Neetel Inside 文芸新都
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 4の使い魔を召喚できたのがたったの2人ということもあって校内では噂で持ちきりだった。きっとその2人はいずれ王都へ招喚されるだろうというものだ。
 それとは別に特待生は4の使い魔を召喚することが目的だったと噂され、他国の非難が集まった。

 カタルナが意識を取り戻すとそばに少年が座っていた。
 自分が召喚した使い魔であることはすぐに分かったものの、その使い魔ははっきりいって幼くまだ子供でとても強そうではない。魔力も感じられずカタルナは失敗したのかと落胆して仰向けに戻り天蓋を見つめた。
「――っ」
 何かを呟こうとしたところで咳き込む。息を吸うと喉に激痛が走った。
「大丈夫?」
 少年がカタルナの顔を覗き込む。大丈夫だと示そうとして腕を上げるとカタルナの腕には白い包帯がミイラのように巻かれていた。
「目が覚めたんですね」
 淡く派手な桃色をした生徒がカタルナの身を起こして水を飲ませる。
 生活委員という腕に巻かれた文字がカタルナの目に入ると気分を忌々しいものへ変えていった。
「も――」また喋ろうとしたところで苦痛に耐えられず咳き込む。
「喋ろうとしないでください。全身が火傷のようになってしまったんです」
 それを聞いてカタルナは顔面に手をやった。指先からはあまり感触が伝わってこないが強く擦ると包帯が巻かれていると感じる。
「強く触ったらだめですよ。跡になりますから」
「…………」何かを訴えるようにカタルナは生活委員の女子を見たが軽く微笑むだけで部屋を出て行ってしまう。カタルナは自分の両腕を見てそれから胸元の下も包帯があることを確認した。心なしか視力も子供のいる向こう側はよく見えなかった。
「(これが、代償?)」
 変わり果てた自分にカタルナは目の前の少年を見ながら思う。
「(そして失敗したんだ)」
 乾いた唾を呑み込むようにしてカタルナは声にならない声を上げて涙を流し始めた。
「意識が戻ったようね」
 不意に後ろから響いた声にカタルナは文字通り白くなった手で涙を拭いた。
「酷い姿になったでしょう。生きているのが不思議なくらいよ。あなたは2089人、正確には2088人の魔力を運用してその子を召喚したのよ」
 指差された先には不安そうな顔でカタルナを見る少年がいた。
「ただやり方が少し問題だったわね。自分を魔力のパイプにしてしまうなんて方法では身体が破裂しかねない。下手をすればあそこにいた生徒全員が死んでいた。そのことは分かる?」
 カタルナは確かにそうだと思った。2000人もの魔力を突然爆発させてしまえば学園もろとも消えてしまったかもしれない。
 カタルナは頷きながら声を上げようとして押し留まる。
「別に済んだことだし必要以上に責めるつもりもないけれど、はあ……」
 スーシィは頭を抱えて首を振るとベッドの側にあった椅子に腰掛けた。
「本当はあなたを退学処分にするつもりだったわ。私に報告すればあなたは普通に4の使い魔を召喚できたかもしれない。少なくとも生徒全員の命を危険に晒すことはなかった。けれど、私たち教師の方にも問題があった。あの魔法陣に細工をしていたのは教師だったのよ」
 そこでカタルナは全てを悟った。
「あなたは目の前にあるチャンスに命を懸けただけだものね。それは誰にも責められないわ。学園側はあなたを処分しないし、治療に全力を尽くすわ。ただ、火傷の跡は長引くでしょうね。顔の傷は残らないように私が何とか努力するけれど、治療薬が普通じゃ無いから手が足りなくなったらそこの使い魔を借りるかもしれないわ」
 いい? と聞くスーシィにカタルナは頷いた。
「コントラクトはその状態じゃ無理でしょうし、後何か言っておきたいことはある?」
 スーシィが出した紙とペンにカタルナは綺麗な文字で『ありがとうございます』と書いて手渡した。
 午後になって授業を終えたアリシアがカタルナの部屋を訪れる。
 そばに立つ細身の男は撥ねた髪を掻きながら辺りを見回して溜息をつく。
「へえ、これがカタルナって女の子の部屋か。アリシアの部屋よりなんか良い匂いだな」
「ちょっとナイン」
「はいはい」
 軽口を叩くのが癖なのかとカタルナは思った。ナインと呼ばれる男は不躾に部屋を見回すとへえだとかなるほどだとか癪に障る言い方をする。
「早く元気になってね」
 静かにそう言って手を握るアリシアにカタルナは話し掛けることは出来ない。
 ただ紙とペンで『ありがとう』と書いて見せるのが精一杯だった。
「お、なんだこのチビ」
「もう、ナインは外で待ってて」
 チビと呼ばれて持ち上げられるラグナはそのまま一緒に外に追い出されてしまう。
「何で僕まで……」
 廊下に出たナインは全く気に留めていない様子でラグナに話し掛けた。
「お前もこっちの世界に召喚されたんだってな。どんな世界から来たんだ?」
「ん、覚えてない」
「へえ、お前の顔はそうは言ってないけどな。まあ、いいや」
 ラグナは腕から降ろされる。唐突にナインは得意気に片腕を上げた。
「俺の能力、見せてやるよ」
 ナインが指を立てた。指先から音が鳴ると同時にナインの姿が消える。
「こっちだ、こっち」
 ラグナの後ろにナインが立っていた。これはなんだと思うと同時にとんでもない事が起きたのだと思う。
「凄いだろ。スペサルな技だろ」
「瞬間移動?」
「違うな、俺は歩いて移動しただけだ。もともとこんな能力は無かったんだが、どうやらアリシアって女の子に召喚されてから備わったっぽいんだよな」
「時間圧縮じゃないのか」
「難しい言葉を使うなチビのくせに」
 ラグナは眉間を寄せてそれきり無言になる。
「怒っちゃった? 名前を教えろよ、チビって呼ばれたくないんだろ」
「ら、ラグナ」
「ラグナあ? どう考えてもチビに似合う名前じゃ無い」
「そっちだってナインなんて数字じゃないか」
「は? なんで分かるんだよ。……この世界にナインっていう数字の呼び方はないって聞いたぞ」
「あ」
 ラグナは息を呑むと動揺に視線を逃がして部屋に戻る。
「あ、おい!」
 入れ違いにアリシアが部屋から出てくると不機嫌そうに眉を潜めてナインを見た。
「女の子の部屋をじろじろ見たり匂い嗅いだりしないで」
「ごめん」
 ナインはアリシアの背中を追って廊下で尋ねる。
「あのラグナとかいう使い魔はどう見ても子供だろ。何か魔法みたいな力を持ってるのかな」
「わかりません、そんなことより恥ずかしいから他の女の子をじろじろ見ないで」
 心外な言葉にナインは吃驚した。
「いくらなんでもすれ違う女の子をじろじろ見たりしてないんだが」
「ならどうして目で追ってるの。私なにもしてないのに睨まれたりするよ?」
「うっ」
 ナインは申し訳なさそうに眉を垂れる。
「こっちの世界では髪の色がピンクだとか紫だとかコスプレでもない限りなかったんだよ。地毛で染まってるのが不思議で仕方ないんだ」
「なら私の髪でも見ててよ」
「いや、その髪色はよくいたから」
 アリシアは一瞬目を丸くしてからまた不機嫌そうに口を尖らせた。
「とにかく、私の前で、いえ、どこにいようとそのいやらしい目で女の子を追いかけないこと」
「意外と束縛系だな」
「何か?」
 折れた杖を構えて言うのでナインは大人しくもうしないと誓う。
 自室まで戻るとその扉の前に立っている小さい影にアリシアは見覚えがなかった。
「あの、何処から来たの?」
「あ、あアリシアさん?」
 小さい身なりをしたそれはラグナと同じくらいの歳に見える。もじもじと手を揉みながら俯いてアリシアの視線を避けた。
「そうだけど……生徒――」
「生徒じゃ無いです! 先生です!」
 廊下の雑踏がぴたりと止んだ。愛らしい子供の声に注目が集まると誰かの呟く声が風に乗ってアリシアに届く。
「あ、ルネア先生だ」
 可愛いだとか先生っぽくないという声が行き交う中でアリシアの後ろの影が動いた。
「これで先生かよ!」
 なぜかナインは感極まったようにルネアの脇を挟んで持ち上げる。
「ちょっ、何するんですか!」
「こんな可愛美しい先生見たことないぞ」
「ぁ、美しい?」
 アリシアは焦ってナインの襟首を掴んだ。
「ちょっと! やめてって。本当に先生だったら私退学になっちゃう」
「先生です!」
 ナインに担がれながらルネアは紅潮を隠すように両手を頬に当てている。ナインは一瞬考えながらルネアを廊下に降ろした。
「分かったよ」
「ふう、ありがとうございます。実はアリシアさんに広間に来るように伝えたかったんです」
「え、それなら手紙でも良かったんではないですか」
「手紙だと遅くなってしまうので、かきゅうの用事です」
「わかりました」
 
 広間では段の上に教師らが顔を揃えて正座していた。その前方にいる生徒の数は2000を超えている。
 その全員が使い魔召喚に関わった生徒であることは明白だった。
「今回の件では大変申し訳ないことをしました」
 スーシィの隣で頭を垂れる教師に生徒らの不満の声が投げられる。
「4の使い魔を召喚できなかったのはお前らのせいだ」
「ふざけるな! 申し訳ないで済まされるか!」
 魔法でも撃ってきそうな剣幕に杖を取り上げられた教師たちは全員冷や汗を掻いた。
「何故こんな事をしたのですか」
 その声に答えるように教師の1人が徐に口を開く。
「君たちが4の使い魔を召喚するとプテラハに連れて行かれる可能性があったからです」
 スーシィは打ち合わせと違うと思いながら教師を睨め付けた。
「そんな、プテラハとこの学園は関係ないはずではありませんか」
 噂は本当だったのかと野次が飛び交う中、教師は拡声魔法陣の上で訥々と話す。
「襲撃事件の後、事を穏便に済ませるために契約書を書かされました。彼らは契約を呑まない場合には国家の紛争も辞さない覚悟だったのです」
 その説明にスーシィが割って入る。
「それは脅しに過ぎないわ。一方的な契約書を書かされたと言っても既に国王には話を通してある。みんなの安全は教師である我らが守れるという保証もあった。それは撃退したことで証明されたはずよ」
 そのことに並んだ教師たちは物言いたげに睨んでいた。生徒たちは教師の勝手な判断のせいで4の使い魔を得られなかったこと。特待生と云ってその実は誰もその先がなかった偽りの餌だったことを訴えた。
 スーシィは生徒たちの意見に耳を傾けながら教師らの独断で行われた部分については大筋で同意した。
「特待生制度は確かに4の使い魔召喚によってこの国の中枢に加わることが約束される制度ではあったわ。けれど、まず大前提としてユウトがこの世界に存在する限りはこの国はいつでもプテラハのような野蛮な国に付け入る隙を与えることになる」
 これには生徒たちも大多数が納得したように押し黙る。
「ユウトを排除するという前提が4の使い魔召喚の意味に含まれていることを分からないような生徒であれば、そもそも国の中枢に置かれることはないでしょうね。そんなくじ引きのようなうまい話が全てとは思わないでほしいのよ」
 最期まで反論していた生徒たちももはや子供の駄々のようになっていく。そこでスーシィは一気に畳みかけた。
「でも、ここに並ぶ教師たちが勝手に魔法陣に細工を行ったことに対してのお詫びはさせて貰うわ」
 生徒らにどよめきが走った。
「一部来ていない生徒がいるけれど、その生徒は除いてここにいる生徒だけにある権利を与えるわ」
 その大胆な権利の告知は眠っているカタルナの部屋まで聞こえるような大きな歓声によって応えられた。
 教師たちは全員が唖然としていたが、解雇されるのではないかという恐怖からか誰もその案に反対はしなかった。ユウト討伐への志望者を募るというそれは先鋭部隊を作るということでもあった。

 学園での騒ぎが始まったのはそれから数日したユウト討伐への志望者を募っている最中だった。
 スーシィやその他の教師にもその話は耳に入り、喧々諤々とした職員室では誰もがプテラハの事件における恐怖を内に秘めていた。
「開戦とはどういうことだ。ラヴハムは何故今このタイミングで仕掛けた」
「しかし、こうなるとプテラハは我々の学園を占拠するやもしれません」
「生徒を魔法兵に駆り立てると? あり得んだろ」
 スーシィはそんな職員室に入るとゆっくりと教師らを睥睨して歩き出す。
「スーシィ学園長! お聞きになりましたか」
 中年の教師がスーシィに詰め寄る。それを見て他の教師らも集まってきた。
「今こそ、今こそ亡き学園長の代理をお願い致します」
 教師たちは揃って同じことを訴える。フラムの遺言通り、スーシィはフラムに代わって学園長を務めてきたが、それも限界を感じていた。
 原因はこの無能さにあるとスーシィは思う。こちらの意図も読めないくせに命令を無視して突っ走り、その後始末は自分がやると思っている。スーシィは彼らにとらわれずに倦まずたゆまず努力など出来ようはずもない。
 フラムはこの教師たちを自らの力で持って恐怖のうちに支配していたらしいが、それが失敗であることは容易に見て取れた。
「お願いします、お考えをお聞かせください」
「お願いです、スーシィ学園長」
 スーシィは息を吸い込むと今まで生きてきた中で最も大きく声を張り上げた。
「黙れぇ!」
 一瞬のうちに訪れた静寂は言葉にならない動揺に裏打ちされたものだった。
「お前たちは何もわからないの? 生徒がまともに4の使い魔を召喚できなかったからラヴハムは進行を開始したのよ! 4の使い魔という存在はユウトによって格上げされた。その意味は軍事的な意味にとって変わるということくらい、教師なら分かりなさい!」
 誰も開口できなかった。唯一後ろに居たユーレスはスーシィに言葉を放つ。
「お言葉ですが、スーシィ学園長。こうなってはもはや平和的解決は得られないものと思います。プテラハは間違いなくこの学園に魔法兵を要求するでしょう」
「そんなものを聞き入れると思う? 全力で阻止するわ。あなたたちも自分たちの撒いた種だということを自覚して頂戴」
 老人が驚きのあまりに腕を開いて見せる。
「一国の戦争の発端を我々が? は、スーシィ殿は少々お若すぎるようだ。そのような――」
「今後、私に逆らう者がいれば一時的に解雇とさせて貰うわ。私自身本来の責務を擲って、ユウトのためにここにいるということを忘れないでほしいわね」
 スーシィが退室した後、教師は口々になぜあんな方が学園長なのかと噂し合った。
 そして詰まるところ、フラムは教師全員を同格とは見なしていなかったことを悟る。
 それは偏にメイジとしての技量だけでなく、人格としてもだということは誰もが認めたくない事実であった。

       

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