Neetel Inside 文芸新都
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 明朝に早めの腹ごしらえをしたスーシィたちは宿から出ると同時に衛兵に取り囲まれた。
「この中に重罪人の魔力を検知したと報告がある」
「魔力検知ですって?」
 ジャポルでしか存在していなかった最新魔法具がこんな片田舎の街に存在している理由をスーシィは驚きを持って反応する。
「若干足りないようだが、重罪人は確実にこの中にいるはずだ。罪状はジャポルでの禁忌魔法使用と公務執行妨害だ」
 忘れもしない数年前、ユウトを手に入れるために行った大魔法。スーシィはわずかの間に様々な行動を予測した。逃げられないという結論とは別に残りのメンバーで可能性があるのかどうかと考えが及ぶ。
「どうした、いないはずはないぞ。罪人を庇うのであれば全員監獄にぶち込むまでだ」
「それは恐らく私よ」
 ナインの口笛が耳につく。アリシアはその後頭部を叩いた。
「どういうことですか、スーシィさん」
「そういうことよ。前にも説明したでしょ。私はユウトを手に入れようとしたことがあるって。それはこういうかたちになって自分に返ってきたというだけの話よ」
「無駄な抵抗はするな。逃げれば罪は重くなる」
「逃げないわよ。魔力検知なんていう最新鋭の魔法具をこんな片田舎街で使用されるとは思っていなかった私の落ち度だわ」
 スーシィは大人しく連行されて行く。途方に暮れる一行の中で声を上げたのはナインだった。
「で、ユウトとかいう野郎をまだおっかけるのか? もう司令塔いなくなったぞ」
「司令塔って……」
「私は1人でもやります」
 シーナが前に出るとルーシェが後を追うように動く。それに制止をかけたのは赤毛のルルーナだった。
「スーシィ王がいなくなったのであれば、私が指示させて貰う」
 これまでほとんど口を利いてこなかったルルーナの抑揚がないしゃべりは事務的ですらある。
「私は祖国サマロと私の君主に対して害をなす魔物を狩る。調停者として協力者のスーシィ王が不足とあってはスーシィ王にとって代わるのは私だ」
「いいえ、それは違う」
 カタルナはくすむ水の髪を風に靡かせて立つ。ルルーナの無表情とカタルナの無表情は見かけに置いては変わらない。似ているとも言えた。
 そこに激情があったとすれば、ルルーナはただ忠誠に尽くそうとし、カタルナは自らのプライドだった。
「hyeli isscula(火花)」・「hyeli isscula(火花)」
 一瞬の詠唱が両者の中央に光を起こした。
「私の特技は相手の詠唱を完全に復唱することなの。言葉より先に相手のスペルが分かる」
 ルルーナはいつの間にか抜いた杖を下ろして1人歩き出した。
「私はアカリヤ王に仕える者。お前たちは何に仕えているというのだ。王に仕えぬ民など私の知るところではない」
 風に乗る言葉は耳朶に触れると、その姿と共にかき消えていった。
「戦力がさらに減ったじゃねえか」
 ナインの声にカタルナは首を振る。
「関係ない。彼、ユウトはもうここにいるのだから」
 その言葉に促されるように影からラグナの姿が現れる。

「記憶喪失だっただと?」
 ナインは指を打ち鳴らしてラグナの背後から頭を鷲掴みにする。
「ちょっとナイン!」
「ちょっと思い出すようにシェイクしてやろうと思ってな」
「やめろ、だいたい忘れているとは言っても断片的だ。だから言うのを躊躇っていたんだ」
 リリスはいつもの不機嫌さを増して顎を引く。
「なら、その整理がついたということか? 今まで黙っていた理由は」
「俺に発動したのは現神アガリペラの力だろうと思う。ただ、アガリペラはその……俺が倒したと思うから契約がなんだと言った最初の言葉がよくわからない」
「嘘……現神を倒したの?」
 ルーシェに頷くユウト。
「倒したのは俺の力じゃ無い。そのうち話すよ」
「良かった……ユウト」
 シーナの抱擁をなすがままに受け入れるユウトはただ「ごめん」とだけ呟く。
「それにまだ終わってない。もう1人の俺は消えていないし、たぶんそっちがアガリペラの真の目的のような気がする。黙っていたのはこの恐るべき事実が真実である確実性が無かったからだ」
「お前、ガキの姿のくせしてしゃべり方がおかしいぞ」
 ユウトは無視して話を続ける。
「昨日、俺の中で1つの記憶を思い出した。シーナ、昔にあげたペンダントをまだ持ってる?」
「もちろんあります」
 シーナのペンダントは空のまま首にかかっていた。
「ありがとう」
 ユウトは静かに深呼吸して言葉を紡いだ。
「現神アガリペラは自分が消された過去を改変している。その存在を俺に置き換えて再び神の存在証明を行おうとしている」
 誰もがそれに耳を疑った。
「まてまて、その現神アガリペラ? って何なんだよ」
 ナインだけはアリシアと同じく首を傾げている。
「現人神アガリペラは現存する最古の神。時と慈愛の現人神。その不在証明は失敗に終わった。そのはず」
 カタルナの説明にユウトは同意する。
「失敗した。最深部に辿り着いたのは俺だけだった。あの場から生きて帰れたのはアガリペラに別の算段があったからだと思う」
 ユウトは片手を上げ甲を見せるとそこには1つのルーンが浮かび上がっていた。
「私が昨日コントラクトをしようとしても出来なかった。このルーンは他の誰かのもの」
「俺の存在は別の過去によって証明されようとしている。そうなれば、もう1人の俺の方は新たな現人神アガリペラとして君臨することになるはずだ」
「じゃあ、アリスさんにスペル化の魔法を教えたのって」
「それは違う。アガリペラは俺が神格化するのを待っていたようだったし、自ら干渉できるような状態にはなかった」
 ナインは呻り声をあげて腕を組んだ。
「ちょっと待てよ、ってことはお前は神を倒してその恨みを買って乗っ取られたお前を倒さなきゃならんってことか?」
「大体はあってるな」
「だが、そうなるとお前はなぜ前のユウトの記憶まで持っているんだ?」
「それは俺もよくわからないが、向こうの体にあるべき俺の精神がこういうかたちで外に放出されたせいじゃないか。アガリペラは時を改変することで自分の存在を強引にこの世界に再び顕現しようとしてる。少なくとも俺はそう感じる」
「私も同意見」
 カタルナの声を最後に沈黙が訪れた。
「勝てるのかよ。お前」
「俺か、まず無理だな」
 ユウトは即答しながらそれでもと続ける。
「ここで逃げるという選択肢は俺にはない。仮にも多くを殺めているのは俺の体だし、このままだと本当にアガリペラは止められなくなる。今のあれを支配しているのはただ1つ『殺せ』っていう言葉(スペル)だけだ」
 ナインは空を仰いだ。
「とんでもねえ場所に来たもんだ」
「1つ聞きたいことがあるんだけど」
 ルーシェは真面目な面持ちでユウトに向き合う。
「向こうのユウトはもうユウトじゃ無いの?」
 しばしの沈黙。ユウトは静かに首を振った。風が一陣吹き抜けていく。
「わからない。今の俺がどうなっているのかは……ただ、慈愛の神でもあるアガリペラは数年前に消失した。そして再びこの世界に存在を匂わせている。それは俺の記憶が食い違っていることからも明らかだ」
「それがペンダントなんですね」
 頷くユウトはそれこそが確信だと言い切る。
「俺の記憶は今、2つある。1つはアリスの使い魔として生きた記憶。もう1つは暗くもやがかかっているが、アリスが存在しないシーナの使い魔として生きた記憶だ」
 その言葉にシーナは息を忘れたように硬直した。心臓が高鳴り音が遠のく。
「そう、だからこれは私の問題でもある」
 そこでカタルナが服を捲ってみせる。そこには虹色に輝く皮膚が見えた。
「魔力が溜まっている……?」
「彼の存在が記憶の通りとなるのなら、私は召喚に失敗して死ぬという運命に置き換えられる。その場合は学園全員の生徒の命が消える可能性もある」
「そんな……」
「これ以上、どんな最悪があるんだよ」
 ナインの言葉に一行は言葉を失ってしまう。
「もっと言えばスーシィ学園長がこの討伐に介入できないのはたぶん特待生を集めたせい。ユウトを目的とした行動は全て他の要因、原因によって置き換えられていく。アガリペラの復活が近づけば近づくほどアガリペラに到達できる存在は減っていく」
 

       

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