Neetel Inside 文芸新都
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 目が覚めるとユウトは見慣れない天井に昨日のことを思い出した。
「っ、勝てるわけないか……」
 不思議と体は痛くなかったが、心はささくれ立っていた。レミルに認められなかったという苦い思いと自分の不甲斐なさが綯い交ぜになって渦巻いている。
 起き上がるとどこからか剣を打ち合う音がしてきていた。それはシャラの剣とレミルの剣が交わる音だった。木造りの玄関を出たとき、2人の稽古する姿が飛び込んできた。
「目が覚めたかユウト。よし、レミル。今日もユウトと一試合やるか?」
「べ、別に。今日はいい、です」
 レミルの様子は昨日とは違う。ユウトは不思議とシャラに答えを求めるよう視線を流した。
「はは、そういえばお前は何も食べてなかったな。部屋の食料棚にある食い物を食べていいぞ」
 小屋に戻されたユウトは言われた通り食料棚からパンとチーズのようなものを一切れ取ってシャラたちのところへ戻った。
「レミル。お前に言えることは一つだ。強くなろうと思うなら自分の剣に執着心を持て。勝つことだけを考えてスタイルを自在に変えていくのはいいが、決定打がないのでは本末転倒だ」
「はい……」
 2人の話を聞きながら食事を取るユウトをレミルが流し見た。目線がかち合うとふいっとレミルは顔を背ける。
「ユウト、お前。自分の剣をどこへやった?」
「……。僕に剣の才能なんかないし、やるだけ無駄だ」
 それを聞いて声を上げたのは意外にもレミルだった。大股でユウトに近づくといきなり両手で胸ぐらを掴み上げてユウトを睨みつける。見ればレミルは涙を目尻に溜めていた。
「才能がないってッ? あんたの見せたあの剣はギャグか何かだったの? 私が必死の思いで築き上げてきた剣をあっさり破っておいて、やるだけ無駄? 何もやってないくせに全てを諦めたような台詞を吐くなんてあんたは本物のバカよっ!」
 突き飛ばされたユウトは草の上へ尻餅をついた。レミルは涙を流しながら剣を握って息巻いていたものの、それはシャラが制止させた。
「ユウト、お前は捨てた剣でも拾いに行って来い。あれは結構高いんだ、いいな?」
 ユウトは頷いて山を下っていく。不思議とそのまま何処かへ行く気はまったく起こらなかった。レミルが見せた初めての怒りはユウトに対してのものだった。てっきり鼻で笑われると思っていたユウトにその反応は予想外でしばらくは呆然としたまま歩いていた。
「あら、私を無視するなんて結構じゃありませんか?」
 エルナは唐突にユウトの背中から声を掛けてきていた。それはつまり下り道にいたエルナをユウトが追い抜いたのだ。
「何してるの」
「先に聞いたのは私なんですけれども、まあ答えて差し上げますわ。私はここで誰かが降りてくるのを待っていたのですわ」
「どうして」
「昨日、あなたが倒れられてからレミルの落ち込みようは酷いものでしたわ。まあ、あなたはあの子を知らないから無理もないでしょうけれど。それで、私はどうも稽古に身が入らない気分でしたのでお暇を頂戴致しましたの。今日はここで誰かが来るのを待ってからその人と一緒に稽古したい気分なのですわ」
 ユウトはこのエルナという子もよくわからなかったが、誰を待っているのかは容易に想像できた。エルナはレミルを元気づけようとしているだけなのだとユウトは思った。
「レミルとエルナは友達なの?」
「いいえ、レミルは私より格下の存在です。私は自らが国に認められる実力となればいいだけの人間ですし、そもそもあの子と仲良くすること自体が意味を成しませんわね」
 その説明はよくわからなかったユウトだが、剣を探すことを告げるとエルナは何故かユウトに同行すると言いだした。
「私は気まぐれなので今はあなたに少し興味がありますわ。もしかしたら昨日の秘密が何かわかるかもしれませんもの」
 好奇心が見え透いているので、ユウトも強くは拒否できなかった。
 剣を投げ飛ばした方向へ歩いて行くと道は唐突に終わっている。
「崖ですわね。麓の森は魔物も出ると聞きますわ。私はいいとしてあなたはどうするのです?」
「行くよ、何か高いものらしいし」
 ユウトはこの世界での物の価値など知らないから下手に高価なものを弁償できない。
 そもそも一時の気分で自らが犯したことを笑われるのも癪だった。剣を突き返してさっさと逃げればいいのだ。どうやって生きていくかは想像が付かないが、このままえらい人に迷惑をかけるよりはマシだとユウトはそんなことを考えていた。
 木々のざわめきは2人の侵入を快く思っていないようだった。鬱々とした森の中を歩み続けていくと、不意にエルナが先へ出る。
「魔物か動物ですわね。下がっていなさい」
 かさかさと揺れる草の間から現れたのは全身を灰色の毛で覆ったイノシシのような生き物だった。
「リクノウですか……」
 エルナは剣先をその生き物に向けると呪文を唱えた。
『イベ・セル!』
 ぼうっと大気が歪むほどに圧縮され、その塊が灰色の動物を吹き飛ばす。細かい木々の枝がパキパキと音を立てて謎の生き物は姿を消した。その奥の茂みで低く鳴きながら先ほどの生物が逃げていくのがわかった。
「今のは?」
「剣魔法の一つですわ。予め剣に施されたスペルと大気のマナによって魔法を生み出すものですの」
 刀身の細い剣はそのままエルナの腰に戻っていった。
「エルナは魔法使いなの?」
「もしかして、剣魔法のことをご存じないですの?」
「ご存じ? 知らないのかってこと? ――知らないよ」
 小さな口を開いて驚くエルナは印象的だった。ユウトはその剣を持つだけで誰でも魔法が使えると聞いてさらに驚いた。魔法はずっと魔法使いだけが使うものだと思っていたのだ。
「じゃあ、僕でもその剣を持てば魔法が使えるようになるの?」
「ええ、もちろん使える魔法は決まっていますが発動のキースペルさえ知っていればこの剣の持つ魔法は全て使えますわ」
「へえ」
 ユウトはエルナの細い腰に下がっている剣をまじまじと見つめてみたが、エルナはその視線をやんわりと躱した。
「貸しませんわよ。大抵は魔法が撃てる剣というのは家宝として先祖代々受け継がれるものですから」
「高いんだ」
「そうですわね、私くらいの家系になればこの魔剣は軽くお屋敷がぽんぽんと建つくらいの値打ちはしますわ」
 ユウトは自分でも魔法が撃てると知って興味をそそられたが、その値打ちを聞いて諦めた。
「綺麗な剣だもんね」
「……それにしてもまだあなたが投げ捨てたという剣は見つかりませんの? 本来剣を捨てるなどという行為は自害か死ぬ前にしか行わないものですわ」
 シャラ様は甘すぎるとユウトを責めるエルナにユウトは反省を示す。ユウトとてここまで探すのに苦労するとは思っていなかったのだ。
 森は獣道から足場の悪い草木の道になっていく。もう見つからないと諦めかけた時、エルナは振り返るユウトの口を塞いだ。
「っ、何か聞こえませんこと?」
 耳を澄ますと遠くから何かの呻り声が聞こえてきた。しかしそれは動物というより人間か猿のような甲高い声にも聞こえる。
「これって、動物の声かな」
 声を潜めていうユウトにエルナは首を振った。抜刀する剣の腹が緑色に光る。
「私には人の声に聞こえますわ」
 2人は声のする方に歩を進めた。慎重にゆっくりと近づく2人はその木々の影に陰惨な光景を目の当たりにする。思わずエルナは剣を落とした。
「ウグギ……ギァ……ァアア」
「ウブ……えげ」
 一糸纏わぬ人々が手と首に鎖を繋がれて何処かへ歩いて行く。この人気のない森を裸の人間たちが連なっている様子は異様だった。
「なんだ、これ……」
 ユウトもその光景に目を疑う。その人々は全員が苦しそうに白目を剥きながら口をだらしなく開き涎を流し続けている。
「オウグ、ミガアギロガゴ」
 胴間声のような低く鳴り響く声がユウトたちの耳に届く。その巨体に何故気が付かなかったのか、人間達を引き連れているのは緑色をした巨人たちだった。
「オークが人間を引き連れている……」
 エルナも知らないのか、その巨人を食い入るように見つめている。
「エルナ、ここを離れよう。見つかっちゃまずいよ」
 同意したエルナはそのままユウトと逃げるように森を抜けた。ユウトは途中で何度か転びそうになりながら、あの巨人たちが追いかけてこないかと何度も後ろを振り返った。
 
「それは本当か?」
 途中でエルナと別れ、小屋に戻るとユウトはシャラにその話をした。ユウトは初め森に深入りしたことを怒られるかと思ったが、シャラの反応は違っていた。
「そいつは手柄だ、恐らく人間に飼い慣らされたオーク共が小さな集落を襲ったんだろう。魔物が人間を奴隷化するなんて国家級の大罪をこの時代にやっているやつだ、親玉の地位もかなり高いな。そいつを捕まえることができればこの国の名誉となる」
「助けに行かないの?」
「行くさ、けどその前に国として動く許可を貰う。オークを尋問するには特殊な奴らが必要だしな」
 シャラは着の身着のままで腰に剣を装着すると小屋を飛び出した。
「ユウト、番は任せた。明日の朝お前に道案内を頼む。これを討伐できればお前の手柄だ。学舎に入れるぞ」
 ユウトは特別に嬉しくはなかった。


       

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