Neetel Inside 文芸新都
表紙

4の使い魔たち
三年前の『ルー』

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 三年前――。
「ユウト、よく聞きなさい。これから戦争が始まる」
「え? どういうこと?」
「新しい任務だ。しかし、これは今までとは違って大変なものになるだろう」
 先日ようやく包帯が取れたばかりなのにユウトにはさらに戦いに出ろという。
「我々は雇われた。だが、それは金銭でではない」
 そういって黒服の老人は幾重にも連なるモンスターの格納庫の一角へ案内する。
「恐らくはイノセントドラゴン。この世界で最も強いとされる竜族だ」
「……そんなっ、酷いよこんなの!」
 針や器具が刺さったままの状態。様々な拷問の後なのか、ドラゴンは既に虫の息のようだった。それでもドラゴンの姿は白銀を思わせるほどに艶やかだ。
「私は金を要求した。しかし、連中はこれを売れと寄越した。恐らく手に余したのだろう、体よく手放しつつ、仕事も依頼する。こんなものに関わったと知られれば騎士団もだまってはいない。私にこれを断る術はなかった」
 今回は失敗したという黒服の言葉をよそにユウトはドラゴンの元へ駆け寄り、器具を丁寧に抜いていく。
「そのドラゴンはマナを持つ者を寄せ付けない、故に最強とされる。今度の戦争にそいつを使う気だったのだろうが……。ユウト、私は他にやることがあるのだ。後は任せていいな?」
 ユウトは答えない。
 老人は何も言わずその場を立ち去った。
 介抱が十日ほど経った頃。
 ユウトはシーナから最近会えないねと言われ、心苦しく感じながらもドラゴンの世話をしていた。
 ユウトの一回りほども大きいドラゴンなだけに動かすのは容易ではない。
 うす暗いモンスターの檻でなければ、収容できる部屋はどこにもないのも事実だった。
「クルル」
 思ったよりも怖い鳴き声ではなくてユウトは安心もした。
 もっともこれは排泄の合図なのだが……。
「うわぁっ、まだだめだっ、もう少し待ってくれ!」
 最初は血尿と出血の見分けがつかなくて股の間を調べていたら叩き出された。
 それでも最近は食欲も元気も戻ってきて、ユウトもドラゴンの回復力に感嘆するばかりだ。
「もっと緑色の血とか出すのかと思ってたんだけどな、人間と同じなんだ」
 タライのようなものをドラゴンの股の間に引いて見守っていると、ドラゴンの様子がおかしかった。
「クルル、ル」
 ユウトへ向き直り、入り口の外へ押しだそうと顔を擦りつけてくる。
「え、なんだ。恥ずかしいのか」
「クル、ルル」
 大人しく部屋の外へ出ると、ようやく排泄の音が聞こえてくる。
 それにしてもドラゴン級だ。タライはそのうち穴が空くかもしれない。
 ちなみにタライはユウトのオリジナルで、実際にこの世界にあるものかどうかは不明である。
 汚物を嫌な顔一つせずに運んでいくというよりは、ユウトにこれが汚物のようには見えていない。
 何故かあのドラゴンが排泄するものは光っているのだ。臭いもなかった。
「まぁ、例え臭くて仕方なくてもやると決めたからにはやるさ」
 一度ユウトが瀕死の状態でシーナに看病されたときもシーナはユウトの世話を嫌な顔一つせずにやっていた。
 ユウトはそれからというものシーナには頭が上がらない。
 今回のこともシーナに言うと全部やりきってしまいそうなので、秘密にしているほどだった。
 そんな胸中を知ってか知らずか、ドラゴンは日に日に遠慮がちな態度になっていった。
「なんか、よそよそしいんだよな……」
 近づいて行っても嫌がられるわけではないので、ユウトはこれで良いと思ってきた。
 しかし、ユウトの言葉をなんとなく理解しているような節が時々ある。
「(もう少し話し掛けてみよう)」
 ユウトはそう思い、いつも通りモンスターの格納庫へ向かった。
 檻の中のモンスターたちはユウトが強くなってからというもの何処かへ解放されてしまっている。
 しかし、わずかに残っている人畜無害なモンスターたちが今日はやけに怯えていた。
「?」
 ドラゴンのところへ行くとユウトを見るなりその黄色の眼をじっとユウトへ向けてきた。
 見つめ返してみるが、埒があかないので檻の中へと入る。
「どうした、どこか痛いのか」
「クルル、クルル」
 頭を差し出してユウトの頭へと近づける。
 艶やかな肌触りで白と思っていた体は目を中心にところどころ薄黄色だった。
「クルル……」
 ユウトの頭とドラゴンの頭が重なったとき、ユウトの頭の中に一つの言葉が過ぎった。
『黒い服の人を連れてきて』
 ユウトは探すのに随分かかったが、黒服の老人はドラゴンを見て驚きの声をあげた。
「凄いマナの蓄積だ。これはよくない、すぐに逃がした方が良い」
 快復したドラゴンを檻の外から確認し、黒服の老人は中に入れない様子で檻の外へと通じる道を開けるようユウトに指示した。
「逃がすって……」
「マナが溜まりすぎて溢れているのだ。そいつ自身、もはや制御するのがつらいはず」
「じゃあ普段はどうやって制御しているんだ?」
「そんなことは知らんよ、排泄でもしているかもしれないがな」
 ユウトは檻の入り口を開けるとのそのそとドラゴンが這い出てきた。
「あの針が刺さっていない状態では私は近づけない。ユウト、お前が見送ってやりなさい」
「……はい」
 ユウトは森の中までくると、最後にドラゴンの名前を尋ねてみた。
「今更だけど、名前は? あるんだろ?」
 念話(テレパシー)のようなものが使えるこのドラゴンなら名前くらい持っていてもおかしくはないと思った。
「ルー」
「ルーか、俺はユウトだ」
「クルル」
 知っているというような口ぶりで一鳴きすると、ルーは空高く羽ばたいていった。
 ルーを見送った後、ユウトは謎の高熱に数日間の寝込みを余儀なくされる。
 例の任務はドラゴンの脱走とユウトの病気によって解消され、新しい任務につくことになった。
「結局修行もできないまま、任務か……」
 しかも、その大半は空中戦で落下してきたメイジとそのドラゴンを殺すという任務だった。
「いくぞ、イクウラ」
 使い魔を持たないフリーメイジのゴルドという男が今回のユウトの主だった。
 ゴルドは大柄の男でほとんどユウトの手を必要としていない。
 時折無傷で落下してきたメイジを影から叩き斬るという役目にユウトは辟易もしていた。
「こちらゴルド、どうした」
『これからが本番みたいです。味方も落下すると予想されるんで、用意をお願いします』
「了解」
 魔法具の通信機でゴルドは会話していた。
 その上空は一瞬にして巨大な影を生むようにドラゴンの群れが飛び交い始める。
「そういうことか」
 空中から突然現れるのはテレポートの魔法だ。
 竜の軍隊はみるみるうちに圧倒的な数になった。
 勝てるわけがないとユウトは思った。戦争は数であるということをまざまざと見せつけるように空を濁す。
「なんだ、ありゃあ……」
 その姿は紛れもなくユウトがかつて見たルーだった。
『ゴルド……我が国は撤退を決めた。降伏宣言だ、すぐに帰還しろ』
「何も出来ずに? やはり無理だったのか」
『向こうはどうやって竜族をあれだけ揃えたのかわからんが、とにかくその場を離れてくれ……我々に勝つ道は、もうない』
 ユウトはそれを聞いて、何故上空にいるルーだけが戦い続けているのか気になった。
「イクウラ、お前も早く来い」
「……」
「どうした、死にたいのか」
「任務終了ならここに置いていって下さい、やることがあるので。後は大丈夫です」
「わかった、戦死したと告げておく」
「……ありがとう」
 恐らくゴルドのいた国は金銭的にもあまり余裕がないのだろう。ユウトが帰還を拒むことになんら言及はしなかった。それは報酬を支払うのが惜しいということも意味している。
 報酬を期待できない任務は自分を死んだことにするか、依頼主を殺せと黒服の老人も言っていた。
 また依頼主が報酬を払えない相手に対して預かった使い魔を死んだことにするというのもこの仕事では暗黙の了解だ。
「おい、ルー! 戦争は終わった! 逃げろぉ!」
 ルーの動きは他のドラゴンを数段上回っていたが、数で不利なために攻撃へ転じることができないまま逃げの一手を取らされていた。
 ユウトの声に気がついたドラゴンの一羽が突撃してくる。
 地響きと共に不可視の風魔法がユウトの周囲をえぐっていく。間一髪で避けることに成功したが、ユウトは二度目に自信がもてない。
「……!」
 反撃の余地もユウトにはなく、再び空中へ舞い戻る竜。
 それでもルーはユウトの存在に気がついたのか、弾かれたゴムボールのように滑空してえぐれた地面に着地した。
「背中に乗って」
 クルルという鳴き声ではなく、確かな人間の声としてルーの声が聞こえた。
 ユウトは得意の高速移動でルーの背中へ飛び乗る。
 片手に蒼剣を構えたとき、白い竜が跳躍する。
「ルー、戦いは終わったんだ。逃げなくちゃだめだ」
 ユウトの脚がマナによって固定されるとルーの身体は速度を格段に上げた。
「でも、あの親玉を倒さないとボク――じゃなくてワタシのお母さんが……ぅっ」
 見ると黄金の瞳からは大粒の涙が流れ続けていた。
 あっという間にドラゴンの群れを離れていく。
「ユウトだけでも逃げて」
「一人で戦うつもりか?」
「……」
 無理だとわかっていながら逃げることができない。恐らくはルーがユウトの前に現れたときと同様に母親も痛めつけられているのだろうとユウトは思った。
「……そういうことなら俺も手伝うよ」
 敵は多勢に無勢だが、それでもルーが孤独に死んでいくのは堪らなかった。
「でも、声が震えてるよ」
「ルーだって泣いてるだろ」
「ごめんね、巻き込んで……」
「いいよ、それより絶対にやられるなよ」
「うん」
 一瞬で方向転換し、ドラゴンの塊へ突貫する。
 針穴をくぐるように敵のドラゴンの間を飛ぶユウトたち。
 白い影が黒を引き裂き、蒼い光りが次々とドラゴンを撃ち落とす。
 半分ほど倒した頃、雲が空を灰色に染めていた。
 ユウトたちの戦いはまだ続いている。敵も半分以下にはならない。恐らく落下後に回復行為を行い、戦闘へ復帰しているのだ。
 ぽつりぽつりと降り出した雨水にユウトは思わず苦悶の表情を浮かべる。
 速すぎる飛行は雨水とはいえユウトの肌に腫れを起こすほど強く当たる。
「ユウトっ、背中にしがみついてっ」
「じり貧の戦いはするなって言われてるんだけどな……」
 ルーの背中に張り付くようにすれば確かにダメージは軽減できる。
 しかし攻撃の度に身を起こしていては強すぎる雨水の打撃が徐々にユウトの体力を奪う。
「ルー、俺が動かなくなったら下に落としてくれ」
「そんな……」
 ルーはさらに上空へ舞い上がり、ドラゴンたちの真上で静止する。
「魔法を使うよ」
 大気がルーを中心に陽炎となる。ドラゴンたちがルーを狙い数え切れないほどの魔法を放ってくる。
「――っ」
 ユウトは咄嗟にルーの首に腕をかけて宙づり状態から剣で魔法をいなす。
「あぅっ――」
 それでも防ぎ切れなかった魔法がルーの体を掠めた。
「Onikis..kelialoe Flaise..(淀みの力を持ち、凍れ)」
 大雨の粒が針のように先鋭化され、一気に降り注ぐ。
「Chas..(追撃)」
 無数に出でる氷の針はまるで避けようがない。
 ギュオオォォォ――――。
 雨を避けることが出来ないドラゴンたちは棘の束と化したそれを甘受する。
「凄い、これなら――」
「ユウト……」
 ルーは震えた声で呼びかける。見ると目から光りが消えていくのがわかる。
「ルー、もうやめろ」
 自分の視覚を奪うほどのマナを放出したのか、ルーはゆっくりと落下していく。
「まだ、親玉が……」
「奴らならみんな落ちたよ。親玉も多分一緒さ」
 しかし、それは現実とは違った。
 氷雨の範囲から逃れたドラゴンもまだわずかにいる。このまま落下しきってしまえば、もう後は蜂の巣になるしかない。
 それにユウトは大きなマナの波動が近づいてくるのを感じていた。
 恐らくはこれがボスなのだ。だが、もう遅い。ルーを担いで逃げるなんてことは無理だ。
 ユウトは落下する恐怖と、その後に待ち受けるであろう集中豪火に身を震わせた。
 どうと叩きつけられたユウトたちは剣を木に引っかけてみたものの、耐えられる衝撃ではなかった。
「ぐっは――」
 肺腔から一気に出て行く空気に顔をしかめる。横たえる白竜はもう微動だにしない。
「ここまでか……」
「ユウト……逃げて」
 白竜はそれだけ言うと静かに目を閉じた。
 ゆっくりと立ち上がり、ユウトが白竜に近づこうとしたところで、眼前は目映い光りに包まれた。
 ゴオオォォォ――――。
 全てを吹き飛ばすような轟音と共にユウトの景色が消えた。
 熱と炎の焦土と化した大地に影があった。
「そんな……」
 ユウトの剣がかろうじて白竜のいた位置を教えてくれる。
 虫のような息で剣の影に何かが横たわっている。しかし、ルーではない。
「ルーは一体どこにいったんだ……?」
 目の前にいるのは紛れもない人間の子供。あれだけの爆風の後では全てが消え去ってもおかしくはない。
 上空に現れた巨大な黒い影はルーの言っていた親玉だろうか。
 しかし、ここにもうルーは居ない。一瞬で殺されてしまったのだ。
「とにかく助けないと……」
 目尻に抑えられない悔しさが湧き出る。
 あんなものに勝てるほど、ユウトも強くはない。
 目立つ蒼剣を鞘に収め、どこからか飛ばされてしまったのか、人間の子供を腕に担いでよろよろと走る。
 地響きと共に辺り一面が焼け野原となっていく。ルーはもう助からない、助けにいけない。ユウトの中で起こる見捨てるにも等しい感情が様々な感情と綯い交ぜになって目尻から溢れる。
 森の中、国境を越えたところで彼らは追撃をやめた。
 体のあちこちが焼けたような気がする。破裂しそうな心臓はユウトをせき立てている。
 危険であるはずの森の中で、ユウトは安堵と共に倒れた。
 その後、ユウトは気がつくと黒服の老人の元にいた。無条件降伏したゴルドの国、焼け野原となった地域の話し、ユウトはどこにいたかなどあったが、ユウトが救った子供の話しだけはなかった。
 夢か幻でも見ていたのかもしれない。とにかくルーは死んでしまったんだとユウトはその事実だけを受け入れた。
 

       

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Neetsha