Neetel Inside 文芸新都
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 学園で行われた特待生への優遇措置。教師の責任は重いものの、件の戦争が始まったことでユウト討伐は無理だと考える生徒は多かった。
 また責任を感じた教師も特待生にいくつか高官とのコネクションを約束したことでさらにほとぼりは冷めていく。
 4の使い魔を召喚していないことが、逆に彼らに逃げ道を与えたのだった。
「集まったのがこれだけとはね」
 スーシィのドラゴンを前に5人。それはカタルナとアリシアを除けば目新しい顔はルルーナしかいない。3日前に学園へきていたシーナは心許ない人数を前に落ち着いた様子だった。
「戦争が始まったところには誰も行きたがらないですよね」
「それでも1人くらい居てもいいと思うのだけれど」
「ビッグメイジを倒した奴を倒しに行くんだろ。自殺行為だ。魔法なんてめちゃくちゃ痛いんだぜ」
 ナインの指先に刻まれたルーンが一鳴りするとシーナの正面に突然現れる。
「美しいお嬢様、俺のことはナインとお呼び下さい」
 異常ともいえる瞬間移動に一瞬驚きを見せたものの、隣りに立っていたリリアはその鼻先に剣を突きつけた。
「冗談が好きならそのまま続ければいい。私は冗談でお前の鼻をそぎ落とす」
「怖えこと言うなよ」
 そそくさと立ち去るナインはアリシアの一声で大人しく正座を始める。
「それにしてもシーナ、あなたが帰ってきてくれただけで心強いわ」
 3日前に再び学園に訪れたシーナは前にも増して女性としての艶やかさがあった。長い髪は前より伸び腰下に届いている。
「また会えて嬉しいです、スーシィさん」
「たぶん今のシーナなら一国の王様くらいは相手にできると思うよ」
 ルーシェだけは相変わらず少女然としていた。竜というのは2年ほどでは何も変わらないのかとスーシィは興味深く思った。
「あなたに鍛えられた人間がどうなるのかはかなり興味深いわ」
「……少しいい? 私も一緒に行く意味はあるの?」
 スーシィの背後にカタルナが小袋を腕から下げて見えていた。影にはラグナが隠れるようにして着いている。近くに来てみればその痛々しい包帯はまだ取れていない。
「ラグナだけを借りることもできるけれど、誰かが大局を見て判断することも必要なのよ。あなたには魔法戦闘の指揮を頼みたいわ。あの洞察力に期待してね」
 意外な言葉にシーナは感嘆の声をあげる。
「スーシィさんがそこまでこの方を褒めるなんて本当に凄い方なんですね」
「……」
 カタルナはシーナを一瞥して先を行った。
 特にこれ以上話がなさそうだと判断しての行動だった。シーナはカタルナの後ろを洗練された足運びで歩く子供に目を見張る。
「私たちも行きましょう」その声はシーナにとって遠くに聞こえた。
 
 ナインの叱責にかかりきりのアリシア。ドラゴンのルーシェ、シーナとリリア。そしてスーシィ、カタルナ。最後の1人であるルルーナはただ無言で着いて来ていた。
 シーナはスーシィの後ろに着いてそっと声をかけた。
「あれは、ユウトなんじゃないんですか?」
 スーシィは予期していた質問に首を振る。
「ユウトだとして、本人がラグナと名乗っているのよ。しつこく問い質すわけにはいかないわ」
「でも……」
「いい、シーナ。今はこの時間軸にいるユウトを助けることに集中しましょう。ラグナはユウトかもしれないけれど、ユウトじゃないかもしれない。ただ分かっているのは彼が私たちに味方してくれてるということよ。あの子のことは今は気にしないで全力を尽くすのよ」
 シーナは力強く頷いた。ラグナが偽名であることは分かるし、シーナが幼い頃のユウトを見間違うはずもない。シーナがユウトだと確信してもその幼い姿が何故そこにあるのかは本人が語るまで知る由もなかった。

 ドラゴンが向かった先はリドムバルド領の南東にある小さな街だった。
 街が見えたところで山の中腹に降りると一行は地面に足をつける。夏の気配が近づく森の中は草木で覆われていて脛が流れて歩きづらかった。
「何だよ、もう少し街の近くで降りたっていいだろ」
「あなたはこの女性陣の中で唯一愚痴をいう存在ね」
「俺たちの世界では脚を使って森を歩いたりしないの。森から街にアクセスしないの」
「それは興味深いわね、どうやって移動するのかしら」
「車だよ、車。アクセル踏んで一気に行けるわけ」
「魔法で飛んでいくようなものかしら」
 スーシィはそれが水素という燃料を使って動くものだと知るとユウトの話を思い出してラグナを見た。
「あなたの世界ではガソリンという燃料は使わないの?」
「ガソリン? いつの時代だよ。ガソリン使うのは趣味とかで玩具をいじる人たちかな」
「あなたと似て異なる界から来たと思われる人はガソリンを使うと言っていたわ。けれど、その感じだと呼び出される時間軸が異なるのかしら」
「あ、もしかしてそれってこいつのこと?」
 ラグナが指されるとびくりと肩を震わせて俯いた。
「なんだよ、お前にどんな後ろめたいことがあるわけ」
「俺に構わないで」
 ラグナの声は幼い頃のユウトの声そのままだった。
「早く行きましょう。日が暮れると森は怖いですよ」
 シーナがユウトを流し見て先に歩き出す。ところが、ルーシェだけは目をきらきらとさせてラグナに飛びかかった。
「間違いない、ユウトだよ!」
 スーシィとシーナはぎょっとした表情で2人を見る。
「は、離して」
「どうしてユウトは何も言わないの? 私がユウトの匂いを間違えるわけないよ。それにその声を聞いてあの時のこと思い出したもん」
 ところがその2人を後ろからカタルナが割って入る。
「待って、ユウトユウトって何なの。これは私の召喚した使い魔」
「ユウトはユウトだよ。私の好きな人」
 ルーシェはその小さい体にユウトを抱きかかえて離そうとしない。カタルナは無表情に怒りを隠してスーシィを向いた。
「この人、何を言っているのか全然わからない」
「私もわからないから困ってるのよ。その容姿は間違いなくユウトだし、彼女の話によれば匂いも本人みたいね」
「あのお、行かないんですか」
 アリシアはシーナより進んだところで振り返っていた。
「歩きながら話しましょう。ユウト、いえラグナが何も話してくれない以上は説明できることなんてほとんどないけれど」
 その後カタルナが受けた説明はカタルナにとっても信じがたいものだった。
 ユウトを知る3人ともが、彼をユウトにしか見えないと言うのである。
「少なくとも彼、ラグナは私たちから逃げることはないようだし、無理に聞き出そうとも思ってないの。ただ、どうして話したがらないのかが気になるけれど」
 ラグナは相変わらずルーシェの腕の中でナインにからかわれていた。
「じゃあこの使い魔は強いの?」
 カタルナの訝しむような声にスーシィは首を振る。
「わからない。彼が強くなったのはアリスに召喚されて何年も経ってから。召喚当時は本当にただの子供だったのよ」
「わっかんねえ。こんなガキがこの世界を騒がすような存在になるってのか? こんなに小さきゃ剣も握れんだろ」
 ナインは腰に差していた剣をラグナに持たせる。ラグナの腕はぐっと沈み、ルーシェの腕の中から支えているのがやっとといった具合だった。
「重そうね」
「当たり前だ。戦力外だよ、どう考えてもな」
 剣を取り上げるとナインは先を歩く。スーシィは空いたカタルナの横に並んだ。
「契約を結んでいないのだったわよね」
「声を出せるようになったけれど、マナはまだうまく扱えない」
「でしょうね。リハビリも込めての遠征だし、危険と思ったらラグナと街に居てもいいわ。私たち学園の立場としては何も強制しない」
 カタルナは首を横に振るとラグナに強い視線を送りながら喉に力を込めた。
「チャンスがあるなら名誉を取る道を行く。私にはそれしかないから」
 スーシィは一体何度こういう生徒を見てきただろうと思う。その大半は口先だけの生温い生活から外へ出た勢いで出世を夢見る子供たちだった。
 目の前のカタルナもまたそういった子供たちと言葉は変わらない。
 覚悟の違いを言葉だけで知ることなど到底無理だし、スーシィも人の言動だけで判断する気にはなれなかった。
「その気持ちが死ぬまで持てるのならあなたは本物なのでしょうね」
 詰まるところ人の可能性とは継続にこそあるとスーシィは諭したかった。
「使い魔で失敗していれば私はそこで終わりになる」
 しかし当の本人は時たま1つの挫折によってその後の全ての可能性を諦めることがある。
 言葉にこそ出さないが、スーシィはこの少女カタルナには何かを好きになる機会はあるのだろうかと疑問を抱く。
 人生における価値がメイジとして国王に仕えることであれば、その他の人間の価値をどう捉えるのか。カタルナは間違いなく誰かの価値観で生きている人間であり、そのことに気づかない人間でもあった。
「あなたの欠点はそれね」
 スーシィの言葉にカタルナは鋭く目尻に瞳を寄せる。
「何かをしなくちゃいけない人生なんてのは人生ではないのよ。そんなものに縛られるとしたらその人生はただの虚無になる」
「先生とはいえ、私の生き方に口添えは結構。名家には民への責任と義務がある」
 話は終わりと言わんばかりにカタルナは歩を速めた。
「……それをプライドと言うのよ」
 スーシィの声はか細くカタルナには届かない。

 街に近づくと砦の石積みから声が投げられた。
「この区域は商人以外、誰も通れん」
 斥候兵が徐に数人近づいてくると通行する理由を尋ねてくる。
「なに? 討伐だあ?」
 斥候兵は出身国の証明である魔法札の開示を求めた。
「サマロのウルラ領か。まあ、あそこはビッグメイジがいたから威厳があったような国だしなあ」
「俺は昔そこのビッグメイジに会ったことがあるが、ただのジジイだったぜ」
 斥候たちは嘲笑しながら魔法札をスーシィに返しす。
「通れよ、何のための討伐かはしらんが商人の妨げになるような魔物は1匹でも消えて貰った方がいい」
 最後尾にいたルルーナが脇を通り過ぎると息が詰まる感覚に斥候の男はぞっとした、
「はっぐ――」
 周囲にいた仲間たちが息を荒くする様子を見て狼狽する。
「どうした? お前って癪持ちだったか?」
「違う、あの最後に居た奴……あれはビッグメイジだ……」
 それだけ告げると男は監視の交代を要求し、砦の中へと消えて行った。
 男は悪い夢をみた気分だった。神格化されたフラムが死んだ時、存在するだけで周囲の者を畏怖させるほどの魔力を持つビッグメイジに二度と遭うことはないだろうと思っていた。それが間違いだと知った男は次の日、忽然と姿を消した。

       

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