Neetel Inside 文芸新都
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「よく倒れずに着いてきたな」
 ひと月ほどの月日が流れて森を抜けたところで、ユウトは何故かそんな言葉を掛けられた。ユウトは子供っぽかった顔つきが少し凛々しくなり、活力に満ちている。
「ずっと助けてくれたのはシャラ姉さんだよ」
 女の名前はシャラといった。姉さんをつけることを強要されて、ユウトはしばらく戸惑ったがそれ以外に辛かったことは雛を食べた最初だけ。最後はユウトのほうがシャラより森での生活に意欲的だった。
「野生の本能が凄いんだなお前は。ガサツな私とは違うようで何よりだ」
 森での生活。それは決して楽ではなかったが、シャラはユウトによく気を配った。ユウトもそんなシャラの気遣いに気づいて努力を惜しむことはしなかった。
「見ろ、そこに見えるのが私のいた国だ」
 城壁が壁に覆われたその国は外から中を伺い知ることはできなかった。薄い雲の覆う空と同じように砂が吹き荒れ灰色の国。ユウトの知っている綺麗な学園とはかけ離れている。
「あんまり食べられる物がなさそうだね……」
「はは、そっちの心配か。しかしその通りだな、私たちは剣の技で食べている国なんだ。だから、弱い奴は飯を食えない。女も男も関係なく剣士を目指し、戦えなくなったものは他国へ仕事をもらいにいったり商人として物を買ってきたりする。楽ではない、皆が剣に命を賭ける、そんな場所だ」
「…………」
 ユウトはその国がなんとなく寂しそうだなと思った。
「行くぞユウト。いいか、今からお前は私の生き別れた弟ということで通せ」
「はい」
 それがユウトの見た最初のラジエルという国だった。魔法使いのいない剣士だけの最強国家。他国はその気高い剣士たちに敬意と畏怖を込めて聖剣士(パラド)と呼んでいる。
「ここが新しくお前の才能を磨く学舎だ」
「……」
 けたたましく鳴り響くのは鉄の打ち合う音だった。壁の内側に入ったユウトはシャラに案内されるままにここへ来た。だから、どういう道順だったとか、そういう細かいことは覚える間もなかった。
 ただ、その剣の学舎はとてつもなく大きく堅牢で堅固な石造りでユウトは圧倒されていた。
「ここが、学校?」
「学校とはいわない、学舎だ。ここにいる生徒は全員ここに住んでいる」
「シャラ様、お帰りでしたか!」
 突然声を張り上げて近づいてきたのはシャラよりずっと年上の大人。鋼鉄を胸に纏った男だった。
砂場を革靴で蹴り上げて走る格好は映画か戦隊ものの一人のようだとユウトは思う。
「ああ、今帰った」
「よくぞご無事で。親戚に会うと仰っていましたが、この子が?」
「そうだ、私の弟にあたる。正しくは亡き先代ライン様のだがな」
「そうでしたか、では早速お仕事のほうをお願いします。それと、総帥からお話しがあるそうです」
 立ち去ろうとする男。その様子はあまり深く関わりたくないといったよそよそしいものだった。
「まて、こいつも今日からここの一員だ。ここで剣術を学ぶ、部屋をあてがってくれ」
「今なんとっ? 試験も受けずに入学、ということですか……? しかし東棟は満室状態ですよ……」
「なら西棟でいい。この顔なら女でも通じるだろう」
「そこまでですか……わかりました、しかしどうなるか知れませんよ」
 シャラが建物の中へと消えると、男の気配が一転する。嫌な気配が男から漂ってきた。
「おい小僧、いや小娘か、こっちだ。さっさと来い」
 ユウトは動揺に一瞬声を詰まらせる。男の声は苛立っていて、低く凄味を帯びていた。自分は男だと言い返したかったが、それは許さない空気だと感じる。
「全く、シャラ様の傍若無人な振る舞いにも困ったものだ、男を女と扱えなどと……」
 男は悪態をつきながらユウトにお構いなしに歩いて行く。着いてこられなければ関与しないといった雰囲気が滲み出していた。
 学舎の中は外と違って木造になっている。そこには外の埃っぽさはなく独特の涼んだ空気が流れていた。昔いた訓練所ほどの臭いもなく、ユウトは久々にくつろげる空間から嬉しさを感じた。使い魔の訓練所はとにかく獣臭かったので同じものを想像していたユウトはこの上なく安堵する。
「きゃああ!」
 突然の悲鳴がユウトの頭を突き抜けた。男の視界に遮られたその先を見ると女の人がほとんど裸で立っているので、ユウトは慌てて男の背中に隠れる。
 視線を流しているとすぐ隣には入浴場がありそこから湯気が廊下に流れていた。
「シャラ様の使いだ。そこを退け!」
 一体どうして廊下を裸同然で歩くのかと不思議に思うユウトだったが、その疑問は部屋に入ったときに忘却するのだった。
 木で出来た頼りない扉は風で微妙に揺れているようにさえ見える。
「今日からここがお前の部屋だ。じゃあな」
「え、はい……」
 何もかもがおざなりなまま男が立ち去り、また廊下の影から黄色い悲鳴が聞こえた。ユウトはここで本当に合っているのか不安だったが、とりあえず部屋に入ることにした。
 ノブが壊れていて、回さなくてもその扉はそのまま開いた。
 部屋の中に入ると何となく感じる気配。ユウトはそれが他人の気配であることをすぐに理解した。
「はあ? ちょっと、どういうつもり?」
 だれか出てきたとユウトは焦る。元からいたのは一人の女の子。歳はユウトと同じくらいで髪を梳かしていたのか、片手に木で出来た櫛を持ってストレートに流れる髪がルビーのように眩しく流れる。
 眉をつり上げているが、あどけない少女の瞳は威圧という言葉には今ひとつ凄味が足りなかった。
「どういうつもりって、さっきここに寝る部屋を案内されたんだけど……」
「はあ? ここには私がいるのよ! 他人の部屋に勝手に入るなんて恥を知りなさいよ」
「え、でも僕はここが僕の部屋だって案内されたんだよ」
「はあ……? ちょっとあなた女の子なのにボクって言うの?」
 少女は心底わけがわからないといった風でユウトもわけがわからなかった。やっぱりこんな場所は間違いだったのだろうとユウトが口を開きかけたとき。
「ちょっと確かめてくるから、貴女はここから動いたらダメよ。いい?」
 少女の決断力のほうが早かった。櫛を部屋の奥のベッドに投げて、いきなり着替え始めたのだ。
「うわっ!」
「はっ? 何!」
 慌ててユウトが後ろを向くと、今度はいきなり後ろに引っ張られるユウトだった。
「ちょっと、じゃっま! しかも貴女ひどいにおい。クサイ! 泥水の中でも抜けてきたみたいに汚れまくりだし……本当にそれでも女の子なの? とにかく部屋の中に一滴でもその泥を落とさないで」
 ユウトはその赤髪の少女が通り過ぎるのを目で追う。白い地肌に輝くルビーの髪も目立つが、グリーンの瞳は今まで見たどんな人よりも衝撃的だった。後ろ姿に見たマントがひらりとして凄く格好いいなとユウトはその背中を見送る。
ここ数日森の中で気を張り詰め続けていたユウトは座るだけで疲れが癒されていくような心地になっていく。
 それから少女が帰ってきたのはユウトがたっぷりと日が暮れるまで惰眠を貪ってからだった。
「シャラ様! 本当ですかっ!」
 そんな声がユウトの意識を覚醒させた。少女の嬉しそうな声を聞いてユウトも事態が丸く収まったのだと安心して立ち上がる。扉の近くまで気配が来るとその二つの影は立ち止まった。
「じゃあ、毎朝伺いますね!」
「いや、それはちょっとな……」
 声が近づいてきて、ユウトは扉の前で構えた。
「短い間だったが変わりないか、ユウト」
 扉が開くとシャラが立っている横にさっきいた少女の姿があった。少女はユウトに物言いたげな顔で眉を潜めたが、すぐに視線をシャラに戻す。
「では、後のことは私にお任せください。約束、忘れないでください!」
「ああ」
 シャラは身を屈めてユウトの耳元に囁いた。
「しばらくは女のふりをして過ごせ」
 少女はシャラに会釈して別れてしまう。女のふりと言われてもユウトには何が何だか分からなかった。
 ユウトが不思議に思っていると、少女はユウトに向き直ってにやりと口元をつり上げた。
「あんた、本当は男なのね」

       

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