Neetel Inside 文芸新都
表紙

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「えッ?」
「普通に聞こえていたわよ、シャラ様の声。運が良かったわね、私の部屋、で……も、もし私じゃなかったら今頃は斬り殺されていたかもしれないわ」
 そうして、少女は何やらその口元がぴくぴくし始めた。狭い部屋のベッドの上に立ってユウトを見下ろす。
「それで、僕の部屋はどうなることになったの?」
「ええ、その話……? 余りの部屋がないみたいだから取引してもらったわ……」
「え? どういう意味?」
「私はね、取引内容を聞いたとき後のことは別にどうでも良くなったの。あなたのこととか」
 振るわせる拳を胸の横で固く握りしめ、少女はユウトを指さした。
「あんたをこの部屋に置いて面倒を見る代わりにこの私に個人訓練をつけてもらうって聞いたら良いですよって言っちゃった! んだもん……」
 ユウトは唖然と少女を見る。少女の指先は定まることなく揺れていた。動揺か、後悔か、とにかく少女は震えていた。
「「はああぁぁ――?」」
叫ぶように頭を抱える二人。
「貴女ほんとうは男なの? 本当に? ――男なんて聞いてない!」
「ちょっと待って、じゃあ僕もこの部屋で君もこの部屋っていうこと?」
「私はシャラ様が好きだから、絶対イヤなんて。だから頼まれると何も断れなくて……それ以前にあんたが男ってどういう冗談なのッ!」
「じゃあ、とりあえず僕出て行くから……」
「待って! それはダメよ! もし男を部屋に入れたことがここでバレたら私がここから破門される。これは掟なの、とにかくあんたはこの部屋にいて。私が出て行くから……」
 涙目で出て行きたくない雰囲気を出しながら支度を始める少女にユウトも呆れかえる。
「何で取引したの……」
「私、どうしてもシャラ様の剣術が学びたいの。それがずっと夢だったから……。だからあんたに良くしたらシャラ様が剣術を見てくれるって――」
「それで自分の部屋に僕を?」
 頷く少女にユウトは眩暈がした。こんな人とうまくやっていけるのかと。
「でもね、あんただって男っていうことを隠してたでしょ。それにこの部屋を全て譲る気なんてないからそこは勘違いしないで。いい?」
「いいって聞かれても……僕は何もわからないよ」
 ユウトにはどうすることもできない。部屋の広さを考えても到底二人がベッドを並べることなどできない。どちらかが床で寝る、もしくは2人で一緒にベッドに入るしかなかった。
「とりあえず、あんたの名前は?」
「生浦悠人」
「イクラ……ユるト?」
「ユウトって呼んでくれればいいよ、みんなそうだったから……」
「そう、私の名前はズ・レミュオール・クリス・ベル。レミルよ」
「はあ、レミルちゃん……?」
「は? ちゃんって何? 異国の人の名前?」
 ユウトのいた国では親しみを表す言葉としてちゃんを付けると言うと、気持ち悪いからやめてほしいとなった。
「お互い自己紹介も済んだことだし――あぁっ!」
 突然レミルがユウトを見て頭を抱える。病気かとも思い、レミルを心配するユウトだったが事態はそうではなかった。
「ユルト! その薄汚れた体を何処で洗えば良いと思う?」
「それは……」
 部屋を見渡しても出入り口以外の扉はない。
「レミルはどうしてるの?」
「私は大浴場で済ませてる。けれど、当たり前だけど女の子しかいないの。男は反対側の寮にある大浴場だし……」
「じゃあそこまでいくよ」
 レミルは片手をこめかみに当てて首を振った。
「そこが大問題なの。ここの生徒はきびしく男と女で別れているのっ」
 レミルが語るにはこの国では修練者が異性と顔を合わせることも言葉を交わすことも禁じられているという。剣を学ぶ者は異性を知ってはならないという厳しい掟が存在すると聞いてユウトは不安になった。
「僕はいいの?」
「ユルトは特別なんでしょ。あのシャラ様がわざわざ女の子に振る舞えっていうくらいだもん」
 そういう問題なのかと思うユウトであった。
「そういうことだから、今から向こうへ行けば終わったも同じ……」
 それでもいいのではと提案するとレミルは断固拒否した。
「ユルトは良いかもしれないけど、私は困るの! シャラ様に剣術を教えて頂くなんてここの寮生がどれだけお願いしても叶わないことなんだから」
 それほどに強いというシャラがユウトと共にいる間にその剣を振ったことは一度もなかった。ユウトは興味が沸いてくる。
「とりあえず、ユルトは人がいない間に浴場へ入るしかないわ。見つかっても女の子っていうことにすれば大丈夫かもよ」
 何が大丈夫なのか一片もわからないユウトを置いてレミルは嬉しそうに部屋を後にした。解決気分で浴場を調べてくるらしい。
 レミルがいなくなってベッドの横に細い剣が置かれていることに気が付く。立派ではないものの、使い込まれた暖かみのある剣だった。
「なんか、かっこいいな」
 剣術の学校。ここにいる全員は剣のみを極めているのだろうかと想像するユウトはなんだかわくわくしてくるのだった。これだけ大きい学校にいる沢山の自分と同じくらいの生徒がどんな剣の修練しているのか、ユウトの世界では考えられないことだった。
「ユルト、何してるの? ユルトは今くさいんだからあんまり動きまわっちゃだめよ」
「ユウトだよ」
 名前を覚えないことに軽く傷つくユウトにレミルは浴場の状況を話してくれた。
「浴場はニチボツ? と同時に閉じられるの。正確には日ボツしてその日の浴場係が来てからね。問題は見つからないようにできるかどうかだけど……あんた魔法は使えるの?」
「使えないよ」
 ユウトのその声にぱっと花が咲くように微笑む顔は花を見るようだった。
「そうだよね、当然だよね。ま、剣術学校で魔法を使えたらそれはそれでバカだよね」
 そう言ってくすくす笑うレミル。ユウトはそれを真顔で見ていると今度はレミルがむすっと頬を膨らませる。
「ま、行くからね」
 レミルはそれから身を屈めていかにも怪しい素振りで廊下を渡っていった。
 逆にユウトは見つかることを問題とは思っていなかった。むしろ、はやく見つかって男の寮生として生活したほうが、波風が立たなくていいとさえ思うユウトである。
「着いてきて」
 それでもユウトはどこか悪いことをしている気分を楽しむ余裕も出て来ていた。
 レミルの必死な様子がユウトには面白い。廊下には蝋燭の火が灯り、日没に備えた仄かな明かりが少し翳った道を照らし続けていた。
「結構近いんだね、浴場」
 レミルとユウトは廊下を渡って勝手口から校舎を出てから反対側の廊下に渡り、それからすぐに浴場の入り口にきた。
「そんなことより、はやく入る格好して」
 扉を開けて湯気が独特の空間を作る廊下に入るや否や、レミルはユウトに凄い剣幕で迫った。
「え、ここで脱ぐの?」
「ここが脱衣所よ。はやくっ」
「え、うわっ」
 レミルは脱ぎ始めていた。ユウトは慌てて背中を向けるが、それがレミルには面白くなかった。生まれてこの方異性の裸など見たことのないレミルである。
「脱ぎ方も知らないの?」
 レミルがユウトのシャツを持ち上げて脱がせようとする。
「やるやる! 自分でできる!」
 半分脱がされる格好でユウトは生まれたままの姿になると顔を赤く染めて女の子のように股間を隠す。
「ほら、こっちよ」
 対してレミルのなんと男らしいこと、ユウトは人間ではないとでも言いたいかのように浴場の入り口で堂々と手招きをしていた。
「遅い! 広いからはぐれちゃダメよ」
 手を取られるともうレミルの素肌からユウトは必死に目を逸らすことしかできない。
何故レミルは裸を見られても大丈夫なのかと聞くユウトに何を言ってるのかわからないと真顔で返されるユウトだった。
「正直、あんたなんか他の女の子より貧弱な躰してるわよ」
ユウトのショックはいかほどのものだったか。しばらくは白い湯気のように呆けていた。
大きな湯泉の横を歩くレミルはそれでもユウトとは違って細々した躰で、それを見るとユウトはなんだか不思議な気分だった。
「げ、大変だわ……」
 突然レミルは掴んでいた手を逆手に持ち直して今来た道を帰ろうとする。レミルの体が反転してユウトはレミルの艶やかな体を正面から直に視るが、レミルは気にせずユウトを引っ張った。
「ど、どうしたの」
「誰もいないと思ったけど、一番最悪なエルナがいたの」
「…………」
 振り返ると確かに湯気の奥に気配がした。しかもそれはどんどん近づいてきている。
「近づいてくるよ」
「く、仕方ないわね」
 全力か、否、控えめに走り出す二人は一気に脱衣所まで来た。が、突然二人の躰が宙に浮いて来た道を矢のような勢いで吹き飛ばされる。
「危ない!」
 ユウトは偶然にもレミルを引き寄せることができ、落下の衝撃に自分の体を挟んだ。
 天然の岩を切り出して作られた上に投げ出されたユウトは勢いよく頭を打ち付ける。
 幸いにもユウトが庇ったおかげでレミルはむくりと起き上がった。
 近づいてくる影がレミルを見下ろしながら美しい声を発する。
「不思議ね」
「なにが?」
 高飛車で目つきの悪い女だった。レミルは立ち上がりながら拳をわずかに震わせて不機嫌を露わにした。先ほどユウトとレミルを吹き飛ばした魔法剣は裸の腰に収まっている。
「何か怪しい気配がすると思って魔法を放ってみたら、あなたまで飛んできたことですわ。これは何? 何やら凄く面白そうなことが起こっているようですけれど」
 レミルはエルナの顔を見る度に思い出すのであった。入学試験で負けたこと、その後の練習試合も悉く負け、学年一位という称号の上にいる言わばボス面した女であることを。そんな女と遭遇することに気分を良くするはずはなかった。
「シャラ様から使い魔の世話を頼まれて来ただけ。人間に見えるかもしれないけど、髪も目も黒い人間なんて魔物の証でしょ。私はこれの世話をしなくちゃならないからエルナには関係ない。というか、浴場に剣を差して入るとか頭おかしいよ」
 レミルは自分の言い訳を後悔していた。こんな剣の修練しかない学舎でエルナがこの少年に興味を抱かないはずがないのである。ユウトの男としての証明もしっかり丸出しであった。
「やだ、本当に使い魔なのかしら? あれがツいてるわよ」
「え!」
促されるまま倒れたユウトを凝視してレミルは思わず叫び出しそうになった。何かが股間から生えているのだ。レミルは初めて見たそれに立ちくらみする。
「……あんた、見たことあるの? これってもしかして――」
 エルナは頬を染めながらもレミルに弱いところを見せまいと必死に取り繕っていた。
「し、知らないですわ! 私だって本物は初めて見るもの。でも、これは間違いなくそれよ」
「本物は? それって本で見たの?」
「え、ええ何か問題があるのかしら? 後学のために知識をつけるのは当たり前のことだと思いますけれど」
 高学年レベルでもやらない勉強なのにそんな本を見ていることに呆れながらも今は頼りになる存在だとレミルは思った。これが本当なら自分はこんな人間と一緒に同じ部屋で寝起きするという毎日が待っているのだ。
「でも、そう考えるとなかなか良いかもしれないわね」
 エルナが突然おかしなことを言い始める。
「どういういみ?」
「だって使い魔ということは修練を積んだ魔法使いにも匹敵する可能性がありますもの。結婚して子供を産めば私たちのような魔法使いではない者より簡単に魔法使いの強さに近づけますでしょ。国の本懐がこんな近くにあるなんて感動せずにはいられないわ」
「子供を産む? ……エルナほんとうに頭ヘンじゃない? 私たちはまだ子供だよ?」
「なんですの、人を馬鹿にしてますの?」
 レミルは咄嗟についた嘘を取り消せなくなっていた。本当はシャラ様の身内なのだから無礼があってはいけないのに使い魔なんだと言わなければエルナは何をしだすかわからない。
「あなたこそ、こんな人間と変わらない魔物のお、おち……をお世話するなんて正気の沙汰とは思えませんわ」
「あーもう、とにかく世話するの。気絶させたんだからエルナも手伝ってよ」
 両脇を抱えて引き摺り始めるレミルを見て、エルナは腰から剣を引いた。
「お待ちなさい。その使い魔のお世話、私がさせていただきますわ」
 エルナは頬をりんごのように染めてレミルを威圧しているつもりらしい。剣先に目線がなく、きょろきょろとユウトの体に目を泳がせては逸らすだけの繰り返しで全く覇気がない。
「はあ、時間がないんだからそういうのは後にしよ。もうすぐおばさんが来て暗くなる、そしたら何も見えなくなっちゃう」
「そ、それもそうね……じゃ、じゃあ触りますわ」
 エルナがユウトの体に触ると目を瞬かせて俯きがちになる。レミルはそのエルナの表情を見て、初めて女の子らしい一面を見た思いだった。
「こ、これが使い魔? 本当に? 人間にしか思えませんけど?」
笑い出しそうになるのを必死に堪えて気丈なエルナがおっかなびっくりしている様を堪能するレミル。何故か少しだけ勝った気分になる思いだった。
そして最大の不幸は誰もユウトが頭を打ったことを気遣わなかったことに違いなかった。
 ユウトが酷い鈍痛に目が覚めるまでユウトの体は弄ばれながら綺麗にされたのだった。

       

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Neetsha