Neetel Inside 文芸新都
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「――逃げる算段をするわけでもなく、
 私の存在にまでも気づいていたというのに……、

 杖(武器)を使い魔に渡して逃がすとは、見くびられたものだな?」

 闇の中から現れたのは中年の男だった。


「ほう、それはワシの心配をしてくれるのか。
 ならば、今晩の宿を紹介してくれんかの」

「そのような冗談も言えるほど余裕とは……、
 国境を無断で越えた罪がどの程度かわからないのか、
 よほど腕に自信があると見受ける……」

 中年の男は外套の中から一本のステッキを出して投げてよこした。

 ――からからと音を立てて老人の白い外套の足下に転がる。


「良いのか? 主、死ぬぞ」
「私はこれでも国境警備隊(ガーディアン)なのだ。
 お前のような手合いは腐るほど見てきた。
 大人しく連行されるつもりはないのだろう?」

 先ほど国境を超えた時に放たれたのはこの男のもので間違いなかった。
 ステッキの先から迸(ほとばし)る紅蓮の光は紛れもなく上級位メイジの光彩だ。

「そうじゃな、面倒事は嫌いじゃ」

 老人がゆっくりとステッキを拾い上げると男は躊躇せず火炎球を放つ。

 ノンスペルでその大きさたるや、
 まさに大の大人まるまる一人分を蒸発たらしめる大きさ。

 しかし、不思議か。

 超速球で迫ったにも関わらず、火炎球は老人の髭すら焼くことはなかった。

 まるで、そんなものは初めから無かったかのように老人の眼前で白い煤が散る。

「こんな魔法を使うのは何年ぶりかの」
「!」
「これはディスペルと言ってな。魔法をキャンセルできるのじゃよ」

 男は目を見張った。
 ――おかしい、と。

 解除魔法『ディスペル』は魔法による呪いや、
 行動抑制といったものに使われるのが一般的。

 もっとも知られている魔法でありながら、
 それを使用できるメイジは極端に少ない。

 攻撃魔法に対してはレジストで防護膜を作っておき、予め緩和する程度が限界――――、
 ディスペルは上級魔法である。いくら熟練者でも多少の詠唱時間は必須――――、

 しかし、考えられるのは一つでしかなかった。

       

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