Neetel Inside 文芸新都
表紙

4の使い魔たち
聖誕祭(グロイア・デオ)

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「ダブルワンドを見せて貰いましょう」
 そんな声があがったのは、次の日アリスのいない教室でのことあった。

「先生、アリスがいないので無理だと思います」
 生徒の一人が、アリスの席を指さす。

「まぁ、なんということでしょう」
 生徒たちは耳を寄せ合って、アリスは逃げたのだと噂し合う。
 当然、ユウトは事情を知っていたものの、差し込む日射しが心地よく、机の上で船を漕ぎ始めたところだった。

「ユウト、ユウト」
 隣のスーシィがユウトの肩を揺さぶる。
「ん……」
「アリスはどうなったの?」
「ああ、何ともないよ」

 しばらくして、また。
「ユウト、ユウト」
「……ん?」
「当てられたわよ、ドラゴン族について」

 アリスがいないので、授業は滞りなく進んでいたかのようだった。
 しかし黒板に視線を寄せると、マジョリアがこほんとわざとらしい咳をしてユウトの視線を見つめ返す。

「ミス・レジスタルがいないのですから、
 代わりに使い魔がこの問題を解くことに何ら不可解な点はありませんね?」

 黒板にはドラゴンの系図とランクが記されていた。
 しかし、ユウトは何かを答えなくてはいけないことは解っていても、
 マジョリアからユウトに問題が伝わっていないのだから答えようがない。

「最上級ドラゴンの名前を答えればいいの」
 スーシィはこれ以上の沈黙は危ういと判断し、それとなく助言した。

「最上級のドラゴンといえば、イノセントドラゴンです」
 ざわりと教室が蠢いた。

 ユウトは解答を間違えたかと思ったが、どうやら違うらしい。
 生徒たちはまるでそれだけはあり得ないというかのように冷笑していた。

「た、確かに最上級といえば、最上級でしょう。
 しかし、イノセントドラゴンというのは古来より消滅した竜とされる伝説であり――――」

 長い説明にユウトは一瞬夢の中へ飛び立った。こつんと頭にスーシィの杖の先が当たる。

「ですから、この場合はエンセントドラゴンが最上級にあたりますね」

 マジョリアも教室の生徒達も動揺を隠しきれないまま授業に望む。
「スーシィ、俺は解答を間違ったのか?」
 ユウトは戦ったことすらないにせよ、会ったことはあった。
 しかし、あれは絶滅したもので、伝説として捉えられているらしい。

「間違ってはいないわ。戦争で実戦投入した国もあると聞いたし、
 だけどそれを信じる人はいないでしょうね」
 古来より消滅した竜……。
 当時のユウトにはこの世界での常識など知るべくもなかったのだから、
 あの邂逅は人生で貴重なものだったのかもしれない。
 ユウトはそう思いながら再び微睡んでいった。

     


「……では、これで授業を終了します」
 鐘の音がユウトを微睡みから引き上げる。

「じゃあね、ユウト」
 スーシィは用事があると言って席を立った。
 さっぱりした頭の隅にどこかもやがかかったような心地で、
 ぼうっと座っていると目の前に一房の髪が舞った。きつい目尻をさせて女の子が立ちふさがる。

「こら、使い魔。アリスを呼びなさい」
 セイラのそれは怒気を孕んだ声で、腰に手を当てて前屈んだ。
「アリスは寝てるよ」

 寝てるという言い方は間違いかもしれないが、
 布団から出てこないのだから似たようなものだとユウトは一人納得した。

「何それ、病気なのかバカにしてるかどっちなの?
 ダブルワンドが出来るようなことを言っておいて今更それ?」

「アリスは確かにできないけど、シーナは出来るようになったぞ」
 気前よく杖を差し出したことをもう忘れたのか、セイラは目を丸くしてシーナを見た。
「シーナは杖を返しに来ていないだろう?」
「た、確かにそうね」
「見ないのか?」
「……そうね、アリスより確かにあの子の方が強そうね……」
 始めの勢いも失せ、セイラはどこかよそよそしい。

「ユウト、一緒にお食事しませんか?」
 セイラとの間に割ってはいるシーナ。長くふわりとした髪が、陽に晒されて水色に輝く。
 日向を甘くしたような香りがユウトの鼻孔をくすぐった。
「ああ、シーナさえよければこっちからお願いしたいくらいだよ」
 勢いに負かされてそう答えたが、セイラという少女はシーナを睨んでいる。
 そのまま教室を出ようとすると、セイラは二人に叫んだ。
「お待ちなさい! いずれこの決着は付けさせて貰います」

 決着も何も何かが始まってすらいないのに、おかしなことを言っているとユウトは思った。
「俺?」
「シーナさんの方です!」

「え? もう(どうでも)いいです。ユウト、早く行きましょう?」
 シーナはそれだけ言うと、ユウトを連れて教室を出て行く。
 ここ最近はアリスの目を盗んではこういうことがしばしば起こる。
 シーナは学園に自炊できる教室があるのを知ると、そこへユウトを誘ってくれるようになったのだ。

「いつも助かるよ、シーナ」
「いいえ、これくらいは当然です。
 ユウトは私と……いえ、私たちと何も変わらないんですから」

 使い魔の食堂というのは確かに酷い食事しかないが、
 この自炊教室はメイジが自らの自立を促す役割と、
 食事に制限が必要な使い魔を管理するメイジの為に設けられていた。

 夜は閉まっていて使えないが、シーナはあの大空間での食事は落ち着かないと特別に鍵を預かっている。
 つまり、シーナの計らいによってユウトの食事問題は完全無欠に解決されたのだった。

     


「今日は和え物にしますね」
 和え物はシーナに昔リクエストしたもので、野菜や魚を使った料理ということになっている。

 食材は元の世界と似ても似つかないものばかりだが、
 雰囲気がなんとなく元の世界と似ているのでユウトにとっては好物だった。

 テーブルには光沢のある大理石(?)を使っていて、
 やはり落ち着かない感じではあるものの、
 普通の教室ほどの広さで各テーブルに流しや火元が着いているのが特徴的といえる。

 シーナは保管庫に食材を調達しに行き、その間にユウトはまな板や包丁を用意した。
 どこの世界でもこの道具は変わらないらしい。
「ユウト、水を火にかけて下さい」
「はいよ」

 魔法を使わなくても調理が出来るようにエレメンタルによって火が発生するこの仕組みは何度見ても飽きない。
 ユウトは火元に設置された円盤に近づき、その台の横についたノズルを捻る。
 すると円盤の中でエレメンタルが弾けるように動き出し、上部から小火が出た。
「鍋に水を……」
 
 シーナは慣れた手つきで野菜を刻んでいく。
 周りの生徒達はまるで長年連れ添った夫婦のような突然のコンビに訝しげな視線を送っていた。
 ユウトたちの隣のテーブルで料理を作る三年のカップルは言った。

「何だよあれ……恋人同士か?」
「それにしては年季が全く違うような……」
「わ、私の方が料理上手でしょ? ねえ?」

 シーナの後ろのテーブルではよだれを垂らす彼氏が蹴り飛ばされる。
 そう、ここは使い魔の食事場として使われることは滅多にない。
 大半が女による男に料理ができるところを見せてやろうという修羅場なのだ。

 そんなことはいざ知らず、ユウトはせっせと料理に勤しむシーナの前掛けを見てどこか温かい気持ちが沸いてくるのを感じていた。

「手が止まってますよ、ユウト」
「あ、ああっ」

 じゃがいもだかにんじんだかわからない野菜を剥いていくその奇妙な感覚にももう慣れた。
 味はじゃがいもだからこいつはじゃがいもなのだ。
 こうして二人で作った料理はおいしくないはずがなかった。

「後はこれを振りかけて……はい、完成です」
 色とりどりの野菜にぎょろっとした目の魚はかつてユウトを苛んだが、今ではコイツを見ると腹が鳴る。

「頂きます」
「いただきます」
 向かい合って食事をする二人。
 シーナもユウトも談笑しながら食事をする。
 ユウトはここにきてかつてない心の安らぎを得ていた。

 

     


 教室へ戻る途中でシーナは話しかけた。

「ユウト、聖誕祭(グロイア・デオ)を知ってますか?」
「? グロ――なんだ、それは」
「この学園で冬に執り行われる祭り行事のようです」
「クリスマスみたいなものか」
「クリスマス? 昔言っていた?」

 ユウトはクリスマスの説明を今一度すると、シーナは驚いた顔で告げた。
「そういえばそっくりですね。
 夜に来るというサンタだけ少し忘れていたようですが、
 プレゼントを貰うっていうのは確かにほとんど同じです」

「ほとんど? 聖誕祭は違うのか」
「はい、聖誕祭は年に一度の締めくくりのようなもので、
 今年一番お世話になった人に感謝の贈り物をしたり、
 意中の人に思いを告げる日でもあるようです」

 ただ……、とシーナは言葉を濁す。

「感謝の贈り物はいくつ贈っても貰ってもいいそうなんですが、
 意中に想いを告げられるのは一人につき一人だけなんだそうです」

「……どうしてそんな制限が? 告白できるのは一人に一人だけ?」
「それはですね――」

 シーナが言い掛けた時、かっと開いた教室の扉から女の子が飛び出してきた。

「きゃっ」
 ユウトの胸板にぶつかる直前でこめかみから伸びた薄黄色の髪がふわりと揺れて遠ざかる。
 碧と翆の宝石のような眼がユウトを上目遣いに見上げた。

「危ないじゃない」

 怒ってる風には聞こえず、かといって諭しているようでもない。綺麗な流水のごとく声だった。
 わずかにハの字を描いた眉はもともとそういう顔なのか、
 くっきりした栗型の目に愛らしい印象を与えている。

 何処か懐かしい雰囲気。ユウトはそう思い、彼女の独特な才色から目を逸らせないでいた。

「ごめん」
 それだけを告げる間が随分長く感じた。
 学年は下なのか、その子は緑色のリボンを小ぶりな胸の上につけている。
 固まったままのユウトに柔らかく微笑むと、
「じゃあね」
 と言って去っていく少女。

「……ユウトはああいう子が好みですか?」
 どこかくぐもったシーナの声。その表情は口元だけが微笑んでいる。
「い、いや……?」
 薄ら寒さを感じつつも、ユウトはそう答えた。
「そうですか?」
 彼女が去っていった廊下にはもうその後ろ姿はない。

 聖誕祭は人々とマナの誕生を祭るものだからという曖昧な返答で、
 それきりシーナは応えなくなり、無言のまま歩いて行く。

     


「ダブルワンドを見せて貰いましょう」

 そんな声があがったのは、次の日アリスのいない教室でのことあった。

「先生、アリスがいないので無理だと思います」
 生徒の一人が、アリスの席を指さす。
「まぁ、なんということでしょう」

 生徒たちは耳を寄せ合って、アリスは逃げたのだと噂し合う。
 当然、ユウトは事情を知っていたものの、差し込む日射しが心地よく、机の上で船を漕ぎ始めたところだった。

「ユウト、ユウト」
 隣のスーシィがユウトの肩を揺さぶる。
「ん……」
「アリスはどうなったの?」
「ああ、何ともないよ」

 しばらくして、また。
「ユウト、ユウト」
「……ん?」
「当てられたわよ、ドラゴン族について」

 アリスがいないので、授業は滞りなく進んでいたかのようだった。
 しかし黒板に視線を寄せると、マジョリアがこほんとわざとらしい咳をしてユウトの視線を見つめ返す。

「ミス・レジスタルがいないのですから、
 代わりに使い魔がこの問題を解くことに何ら不可解な点はありませんね?」

 黒板にはドラゴンの系図とランクが記されていた。
 しかし、ユウトは何かを答えなくてはいけないことは解っていても、
 マジョリアからユウトに問題が伝わっていないのだから答えようがない。

「最上級ドラゴンの名前を答えればいいの」
 スーシィはこれ以上の沈黙は危ういと判断し、それとなく助言した。

「最上級のドラゴンといえば、イノセントドラゴンです」
 ざわりと教室が蠢いた。
 ユウトは解答を間違えたかと思ったが、どうやら違うらしい。
 生徒たちはまるでそれだけはあり得ないというかのように冷笑していた。

「た、確かに最上級といえば、最上級でしょう。しかし、イノセントドラゴンというのは古来より消滅した竜とされる伝説であり――――」
 長い説明にユウトは一瞬夢の中へ飛び立った。こつんと頭にスーシィの杖の先が当たる。

「ですから、この場合はエンセントドラゴンが最上級にあたりますね」
 マジョリアも教室の生徒達も動揺を隠しきれないまま授業に望む。

「スーシィ、俺は解答を間違ったのか?」
 ユウトは戦ったことすらないにせよ、会ったことはあった。
 しかし、あれは絶滅したもので、伝説として捉えられているらしい。

「間違ってはいないわ。戦争で実戦投入した国もあると聞いたし、だけどそれを信じる人はいないでしょうね」
 古来より消滅した竜……。

 当時のユウトにはこの世界での常識など知るべくもなかったのだから、
 あの邂逅は人生で貴重なものだったのかもしれない。
 ユウトはそう思いながら再び微睡んでいった。

     


「……では、これで授業を終了します」
 鐘の音がユウトを微睡みから引き上げる。

「じゃあね、ユウト」
 スーシィは用事があると言って席を立った。
 さっぱりした頭の隅にどこかもやがかかったような心地で、
 ぼうっと座っていると目の前に一房の髪が舞った。
 きつい目尻をさせて女の子が立ちふさがる。

「こら、使い魔。アリスを呼びなさい」
 セイラのそれは怒気を孕んだ声で、腰に手を当てて前屈んだ。

「アリスは寝てるよ」
 寝てるという言い方は間違いかもしれないが、布団から出てこないのだから似たようなものだとユウトは一人納得した。

「何それ、病気なのかバカにしてるかどっちなの? ダブルワンドが出来るようなことを言っておいて今更それ?」
「アリスは確かにできないけど、シーナは出来るようになったぞ」
 気前よく杖を差し出したことをもう忘れたのか、セイラは目を丸くしてシーナを見た。

「シーナは杖を返しに来ていないだろう?」
「た、確かにそうね」
「見ないのか?」
「……そうね、アリスより確かにあの子の方が強そうね……」
 始めの勢いも失せ、セイラはどこかよそよそしい。

「ユウト、一緒にお食事しませんか?」
 セイラとの間に割ってはいるシーナ。長くふわりとした髪が、陽に晒されて水色に輝く。
 日向を甘くしたような香りがユウトの鼻孔をくすぐった。

「ああ、シーナさえよければこっちからお願いしたいくらいだよ」
 勢いに負かされてそう答えたが、セイラという少女はシーナを睨んでいる。
 そのまま教室を出ようとすると、セイラは二人に叫んだ。

「お待ちなさい! いずれこの決着は付けさせて貰います」
 決着も何も何かが始まってすらいないのに、おかしなことを言っているとユウトは思った。

「俺?」
「シーナさんの方です!」
「え? もう(どうでも)いいです。ユウト、早く行きましょう?」

 シーナはそれだけ言うと、ユウトを連れて教室を出て行く。
 ここ最近はアリスの目を盗んではこういうことがしばしば起こる。
 シーナは学園に自炊できる教室があるのを知ると、そこへユウトを誘ってくれるようになったのだ。

「いつも助かるよ、シーナ」
「いいえ、これくらいは当然です。ユウトは私と……いえ、私たちと何も変わらないんですから」

 使い魔の食堂というのは確かに酷い食事しかないが、
 この自炊教室はメイジが自らの自立を促す役割と、
 食事に制限が必要な使い魔を管理するメイジの為に設けられていた。

 夜は閉まっていて使えないが、シーナはあの大空間での食事は落ち着かないと特別に鍵を預かっている。
 つまり、シーナの計らいによってユウトの食事問題は完全無欠に解決されたのだった。

     


「今日は和え物にしますね」

 和え物はシーナに昔リクエストしたもので、野菜や魚を使った料理ということになっている。
 食材は元の世界と似ても似つかないものばかりだが、
 雰囲気がなんとなく元の世界と似ているのでユウトにとっては好物だった。

 テーブルには光沢のある大理石(?)を使っていて、
 やはり落ち着かない感じではあるものの、
 普通の教室ほどの広さで各テーブルに流しや火元が着いているのが特徴的といえる。

 シーナは保管庫に食材を調達しに行き、その間にユウトはまな板や包丁を用意した。
 どこの世界でもこの道具は変わらないらしい。

「ユウト、水を火にかけて下さい」
「はいよ」
 魔法を使わなくても調理が出来るようにエレメンタルによって火が発生するこの仕組みは何度見ても飽きない。

 ユウトは火元に設置された円盤に近づき、その台の横についたノズルを捻る。
 すると円盤の中でエレメンタルが弾けるように動き出し、上部から小火が出た。
「鍋に水を……」
 
 シーナは慣れた手つきで野菜を刻んでいく。
 周りの生徒達はまるで長年連れ添った夫婦のような突然のコンビに訝しげな視線を送っていた。
 ユウトたちの隣のテーブルで料理を作る三年のカップルは言った。

「何だよあれ……恋人同士か?」
「それにしては年季が全く違うような……」
「わ、私の方が料理上手でしょ? ねえ?」
 シーナの後のテーブルではよだれを垂らす彼氏が蹴り飛ばされる。

 そう、ここは使い魔の食事場として使われることは滅多にない。
 大半が女による男に料理ができるところを見せてやろうという修羅場なのだ。

 そんなことはいざ知らず、ユウトはせっせと料理に勤しむシーナの前掛けを見てどこか温かい気持ちが沸いてくるのを感じていた。
「手が止まってますよ、ユウト」
「あ、ああ」

 じゃがいもだかにんじんだかわからない野菜を剥いていくその奇妙な感覚にももう慣れた。
 味はじゃがいもだからこいつはじゃがいもなのだ。

 こうして二人で作った料理はおいしくないはずがなかった。
「後はこれを振りかけて……はい、完成です」
 色とりどりの野菜にぎょろっとした目の魚はかつてユウトを苛んだが、今ではコイツを見ると腹が鳴る。
「頂きます」
「いただきます」
 向かい合って食事をする二人。
 シーナもユウトも談笑しながら食事をする。
 ユウトはここにきてかつてない心の安らぎを得ていた。

 

     


 教室へ戻る途中でシーナは話しかけた。
「ユウト、聖誕祭(グロイア・デオ)を知ってますか?」
「? グロ――なんだ、それは」
「この学園で冬に執り行われる祭り行事のようです」

「クリスマスみたいなものか」
「クリスマス? 昔言っていた?」
 ユウトはクリスマスの説明を今一度すると、シーナは驚いた顔で告げた。

「そういえばそっくりですね。サンタだけ少し忘れていたようですが、プレゼントを貰うっていうのは確かにほとんど同じです」
「ほとんど? 聖誕祭は違うのか」
「はい、聖誕祭は年に一度の締めくくりのようなもので、
 今年一番お世話になった人に感謝の贈り物をしたり、意中の人に思いを告げる日でもあるようです」

 ただ……、とシーナは言葉を濁す。
「感謝の贈り物はいくつ贈っても貰ってもいいそうなんですが、
 意中に想いを告げられるのは一人につき一人だけなんだそうです」

「……どうしてそんな制限が? 告白できるのは一人に一人だけ?」
「それはですね――」
 シーナが言い掛けた時、かっと開いた教室の扉から女の子が飛び出してきた。

「きゃっ」
 ユウトの胸板にぶつかる直前でこめかみから伸びた薄黄色の髪がふわりと揺れて遠ざかる。
 碧と翆の宝石のような眼がユウトを上目遣いに見上げた。
「危ないじゃない」
 怒ってる風には聞こえず、かといって諭しているようでもない。
 綺麗な流水のごとく声だった。

 わずかにハの字を描いた眉はもともとそういう顔なのか、
 くっきりした栗型の目に愛らしい印象を与えている。
 何処か懐かしい雰囲気。
 ユウトはそう思い、彼女の独特な才色から目を逸らせないでいた。

「ごめん」
 それだけを告げる間が随分長く感じた。
 学年は下なのか、その子は緑色のリボンを小ぶりな胸の上につけている。
 固まったままのユウトに柔らかく微笑むと、

「じゃあね」
 と言って去っていく少女。

「……ユウトはああいう子が好みですか?」
 どこかくぐもったシーナの声。その表情は口元だけが微笑んでいる。
「い、いや……?」
 薄ら寒さを感じつつも、ユウトはそう答えた。
「そうですか?」
 彼女が去っていった廊下にはもうその後ろ姿はない。

 聖誕祭は人々とマナの誕生を祭るものだからという曖昧な返答で、
 それきりシーナは応えなくなり、無言のまま歩いて行く。

       

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Neetsha