘ったのかは謎のままに滅んだ国だけれど」
 生徒の1人がスーシィに声を掛ける。
「そのユウトが世界の危機になったのですか?」
「良い質問ね、結論から言うとそうなるわ。彼はこの2年の間どこかに消えている。死んでいるのか生きているのかは私の友達が調査中よ。それとは別にね、この世界に穴が開いてきているの」
「穴?」
「私たちはそう呼んでいるわ。具体的にはマナが淀んで穴になったところね、そこから何かが起きるわけじゃないんだけれど、これが開かれる理由は1つしかない」
「世界のマナ崩壊」
「そう、よく知ってるわね。歴史を知っている人は分かると思うけれど、およそ原因は分かってるわ。ユウトの魔力消滅の能力が発動しているからよ」
「何故ですか、世界各国が彼を捜索して討伐するのに躍起になる理由がそれだけなんて」
「魔法使いは何で生きているのかしら、食料? 水? 睡眠? それとは別にもう一つ、マナがある。でもそれが今脅かされているの、たった1人……いえ、1匹の使い魔によって」
 騒然となる一同の顔ぶれはまだあどけなさの残る少年少女ばかり、この中から一体何人のビッグメイジ級が誕生し、さらにフラムを超えられるのか。それはもはや途方もなく無謀な賭けに思えた。
「私たち人類は今結束して1つの脅威に立ち向かわなければならない。もし、彼を倒せたなら名声も富も権力も全てが約束される。立ち上がる時よ、マナビトの人々よ」
 
 ホールでのスーシィの演説とも言える入学式が終わり、教室で緊張のままに座るアリシアはどこか居心地が悪かった。
 これからたった1匹の使い魔を倒す戦いが始まると思うとアリシアは何か胸がざわざわと落ち着かなくなる。しかしそれが特待生の規約でもあった。
「今週は特待生全員に使い魔を召喚して貰います。4の使い魔以外を召喚した者は即刻退学となるから気をつけてください」
 まだ小さい2人の教師は連れ添って教壇に立っている。その教師1人を50人近い生徒が取り囲む様に授業を受けるのはかなりの異様さだった。
「待って下さい、4の使い魔って確か……」
「はい、あなた方は魔法とは別の力を持つ使い魔を召喚しなければなりません」
 アンナと呼ばれる彼女の使い魔は人型精霊を背後に立たせる。教室に息を呑む声が上がった。
「やだ、先生。私たちさっき入学式でその精霊の話を聞いたばかりなんですけど」
「ええ、この人型精霊は敵と判断した者を死ぬまで攻撃します。私に殺気を送っている生徒は気をつけて下さいね。いつこの精霊があなたを敵だと思うかは私にもわかりませんから」
 アンナはそう言うと精霊を背景に溶け込ませた。それと同時に午後の鐘が鳴る。
「授業はこれで終わりです」
 息をつく生徒たち、アリシアも小さい肩を落として安堵した。
「全く、これでは学校どころか、軍事育成所だ」
 灰色の髪をした長身の男子生徒が眼鏡を指で乗せ直して起立する。
「ふん」
 乱暴に扉を閉めて退室し、それに続くように他の生徒も不満を露わにして退室していく。
 ただ1人、無感情に教卓を見ている少女がアリシアの目に止まった。
「……」閑散とした教室でアリシアの視線と交差する視線。
 夕焼けで少女の髪は灰色に見えて、パープルの瞳がじっとアリシアの瞳を射貫く。
「あ、あの……」がたりと席を立つ少女。
 アリシアは誰もいない教室に1人残されて席を立った。
 廊下に出ると行き交う人の中から色々な会話が入ってくる。聞いちゃいけないと思いながらもアリシアはその声を無視できなかった。
「ねえ、聞いた? この学園に国の監査が入ってるって話」
「監査? 何それ」
「魔法警察よ。今回2年前の事件でやらかしたでしょ? 結局自分達でも処理できないからそういうのが内部にいるんだって」
「ええ、やだよ。ただの学園じゃないの?」
「さっきも誰か言ってたけど、ほんと軍事だわ」
 アリシアは脚を早めて部屋へ急ぐ。絨毯の上に見窄らしい靴が浮き立った。
 意志の強そうな瞳の上についた眉が哀しげに垂れ下がる。
「はあ……」
 部屋について扉に持たれると長い溜息が着いて出る。
「お母さん、お父さん……」目尻を拭ってアリシアはベッドの上に身を投げた。反動で少しだけ浮いた体。天井に仰向けになると天蓋に何か書いてあった。
 負けないで。
「……」ここに昔いた子を思って少しだけ安堵の笑いが漏れた。きっと昔にここにいた子とは良い友達になれそうだなと思いながら机に羊皮紙を広げる。
 インクの付いた羽ペンを動かして文字を綴っていく。
「お父さん、お母さんへ」
 ――。――――。



『第一話:イクシオン』
 
「3班、4班は迂回して後方へ回れ」
「6班と7班は側面から強襲」
「「了解(ルージュ)!」」
 森の中で動く複数の影。木々の細波に紛れた影の音。
「魔法陣展開!」
 森の中一体に光が走る。
「目標捕捉! 4班、5班!」
「Igunario!(疾風壁)」
 木々をなぎ倒して爆風が起こる。その中心にいるのは人の影をした何者か。
「抜刀させるな、ヤツは魔法を無力化する!」
「Keiha miniar irualista……(深淵の大地に眠りし)」
「ふっ」
 蒼い剣が風の障壁を断ち切る。大木がその衝撃波で6本なぎ倒される。
「桁外れだな……6班、7班!」
「Stea irudia!(石像剣士)」
 地面の魔法陣から現れた石像50体余り。蒼の剣士は事も無げに粉砕していく。
「まだこちらの位置はバレていない。詠唱急げ!」
 黒髪の剣士は襲い来る石像に剣を突き立てるとそれはぼろぼろと崩れ落ちる。
「あいつ、石像もまるでバターか何かですよ」
「言ったろ、ヤツは魔法を無力化するんだ」
「信じられませんでしたよ、この目で見るまでは」
 蒼い剣の速度は急速に速くなっていく。光の斬撃が赤く変化していった。
「まずいな、報告通りだ」そのとき白のエレメンタルから声が響いた。
『こちら、6班マグトリア。隊員全員のマナは残りわずかです』
『同じく7班、イルルナ。こちらも魔力はほぼありません』
「よし、お前らは後退し4班、5班のスペル補助だ。私が時間を稼ぐ、完成次第連絡を」
『ルージュ』
「隊長1人で? 無茶ですよ!」
「全員、私にマナを回せ。ありたっけな」
 木の葉の影から飛び降りて疾走する女性隊長の背を隊員は不安げに見送った。

「……」黒髪は肩まで伸びており、お世辞にも綺麗とは言えないその青年を女性隊長は見つめる。
「貴様が死の使い魔ユウトか。なるほどな、全身にスペル化した主を宿し、全ての魔力を無力化。金色の両眼、赤き血の剣聖、死神の使い魔か」
 女性の身なりは一見して肌に密着したスーツのようだった。赤い髪に知性を備えた目つき、高い鼻筋に小さい唇。そしてその構えは格闘者のようである。
「来る、Conet onnc(接続)!」
 女の四肢に閃光が迫る。女の動きが人間のそれでないとすれば、ユウトのそれは光の速さだった。その女は断ち切られるも切断された胴体を瞬時に蘇生し、攻勢に出る。
 驚愕に目を見開いたユウトの顔面に拳がヒットし、ユウトは後方へ滑る。
「やはり、予想通りだ。見たか?」
『はい』
「全員、マナの供給はやめレジスト魔法を私にコネクトしろ。何重にも重ねたレジストならこいつに打撃ダメージを与えられる」
『ルージュ』
 女の体、そのスーツが虹色に発光し蠢く。
「来い」

       

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