Neetel Inside 文芸新都
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4の使い魔たち
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「あなた何なの?」

 頭痛がする。悠人は頭を振りながら言った。

「何って……、俺は生浦(いくうら)悠人」

 悠人は先日、八歳の誕生日を迎えて父親と母親と一緒のベットで
 川の字に寝ていたところまでは覚えていた。
 
 しかし、目を覚ますと先は透き通る蒼い空。
 そして悠人(ゆうと)の顔を食い入るように覗き込んでくる母でも父でもない少女だけがあった。

 どう考えても悠人より年下だった。

 白いマントに、何だかフリフリした服、
 ねずみ色のスカートを纏ってどう見てもピクニックや遠足の格好じゃない。

 興味津々と覗き込んでいるその顔はクラスの雪希ちゃんの何倍も可愛く見えた。

 白髪にくりくりした桜色の目は悠人の今まで見たことのない人間の種類だった。
 わずかに朱に染まる白い肌。

 人形のように可愛い外人の幼女さんである。

 彼女は何処から来たんだろう。
 近所どころか、生まれて初めて見た人種だと悠人は思った。

 視線を少女から外し、あたりを見回す。

 ごわごわした物騒な人達が悠人を物珍しそうに見ていた。


 

     

 豊かな草原、木々のせせらぎ、おかしな人々。
 この場はまるで夢の中の世界だ。

「;koira Irio?」

 悠人はどきりとした。
 突然、周りの見たこともない人が、おかしな言葉で話し始めたからだ。

 彼女と似たような服を着て、一瞬彼女の仲間かと思ったけど、どうやら違う気配がした。

 手に何か棒のような、杖のようなものを持っている。
 それで襲われやしないかと悠人は肝を冷やし始める。


「Aris,oll『lkrl; oia..』ark tyenghrt」


 誰かが意味不明なことを言うと、悠人の顔をじっと見ていた少女以外の全員が笑った。

「べ、別にこれくらい!」

 悠人の眼前の少女が、鈴のような声を怒鳴らせた。
 どうやら少女以外の人達は彼女をバカにしているようだった。

「Olael^O^ aris,all papal」
「www,aris,riokkerd」

 誰かがそう言うと、人集りがどっと爆笑する。
 悠人の顔を覗き込んでいた少女はアリスと呼ばれていることだけがわかった。

 とにかく、悠人はどうしてこんなところにいるのか不思議で仕方がなかった。

「ミスタ・ホワード!」

 アリスと呼ばれている少女は怒鳴った。

     

 喧騒が一瞬で静まり、人集りに溝が出来た。

 そこから中年の男が現れ、悠人はぎょっとした。
 彼があまりにも強大な存在に見えたからだ。

 ホワードと呼ばれた大柄の男は眉間を寄せて唸った。
「(私の魔力をこの歳で見抜いているのだろうか)」

 大きな木の杖を持ち、真っ黒なローブに朱色の縫い込みが施されている。

 ――映画に出てくる魔法使い?

 悠人は急に怖くなった。――ここはどこだろう。僕の家は?

 頼れるのは辛うじて言葉が通じそうな目の前の少女だけだった。
 悠人はとりあえず、大人しくしていることにした。

 しかし、アリスと呼ばれた女の子は平然と物騒なことを口にしていた。

 オーガと戦わせてみましょう、とか、崖から落とせば飛ぶかもしれない。

 そう言って冷ややかな目線を送ってくる。


 これが『頼れる存在』だとは思いたくなかった。

     

「何、そう卑下することはない。なかなか素質のある使い魔ではないか」

「でも、戦闘では私たちの前に出るはずの使い魔が
 こんなただの人間じゃ時間稼ぎにすらなりません」

 戦闘? 
 なんだそれ。番組の人?

 ホワードと呼ばれた男の言葉が急に悠人にも分かるようになる。
 男は唇を固く結んで首を横に振った。

「一度呼び出してしまったら仕方がない。使い魔は死ぬまで主と共にあるのだ」

「わ、私に死ねというんですか?」
「そのために使い魔特別訓練所があるのではないか」

 使い魔?
 なんのことだろう。
 少女が涙ながらに何かを懇願し始めると、悠人はますます不安にかられた。

「それによって使い魔の潜在能力を極限まで引き出し、
 また使い魔の能力を極限まで高め、我々は最高の魔法使いとなれるのだ。
 使い魔を無下にする輩は、いずれ自分自身まで無下にすることになるのだ。心得よ」

「それでも! 人間を使い魔にするなんてヤ!」

     


 アリスがそう言うと再び周りはどっと笑い出す。
 すぐに涙目で辺りを睥睨(へいげい)するが、全く覇気はなく笑いは止まらない。

「あによっ!」

 何故か悠人までが睨まれ、嫌な予感がすると思った。


 「(逃げよう……)」、ユウトの頭にそんな言葉がふと浮かんだ。

 しかし、あたりは草原。

 近くに石でできたようなお城があるが、どう考えてもこの人達のアジトだった。


 悠人は本当にわけがわからなくなり、涙が出てきた。

「これは伝統だよ。ミス・レギステル。例外は認められない」

 中年のおじさんは悠人を杖で指した。

「そんな……」
 アリスはもはや半泣き顔でしゃくりをあげて肩を落とした。


「さて、それでは儀式を済ませた者から使い魔に修練が必要だと思う者はこの紙に署名し、
 別棟にて説明を受けなさい。以上」

 アリスは悠人の顔を困ったようにしばらく見つめた。
 なんだなんだ。夢……だよね?

「ねえ」
 アリスは悠人に
「ユウト――、だったっけ」

「うん」
「まぁ、苦しまないで死ねるようにね」

     


 はあ? なんで、なんで死ななきゃならないのさ。そんなのどう考えたっておかしいよ。
 この国はもっと平和なはずだよ。

 アリスは諦めたように目をつむる。
 手に持った、小さな杖が悠人の前で光った。

『Luqal coded a.registal.eliss.bell Fifth pentalias halii enemyl^ alction』

 朗々と理解不能な言葉を唱え始めた。
 すっと、杖を悠人の視界から落とした。
 そして、ゆっくりと近づいてくる顔。

「な、なに。殺さないで!」
「いいからじっとして。殺すわけないでしょ」

 軽く叱咤するとアリスがさらに顔を近づける。

「ちょ、うぇ――」

 アリスが悠人の首を両手で掴んで寄せた。

「ん……」
 アリスの唇が悠人のそれに重なる。

 儀式って首締めのことだったのか。
 悠人の唇に重なったそれとは別に悠人は冷静だった。

 悠人は身動きも出来ずに、ただ、これが悪い夢であることを願った。
 アリスが固く結んだ唇を離す。

「終わりました。署名します」
「決断が早いね。ミス・レギステル」
「げほっげほっ」

 数秒のことだったのに悠人の首筋にはくっきりとアリスの手の跡がついていた。
 ホワードは微笑むと琥珀色の紙をどこからともなくアリスに差し出した。

「夢でありますように、夢でありますように、夢で――」
 僕は壊れていた。

「っさい!」
 用紙とペンを持ったアリスの脚が飛んでくる。

 そんな中、「やあやあ、アリス」と突然金髪の少年がマントを靡かせて歩いてきた。

     


 チッと舌打ちをするアリスは平静に答えた。

「ごきげんよう、カイン。あなたから話しかけてくるなんて珍しいこともあるのね」

 カインと呼ばれたその少年は胸から水色のブローチ、
 金色マントに白い服とギラギラしたズボンでいかにもお金持ちな着飾りと風貌で佇んでいた。

「君は人間を召還したんだってね。おめでとう。
 話の分かる使い魔だと頭脳戦は有利になる。
 まぁ、もっとも、使う頭があ・れ・ばの話しだがね」

 アリスは苛立つような声でいった。

「それはどうもご丁寧にありがとう。
 それであなたは一体何がしたくて私に話しかけたのかしら」

 カインは意に介さない様子で、

「僕も人型の使い魔を召還したのさ。アリス」
 アリスは驚いた表情を隠せず、口を開けた。

「ふふ、いいね、その顔。ま、いずれ近いうちに見ることになるだろう。
 だが、僕の使い魔ははっきり言ってそこの弱小生物よりは数千倍強いから、
 あまり自慢しないでおくことにするよ」

 クク、と笑いカインは背を向けて歩き出した。
 その時、悠人の手先が突然熱くなった。

「痛い! イタイイタイ、何か痛いよ!」

 アリスが立腹したように言った。

「使い魔としての特殊ルーンが刻まれてるだけよ。すぐ終わるわ」
「刻まれる?」

 悠人は狼狽した。指先から全身が痛い!

「あのね?」
「なに!」

「使い魔がそんな口聞いていいと思ってるの?」

     


 しかし、痛いのと熱いのは一瞬で収まった。

「はえ……」

 膝をつく悠人にホワードは近づいた。

「ふむ……珍しいルーンだ」

 悠人はもう何がなんだかわからなかった。


「――う、帰りたいよぉ」
 悠人は思考回路が追いつかなくなって泣き出した。

「さて、それでは今日はここで放課にする」

 すると巨大な白い石垣の建築物の方から大きな鐘の音が鳴り響いた。



「ミス・レギステルは使い魔を訓練所に預けるんだったね」
「はい……」

 目元を拭う悠人に一瞥もくれず、アリスは答えた。

「ふむ、人間でいうところの君の二つほど年上なのだろうが、まだ十にも満たない子だ。
 命の補償はないと思った方がいいぞ?」
「はい、どの道足手まといになるようでしたら必要ありません」

 悠人は酷いと思った。勝手に連れてきて僕の命がどうとか言っている。


「……それでは、後は預かろう。君は説明を受けに行きなさい」

 アリスは淡々と返事を返すと踵を返し宙に浮いた。

「せいぜい頑張りなさいよね」

     


 口をあんぐりとあけて、悠人はその様子を見つめた。
 と、飛んだ? 宙に浮いた?

 ありえない。

 他の子達も皆ちりぢりに飛んでいく。
 ワイヤーや糸のような物はどこにも見あたらなかった。風もない。

 浮かんだ者達は各々の方向に去っていった。
 残されたのは、ホワードというおじさんと悠人だけだった。

 ホワードは二人きりになると、溜め息をついた。

「本当に可哀想なことだが、あの娘は容赦も愛着も知らないからな……」

 中年の黒マントは悠人を哀れむような目で見つめた後、そっと杖を振り上げた。
 悠人はそのおじさんの唱える声がまるで子守歌のように聞こえてきて、深い眠りに落ちていった――。

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 生浦悠人。小学二年生の八歳。地球人である。
 運動神経、頭脳、容姿はいたって普通。人間関係は幼なじみが一人。
 
 それ以外の交友はほとんどナシ。
 オタク予備軍であったかもしれない。

 親にも先生にも
『死ぬ気でやれば本当によく出来る子なのにめんどくさがりで結果的に何も出来ない子』
 という総評であった。

 穏和で、割となんでも受け入れる方だが、納得のいかないことにやや反抗的。
 無駄に正義感も強いとか……。

 しかし、そんな悠人も二十分前まではきちんと地球の上にいた。


 ところが現実とは無情なもので、
 この世界に来た原因が何であろうと、来てしまったのは過去であるから、
 その結果を今更免れることは出来ず……、

 つまりは、『悠人は帰れない』そういうことなのである。


 ――そして月日は次のページで【五年】の歳月を経る。


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Neetsha