Neetel Inside 文芸新都
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「検問だ、お前らこの街に入れると思っているのか? 戦時中は商人以外お断りなんだ」
 門番は一際不機嫌な調子でスーシィたちを眺めると口元を歪めて汚い笑いを見せる。
「そうだお前たちあれだろ、娼館に用があるんだろう」
「そんなところに用は無い」
 リリアの声に男は真顔に戻った。全員の顔がそうではないと言っている。
「なら通行は許可できない。どうしてもと言うのであれば通行料を払って貰おう」
 スーシィは毅然と門番の腰の高さから見上げた。
「何を勘違いしているのか知らないけれど、通行料が必要ならあなた達は国益に反する逆賊として捕らわれるでしょうね」
「おい。子供がなんか言ってるぜ」
 門番たちは笑い合い槍を地面に打ち鳴らした。
「何なら、この竜を呼んで街中に降りてもいいのよ。あなた達に排除できるのであれば通行料以上の働きは出来るでしょうし」
 スーシィはそう言ってフードの中から竜の子供を取り出すと門番たちは顔を見合わせて息を呑む。
「通れ、魔物を連れたメイジだと最初から言っていればこんな真似はしない」
 一行が街へと入るのを見送ると門番は互いの視線を合わせて頷く。
「魔力色を記録しただろうな」
「はい、奴らが街中で何かすればすぐに分かります」
「ここ数日で魔物を持ったメイジなんて来たこと無かったんだ。密偵かもしれん、充分に警戒しておくよう衛兵に連絡を」
「分かりました」

「何なのですか、今の人たちは」
 アリシアが独り言のように不満を語る。
「街が少し大きくなるとああいった国の傭い職というのは横柄になっていくのよ。大義よりも力や権力に目が眩んでしまうんでしょうね」
 カタルナがルーシェの腕にいるユウトを取り上げた。
「私たちは別行動で宿を取る。もうすぐ日が暮れるし、この街でしか買えない装備も見たい」
「私も行く」
 ルーシェの声にカタルナは否定の意志を示した。
「やめて、貴女は人間じゃない。後ろから光魔法をかざして見たとき皮膚組織がまるで鱗みたいに光ってた。仲間なら最初に自分の正体くらい明かして」
「……でも」
 ルーシェは一瞬躊躇いカタルナはその戸惑う姿を尻目に人混みへ消えて行く。
「ユウト……」
 その微妙な変化に気づいたのはスーシィだった。シーナのそばに移動してスーシィは先を促す。
「ルーシェは2年の間にどれくらい魔法を使ってたの?」
 シーナはその質問の意図を汲んで答えた。
「活動に支障がない程度には使っていたみたいです」
 スーシィの顔は険しくなった。イノセントドラゴンがどれほどの魔力をため込んでしまうかは寿命に直結する問題でもある。
 かつて初めて会ったときと変わらないのであればルーシェの体の変調は今回が初めてではない。
「私たちも宿を取りましょう。明日からユウトを捜さないとならないのだから」
 
 街に入っていったカタルナは脚を止めた。
「何なの……」
 活気はなく、道に行く人はほとんどが貧相な身なりをしている。土と煤に塗れた人の傍らで品数の少ない露店が建ち並ぶ。
 その身なりの良さを見て周囲の物乞いが手を伸ばした。
「頼む、銅貨でいい。恵んでくれないか」
 カタルナが身を引くと衛兵の男が声を上げる。
「そこのお前ら、散れ!」
 蜘蛛の子を散らすように物乞いたちは去って行く。石の道に布が駆けていくと衛兵の男が下品な笑いを浮かべて立っていた。
「お嬢さん、もしこの街が初めてなら案内しようか」
 カタルナは走った。背中をラグナが追う。見かけよりもずっと速くに走るカタルナは衛兵が見えなくなった通りの途中で歩くようにして止まった。
「この街の宿を探さないと」
 この街でしか買えない装備など期待する気持ちは全くなくなっていた。
 元よりそれは離れるための口実で目的達成のために彼女たちの不確定要素はあまりにも多くそれが障害となりそうなことは予感めいている。
「力を貸して」
 ラグナにそういうカタルナの言葉は偽りの無い懇願だった。ラグナの小さな手にカタルナはバッグから取り出した宝石を乗せる。
「俺に出来ることなら」
 カタルナの一言でラグナは元来た道を戻っていく。
 
 スーシィたちは街の様子に驚きながらも宿と食べ物にありつくことだけは出来ていた。
「戦時中とはいえ酷い有様ね。それほど軍を動かすのにお金が足りないのかしら」
 豆を煮込んだ簡素なスープと固いパンに一行は何とも気の休まらない昼食を取っている。
「足りないなんてもんじゃないよ。男も金もみんな持って行かれた。私らに出来ることはここでラヴハムの軍に殺されるのを待つことだけさ」
 宿のオーナーが頼まれた発泡酒を持ってグラスを配る。身なりこそ裕福には見えないがそれなりに手慣れた手つきで酒を注いでいった。
「何これニガイ……」ルーシェがグラスを押してテーブルの上に伏せった。
「この街は前線に一番近いんだ。仕事をしようって奴もみんな逃げ出しちまってこの有様さ。何しろ、事を構えるならまずこの街に拠点を置きたいだろうからね。そういう意味ではお客さんたちは変わり者だね」
 スーシィはチップを支払うと酒に口に付けて喉を潤した。
「悪くないお酒ね。冒険者とも考えられるわよ」
「これでもこの商売は長くてね。冒険者とそうでない人くらいは見分けられるんだよ。特にお客さんくらい強い人には鼻が利くのさ」
 スーシィはもう一度チップを払うとオーナーの目の色が変わった。
「ここ数日、街の外で軍か衛兵の動きが何かと活発なんだ。何かをしようとしているというよりは何かを探しているような感じだね。早馬で行き交ってはいるが連絡にしては数が多いからね。まあ、それと同じくらい幌馬車も多いんだ。もちろん中身は死体だね、何せ臭ってくるもんだから」
 そこでぴたりとオーナーの口は止まる。スーシィは苦笑いしながらチップをもう一度握らせた。
「いいかい、死体が出るってことは何かと争っているんだ。もちろんラヴハムの軍じゃない。そんないたずらに兵力を使えるほどプテラハは軍兵がいないからね。街から民兵を取る位なんだから分かるだろ? とにかく争っている。それが何かと言うのは1つしかないね」
 シーナやアリシアも声を潜めたオーナーの言葉をじっと待つ。
「秘密兵器さ。とびきり危険な戦況をひっくり返すような兵器がこの近くにあるんだよ」
「ありがとう。もう充分だわ」
「また何かほしいものがあれば注文しておくれ」
 オーナーはカウンターの奥へ戻っていくとスーシィは溜息を着いた。
 同時に店内に甲冑をきた数人の男たちが入って来てげらげらと笑い声を上げる。
「冒険者ですね」
 シーナたちを見ると男たちは顔色を変えて近寄ってきた。
「こいつあ驚ぇた。こんな美人がこんな終末の街にいるなんてよ」
 かっと笑いが起こるとオーナーが大声で叫ぶ。
「あんた達、うちのお得意様に手出しすると衛兵が出てくるよ」
 舌打ちする男達にむかってスーシィは含みのある笑顔を向けた。
「もしその気があるなら今日の夜は鍵を掛けないで寝てなさい。明日の朝には立ち上がれないようにしてあげるから」
 歓喜の声に男達は後ろの席に着いた。出て行こうとした客を引き留めたことにオーナーはチーズの差し入れでもってお礼をする。
 リリスは一連のやり取りを見て眉間に皺を作った。
「くだらん、何のつもりかはしらんがユウトの討伐の段取りを早く進めろ」
「これだから旅の興を知らない子供は困るわ。あなたいくつよ」
「それが問題か?」
 シーナが宥めると同時にナインは撥ねた髪の上に手を置いて嘆息する。
「俺が無視されるとかないぜ。この美人ハーレムの中で唯一男である俺を無視だぜ?」
 アリシアがけたけたと笑い出した。
「ナインはボーイッシュな女の子に見えるんだよ。可愛い顔してるからね」
「酔いが回ってるようね」
「契約もう一回やったらもっと強いルーンにならないかなあ」
 頬を赤く染めたアリシアはナインの横で立ち上がった。
「その契約は違う意味の契約となるかもしれんな」
「ナイン、あなたにこの酔いつぶれたアリシアを任せるわけだけどその契約とやらが果たされたとき彼女が笑っていなければ脳みそを取り出させて貰うわ」
「は?」
「生きた人間、いえ動物が意志もなく道具として生きていく魔法を臨床試験する材料がほしかったのよ。目の前にあるならやらない手はないわ」
「怖えこと言うなよ」
「下衆ばかりだな」リリスが発泡酒を呷る。
「それで、問題はその軍の斥候が捕まえられるかどうかと言うところね」
 スーシィに一同が同意する。アリシアだけは机の上で寝息を掻いていた。
「私が今日中に周辺の斥候を探るから明日、斥候の情報に従って捜索を始めましょう」
 
 夜の一室でカタルナは神妙に一連の話を聞いた。
 全てはラグナのもたらした情報で手にはラグナに渡した宝石と同じものが緑に輝いている。
「それは持っておいて。ルーンがない以上はその宝石に頼らざるを得ない」
 互いの連絡のための宝石だった。決して安くはないし、誰でも持っているようなものでもない。
「そっちに向かう」
「そうね、もう充分。気をつけて」
 風のエレメンタルでもあるその宝石をカタルナはペンダントに填めて身につけた。
 ルーンはまだ刻めなくともカタルナは少しだけ安心した様子でベッドに横たわる。
 魔力を回復するためかほどよい倦怠感に包まれ、カタルナは小さく寝息を立て始めた。
 少ししてラグナが部屋に訪れる。鍵も掛けずにこの廃れた街での警戒心のなさは育ちが良いせいだとラグナは思った。
 そして首元に覗くペンダントにラグナは一層の動揺をみせる。
 受け入れ難い真実ともう一つの真実が確信へと変わり、ラグナは空いたもう一つのベッドに横たわった。

       

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