Neetel Inside 文芸新都
表紙

4の使い魔たち
仲違いの二人

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 ユウトは使い魔であったが、いくらなんでもこれは冗談が過ぎるとシーナは思った。
「そうなの? ユウト……」
 シーナは信じられないものを見るようにユウトを伺う。
「ち、いや、どういう意味なのかわからないんだけど……」

 すると突然叫声が響いた。
「ちょっと、そこにいるのはシーナ? 何であんたがここにいるのよ!
 いえ、それよりも何でユウトを連れ出そうとしているの!」
 現れたのはアリスだった。
 何故戻ってきたのか、余計にややこしくなることをユウトは確信する。

「やっと思い出した! あんたジャポルでユウトと一緒にいた女ね!」
 最悪のタイミングで記憶が完全に想起したらしい。
 アリスは一層その顔に不機嫌さを浮かべて詰め寄った。

「どういうことよ! 私の使い魔を誑かすなんてっ」
「た、誑かすなんて、そういうわけではないんです」
「じゃあ何でまた私の部屋に戻ってきたの?」

「そ、それは――」
 シーナはたじろぐしかなかった。
 返答次第によってはアリスがユウトにどんなことをするかも知れたものではない。

「はっきり言いなさいよ!
 私の研究に興味があったとかいうのだって、
 あんたが私の使い魔をどうにかしようとしてのことなんじゃないのッ?」

 アリスはこの時、心にもない台詞を口走っていた。
 それほどまでにシーナとユウトに繋がりがあることが今のアリスにとっては心細いことだった。

「そ、そんなことは決してありません!」
「じゃあ何なの? 私の部屋の前で何してたの?」
「そ、それはただ偶然で……ユウトがいたから」
「信じられない! ユウトは私の使い魔なのよ?
 どうして、あんたが私の許可無くユウトに会えるっていうの? 帰ってよ!」

 アリスは面白くなかった。
 シーナがアリスに尋ねてこようものなら可愛いとはいえ、
 勝手に使い魔と親しくなろうとしたことはどうしようもない憤りと不安があった。

 それに、シーナは自分の使い魔を持っていないではないか!

「ごめんなさい……」
「いいから、帰って!」
 シーナは半ば追い返されるようにアリスの剣幕を背中に受けながら走り去った。
 その目尻には確かに光る物があった。

     


「アリス、何もそこまで怒らなくても……」
「うるさいっ」
 もしかしたら友達になれるかもしれないと思ったのに……。
 アリスもまた目を赤くして涙ぐんでいた。
 黙ってユウトに会いに来たことが許せなかったのだ。
 ユウトとリースは顔を見合わせて言葉を失った。


 校舎の裏、人気のない場所でさめざめと泣く少女の姿があった。
「ずいぶん派手に嫌われたみたいね」
 ユウトと同じ黒髪を舞わせながらスーシィが目の前にいた。
「ユウトと面識があるらしいわね?」
「……っ」
 やれやれと肩を竦めるスーシィはシーナの横にそっと座った。
「四年間も一緒にいたのっ、せっかく……また会えたのにっ」
「やっぱり……知ってるわ」
「えっ?」

 スーシィは微笑んで言った。
「ユウトを取り戻す手伝いをしてもいいわよ」
 シーナの顔は驚きに変わった。


 ――次の日。
 ユウトは自分のシャツがやけに暑苦しいのを感じて目が覚めた。
 軒下に差し込む日の光りはユウトのベッドに燦々と照りつけられている。

「ふぁあ……」
 いつもならここでスーシィの体を意識してしまうのだが、今日はそれがない。
「……?」
 部屋を見回してみても特に変わりはなく、ユウトはベッドから降りて着替えを始めた。

 コンコン。
 小気味良い音が響き、ユウトは着替えが終わると同時に入り口へ向かう。
「ん、おはよう」
 一瞬スーシィかと思ったユウトだったが、予想は裏切られて目の前にはアリスがいた。

「ぐずぐずしてないで、行くわよ」
 やはり昨日のことを怒っているのだろうか、アリスはおはようもなしに歩き始めた。
 ユウトは複雑な気分になると同時にシーナのことも心配した。

「…………」

     


 すれ違う生徒たちの視線はどこかいつもより冷たかった。
 ユウトは嫌な予感と共に、教室にはいる。

「来た、アリスだ」
 みんなはアリスの姿を見るやいなや、アリスをあからさまに避けるようにして遠ざかった。
 よくない噂が流れているに違いない。
 昨日は廊下で言い合ったばかりなのだ。ユウトは確信する。

「……」
 それをいち早く察したアリスはぎゅっと拳を握ると、一人平静を装って席へ着く。
 クラスが居心地の悪いムードに包まれていく中、
 それにじっと耐えるようにアリスとユウトは大人しくしていた。

 扉を開ける音で、静寂を破ったのはスーシィだった。
 ユウトは救われる思いでスーシィを見る。
 しかし、その目はユウトをわずかに捉えるも、すぐに逸らされた。

 スーシィは誰にも挨拶することなく、アリスの隣へゆっくりと座った。
「?」
 ユウトは不思議に思って話しかける。

「スーシィ? おはよう、スーシィ」
 スーシィは目をぱちくりと瞬かせる。
「あら、おはようユウト。調子はどう? 今朝はごめんなさいね、少し用事があったの」

 良かった、いつものスーシィだ。いつものどっきりする今朝はいらないのだけれど。
「っ……」
 アリスがユウトの袖を引っ張って睨む。
 もう会話をするなということらしい。
 ユウトは仕方なく前を向いた。
 それからしばらくして、マジョリアが来るのとほぼ同時にシーナの姿が見えた。

「すみません、遅れました」
「いいのですよ、シーナ。ギリギリですが、間に合っていますから」
 シーナは席に着こうとする。
「ユウト……」

 まさか、空いていた席がユウトのモノだったとは思わなかったに違いない。
 スーシィを挟んで向こう側にユウトが座っていた。

「や、やあシーナ」
「……おはっ――」
 シーナは短く息を吐くと、スーシィの横へ座り前を見る。
 ユウトは慌ててアリスへ振り返ると、アリスの顔はふいっと横を向いた。


     

「それでは、授業を始めます」
 …………。

 一刻目が終わると、アリスは突然ユウトの腕を掴んで立ち上がった。
 吊られてユウトが体勢を崩しながら持ち上がる。

「おわっ」
 何事かとアリスを一瞥すると、何も言う気はなくなった。

「さっさといくわよ」
「あ、ああ……」
 とてつもなく怖い。
 ユウトはシーナとスーシィに助けを求める視線を送るが、無視される。

 アリスは教科書や羽ペンをぐしゃっと纏めると、出口へ向かって歩きだした。
 それをクラスメイトは冷ややかな視線で見送る。
 教室に残されたシーナとスーシィの二人はしばらく無言でいた。

「あんな調子じゃ、研究室にもユウトを呼びかねないわね」
「どうすればいいんでしょう
 ……このままじゃ、もう二度と話させてもらえないかも」

 涙ぐむシーナの手をスーシィが包んだ。
「大丈夫、ユウトをきっと取り戻せるわ」

 二人は教室を出て、奥まった廊下を進んでいく。
「あの、どこへ……」
「アリスも知らない、特別な研究室よ」

 窓のない行き止まりへ出たスーシィは、マントから杖を取り出してスペルを唱えた。
「oeo npodr 767」

 スーシィの足下から塗り変わるように壁の色が変わり、扉となった。
「凄い……」
 しかし、部屋の中に入った途端、異臭が鼻につく。

 思わず二人は鼻を押さえずにはいられなかった。
「独自に研究がしたいっていったらここを貰えたわ。
 余りがないのを承知で無理に頼んだけれど、いくらなんでもこれは酷いわね」

 スーシィとシーナはホコリとカビの臭いに加えて、何だか腐ったような臭い。
 そしてすぐ足下まであるガラクタなのか植物なのかわからない物の山に顔を引き攣らせた。

     


 一方、アリスとユウトは相変わらずの主従関係だった。
 アリスの部屋。机がある部屋の一角に二人はいる。

「ユウト、紅茶が冷めたわ」
「そうか? さっき入れたばっかりだぞ」
「……」

 もはや、取りつく島どころか、ユウトは飛んでいる鳥にもしがみつきたいところだった。
「ユウト、ここの問題がわからないわ」
「そこはさっきも教えた公式に当てはめてだな――」
「もう一度公式から説明してって言ってるの」

 こんなやり取りが、もう一時間近く続いている。
 最初から部屋にいたリースも、アリスに忙しいからと放牧された。
 今頃どこかを寂しく歩いているのかと思うと、ユウトの胸は苦しくなる一方だった。

 シーナのことも気になるユウトはいよいよアリスに何か一言言ってやりたい気分になる。
「アリス」
「あによっ」
「もう少し、みんなと――」
 ユウトはアリスの顔を見て、それ以上なにも言えない。
 アリスの細い眉はハの字に歪んでいたからだ。

「ごめん……」
 何故だか自分が間違っていたと思ってしまったユウトはアリスに謝っていた。
「もう寝るから」

 アリスはちょっと震えた声でそういうとベッドに向かう。
「アリス、話しを聞いてくれないか」
 ユウトはアリスの片手を掴んで言った。
「放して」

「俺は、アリスのそばにはもっと色んな人がいなきゃ、だめだと思う……」
「――っそんなこと、今更遅いのよッ」

 軽く握っていただけの手を振り解くと、アリスは今度こそベッドに潜った。
 ベッドの中からは嗚咽のようなものが聞こえる気がした。

 ふとベッドから呼ばれた声にユウトは反応する。
「ユウト……」
「何?」
「どこにもいかないで」

「…………わかった」
 静寂に包まれた部屋の中で、時間だけがゆっくりと過ぎていった。

       

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