Neetel Inside 文芸新都
表紙

4の使い魔たち
カインvsアリス

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 充分に距離が開いた二十メイルというところで、アリスが口を開いた。

「カイン、今思ったんだけど、あんたその派手すぎる服装、ダサイわよ」
「これは僕のために父上が用意してくだれたものだ。
 今や没落したレジスタル家に何を言われようとなんてことはない」

 リースとユウトは対峙したまま動かない。

「あんたってほんとちっさい人間よね。
 名前や名誉にこだわるあまりにメイジの誇りまで忘れてるんですもの」
「なに……」
 カインの調子が変わってきた。アリスの作戦通りだろうか。
 しかし、カインはすぐに意識をこちらに向け、叱咤した。

「リース。早く始めろ」
 しばらくの沈黙があった後、リースの頬に雫が流れた。

「……ごめん」
 リースは短剣を腰から静かに抜く。
  ユウトは後方へ飛び退いたが、リースの初動は既に始まっており、猫のように速い!

「ユウト!」
「はっ、言っておくが、その使い魔は絶対に勝てないぞ」

 ――ギン。
 ユウトの腰から火花が散った。そのすぐ後に二撃目の火花が散る。
「…………」
 リースの舞う髪がふわりと後退した。
「……」

 ユウトは剣を持たない左手を握り、そして開く。リースの第二波が襲ってくる。
 鉄と鉄を擦り合わせるような音が響き渡る。

「――カイン。あんたどうかしてるんじゃないの。
 一歩間違えたら大怪我じゃ済まされないっ」
 アリスの声にカインは気高く笑った。

「今更怖じ気づいたかアリス。けど、実際のメイジの戦いはもっと過酷だ」

 そう言うとカインは詠唱を始めた。
 にわかには信じがたい思いでアリスはユウトを通してカインを見る。

「ka tolivalzen ikalos bell to …(カ・トリヴァルゼン・イカロス・ベルの名の下に)」
 カインの杖の先からは黄色いマナが輝き出す。

「walkiure ! (ワルキューレを召喚する!)」

     


「本当に――魔法を、使った……?」
 月明かりの下。カインの少年は足下から隆起する土を前に命令した。

「targetal (標的指定)」
 杖でユウトを指す。
 すると土の塊は意志を持ち形を得たように腕と脚を削りだし、
 前進すると共に騎士の身なりに変身する。
 
 ユウトは苦戦を強いられていた。
 全くと言っていいほどユウトにはリースを傷つける気持ちがない。
 ユウトが戦って来た相手はほとんどがモンスターだ。

 しかし、目の前のような少女を倒そうと思ったら生半可な気持ちでは倒せそうにない。
 それはつまり、命を奪う覚悟で臨まなければ彼女には勝てないということ。

「ッ――」
 しなやかな手首から放たれたのど元への一撃をユウトは皮一枚を持ってして回避する。
 それは最小限の動きであり、ユウトはリースの手首を払うようにして剣の柄を当てる。

 しかし、リースの短剣はまるで蛇のように手中の内に回転し、手首を守る。
 刀身が広い短剣はユウトの打撃を難なく防いだ。

「ユウト、逃げるわよ!」
 アリスの声がした。
 だが、リースと距離のない一瞬でユウトに逃げ道を確認する余暇はない。

 ユウトがリースから間を置こうとしたとき、第二の敵がいることに気がついた。
 ぼこっと音がした地面より先にユウトはその身を空中へ逃がす。

「……」
 やっとの思いでたたらを踏んだとき、リースが襲い来る。
 リースの背景は黒だった。そこでユウトはようやく違和感の正体に気がついた。

 ――ギン。
 空中に舞う紫色の鱗粉。
 リースの髪からマナの力をわずかに感じるユウトはすでに絶体絶命を知った。

「ユウト! 何してるの!」
「言ったろう、アリス。
 絶対に勝てないって。何故だか教えてやろう、
 お前の使い魔は今、幻覚によって五感をなくしつつあるんだ」

 アリスの声の先は正面からだ。
 しかし、カインの声は後ろから聞こえる。

 先ほどまでアリスは確実に後ろにいた。既に聴覚は犯され始めている。
 だが、即効性があっても幻覚の力が弱いのはリースがセーブしているせいじゃないだろうか……?
 ユウトは頭の隅で思考を巡らせた。

 無音でリースの剣とユウトの剣が交わる中、土くれの剣士がユウトに突進してくる。

     


 ぐらっ。
ユウトの頭で血の巡りが悪くなった途端、その音は頭の中で響いた。
よろりとよろけて見せたユウトに容赦なく土塊の敵が迫る。

「ユウト――!」
 剣の軌道は躱したものの、敵の突進は躱せずユウトは吹き飛ばされ、地面の水たまりが飛沫をあげる。

 一瞬感覚がクリアになったが、すぐにまた黒い視界と無音の世界が広がる。
「がはっ」

 まずいっ! ユウトは頭の中で叫んだ。
 手足の感覚すら危うくなってきた。これでは微妙な力加減ができず、攻撃も防御もできなくなる。

 ユウトは立ち上がって双眸を懲らす。もはや、数メイル先までしか視界がないのだ。
 ユウトはリースの打撃を何度か受けた後、また土の剣士によって打撃を受ける。

「カイン! 卑怯よ! これのどこが決闘なのよ。こんな一方的なのは戦いでもなんでもないわ!」
「なら、降参してお前の使い魔を俺に渡せ。
 お前はこんな使い魔を持っていてどうするってつもりなんだ?
 僕にはただあの時から逃げているようにしか見えない。
 そう、七年前だ。だからその現実を打ち砕く使い魔を召喚すると躍起になっていたのに、
 出てきたのはちょっと普通より強い人間の使い魔、僕は失望したよ。
 君がやつらから受けた『命を削られる魔法』を忘れるかのように人との繋がりを求めていたなんてね」

 …………。

「使い魔召還は主の求める姿形をしたものを呼び出す。
 だから学園では『召喚』ではなく『召還』と使う。
 心の内を呼び出す魔法。それがサモンサーヴァント。
 君の心の内には両親の亡き姿が焼き付いていないのか?
 両親の無念を、お前が生きているうちにやつらに返してやるんじゃないのか!」

 ……………………。

「いいか、他の誰でもないアリス、
 お前がやつらを倒さなくちゃダメなんだよっ。
 そのためになら僕は卑怯でも、何でも、君に後悔の念を忘れさせるワケにはいかないッ!」

 使い魔をよこせ。最後にカインはただそれだけを言って黙った。
 アリスは俯いたまま微動だにしない。

「(アリス……)」
 アリスの声が聞こえない、
 やはり自分でも知っていたんだとユウトは認識した。
 この戦いにもしユウトが負けたらアリスはどうなるのだろうか。

     


 ユウトの頭にもたげてきた疑問はただそれだけだった。
「アリス!!」

 ユウトは目一杯叫んだ。幻覚を吹き飛ばす勢いで。
「お前が望んだものは、そんな逃避なんかじゃない!
 それはお前が一番よく判ってるはずだろう! じゃなかったら何で俺がこんな目に遭うんだよ……ッ!
 お前が望んだことは……」

 ユウトはリースの哀愁に満ちた剣を受け流す。土塊の攻撃を躱す。


“お前が望んだことは、お前にしかわからないんだぞ!”


 長い一瞬が訪れたように思えた。
 ユウトは唇が噛み切れるほど食いしばって幻覚に犯されながら戦う。

 ここで負けたらアリスは本当の意味で自分の心と目的を無くしてしまう。
 本当に何かの復讐だけに、後悔だけに囚われ続ける道を歩んでしまう。
 
「(私が……望んだこと……)」
 確かに強い使い魔はほしかった。
 だからユウトを見た時、何となく訓練所に送ってしまった。
 自分を見ているようだったから。
 弱く、何の力も持たない自分を識った気がしたからだ。

「(でも……)」
 ユウトが剣を振り続ける。
 リースの攻撃と土塊の騎士の攻撃をひたすらにぼろぼろになっても立ち上がってまた前を見る。

「(……)」

 何の力も持たない。
 それでも、立ち向かう姿を私は見たかったのかもしれないと、
 そう思った時、アリスの身体の内で何かがすっと降りていくような心地がした。

「ユウト!」
 アリスは目尻に熱いもの、生まれて初めて感じる感情に突き動かされて叫んだ。

「ぜったい……勝ちなさいよ!」
 諦念でも達観でもない、今のユウトの姿が自分の思い描いた心の内なのだと。
 アリスは強く感じていた。

 月明かりの下でユウトは確かにその言葉を聞いた。
「な、なにを言ってるんだ。どう考えたってお前の使い魔はもう……」

     


 カインは得体の知れない何かを見つめる想いだった。
 その時、コントラクトから一度もその力を見せたことがなかったユウトのルーンが輝いた。

「な、なんだ」

 目映い光りが辺りを包むように広がる。
 浮き上がったリースの顔には涙が流れていた。

「はあ――」
 ユウトはその光にぼうっとした心地になって、剣を降ろした。

「今だ! リース、そいつを倒せ!」
 リースが息を呑んだ。その行動は使い魔が主の命令を聞く突発的なものだっただろう。
 リースは半ば考える余地もなく剣をユウトの腹に突き立てた。

「――っ!」
 しかし、剣がユウトの胸を貫くことはなかった。
 リースの握っていた剣は溶けるようにして融解した。

「ワルキューレ!」
 カインの呼び声によって、土塊の騎士がユウトへ愚直に突貫する。
 しかし、それすらもユウトは許した。

 ユウトに土塊が触れると、根元から身体の芯を震わせるようにして土塊は土へと返っていく。
「馬鹿な……なんだ、こんなのあり得ない……リース! まだだ、まだいけるだろう!」

 カインがリースに発破を掛けるが、リースは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっていた。
「……くっ、うぅ――」

 ユウトが突然うめきを上げるように左手を持って膝をついた。
 どこから見ていたのか、スーシィが現れてアリスに駆け寄っていく。
「アリスっ! はやく、早くコントラクトの力を解きなさいっ、アリス!」

 アリスがはっとしたように我に返ると息をしてなかったのか、急にむせ込んだ。
「けほっ、けほ――」
 そのままアリスは気を失い、リースも緊張が解けたのか膝をついて意識を失った。
 何人もの先生がアリスへ駆けつけてくる。

 誰も騒ぐことはなく、どの先生もフラムの指示を受けて黙々と行動していた。
 そうか、みんな知っていたのか。などとユウトは頭の片隅で思った。

 カインは一人、先生に連れられて校舎へと戻って行った。

     


「ユウト、こっちへ」

 スーシィが手を引いて歩く。
 アリスが目の前に現れてはっとなった。

 目を瞑ったまま、アリスは蒼白な顔をしている。
「アリスはどうしたっていうんだ……?」

 静かに首を振るスーシィ。そばにいたフラムが、静かに口を開いた。
「今日、このことは学園生徒に漏らしてはならん。ユウト、ミス・スーシィも一先ずはもう休みなさい」
 後ろを振り返り、
「お主らもこんな夜更けに大儀であった」

 フラムは先生達が帰った後、抱き上げたアリスをユウトに預けて言った。
「このことは追って追及するとしようの」
 そう言い残してフラムはそれでも少し嬉しそうに笑って消えた。


 ――――。
 アリスの部屋でスーシィは小さく言った。
「私、この部屋に初めて入ったとき、なんだか不思議な感じだった」
「なにが」

 ユウトはアリスの額に滲む汗を拭く。
「ほら、この年頃の女の子って愛だとか恋だとか、
 美味しいものが食べたいだとか、綺麗になりたいとか、そういうことに興味が向かうじゃない。
 でも、この子の部屋は何にもない。あるのはそこの本棚の書類と本だけ。
 きっと、ユウトの――」
「言わなくていいよ」

 スーシィは華奢な手に力を込めて、
「ううん、言わせてもらうわ。
 その書類はユウトの返還要請書と依頼取下文書。少なく見積もっても三、四年分はあるでしょうね。
 そしてこの子は私やユウトよりもずっと短い時間を生きることになる。
 その短い時間の中でこの子が求めていくものはユウト、あなたがこたえてあげて」

 スーシィは立ち上がって扉へ歩いた。

「ああ……でも、それは聞かなかったことにするよ」
「ええ、おやすみ、ユウト」
 静かに、スーシィが退室した。
 

       

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Neetsha