Neetel Inside 文芸新都
表紙

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「あり得ないわ」
 学園長の一室でスーシィは眉間に皺をつくって机から壁を睨んでいる。
 どう考えてもおかしいと思うのは特待生の半数を過ぎて4の使い魔がただの一体たりとも召喚されないことについてである。
「魔力も素養も完璧な人材を集めて魔法陣まで用意したのに……」
 4の使い魔を召喚できないのであれば、特待生など烏滸がましい。ユウトほどの例外でなくともカインやシーナのような魔力を持つ使い魔は召喚できて不思議ではないと思う。
「1000――」
 それに近い数の召喚が終わった今、スーシィは過ぎたことを悔やんでも仕方が無いとも自分に言い聞かせる。万が一、全員が4の使い魔を召喚出来なかった場合はユウト攻略が当初の面子になるというだけの話であった。
 シーナからの連絡は毎晩届くものの、ユウトを攻略するにあたって確実性のある話は未だに無い。
 イクシオンの壊滅を聞いてより不確実性が高まったともいえた。
「とにかく明日ね」
 明日で全てが決まる。スーシィは寝室に姿を消した。
 明日はユウト攻略に光明が差すのか、不確実のまま挑まなければならなくなるのか。
 スーシィの机の上に広げられた新聞の見出しにはイクシオンの壊滅を聞いた隣国が1匹の使い魔に軍を動かし始めたと出ていた。

 明朝、霧の中に残りの生徒1022人が集められる。
 この中にはアリシアも含まれていた。当然アリシアが召喚を渋る理由は自前の杖が折れているからであり、今朝になってようやく糊でくっついたのだった。
 スーシィは諦観にも似た顔つきで淡々とメイジの矜持を語り、また生徒も4の使い魔を召喚できるとは考えていない。
 そんな葬儀のような雰囲気の中、一際強い瞳を持っていたのがアリシアが一番始めに話し掛けた少女だった。
「では、名前を」
「カ・アルタシア・ノルアナ・ヤベル」
「カタルナだな。よろしい、それじゃ詠唱を教えるからそれに倣って」
 スペルを聞いて理由もなくカタルナは魔法陣を眺め始める。
「魔法陣がどうかした?」
 端正な鋭い目つき、カタルナが異質な少女であることは誰が見ても一目瞭然だった。教師は自らの心が見透かされるのではないかとその瞳から逃れるように視線を逸らす。
 カタルナは持ち上げていた杖を下ろして魔法陣から脚を離した。
「どうしたんだい」
「体調が優れない。もう少し後にする」
「そ、そうかい」
 教師を尻目に立ち退くカタルナはアリシアと視線を交わらせた。
「次は……名前を言ってくれる?」
「アリシアです」
「アリシアは本名がないんだね。よし、それじゃ詠唱を教えるから倣ってくれるかな」
 アリシアは魔力の出力を最大にして杖に力を込めた。
 光の集束は途端に鉄を裂くような音に取って代わり、周囲に異常を知らせるに充分な気を引いた。
「アリシア! 魔力を込めすぎだ、光の集束に戻して」
「で、でもっ」
 アリシアは杖が折れそうだとは言えなかった。
「焦らなくて良い。召喚魔法はゆっくりで大丈夫だから」
 指先の神経と同化した杖が悲鳴を上げているのがアリシアには分かる。ゆっくりと魔力を注いでいては折れる。それよりは出力を全開にして魔力の通り路を作り、杖の切れ目を支えながら呪文を唱えた方が成功すると思えた。
「Luqal!!」
 瞬間、地面が岩盤となって吹き飛び、魔法陣の書き記してあった芝生は根こそぎ消えて無くなった。
「ああ……」
 失敗だと誰もが思った。杖も何処かへ吹き飛び、見当たらない使い魔にアリシアは呆然と立ち尽くして皆が自分の列に戻り始めた頃だった。
「っぇ――」
 土の中から手が生える。
「うそ……」
「何してるんだ、アリシア。早く手を引っ張ってあげて!」
「は、はい!」
 クレーターになった穴の中央に伸びた腕を引っ張るもアリシア1人の力ではどうにもならない。そこで教師や生徒が徐々に集まりだして数人がかりで引っ張り出すとようやくその全身が露わになった。
「これは……」
 スーシィが駆け寄ってきてわずかに頬を緩ませる。
「4の、使い魔よ」
 見たことのない異国の服にアリシアと同じ茶色の髪。それは男の子の姿をした使い魔だった。泥にまみれて気絶しているものの聡明な顔つきをした少年である。
 その様子を傍から眺めていたカタルナは吹き飛んだ土に残った魔法陣に触れて状態を確かめていた。触れると同時にかき消えてしまう。
「組成が反転してる……魔力を注ぐと地面に抜けていくようになっていた?」
 本来は魔力が外へ逃げないようになっていなければならない魔法陣が地面に抜ける魔法陣となっている。カタルナは周囲を見渡して他の魔法陣での召喚を見た。
 どの魔法陣も3の使い魔しか召喚出来ていない。では何故アリシアは4の使い魔を召喚できたのか。
 カタルナはこの魔法陣に何か仕掛けがあるのだと推測し、アリシアが教師に叱責を受けているのを聞き入った。
「杖がなくなったとはどういうことだい」
「ごめんなさい、召喚するときに弾けてしまったんです」
「あんなに目一杯魔力を注ぐからだろう」
「は、はい……」
 カタルナはその杖を探そうと地面に魔力を帯びた風を送った。
 召喚をするのに魔力を無駄に使うなど、本来はやってはならないのにカタルナはこれがどうしても必要だと思えてならない。
 精神を集中して風の中に魔力を帯びた杖の破片をなんとか見つけ出す。歩み寄っていくと折れた杖の欠片が転がっていた。
「なにこれ」
 そこには糊付けした後が少し残っていてカタルナの細い指にも少し張り付いた。
「糊が熱で融解した後」
 ねちねちと指でいじってみるも糊に違いないと確信し、カタルナはその胆力に驚愕した。
 信じられないという驚嘆だった。そもそも、杖が折れた状態で召喚に挑むなど馬鹿げた話だし、そこに最大の魔力を注ぎ込んだということも考えられない。メイジが一番最初に習うのはスペルの扱いでは無く魔力の危険性、その流用における絶対的なルールだ。それを軽々と無視して偶然とはいえ4の使い魔を呼び出した。下手をすれば四肢が吹き飛ぶか神経が断絶し、二度と使い物にならなくなっていたであろうリスクを彼女はどう考えていたのだろうか。
 知らなかっただけかもしれない。そう考えるとカタルナはそれこそあり得ないと思う。
「仮にも特待生が」
 何か並々ならぬ事情があってやむにやまれず召喚を強行したに違いなかった。
 でなければ、自分の命を崖下に擲つような真似が出来るはずが無い。カタルナにはアリシアが怪物のように見えた。
「凄いじゃ無いか、4の使い魔だって?」
 他の生徒たちがアリシアの介抱する使い魔に興味津々だった。召喚を終えたものは次々と別の場所に移動されるのに対してアリシアは介抱を名目にまだ近くにいた。
 カタルナはそっと近づくとアリシアと目が合う。
「あ……」
 入学式で覚えていたのかアリシアは笑顔でカタルナの言葉を待っているようだった。
「あなた、4の使い魔を召喚できたの」
「うん、杖はなくなっちゃったけど……」
「はい」
 カタルナは持っていた杖の片割れを差し出した。
「あ、ありがとう!」
 アリシアはそれがよほど大切なものだったのか両手で受け取ると涙ながらに感極まった声を上げた。
 カタルナがそれをみて少し動揺する。
「そんなに大事な杖なの」
「……うん、お母さんが初めて私に買ってくれた杖だから」
 カタルナは虐げられ続けていた自分の家とは全く違うのだなと思った。冷えた瞳を細めると本来の目的を聞き出す。
「その杖、初めから折れていた。どういうこと」
「寝てる時にね、折っちゃったの……でも新しいのを買うお金も時間もなくて」
「先生には言わなかったの?」
「言ってない」
「言った方がいい。その杖で魔法なんて使ったら死んじゃうかも知れない」
「う、うん。ありがとう」
「別に」
 お礼を言われるようなことじゃないと笑顔に突きつけようとしてやめた。自分にはまだやるべきことが残っている。3の使い魔など召喚してしまえば生きている間にあの家には帰れない。
 王立神官魔法師。それが最低ラインだった。それが無理なら魔力の楔で心臓を打ち抜くしかない。そのための4の使い魔。全身全霊を掛けて望まなければならなかった。
「ねえ、あなたの名前は?」
 アリシアが人の意気込みも読まずに語りかける。カタルナは半ば投げやりで答えた。
「カタルナ」
「へえ、可愛い名前だね。私はアリシアっていうの」
 先に4の使い魔を召喚したという事実がカタルナに不快感を与える。
 いずれにせよ、あまりもう喋る必要は無いと言わんばかりにカタルナは列の最後尾で目を瞑る。
 魔力の流れに気配を尖らせて魔力がどこに逃げているのかを探った。
 仕掛けているのならこれが教師かそれに連なる者の仕業だということは充分に理解している。スーシィなどという見かけによらない年増のメイジも気にくわない。こんなことをすること事態がはっきり言ってしまえば愚かで無意味なのだ。
 カタルナは他の人間が4の使い魔を召喚できるかどうかなどに興味はない。
 陰謀を暴いてしまおうという正義感もない。
 あるのはただ、どいつもこいつも自分を舐めていると感じる敵愾心だけだった。
 カタルナは靴を脱ぐと足下から魔力の分散されている地中に向けて魔力孔を作る。
 自分でも恐ろしいことを考えていると思った。カタルナは例えるなら吸引器のようになろうとしていた。自らの魔力をゼロになるまで魔力の収集に費やし、他人の魔力を自身に経由させた上で召喚魔法を行使しようとしていた。
 アリシアどころの愚行では無い。下手を打てば自分の体は粉々に消えるか、肉だけが残って神経が消える可能性もある。他人の魔力を運用するという実例はそれほど少ないわけではないが、推奨されているわけがない。
 メイジ個人には絶対優性属性というものが存在する。
 火が得意、水が得意、風が得意、土が得意。それらの優性を決定付けるのは親の遺伝であり血族の証明である。
 カタルナはそういった血を一気に取り込んで爆発させようとしていた。
「もう終わったかね」
「いえ、まだカタルナさんが」
 アリシアの声に教師達がカタルナを見る。
 一見ただ普通に裸足で立っているだけなのだが、何か普通では無い様子に教師は大急ぎで学園長の名を叫んだ。
「これは、これは何をしてるのでしょうか」
 カタルナは徐々に全身が青白く輝き始め、地面から生える草を枯らしていた。
「Leye o navelia(剪定の目)」
 スーシィはここにきてようやく教師達の目論見を看破し、カタルナが何をやっているのかを理解した。
「すぐにここから人を非難させて。学園に最大限の結界を張って頂戴。2089人分の魔力が全方位に炸裂する可能性があるわ」
「な、なんですとっ!」
 教師たちの顔は青天の霹靂でも受けたかのような衝撃に満ちたものだった。
「はやく! 生徒たちの命が第一よ。こうなっては私ももう止められない」
 スーシィは慌てて駆けていく教師を尻目にカタルナを凝視した。衣服はとうの昔に燃え尽き肉体がマナによって融解し始めている。まるで溶鉱炉のように熱い。カタルナは自身に保護魔法を付与していながらその運用段階で頓挫しようとしているところだった。
 周囲を見渡してまだ逃げていないアリシアが目につく。
「ちょっと、あなたも早く非難するのよ!」
 スーシィが必死に訴えるがアリシアは気絶した4の使い魔を背負おうと苦戦していた。女の子が男の子を担ぐのは容易ではない。スーシィはそばにかけよって手伝おうとする。
「すみません」
 アリシアは限界以上の魔力消費なのかほとんど立てないようだった。スーシィは4の使い魔を置いて行くように言うとそれは嫌だと首を振る。
「彼女の名前はわかる?」
「カタルナです」
 スーシィは大爆発を起こしかねない火薬を前にアリシアへ魔法を使うことは躊躇われた。
 学園までのわずかな距離だが、スーシィがレビテーションなどの魔法を使うことは今カタルナの魔力運用にヒビが入る可能性が高い。
「カタルナ、聞こえる? あなたの魔法運用は失敗よ! よく生徒の魔力が地中へ逃げていることを突き止めたと褒めたいけれど、あなたがその魔力を使う前に体がすべて溶解してしまうわ」
 スーシィは再生魔法を使おうとしてこの強大な魔力の瓶のどこを再生するつもりなのかと思い至る。
「っく」
 本体に魔力を当てればそれこそもう取り返しがつかない大惨事になることは明白だった。
 同時にカタルナは自分の魔力が全身を焼くような痛みに必死に堪えていた。
 失敗する可能性が高いことは分かっていながら利用できる魔力を利用しないという手が考えられなかった。アリシアと同じ事をしても4の使い魔が引けるとは限らない。
 カタルナにはそれが許せず、それで引けなかった時、あのとき利用していればと後悔するよりは失敗してでも高リスクでハイリターンを選んだのだ。
「Fifth pentalias……」
 執念の詠唱にスーシィはただ息を呑むばかりだった。使い魔の召喚は断じて命を懸けるようなものではない。それは歴史の中で生まれた価値観だし、世界にとっても普遍の考え方だ。
 この愚かな生徒を置いてアリシアと逃げるべきか、この生徒のそばで死を恐れず何かが出来ないか見守るべきか。それはスーシィにとってもかなりの苦渋を迫られる決断だった。
「頑張って、カタルナ!」
 アリシアはただ1人、カタルナの名を叫んだ。
「あんたたち……本気でどうかしてるわ……」
 特待生は変わり者揃いであるがそんなことは関係ない。気が狂っていると思った。これだけの異常な光景を目の当たりにして死という恐怖がない生徒、自分の体を道具のように使い魔の召喚に文字通り命を懸ける生徒。スーシィは再生魔法を外部からではなく内部から行使しようとカタルナの足下に手を置く。
 カタルナが失敗すれば自分も死ぬだろうとどこか冷静な思考でそう分析しながら魔力を注ぎ込んでいく。
「alction coded……」
 そこで周囲に残された8つの魔法陣が弾け飛んだ。忌々しげにスーシィはその魔法陣を見送ってカタルナの治療を続ける。
 カタルナの溶解は思ったよりも進行が早く激痛の中で肺と喉を守りながら正しいスペルを発音するのは至難に思えた。しかし、これが成功すれば確実に今までにない強力な使い魔が引けるのは確実である。
 何しろビッグメイジの候補が2000人分という規模の大召喚なのだ。
「頑張るのよ」
 アリシアを除けば4の使い魔の召喚はゼロという事実に対してスーシィは味方に裏切られたことを思う。
 体内魔力を使い切られ始めてスーシィの腕が震え始める。
 カタルナの身体が臨界を迎えて光の集束に向かい、もうだめだと思ったとき最後のスペルが聞こえる。光だけはそのまま空へと呑み込まれていった。
 崩れるカタルナの向こうに小さな影を見てスーシィは固まる。
「え?」
 幼い子供。まだ10才にもならないような子供が立っていた。見覚えのある姿にスーシィは恐る恐る近づいて行く。
「あなた、名前は?」
 黒い髪、黒い瞳、そこにあるのは間違いなくあの使い魔と同じ出立ちである。
「…………」
 少年は答えなかった。スーシィをじっと見た後は周りを見回してただ静かに涙する。
 その時、声が天より響き渡る。
『契約は遂行された。お前の時間を貰い、私の力を行使した。願わくば私の消滅を世に伝えよ』
 天より降り注いだ声の主は風と共に消え、残された黒髪の少年は異国の服を纏ってカタルナへと近づく。
「ユウト……ユウトなんでしょう?」
 スーシィが駆け寄って肩を持つも少年は首を横に振った。
「僕の名前は……ラグナ」
 ラグナは『時』の意味という言葉にスーシィはすぐに思い至る。時と慈愛の現人神と呼ばれる存在アガリペラを数年前に証明しようとした一団があったこと。空飛ぶ船団で向かった先にただの1人も帰還者がいなかったことで有名な事件があった。
 時を司る神というものの証明に出かけた世界で唯一初めての一団だった。
 まさかそんな事件にユウトが関わっていたのかとスーシィは腰を落とす。
「ユウトよ。面影も……すべて」
 そこでスーシィは言葉に詰まった。ではなぜユウトは子供に戻っているのか?
 自分とは違い魔法の影響とは考えられない。そもそもユウトはアリスと契約によって縛られている。召喚に応じられるはずもなかった。

 では、ここにいるユウトは何処から来たのか?

 スーシィは何か得体の知れない恐ろしい力が間接的に働いたのだと思った。
 もし、彼をユウトだと信じてしまうと自分はとんでもない失敗か、罪を犯すことになるだろうという確信が芽生える。
 一呼吸置いてスーシィは立ち上がるとラグナに向かって手を差し出した。
「分かったわ、ラグナ」
 

       

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Neetsha