Neetel Inside 文芸新都
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「れ、レビテーション!」
 ユウトの右腕からは虹色の光が空に溶けてゆき、アガリペラは光を失って躰を折っていた。
「良かった、無事に倒したの」
 カタルナのそばで仰向けに倒れるユウトは小さく頷いた。
「ユウト!」
 シーナは泣きはらしたような瞳でユウトの手を握る。起き上がったアガリペラにユウトも向き合った。
「なぜ我を討つ。なぜ……」
 アガリペラその声に不気味な男の声が答える。
「造作に預かるためだ」
 地に広がった魔法陣。アガリペラは全てを悟ったように醜悪な顔に歪み首だけで後ろを振り帰った。
「神への冒涜、なんたる悪――」
 アガリペラの首は魔法陣によって断ち切られると声はそれ以上発せられることはなくなった。
「よくぞ、と言った方が良いのか。ようやく、と言った方が良いのか。何にしても予想外であったこれの利用価値もなくなった。褒美に1つ特大の遊戯を最後にプレゼントしよう」
 白髪白目の男がゆっくりと空景色の間から割って出る。
「な、なんなの……」
 アリシアの声にナインがすかさずユウトたちの前に出る。
 睨み合いは唐突にその名を持って終わった。
「私の名はソムニア。ある目的を計画し、君たちを見させて貰った」
 ユウト以外は動揺し、突進するユウトにソムニアは不動をもって応える。
「どこを狙っている? 幽霊屋敷で出会ったときの君はまだ若さがあったな」
 言下にユウトの腰が宙に浮く。ソムニアの拳がユウトの腹を打ち上げていた。
「がはっ――」
 ソムニアは気味の悪い満面の笑みでユウトの顎を持ち上げて掲げる。
「若さとは何か、それは不可能を知らぬ無知だ」
 白い瞳がシーナとカタルナを見下ろすと彼女たちの全身に魔法陣が出現した。
「それは、アリスのと同じ――」ユウトの顎が軋み、それ以上の言葉を遮られる。
「ある人物は言った。この世に想像を実現できない力はないと。では、不可能とは何か」
「そりゃ不可能ってのは出来ないと思ったこと全部っしょ」
 ナインの言葉にソムニアは満足げに頷く。
「そうとも、どれだけ滑稽に思えるものも出来ると信じた人間は出来る。それが自分の頭の中だけで完結したとして、出来ていないことに何故なるのか」
 ソムニアはユウトを地面に落とすと蒼剣を両手で取り2つに折った。
「知る者がいないからだ。他の人間は当人が何をしたか、何もわからない。わかるようにするには五感に働きかけなければならない」
 ソムニアの手の平が広げられて革手袋がぱりぱりと音を上げる。
「人間は五感に支配されている。味覚、聴覚、視覚、触覚、嗅覚。この五感が共通だからこそ、人は他者を認め、現実を認め、事実と妄想を区別する。だが、どうだろう。その垣根を越えられるとしたら、五感の強さでもって相手を圧倒し共感させ、従わせられるとしたら。ああ、そうだ……アリスのルーンがまさにそれだった」
 ユウトの腕にもうルーンはない。ユウトは口から血を流しながらソムニアを睨んだ。
「魔法はいい。強い力のある者が弱い者を従わせる絶対の力。シンプルだ。だが、脳で感じることも魔法のようにいくとしたら、この世はずっとシンプルに安寧に満ち足りることとなるだろう。それこそ、黄金の暁。新たな時代の幕開けだ。その犠牲の1人に彼女も選ばれ、また君たちも選ばれる悦びに預かれるのだよ」
 ソムニアはこの場に残ったアリシアやルーシェにも目を向ける。
「ナイン!」
 ユウトの叫びにナインが指を鳴らす。ソムニアを捉えた拳が当たると同時にその姿はかき消えた。
「光を操る神と云うのも悪くは無い。実体が何処にあろうとただ光の届く場所であれば存在できる。あえてこれを使わなかったとしたらとんだ頭の悪い神だ」
 全員を目にしてソムニアは一言「遊びすぎたな」と呟いた。
「プレゼントが到着したようだ。君たちに暁あれ」
 ソムニアが風のように消える。
 同時に聞こえてくる無数の足音。春の草の根を踏みつぶす甲冑の音。蹄が土を蹴る音。
 その合唱の主は無数の軍勢だった。
「1番隊左翼へ、2番隊右翼へ回れ!」
「どうしてこんな数の軍が?」
 森の中、林の奥からこちらを窺い展開された布陣にもう抜け道はなくなりかけていた。
「逃げろ、シーナ。みんなも」
 ユウトは黒剣を杖に立ち上がると覚束ない脚で立ち上がる。
「いやいや、どう見てもお前かっこつけすぎだって。ここは大人しく投降しようぜ」
「投降はしないで!」
 木の上を跳び回ってユウトたちの前に降り立った1人の少女。桃色の髪に赤目はレヴィニアの姿だった。
「奴らの目的は使い魔のユウトだけ。投降したら殺される!」
 魔法隊の巨大な使い魔が木の上から頭を覗かせていた。
「あれ、トールだよ! 3の使い魔で一番強いって言われてる、初めて見た」
 ナインがアリシアの手を引いて駆け出す。ルーシェがユウトを呼ぶとユウトは首を振った。
「考えてる時間は無いぜ。逃げられるヤツは逃げるってことでいいよな」
「カタルナも早く行ってくれ」
「私の使い魔を置いていける?」少しだけ怒気を孕んだ声にユウトは安心した。
「このルーンの力、見ただろ」
 全く光を失ったルーンにカタルナは訝しみながらもルーシェたちの後をゆっくりと追い出す。
「あんた、ばっかじゃないの?」
 レヴィニアが増え続ける兵の気配を察して木の間へ跳び込んでいく。
 ユウトは最後に残ったシーナを背に剣を構えた。
「リリアのこと、悪かった」
「あれはユウトじゃありませんでした。それに例えここで死ぬことになっても着いていきます」
 伏せったリリアを尻目にシーナは杖を構える。
「シーナ、最後に聞いて欲しいことがある」
 ユウトの前から兵が1人、また1人とその銀を現した。
「アリスは自らの死を受け入れられなくて世界を憎んだ。でも一番憎かったのは弱い自分だったんだ。理不尽な運命を前に死ぬほど努力してもだめで、何をしてもだめだと分かったとき、ただ生きていけるヤツを羨むことしか出来なかった。そうしてアリスは俺だけに『生きてほしい』と願ったんだ……それをあいつは利用した」
 シーナが事を構えるより早くユウトはシーナの首に当て身して眠りに着かせた。
「俺はあいつを殺して報いを受けさせる。その手を穢すのは俺だけでいい」
 馬に乗った鉄仮面の騎士がユウトに槍を向けた。
「かかれ!」
 夕日は鉄の斬り合う音に追い立てられるように闇へ呑まれていった。矢を受け、槍を受けてもユウトのその身は地に立っていた。
 薄れる意識と迫り来る無数の剣の刃にユウトもこれまでと幾度となく諦めかける。
 しかしその度にユウトの中に声が木霊した。
 生きて。
「俺は生きて、あいつにアリスを殺した罪を償わせる」
 やがて剣の轟きは森の奥に消えてゆき騒がしかった兵たちも皆大人しくなる。



       

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