Neetel Inside 文芸新都
表紙

4の使い魔たち
対抗

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 一方、スーシィとシーナはユウトを召還する為の準備を完成させつつあった。
「はぁ、はぁ……」
 焦燥したシーナは杖を片手に息を上げている。
「もう完全にこの広大な敷地を焼け野原にするくらいのマナは溜まったわね」

 スーシィは落ち着いた声で絵空事のようなことを例える。
 懐から小瓶を取り出すと再びその中身を容器へと放った。
「毎回ユウトの髪の毛とかその……口では言えないようなものを一体どこから手に入れて来ているんですか……?」

 青い液体に黒い髪が溶け込み、今日の分は終了した。
 扉を開け、クリーム色の壁伝いに赤い絨毯の上へ出る二人。
 後手に扉を閉じるとそこは壁となって消えた。

「あれはユウトの部屋を掃除しながら見つけているのよ」
「そ、そうじっ?」
「な、なにを驚いているの」
「そんな、うらやま――掃除は交代制とかないんですか? それと、ユウトの部屋も教えて下さい」

「ないわよ、それにユウトの部屋へは今のところアリスの許可がないと入れないわ。
 彼女が扉をロックするようになったから……」
 どうせ召還してしまえばあなたの使い魔なんだからそれくらいいいでしょと言われてシーナも渋々と頷いた。

「でも、まだ決心がついていなくて……」
 首を傾げるスーシィ。
「この間も同じことを言っていたわね、大丈夫……?」
「時々思うんです。彼を使い魔にしておくことがそもそも彼の為になっていないんじゃないかって」
「良い着眼点ね、使い魔は文字通り使いっぱしりなわけで、
 そこに本来使い魔の意志は存在しないわ。彼にそう教えた人もいたはずよ」

「…………」
 すれ違う生徒たちは皆陰鬱な表情を浮かべながら通り過ぎて行く。
 シーナはルーシェの一件が一学年のプライドを傷つけたに違いないと思う。
「逆に言うわ。彼は何故アリスに召還されたのかしら?」
「え……」
 シーナは即答できないでいた。彼とアリスを結んだものは何だったのか。
 そんなことは本人たちも知り得ぬことであろう。

     


「そのうち解るわ」
 スーシィは含み笑いを浮かべながら話しを変えた。
「最初にユウトを取り戻す話しをしたとき私はあなたのことを知っていると言ったけど、どうしてかわかる?」
「いいえ……」
「私が初めて『あなた』のことを知ったのはジャポルでよ」
「え?」
 丁度スーシィの部屋の前まで着いてしまい、
 シーナは先の話しが本当なのか問いたかった。

 部屋の中へ招かれるシーナは、この後に普段している自己鍛錬の時間を削ってでも話しを聞くべきだと予感する。
「あの日、私はユウトがジャポルへ行くことを偶然知ったの。
 その時私はどうしても『魔法を使えない使い魔』が欲しくて、後を追うことにしたのだけれど――」
 シーナとユウトを監視していたこと、
 召還者のアリスを殺すように脅したことなど、スーシィの話しはどこか他人事のように続いた。

「殺すって……そんなの嘘ですよね?」
「やむを得なかったわ」
「どうして……」
「私とアリスは同じ目をしていた。
 己の全ての犠牲を何とも思っていないというような目。
 だからこそ、私の脅しくらいでは屈しないと切に思えたのよ」

 その後、スーシィは六芒星団に捕らえられたことと、
 運良く変化の魔法で逃れられたものの、元に戻れないでいることなどを話した。
「どうしてそこまで話して下さるのです」
「簡単よ、あなたはアリスと違って一途で賢い」
 スーシィは机の上の薬瓶の中から一つを取ってシーナへ手渡す。

「これは……?」
「あの溶液の最後に入れる液体よ。
 ユウトを召還したいならユウトのパルス(体液)――とこの薬瓶を入れなさい。
 もし、思いとどまったのならこの薬瓶だけ入れればいい」

 呪文薬と言うそれはよくみると爛々と輝いており、小さなルーンが浮かんでは消える不思議な液体だった。
「この薬自体が召還呪文(スペル)……?」
「そうよ。アルケミストがよく使うレトロな物だけど、
 私が特別に何年もマナを貯蔵して作ったものだから力だけは桁違いに強いわ」

 時代が進んだ今では呪文も無駄が省かれ、簡易化に成功し呪文薬の活躍はなくなった。
 なのでスーシィの用途は専ら自己魔法の強化。その為のマナのストックだと言う。
「その中でも一番強い強化。尚かつ召還用に生成したとっておきよ」
 シーナはそこまで貴重なものは返してしまおうとして、思いとどまった。
「あの、こんなに凄いものを使えるならスーシィさん一人でも出来たんじゃないですか?」

 その一言にスーシィはわっと笑った。
「――はあ、ダメね。私のマナは性質が普通ではないから……
 同じことをしても召還できるのはせいぜいエンセントドラゴン。
 それならもう既にいるしね」
 そう言ってマントの後から取り出したトカゲのようなドラゴン。
 両手で持てるほどの大きさのそれはとても大人しく知性ある目つきをしていた。
 スーシィがどことなく猫背に見えたのはこのドラゴンのせいなのかとシーナは納得する。

「意外と驚かないのね」
「え、いえ、これが本当にドラゴンなのかなって」
 苦笑混じりにシーナは一歩後ずさる。
「まあ、いいわ。とりあえず、召還に成功したら私がしてほしいのはその使い魔を定期的に貸してほしいの。
 危ない目には遭わせないわ、ただマナを持たずに強靱な肉体をもって存在している生態を研究させてほしいだけ」
 どうかしらとスーシィは言う。シーナは断る理由などなかった。

「でも、それなら今のアリスさんに頼めばいいのでは……」
 普通のメイジならそれくらいは何でもない。見せてくれと頼んでいるだけなのだ。
 しかし、アリスにはそれが通用しない。スーシィは重たく口を開いた。
「だめなの、あの子は後悔してるから。……ユウトを手放したことを」
 彼女の中でユウトがどんな存在なのかは薄々感づいてきていた。
 そんな使い魔をまた引き離すことに罪悪感を覚える。でも、それと自分のこの気持ちは違うものだとシーナは自分を戒めた。

     


 テスト前日。
 教室はてんやわんやの作戦会議と賑やかで、現在はあの頭上から落とされる風の上級魔法(雷)に対する策を練っている段階である。

 自分の使い魔が稼いだポイントを無駄にしたくないと、
 セイラがショックから立ち直って来たのを見て、クラスのみんなは闘志にもえた。

 発端となったアリスなんかはそっちのけで作戦会議は進み、
 テスト勉強自体がセイラ以外タブー化されたような状況である。

「空から攻撃されるのに土魔法が役に立つと思うか?」
「全員地中で戦うなら話しは別だ」
「真横にあの攻撃がだせないとは限らない」

 ある生徒は図面で説明し、ある生徒は数値化で説明し、ある生徒は魔法のパターンから説明していた。
 そんな時、開け放たれた扉から生徒の一人が声を大にして叫ぶ。
「みんな聞いて! 今度は私たちの上級生の二学年とあのルーシェが喧嘩だって!」
 蜘蛛の子を散らしたように廊下へ急ぐ生徒たち。敵情視察だと言わんばかりに躍り出る。
 がたがたと机や椅子も吊られるように踊った。
 決闘は一度行うと一ヶ月の禁止を言い渡されるが、今回はセイラが倒されてからまだ六日目。
 早すぎる問題は一瞬生徒たちの心にもしかしたらという期待を抱かせた。

「なあ、ルーシェってやつ決闘のしすぎで退学になるんじゃないか? だとしたら――……」
 廊下に散っていく声はユウトたちの耳元に最後まで届かない。
「……見に行きましょうか」
 スーシィが魔法陣に乗る。
 教室にはアリスとシーナ、カインそれにセイラを含む生徒少しが残っていた。
「いや、僕は残るよ。正直僕らみたいなのが何人束になってもあの子には勝てる気がしない」
「相変わらずの腰抜けなのね、カイン」
 意外にもそれを言ったのはスーシィだった。
「ああ、君に言わせれば僕なんかはその辺の野石だろうさ」
 確かこの二人は最初のクエストで一緒だったとユウトは記憶している。
 アリスは自分のお菓子が取り上げられたような顔をして、眉を曲げていた。

「早く行きましょう」
 スーシィの声に続くいつもの三人。
 ポイントカードの帰還制限時間は開始されるが、クエストは明後日なので関係ない。
「rani pg(座標指定)」
 白幕に包まれると体が一瞬浮いたような感覚に足下がふらつく。
 そこを堪えて、光りに瞑った目蓋を上げると人だかりという光景が目に飛び込んでくる。
「まるでお祭り騒ぎだな……」

 それは言うなら人垣で、奥で何が起こっているのかは皆目見当がつかない有様だった。
 スーシィは手元に杖を構えると、一言詠唱し遠見の魔法を唱えた。
 もやのように空間が白むと丁度良い大きさに映像が浮かんでくる。
 そこには白い輪で囲われた二人が異様なかたちで対峙している。四人はその様子を一心に見守った。

     


「……あやまってよ」
 青い杖は男の方を指して、ルーシェは垂れた眉をわずかに上へつり上げていた。
 対する上級生の側は男のメイジ。
 両腕と両足が地面から生えた氷の柱に捕らえられ、高さ十五メイルほどのところでつり上げられている。
 状況は一方的で、どういう経緯があったのかはわからなかった。
 しかし、男は余裕の表情でルーシェを見下ろして言った。

「へ、嫌だね。二つも下の下級生に何で二年である俺が謝らなきゃならねえんだよ」
 ルーシェの眉がひくりと動く。
「じゃ、この決闘で謝るか死ぬか、選ばせてあげる」
 ルーシェはそう言うと、一言の元に目に見えるほどの白い冷気を男の足下へ放った。
 そこから出でたのは剣山だった。氷の針山が一メイルほど生えてくる。
 広さにして丁度いいところで、ルーシェは勢いよく別の魔法を放つ。
 ガラスが割れたような音と共に男の両手両足のうち片足が解放される。

「なんだ? 脅しのつもりか?」
 普通に落下すれば下で待ち受ける尖頂に身を埋めることとなろう。
 しかし、落下する前に懐からスペアを取り出し、レビテーションかフライを使えば滞空することができる。
 男は余裕の微笑のまま、様子を見ていた。
 がきゃん。という音と共に残った脚が解き放たれる。
 両腕で宙づりになった男は、
 次に片腕が外れたらスペアの杖で下にいる下級生にファイアインパクトを放つか、
 ニードルクラッシュを浴びせるかと迷っていた。

 下級生だと思って油断していたと、男は胸中に思う。
 男が再びにやけると、ばきりと左腕に纏わり付いていた氷が砕けた。
 右腕に全身の体重がのしかかる。
 男は胸からスペアの杖を取り出すと、ぶら下がるようにして杖を振る。

「Flables explizt!(爆発の火)」
 しかし、何も起きない。しんと静まりかえった辺りが一瞬止まったかのように思えた。
「ここにあるマナは全部吸収しちゃったから多分ムリだよ」
 男の顔は一瞬歪んで、もう一度杖を振り上げる。
 だが、自分の体にいくらかのマナもないことを感じ取りそこで動きは止まった。

「はは、嘘だろ……チャームか何かで思い込ませてるだけだ」
「嘘じゃない。どうするの、謝らないの?」
 マナドレインなど、生徒どころか普通のメイジは使えない。男は格の違いとプライドの狭間で揺れていた。
「…………」
 パキパキと音を立ててひび割れていく最後の支え。それが消えた時、男は下で待ち構える剣山に血の花を咲かせていけられるだろう。
「ルーシェちゃん、やり過ぎだよ!」
 光りの枠の外から違う女の子が叫ぶように怒鳴った。
 おかっぱ頭からくりんとした目をつり上がらせて、頬を膨らませている。

「ミス・モラティン。喧嘩の決闘であろうと、下級生が上級生に行う決闘は真剣勝負です。
 対戦者への口出しは侮辱行為として厳罰対象になりますよ」
 目立つ黒光りのマントの女子生徒はそれを聞いて意気を失う。

「そんな……」
 リングを挟んで内側、ルーシェは彼女たちのやり取りを意に介することもなく、男のなり行きを見守っていた。
「……わ、悪かった。俺の負けだ、許してく――」
 ミキミキと支柱全体に亀裂が入り、ついに男のそれが宙に放り出される。
「っうわああぁぁ――」
 男は魔法で浮くことも飛ぶこともできないまま、氷の槍に向かって一直線に吸い込まれる。
 白いリングが解かれると、直ぐさま男はレビテーションに掛けられた。
 同時にどこからともなく攻撃魔法が下の針山を吹き飛ばす。
 またも命からがらといった勝負で、周りの生徒たちはルーシェの画然とした強さに息を呑んだ。

     


 スーシィの魔法がゆっくりと解けると、一行はしばらく押し黙った。
「……なあ、周囲と対象者へのマナドレインってそんな反則技習えるのか?」
 ユウトの問いにスーシィは言葉を紡ぐ。
「一人前のメイジですら、恐らく習得してはいない魔法よ。モンスターなんかはたまに持ってるけど、ハルバトはそれだったかしら」
「……あいつは元々がエレメンタルのせいで、ただのモンスターじゃなかっただろ」
「そうね」
 このままでは生徒全員とルーシェで戦ってもよほど上手く戦わないと互角にすらならない、そんな心持ちが皆の中に沸いた。
 
 クラスへ戻ってもどこか物静かな暗澹とした空気の流れ。
 グロイア・デオの戦いから降りるといった生徒を無理に引き留めようとする者もいない。
 授業は重い空気の中で終わりを告げた。生徒達はいつもの覇気どころか、まるで処刑台に上がるのを待つ囚人のような面持ちで教室を後にする。
 スーシィとシーナは最近一緒に使い魔を貸してくれる子を探していると言い、アリスとは廊下の手前で別れた。

 アリスはそれを「あ」とか「うん」と始終受け答えしていたが、ユウトにはアリスが狼狽しているように見えた。
 廊下に出ると、アリスは久しぶりに自分の研究室に行くと言い出した。
 書籍ばかりが辺りを埋め尽くしている雑多な場所だ。
 アリスは調べ物があると言ってその研究室へ向かい、中に入る。

 当然のごとくそこはホコリだらけになっていて、
 アリスはマントの裾で鼻を覆いながら本の山を掻き分け始めた。
「そういえばユウト、あんたマナとか持ってるの?」
 アリスの放った本がユウトに埃を飛ばす。
「げほ、……ないよ。黒服のじいさんもそう言ってた」
「ふうん、じゃあマナドレインは効果がないのね」
 アリスはどこか呆けたような返事を返した。
 マナドレインはユウトに効果がないが、魔法は効く。ユウトは冷や汗をかき始める。
 アリスは一冊の本を手に立ち上がって、適当に開くと読み始めた。
 そこで、アリスは不自然に背を向ける。

「ルーシェと戦って勝率はどれくらいだと思う?」
「ぶっちゃけ二割……だ」
 これはユウトが今の剣、ツェレサーベルを使って戦った時の話しだったが、
 戦わないに越したことはないので、下手なことは言わないようにした。
「よしっ、これだ」
 アリスは古色蒼然とした本を手に廊下へ踊り出しす。
「なにしてんの? 早く来なさい」
 てっきりルーシェと戦えと言い出すのかと思っていたユウトは肩すかしを食らったかのようにぼうとしてしまった。
 ユウトは何故アリスが研究に打ち込まなくなったのか気になっていた。
 あの日、アリスの口から全てが語られた時からアリスの研究はなくなってしまったようにも思える。
 そしてユウトはその理由を知る手段は思いつかないでいる。

     


 一夜が明ける。
 ユウトは陽の光りが出て生徒たちが顔を洗いに部屋を出る頃、シーナの部屋を訪れていた。
「はい、どうぞ」
 明瞭とした声。シーナはユウトの姿を見ると、朝の挨拶をした後に嬉しそうな顔をして机の椅子を用意した。
 他の生徒たちよりずっと早くに起きているのか、シーナの身支度は全て終わっていた。
「いや、今日はその、剣を貰おうと思って」
「預かっていた大剣のことですね」
 ユウトの実力は蒼剣(せいけん)があって何倍もの強さとなる。
 しかし、それは力に頼っているようでユウトは嫌いであった。
「ごめん、いつまでも預かってもらっていて」

「いいえ、いいんです。それより私の方こそ、
 その、剣の魔力を封じ込めるために、ジャポルで少し手を加えてしまいました」
 シーナは頭を下げる。
 ユウトはそのことより、シーナの身を心配した。

「え、ええ……問題ありません。気づいたのは本当に幸運でした……」
 それを聞いてほっとするユウト。ただならぬ剣だとは思っていたものの、自分以外の人間が触れたことは無かった。

 シーナの話しによると、剣を不注意に触ったものは剣の力に支配されるという。
 それはつまり、剣の魔力に意志があるということを意味していた。
「本当に何ともなかったのか?」
「は、はい」
 どうして早く言わなかったんだとシーナの肩を掴んで瞳を見つめた。
 じっと見つめるユウトに頬を染める。

「良かった、大丈夫そうだ」
「はい……」
「でも、やっぱりこの剣は謎だらけなんだな……」
 四年前に手に入れた大剣――青く光る刀身から蒼剣セイラムと呼ばれている。
 数々の犠牲と奇蹟に近い運がもたらした偶然から手に入れた産物。
 空のように透き通り、海の如く青い刀身は一振りでどんな力もねじ伏せる。
 それが今、手元にある。
 シーナによって赤い布で封印されてはいるものの、
 はっきりとその鼓動のようなものがユウトには伝わってきた。

「赤い布は外しますね」
 杖を取り出して解除魔法を放とうとするシーナ。しかし、ユウトはそれを制した。
「もう少し、待ってくれないか」
「え?」
 せっかくの機会だ。ユウトはこの剣の魔力の正体が何なのか知りたいと思った。

「……わかりました」
 シーナは布の解除をいつでも出来る状態にしてくれたが、ユウトはずっとこのままでもいいと思う。
「封印を破りたい時は布を取り払ってください」
「わかった」

 シーナに厚くお礼を言って、ユウトは部屋を後にした。
 封印された状態でもユウトは剣を握っている間に体が軽くなってくるのを感じていた。

「これじゃ、どっちの力で勝ったんだかわからない……」
 イスムナで生き残れたのは偏にこの剣のおかげによるところが大きいのかもしれない。
 自分の実力であるところも確かにあっただろう。
 だが、ユウトにとってそれは自分の求めている力とは少し違った。

     


「ハッ!」
 裏庭の一角でユウトは久々に大剣を振った。
 ゴウ。という音が空気を裂き、地面の草が揺れる。
 寸分狂わず振れる剣。ユウトの身の丈ほどもある長さに、寸胴の刀身はユウトの胴ほども太い。
「ハッ!」
 斜め上へ空を指すように振り上げる。
 ごうと掻き上げる空気は木の小枝を揺らした。
 片手でそれを回すと、肩に通してあったベルトへその大剣を放る。
じゃきっと小気味よい音を立ててユウトの体がわずかに沈んだ。
 死の使い魔という異名をもつ使い魔、ユウトはここにようやく戻ってきた。
「…………」
「ユウト! あんたまた勝手に部屋を抜け出してたのねっ!」
「えっ?」
 振り返るとアリスがいた。
 正確には寝間着のすけすけな服で扉の間から身を乗り出すところだった。
「うっ、寒い……」
 杖も忘れたまま飛び出してきたのか、アリスはユウトに叱咤する。
「どうして、部屋でじっとしていられないの? リースと違ってあんたの場合は見た目の取り柄がないからすっごく目立つのよ。変な噂とか立っていないからまだいいけど、あんたが一人でいると――」
 アリスの小言がまた始まる。
 どうもアリスは、ユウトがおかしな噂の対象になるのが嫌らしかった。リースは纏う髪が幻覚を誘う仕組みとなっているのに対し、ユウトは何の取り柄もない普通の人間だ。
 ちょっと頭の良い使い魔止まりだった。
 今までにない怒り方にユウトもどうしたものかと首を捻る。アリスは言いたいことをひとしきり言うと、わかった? と念を押してくる。
 ユウトは曖昧に返事をすると、今度は背中の剣について聞きだした。
「ところで、あんたその背中の剣はどうしたの」
「これは、俺がもともと持っていた剣だ」
「へぇ、随分と大きいのを扱うのね。まるで――」
 ラジエル。その国の名前が出たとき、ユウトの心臓は跳ね上がった。
「どうしたの?」
 違う、ユウトの心臓が跳ね上がったのではなく、剣の心臓が跳ね上がったように思う。
「いや、何でもない」
 平静を繕いつつ、ユウトはどうしてそうなるのかを考える。行き着きたくもない原因に思い当たると、そこで考えをやめた。
「とにかく、今日は大事なクエストなんだから、ちゃんと部屋で待機してなさい」
 ユウトは今更ながらアリスの姿に、目のやり場がないことを思い知って生返事になる。

 ユウトとアリスの部屋は別室である。本来使い魔は主と部屋が同じであるにも関わらずだ。
 では何故、ユウトとアリスは部屋が同じではないのか。

夜更けの朝にそれを計った人物がユウトを尋ねた。
「ほっほ、経過報告を聞きに来たぞい」
「え、園長先生……」
 扉を無視してユウトの前に出現したのは白衣の老人。フラムの姿だった。
 ユウトは気配にこそ気づいたものの、出てくるタイミングまでは察することができなかった。
 一瞬どう言おうか迷ったものの、どうせこの人物は全てを知っているという諦念が余念を払った。
「闇の魔法については……今のところ調べてはいないようです」
 入学当初、アリスの研究の内容は闇魔法ではないかという疑惑が上がっていた。
 その真偽をフラムに頼まれていたのだが、この人は全部知った上で愉しんでいるのだと最近わかってきた。
 むしろ、最初に経過報告をしたときには、嘘をついているとまで言われ、ユウトは殺されかける始末だ。
「忠義、仁義、礼儀これを守れぬ者は我が学園に不要。良きかな」
「だから、最初は殺すような脅しをかけたんですか」
「左様、お主は言葉を扱える使い魔。あるじの立場が窮地になるような発言を平気で行うとあらば、不慮の事故に見せかけて殺めておった」
 物騒なことを言い出すフラムであったが、これも半分冗談なのだとユウトはフラムの目をみて思う。
 慈愛に満ちたその瞳の奥には深い緑が宿っている。
「先生は一人の命よりも大勢の命。革命者よりも忠義者ですか」
「左様。真に大事なものとはすなわち愛情。ワシはこの学園の生徒諸君を愛しておるからの。その為にすることの全てはワシが最善と判断したものじゃ」
「じゃあ、アリスの体に掛けられた呪いが生徒達に害のあるものだったら、先生は躊躇わずにアリスを殺すんだな……」
 語気を強めた言葉にフラムは眉一つ動かさず、
「左様」と一言放った。
 つまり、全てを知った上でユウトにのみ経過報告を求め続けているのは、ユウトの覚悟をいつまでも失わせないようにする為。
 学園を敵に回した時、ユウトが自分自身の保身に走るのか、アリスの僕(しもべ)として生きるのかを問い続けているのだ。
 ユウトの心に迷いがある以上はアリスとユウトが同室になることは決してなく、またフラムも心のどこかでは躊躇っているのかもしれない。この二人が同じ道を歩むことの是非に。
 ユウトとフラムの視線が合ったその時。忽然と開かれたドアの向こうにアリスの姿があった。
「何してるのっ、もうクエスト張り出されたわよ!」
 フラムの姿は壁に呑まれるように消えていた。
「あ、ああ――今行く」
 アリスに引かれてユウトは部屋を後にする。まだ普段の授業の一の刻も始まらないうちから廊下は生徒達で賑わっていた。
 我先に簡単で良い得点が入るクエストを手に入れようと、皆各々に教室を目指すのだ。
「今日こそはまともなクエストを手に入れるわよ」
 勇ましさとは裏腹にアリスを通して見る窓の外は曇り空だった。
 アリスはいつにもまして気合いを入れて人混みを掻き分けていく。
 途中でぶつかる生徒たちや使い魔たちが声を上げて仰け反ろうとお構いなしだ。
 ユウトの大剣を背負う背中に視線が集まってくるのもなんとなく照れくさく思う。
 教室の入り口が見えたところで、シーナとスーシィがその隣りにいた。
「アリスさん」
「どうかしたの? 二人とも」
 その重たい気配を感じ取ったのか、アリスは若干警戒した口調で応えた。
「私、今日はアリスさんとはクエストを受けません」
 呆然とした面持ちで、アリスは二人を見た。
「どういうこと……?」
 今まで必ずと言っていいほど、クエストを一緒に進めてきた仲だ。それを今になってやめると言う。
「パーティを組んだ方が有利なのはわかってるわよね?」
 クエストは最高四人で受けることが出来る。これは魔法陣の定員でもあり、これを有効に生かせば、難しいクエストでも四人で分担してクリアできるという仕組みだった。
 実際、今まで何度も二人以上で乗って、クエストをクリアしてきた経緯がある。
「はい、ですから今はアリスさんとクエストを受けません」
「シーナ?」
 シーナの頑なな態度はユウトの目にも余る。ユウトはアリスの後からどういうことか聞こうとした時だった。
「ですからっ、アリスさんとはこれ以上組めません!」
 空気が凍ったようだった。
 シーナの見たこともないような鋭い眼光。
 ユウトの頭の中では一体なにがどうなっているのか、必死に考えていた。
 アリスも似たようなものなのか、ただぼんやりと目の前の現実を直視している。
「そ、そう。別にいいわよ。スーシィ、あんたもそうなの?」
 声を発した先でスーシィは頷く。
 ユウトは声を掛けようとしたものの、アリスはその返事を聞き、一人で教室へ入っていってしまう。
 アリスを追う前に助けを求めるようスーシィを見たが、隣にいたシーナがごめんなさいと一言言うだけだった……。

       

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