Neetel Inside 文芸新都
表紙

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 苔の生えた城壁の中に差し込む日の光は灰色の岩盤を強く照らし付けていた。
 学園の主都ウルラ。ここにそびえ立つ宮殿にフラメィン学園長のスーシィは園長着任以来、約2年ぶりに再び訪れることとなった。
「王様がお待ちです」
 荘厳な扉の向こうに広大な空間が広がる。ぽつんと向こう側に見える金色の座が玉座だった。
「スーシィ学園長、これはどういうことなんでしょうか」
 護衛の人数が明らかに少なく、この大広間に至っても謁見の間だというのに十人に満たない護衛しかいない。
「前に来たときよりさらに減ったようね」
「わけがわかりません」
 近づいて行くと華奢な王の姿が徐々に輪郭を持って露わになっていく。
「止まれ」
 20歩の距離、しかし声はよく通った。
「ご報告致します」女侍従長の用件が淡々と述べられる。内容は学園内での先の出来事であった。それを顔色1つ変えることなく王は聞いている。
「以上になります」侍従長の声が終わると王はしばし間を空けて明瞭に言った。
「まずはこの場を許せ異国の女王よ。そして返答は『良い』だ、今はそちらの問題に取り合っている暇が無い」
 少女の声だった。スーシィは慣れない声を頭の中で反芻しながら顔を上げる。
「取り合っている、暇が無い……?」
「そうだ、イスムナの女王よ。我らは今それどころではない」
「優秀な生徒が16人も他国へ横奪されようとしております。それ以上に由々しき事態がありましょうか」
 教師の1人もスーシィの後ろから付け加えた。
「黙れ、玉座の前で不遜は許さん。王様がどれほどお心を痛めておられるか――」
 王は細い腕を上げて侍従長の言葉を遮る。
「心など痛めておらん。ただ、あれがなくなるということは凶兆でしかない故……」
 言葉はそこで止まり、空白の時間が流れて行く。そっと侍従長が王の顔を覗き込む。
「王様はお疲れのご様子――」
「や、起きておる」少女は前髪を手で軽くとんと叩くと正面を見据えた。
「イスムナの女王よ、ここに来た本当の理由はなんだ。まさか、よもや我に助言を求めにやって来たわけでもなかろ」
「……救援を頂ければと」
「救援? は、馬鹿を言うでない。そちらの学園にはもはや一国の軍隊並の戦力があるではないか。逆にこちらに人員を回して欲しいくらいだ。正直に申せ」
「今から2年前にア・レジスタル・エリス・ベルという少女が罪人容疑の記録に残っているはずです」
 教員2人の顔が驚きに変わる。
「ほう、人型の4の使い魔ユウトに関する話よな。確認せよアニラ」
「罪状者の名簿を」
 しばらくして、王にその名簿が提示される。
「確かにいる。容疑者専用の首輪を付けて帰したと思うが」
「その者が禁忌であるスペル化によってユウトに憑依、これが暴走した……」
「そう聞いておる」
「では、その首輪の行方はご存知でしたか」
「それは知らん。しかし、それが機能しなくなれば報告書に書かれるはずだ」
「確認致します」
 侍従長が名簿を確認すると声を上げた。
「ここには首輪の機能停止については書かれていません。つまり、機能はしています。首輪はコントラクトの力で管理しておりますから、間違いありません」
「つまり、首輪はユウトかアリスに付いたままということを意味するでしょう」
 スーシィの言葉に王は表情を変えない。
「しらなんだ」
「恐らく首輪を破壊すればどちらかが絶命し、使い魔ユウトは活動を停止します」
「つまり、いつでも止められるとな」
「はい、彼女らの命は王様の手の中にあると言えます」
「確かに確証のない話ではあったが、何故2年も経った今になってそれを伝えた?」
「なくなったものについて教えて頂きたいのです」
 侍従長は身を乗り出して憤激する。
「貴様! 王様と袖較べのつもりか! 遠国の女王風情が不遜にもほどがあるぞ!」
 王は少女の声で高らかに笑った。玉座を片手で二度叩くと、すと立ち上がる。次の瞬間にその表情は虚無に戻っていた。
「良いだろう。我を翻弄しようとした女王風情には1つ敬意を払いたい」
 王は左腕を横に伸ばすと侍従長が焦りにそわそわとしながらその隣りに跪く。
「王様、お心をお鎮め下さい。今はタイタニアメイジの作戦実行の時、王様に何かあれば全体の指揮に関わります」
「では、我が愚弄されているのを貴様は黙って見過ごせというのか。自ら手討ちとすることの何が不満なのだ」
「私は王様の身を案じ――」
「黙れ……我にこれ以上の恥を掻かせることは許さん。それ以上の徒し言葉はお前の首を撥ねるぞ……」
 侍従長が王に持たせた杖には五色のエレメンタルがねじ切られたような工芸があった。
「立て、遠国の女王よ。我と1つし合いといこうではないか」
 細い体は重そうな衣装を引き摺りながら近づいてくる。
「何の為にですか」そう言いつつもスーシィは立ち上がった。
「何が為。決まっておろう、此処にいる者に我らがどういう存在なのか示さねばならん。でなければただ、お前は我に不遜を働く戯け者にしかならないでな。お前を処刑せねばならなくなる」
 スーシィは自らの杖を手にして僅かな戦慄に気を絞る。
「他の者は下がらせよ」一斉に一歩後退する動きはまるで洗練された兵士だった。
 無言の2人の間に石の冷めたい空気が流れる。
「一応名乗っておこう。この国の王である我はル・キルトラ・アカリヤ・ヤベル。サマロ国の王にしてアカリヤ王とは我である」
 スーシィも杖を構えるが、どう見ても正面の王は少女だった。白すぎる地肌は人の温かさを感じない。青い瞳は冷たく輝き、ろうろうと輝く真紅の髪は腰の辺りでゆらゆらと風もないのに揺れていた。蝋人形のような顔立ちの美しさは逆に不気味さを覚える。
「私の名はス・ズロービン・シィラニコフ・ベル」
「我はお前を一民草としての敬意をもって言葉に表したのだが、これは正式な王国間の決闘だったか?」
「これだけの証人がいれば正式にできるでしょうね」
「我は王、それは傲りではなく事実としての王だ。その王にまた王としての名を連ねるお前は誠に――」
「私にはあなたが女の子にしか見えないわ。大人達の身勝手な都合で担ぎ上げられた王よ」
「……愚弄もそこまでいけば死罪かな。まあ良い、お前が勝てば何でも話してやろう」
「私も元女王と断って名乗った方が良かったかしらね」
 それを合図に王の足元から白い光りが吹き上がる。
「lakuma irunka. kel jiyuna mikurioasikaioo dakiruea――(世は常に対照的である。それは我々の頭脳が対照的に出来ていることに起因する)」
王の詠唱の長さは全く過去に類を見ない。ただひたすらに詠唱を唱えるだけの王にスーシィは攻撃すべきと杖を振る。
「Flables explizt!(爆発の火!)」
 杖の先から生まれ出た頭大の火は白いベールに溶かされ消える。
「無駄だ。我の詠唱を遮ろうと思えば、二等級以上の魔法でなければな」
「二等級……ですって?」
「それが我の装備(レジスト)だからだ」
 王の詠唱はまだ続く。床に現れた魔法陣の数は無数に分裂していき、室内を埋めていく。
 万華鏡のように部屋を燦爛と輝かせるそれに衛兵達も感嘆の声を漏らした。
 スーシィはマントの中にある小瓶を1つ割って瞬間的な高出力魔法を生み出す。
「Kile nla Atem!!(爆ぜろ)」
 熱風と炎の光に室内が白く瞬く。煙の中から杖を構えた王の姿。
「二等級と言えば二等級でか、凡人の域をでんな。そして我の詠唱は完了した。用意は良いか」
 瞬間の閃光。スーシィの眼前にあったのは氷の針だった。身を屈めて数本を回避する。
「(速い!)」何十歩も先の石壁に虹色の破片となって散る氷のそれは全くのノンスペルで放たのだった。
「WukuA!!(守れ)」
 大気を何百倍にも圧縮しわずかな氷の破片すら止めてみせるスーシィの杖はその出力に耐えきれず激しく踊る。
「sho(飛翔)」
 王の杖は一瞬のうちに左右に振られると床にはめ込んである石畳が宙へ浮く。絢爛な杖を光の軌跡と共に振り石畳は無数の砂へと変化しスーシィの周囲を囲っていく。
「aka(統べる)」
 砂はスーシィを呑み込んだまま拳の形容を成して圧力を掛ける。王は杖を回すように大きく振って天井を指す。風切り音が鋭く響いた。
 拳の塊はそのまま天井に激しく打ち付けられて粉砕する。侍従長を含めた王の側近たちが天井をシールドして損害を防いでいた。
 天井から現れたスーシィは杖を細かく振って砂を発火させる。
「Atera cuos(爆炎)」
 王の周囲三十歩の範囲に及ぶ巨大な砂火の粉。大気の酸素を燃焼しながら花火のように降り注ぐ。
 王の姿は炎に包まれ、不安の声が漏れる。
 一方でスーシィは冷静に火の粉の囲いから離れて着地した。
 確かな気配が炎の中から覗える。
「遠国の女王よ、さすがにこの程度ではなかろう。我を失望させるなよ」
 城全体が揺れるほど巨大なマナの練り上げ。スーシィはその巨大な魔力に足が竦んだ。
「ura tuikna wdor――(現世の照魔鏡)」
 炎の中から現れる紅い装束に身を包んだ王の姿が1つ2つ……。
「何……?」
 朧気にその姿は3つ4つと増えていく。
「私とは明らかに違う複製の魔法ね」
 ため込んだマナを媒体とした複製ではない、投射した複製。その証拠に重力を無視した空中にまで王の姿は現れる。
 その数は悠に100を超えようとしていた。
「その姿は実体なのかしら? それともそこに見えているだけかしら」
「さて、どう思う? 私の魔法の真はこの照魔鏡にある。恐らくお前にもう勝ち目はないだろう」
 天井に及ぶまでおよそ100の王に囲まれたスーシィは四方から撃たれる魔法に防戦一方となる。火、水、風、岩、ほぼあらゆる魔法が一斉に放たれる。
「う、詠唱力も魔力も全て同格での一斉攻撃なんて馬鹿な話……」
「その程度では国柄も知れるというものぞ」
 スーシィの体は耐えきれず遙か後方に吹き飛んでいく。
「ri tolbalt a rich――(変格融合)」
 スーシィの黒マントの中で小瓶が全て破裂する。赤の霧がスーシィの周囲に纏う。それは青いマナと混ざり紫色に変化(へんげ)する。
「明鏡止水とはよくいったものだ。互いの錬磨が常に最善手を導くのであればこの結末は必然。互いの切り札をこうして見せ合うという披露宴はなかなか乙なものだ」
 スーシィは紫の竜の翼を背に持っていた。翼と尾が付きその周囲は熱と蒸気するマナで歪んでいる。スーシィ自身の肉体の変化なる亜人化。白い地肌はもうどこにもない。
「この戦いは死闘ではないはず。これ以上のし合いが必要なの?」
「お前は我に余興を見せているのだぞ。最後までその責務を全うせぬか」
 100を超える王はゆっくりと円形に並列する。全員がスペルを詠唱し、杖から暴虐の砲撃を放つ。
 竜化したスーシィは広間の柱を縫うように飛び、そこに滝飛沫の如く魔法の暴虐が襲う。
 距離を取ったスーシィに魔法の雨が降り注ぐ。
「Aruia――(複製)」
 スーシィの影が2つに分身する。
「なるほど、複製か……しかしそれだと、本当のお前は戦闘後に膨大な事象処理を強いられるはずだ。一歩間違えれば禁忌になる恐ろしい魔法を考案したものだな」
 2人になったスーシィに王も纏まって対抗することはせずに分断することを余儀なくされた。王は同士討ちを嫌う戦闘スタイルに転換したことでスーシィ1人あたりの負担は常に十数人程度まで激減する。
「1つ答えて貰いたいのだけど、ユウトの件に対して国は問題視しているの?」
 1人の王がスーシィの爪に切り裂かれる。魔法の雨の中で99の王が再び陣形を変化させる。円錐型になることで全方位に対応した同時攻撃を展開した。
「その問いを特別に許可すれば答えは否だ。我は問題視していない。しているのであれば、2年も放置するわけがなかろう」
「そんな馬鹿な! ユウトは世界を揺るがすマナの歪みを生み出す存在となったはず」
 スーシィが魔法を被弾して一瞬後退する。
「ならばその憶測は間違っている。遠国の女王も目が曇ったようだな」
 ノンスペルでスーシィの腕から色が伸びる。マナの凝縮された剣が王の陣形を両断した。
「ふむ。確かに実体をごまかしてしまえばいくらでもマナは流用できるし、スペルも不要か。これは面白い」
 女王は再び陣形を変える。天井から半球型の陣になりもはやスーシィを狙うこと無く空間全てを焼き払う豪火を放つ。
「あ、あなた……」
 スーシィは咄嗟に部下の前に立ってレジストを展開した。
「これで酸素量はほぼゼロになっただろう。ここからはマナを吸って生きるしかなくなる。もはや大魔法は使えぬ」
 スーシィの体が1つに戻っていく。王の体も1つに戻っていった。
「遠国の女王よ。私からも1つ質問させてもらおう。お前の国にあったファンタスへの鍵はどうした? 消えているようだが」
「随分昔の話よ。黄金の暁十二師団、奴らが来た時私の母上が死んだわ」
「なるほど、しかしそれは本当の意味での死ではなかろう。イスムナの女王は決して死なぬと聞く」
「ええ、しかし父上は本当に死んだ。そのせいで母は正気を失い行方を眩ませた」
「黒い髪はそのせいか。ファンタスの毒に当てられよく生きていたものだ」
「ファンタスの毒……ね」
 風の層が光の屈折によって知覚できる。詠唱無しで迫って来たそれを僅かな差で躱すとスーシィのマントが真っ二つに裂けた。
「殺すつもり?」
「二度言わすな、死罪である。それに我はまだお前と決着をつけておらん」
「じゃあ、死ぬ前にもう一つ教えて貰うわよ。この国が失った神器は何?」
「我の質問から我の問題を当てたか、頭は回るくせに礼儀を知らんとはとんだ女王だ」
「よほど言いたくはないようね」
 スーシィは構えた杖と空間に魔法陣を展開する。王が驚愕に声を荒げた。
「これは……ダブル……トリプル……クワドロプルスペル!」
 一度に放たれた黒の弾丸は王の身を裂くように思われた。しかし、それは直前で軌道を曲げて地面に跳ね返る。
 王は身構えた手の間から酷烈な視線をスーシィに突き刺した。
「全く、興が削がれるわ。消滅しない魔法がどれほどリスクの高いことか」
「怖じ気づいたの? それなら良かった」
「戯け。我を小娘と言い、その後は怖じ気づいたかだと……よほど死にたいと見える」
 振った杖からそのまま軌跡が発光して鞭のように色を残す。
 スーシィはその光線を紙一重で避けるも後ろにあった柱はその鞭の部分だけ綺麗に消失した。
 背後を確認してその石をも溶解させる威力に息を呑む。
「純粋圧縮のマナ……しかも運用量が大魔法クラス……」
「メイジの頂点に立つのが王である。そこには性別も歳も関係しない。お前も王であるために身を削ることを容赦なく求められたはずだ」
 青い瞳には色がなかった。どこまでも感情を殺した声にスーシィは頬を緩ませる。
「ええ、わかるわ。王の地位と力を守るために私もあらゆるものを捧げた。でも、人間は誰でも欲を持つ生き物だわ。それは絶対に変えられない、生きている以上は王だけの器には留まれない」
 黒い弾丸が石壁を跳弾してスーシィの真横を横切った。
「ユウトはね、王として生きる道で苦しむ私の目を覚まさせた。生きる力をくれた使い魔なのよ。だから、私は彼を助けるためにこのリスクを甘んじて受け入れる!」
 さらに用意される魔法陣は地面に8つ。全て先ほどと同じ弾丸だったが、それが狙う場所は王ではなかった。
「馬鹿な……12の魔法を同時に操作などできようはずがない……」
「操作なんかしてないわよ、してればとっくにあなたに攻撃されてる。これは『賭け』よ」
 王の唇が歪んだ。わずかに見せた王の焦りは今までで最も人間らしい。それ故に王は自分の感情を制御できなくなっていった。
「お前は愚か者だ! 一歩間違えれば死角から跳弾した魔法の弾丸が体を貫く! その確率は10分に1回は確実だろう、何が賭けだこんなものは正気の沙汰ではない!」
「元はと言えばあなたが部屋の空気を消し去ったからこうなったのよ。言ったわよね、最善手が状況を作り出すと、あなたの頭の中ではここから勝利の道を算出できないの?」
「わ、私は……」
「計算だけが売りの王なんて聞いて呆れるわよ。戦いは計算じゃない、不確定要素を有利に動かすだけが戦いの全てでは無い。環境さえ変われば実力は五分になり得る。それはどちらが先に死ぬかという究極の定義に帰結するものであればそれもまた戦いなのよ」
「戯れ言を……私を愚弄し、このようなつまらぬ賭け合いの策を弄するなど品性というものを知れ女王」
 王は背後からの衝撃に両手を地面に突く。あたった弾丸でレジストである衣装が砕け散った。それが2等級のスペルであったことに驚愕する。
「我が、私になったわね」
「き、貴様……」
 アカリヤ王は杖を握りしめて立ち上がった。再びスペルを詠唱した。
「なぜだ……何故魔法が発動しない」
「この空間のマナ量は術者の防壁魔法で一定量に固定されている。加えて2等級魔法が12個展開され続けていれば後に残ったマナはここにいる全員が吸い尽くし始めているのでしょう」
「馬鹿な……そんなはずは……」
「そうね、本来ならないところに補完されるのがマナの性質。でも勉強不足だわ、息を吸えなくなるということは私たちの生命維持がマナ消費に取って代わると云うこと。極限に薄まったマナの中では魔力をスペルとして構築するより先に生命維持が本能で優先される。あなたのメイジとしての素質の限界がこの地点なのよ」
「王様! 防護壁を解除致します!」
「ならん! 今解除すれば弾丸はお前たちをも貫くだろう」
「し、しかし我らの命より王様の――」
「ならんと言っておるのだ。私に死より重い敗北を味合わせるつもりか」
「……は、はっ」
 スーシィにも余裕はない。首筋を掠めた弾丸がスーシィの横髪を寸断していった。
「仕方あるまい、どちらが王としての器かは、神に委ねようではないか。それほどまでに実力が拮抗していたことに驚きを隠せないが」
「あら、心外だわ。私はあなたのような少女が私と同じ実力にあったことがむしろ脅威よ。どこの王もこんなに強いんじゃ滅多なことで争いは起こりそうにもないわね」
「私など他国から見れば毛並みの悪い王に過ぎん。他はもっと純粋な魔力の桁が違う」
 スーシィの腕が吹き飛ぶ。片膝を付いてスーシィはマントの切れ端を腕に巻き付けた。
 王の足元に転がったスーシィの腕を見て王は哀れみの視線を投げる。
「ほんに正気の沙汰ではない。しかし、負けを宣言するつもりもない。お前が自滅するというのなら私は黙って見ているだけだ」
「ふふ、もし仮に魔法を解除して戦ったとしても大魔法なしで決着など付けられるはずも無い。素手で殴り合った方が早いくらいよ。そういう意味ではこれが一番最善だわ」
「そうかな。弾丸の12を維持し私の魔法を封じているつもりかもしれんが、案外策はありそうだ」
 王は柱に近づいて行く。柱を背にスーシィと向かい合う。
「はっ……」
「仮にと言ったが、構造上ではこの柱は壁だ。これで跳弾が背中から襲ってくることはない。となれば後は正面と左右。お前を正面に据えた今の状況で果たして弾丸が私に当たる確率はいかほどだろうか」
「確率は変わる……」
「そうなるだろう、そして貴様の腕からの出血は魔法陣を1つ解除して回復に回すべきだ。でなければ出血で意識は消え、魔法陣もいずれ崩壊する。さらに回復魔法を使おうとすれば私の攻撃魔法とどちらが速いかは言うまでもなかろう」
 スーシィの顔は徐々に青くなっていく。正面の王は目を瞑ってただ時を待っていた。
「降参するのだ、遠国の女王。お前は充分に我を楽しませたのだ。もう死罪とは――」
「u gal doa――(魔石の球)」
 13個目の弾丸が発射される。それは王の脚を砕いて跳弾し影に消える。
「はっ……そんな、魔法は使えないはず……」
「あなた、ちょっと図に乗りすぎよ。私は勝つわ、この程度で恐れていて戦いが務まるわけないわ」
 魔法陣はスーシィの腕から発生していた。
「自らの体の一部を触媒にしたのか……しかしこれでは……」
 空間に歪な音が鳴り響く。弾と弾がぶつかる不協和音が耳障りなほどに鳴り始めた。
「まて、何故だ? なぜ弾が同じ周期上に並列し始める」
「それが物の性質でしょう。マナは重力の制限を受けない。そして塵は同じ周期上に流れ始める」
「弾が塵と同じ……」
「不規則性に違いは無いわ。一見ランダムに見えても繰り返していくことでその中に密集する空間とそうではない空間が生まれる。その流れはやがて1つの規則になるのよ」
「意志を持つというのか……」
「意志では無く、法則よ」
 その弾丸は空間を生き物のように密集して飛んでいる。スーシィはそれに干渉するために杖を伸ばした。
「Bala(集え)」
 王の正面に弾の群が迫る。回避も防御も追いつかない速度で一面に王の衣服が散った。

       

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Neetsha