Neetel Inside 文芸新都
表紙

4の使い魔たち
メイジ『アリス』は退学?!

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「はい? イスムナですって?」

 アリスは目を白黒させてもう一度聞いた。

「ええ、あなたが使い魔の移籍許可を際限なしに出し過ぎたせいで、
 中堅クラスのフリーメイジ達はこぞってあなたの使い魔ををたらい回しにしたようです」
「イ、イスムナっていったらここから十万キルメイルも先じゃないですか!」

 中年の女性は深く嘆息をつくとアリスに向き直った。


「これはあなたの管理不届きですよ。ア・レジスタル・エリス・ベル――、
 使い魔を含めた来週の試験は受けられませんね」

 強い眼光でアリスを睨みつける。
 アリスは唸った。

「で、でもそれくらいしないと強くならないと思って……」

「何処の世界にたかだか使い魔の修練ごときで、
 十万キルメイルも先のイスムナまで送り出すメイジがいるのです!
 あなたがしていることは蟻地獄に蟻を放り投げているようなものですよ」

 アリスは怒号を浴びせられるも尚、反抗した。

「あんな弱小使い魔がイスムナまでいって生きているなんて、何かおかしくないですか?
 本当に私の使い魔なんでしょうか。ミス・ロジャー」

 ロジャーは目を見開いて、

「まぁ! 自身の使い魔に本物かどうかですって? 信じられません。ミス・レジスタル、
 あなたには罰が必要なようですね。それもとびきり重い罰が」

 アリスは罰という言葉が出てきてますます不満極まりない。


 ――私は使い魔に強くなってほしいと思って、
         沢山の書類にサインしたのにこんな仕打ちを受けるなんて!



「ミス・ロジャー。それは納得致しかねます」

     


「――何故です?」
「私は使い魔を強くする為、訓練所に送りふるいにかけたんです。
 それの何処が規則に抵触するのでしょうか」

 食い下がるアリスにロジャーは真摯に放った。

「ミス・レジスタル。我が校の第三校則を復唱してみなさい」

 臆面もなくアリスは答える。

「一、メイジは常に正々堂々と」
「二、メイジは命を軽んじてはならない」
「三、メイジは如何なる時も誇り高くあれ」

 つまり、とロジャーは続ける。

「あなたは使い魔に対して、正々堂々向き合い、命を尊重し、
 メイジとしての誇りをもってして接したかということです」

「そんな……私は――」

「お黙りなさい。
 理解出来ていないようですからお話ししますが、
 書類全てにサインしろとは誰も言ってはいないのです。

 内容も確認せずに全てにサインしたあなたは、

『最初から使い魔に対する何の尊重もなかった』

 ということも言えるのです。

 ミス・レジスタル、これは教職員会議に持ち込ませて頂きますよ」


 ロジャーは狼狽えるアリスを尻目に
 壁に金色の文字を書くと炎を放って消えた。

 アリスは膝をつき、小さな嗚咽を漏らした。

     



「報告致します」


 教職員会議では各々のメイジ達が十数人で円卓を囲みどよめいていた。

「ミス・レジスタルの使い魔は三日前にイスムナ国からの申告により、
 ジャポルで引き取るようにとの伝達です」

「ふむ、生きていましたか」


「ミスタ・ホワード」

 薄暗い石壁に囲まれた部屋の中、
 低いうねりのある声で円卓の一番奥にいたメイジが呼びかけた。

 すると、辺りのざわめきは一瞬で収まり、静寂が訪れる。

「はい」
 起立するホワード。

「君は最後に例の使い魔を見た者かの?」
「はい……」

「……どうじゃった――君の目から見て」

 皺と白髪の顔から覗かせる瞳はぎらりと眼光を放ち、
 ホワードに有無を言わせない迫力を秘めていた。

 ホワードは決して半端なメイジではない。
 教師相応の上級クラスのメイジだ。

 しかし、そのホワードがここまで萎縮している相手は老人である。

「どうじゃったのかね。率直に述べよ」

 ホワードは額から熱いものを感じ、汗を掻いていた。
 間違いなく目の前の老人が放つ抑えきれないマナが奔流している片鱗であった。

「っ、普通――いや、ただの子供だったと記憶しております」

 絞り出すような声を横目に老人は目線を逸らし、ふうむと一言。
 途端に涼しい風が吹き、ホワードは溜め息をつかざるを得なかった。

「解せぬ」
 それは地響きのような存在感と共に放たれた。

「ミス・ロジャー」

 続けて野太い声で老人は呼ぶ。
 半ば引きつったような声で女性は返事をした。

「例の使い魔を召還したのはただの少女だと聞いていたのじゃが……」
「え、あ、はい。うだつの上がらないメイジですが」

 ここに来て老人の顔は尚、解せぬといった面持ちでくぐもった。

「君は彼の者に懲罰を与えると言っていたのう」
「は、何分最初は普通の、それも自分よりも矮小な少年であったことから、使い魔としてではなく、
 モノのような感覚でいたことから言及する所存です」

「揣摩憶測はよい。君が与えるその膺懲(ようちょう)とやら、如何に考えておるのか聞かせてもらえぬかの」

 ロジャーは額の汗を拭きながら答える。

「まだ……、決めかねております。何分、使い魔を無下に扱うなど言語道断、
 そのようなメイジは当校に一人としておりませんでしたので……」

 ふむ、と軽く息を吐く老人は髭を撫でながら


「――では、退学ということかの」



     


 一同は目を丸くした。
 この名誉あるフラメィン魔法学園で退学者など、一度も出たことがないからだ。

「お、お言葉を返すようですが、学園長。
 それはあまりにも早急なご判断では」


「否」

 すると、大気が熱を帯び、メイジ達に重くのしかかる。


『――――ッ』


「彼の者は使い魔をイスムナの極地に送りおきながら、
 何も認知しておらぬと言うではないか。

 それはメイジとしてあるまじき愚行。あってはならぬ存外である――」

 老人は静かにそういうと、椅子を立った。


「ど、何処に行かれるのですか?」
 メイジの一人が尋ねる。

「彼の者の使い魔、少し興味があるでな。久々にきな臭いのじゃ」

 誰も止めることなど敵わなかった。
 彼の纏うマナはもはや一切の物を蒸発たらしめるであろう歓喜の炎に燃えていた。

 石壁に老人のそれとは思えないほどしなやかな手つきでスペルを連ねると瞬く間に消え去った。


 残された者達は皆、大きな溜め息をついた瞬間だった。

     


 アリスは一人、学園の湖(サロマン)に来ていた。
 きっと自分にはとてつもない懲罰が待っている。

 メイジとして生きていくことはもう敵わないかもしれない。
 そんな思いに急き立てられるとアリスは目先から熱いものを止めどなく感じるのだった。

「これじゃ……負け犬よ」
 震える声で自嘲するように言った。

 確かにメイジとして使い魔に対する態度では無かった。

 反省はしているが、
 アリスの目的にとって使い魔に時間を割くわけにはいかなかった。

 どうしてあんな子供を召還してしまったのか、何て謝ればいいんだろう。


 アリスの頭の中で五年前が思い出される。

 他の子たちが召還した使い魔も皆、子供じゃなかっただろうか?

 きっと怒ってる。
 

 アリスは実際、何度もユウトを迎えに行こうと思った。
 しかし、一度サインしてしまった書類を次から次へと取り消し申請していくのは容易ではなかった。

 事実、一枚の移籍許可を取り下げるのに数週間から一ヶ月はかかった。
 誰々の使い魔が勝った、負けた。そんなこと、アリスは微塵も興味が無かった。

 ただ、気づけば自分の使い魔は手の届かない所にいて、
 ついには何処にいるかわからなくなっていた。

 それでもアリスは誰かに頼ろうとはしなかった。いや、頼れなかった。
 使い魔を管理できないメイジなど、存在しない。あり得ないからだ。


 もうすぐ使い魔を含めた進級試験があるアリスは、いささかの瑕瑾(かきん)も見せられなかった。
 それが明るみに出た今、アリスはもうメイジとして崖っぷちだった。



     


「――ミス・レジスタル」

 その声がアリスに届くには幾分かの時間を要したようだった。

 振り返ると、白いマントに白い布で覆われた杖。そして白髪の髪。
 見紛うことなく最強クラスのメイジがそこにいた。

「学園長……先生」


「ふむ、どうやら間違いないようだの」

 杖を持たない左手で髭を撫でつつ、空を一度仰ぎマントを正す。

「ミス・レジスタルの懲罰が決定した」
「はい」

 アリスは震える手で拳を握りしめた。



「――退学じゃ」

 ああ、やっぱりか。
 私はダメだった。結局、肝心な所で冷静さを欠いてこの結末なのだ。


「じゃが、一つ提案がある」


 老人が言葉を紡いだことにアリスは驚いた。

「お主の使い魔は大変優秀だそうじゃ、それをお主が再びコントラクト(契約)し、
 取り戻すことが出来たのならメイジとして再び学園へ招き入れよう」

 名誉挽回のチャンス。アリスは跼蹐することなく首を縦に振った。

     


 ――次の日の朝。

 小鳥も鳴かないような日の出前。
 アリスは手提げ袋を前にして、スカートをおさえるように立っていた。

「待ったかの」

 学園長じきじきに出立に挨拶してくれると聞いてアリスは恐縮していた。
 アリスは恥ずかしさから人目を忍ぶようにして頭を下げた。

「わざわざご足労いただき、ありがとうございます。学園長先生」
「いや、今日は出立の挨拶をしにきたのではない」
「え?」
 アリスは考えてしまう。実は退学は間違いだったのだろうか、と。

「実は――、ワシもついていくことにした」
「は?」

 好奇心だろうか? 


 そんなものをアリスは感じていた。

「――なんでも主の使い魔は『死の使い魔』と呼ばれているそうじゃの」
 老人の喜々と震えるマナは恐ろしいほどのうねりを帯びていた。
 
 ――畏怖。
 ただ、それだけがアリスを支配し始めた。

「……」
「聞いておるか? ぬ、……すまん。ついマナを奔流してしまったの。
 主も退学で際立つのは望むところではないであろうから、今のうちに出るとしよう」

 そういうと彼は一切の荷物を持たずに歩き始めた。
 アリスは先ほどの話しの途中を聞いていなかった、というより耳に入らない状態にあった。
 アリスはその背中を追うように駆ける。


     

「――あの、お言葉ですが大先生」
「なにかね」

 アリスはてっきり四本足の獣(モンスター)の類、または使い魔を使うか、
 最近になって開発された魔法乗用機を使うと思っていた。

「ホーディッシュやレオフォリオは…………」
「徒歩は厭うかね」
「い、いえ……」


 どうやら目の前の老人が徒歩で行くと分かった今、
 余計なものを詰め込んだ手提げ袋などが邪魔で仕方がない。

 こんな状態で長く歩けるものではないとアリスは立ち止まった。


 ――すると大先生(学園長)も立ち止まる。

 それもそのはずだ、使い魔は召還した本人にしかわからない。

 いくら目の前の老人が生粋のメイジとはいえ、召還した本人しか知り得ない使い魔を特定することは無理なのだ。
 アリスは少し、自分のペースにしようと考えた。


「主は――、何か勘違いをしておる」

 長旅には不釣り合いなほど大きな手提げ袋。

 どのような旅をしようとしているのか、
 そのおおよそは老人の彼が諾するところではない。


「主の使い魔は既に主のものにあらず、
 その贖罪をただの旅歩きと考えておるのなら即刻メイジを辞めよ」



     


「――ッ」
 アリスは急に辱めを受けた気分になった。

「主は使い魔の在り所がわかると思うておるようじゃが、使い魔はとっくにイスムナを立っておる。
 もとい、主がその方角が分かっているとて、到底困難が付きまとう。その荷物のようにな」


 アリスは自身がなんと愚かで浅ましいかを痛感した。
 この先は戦闘も管領とのもめ事もあるかもしれない。

 そんなとき、メイジたる力にさしたる自信もないアリスが、
 無事に目的地まで辿り着けるかどうかというのは別問題であった。

 アリスは手提げ袋から貨幣と身の回りの品だけを取ると、
 風呂敷にまとめて担ぎ直した。


「あ、あの、改めてよろしくお願いします」
「ふむ」

 よしなにと二人は歩き始めた。



       

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Neetsha