Neetel Inside 文芸新都
表紙

4の使い魔たち
朽ちる想い

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 ――春。束の間の休みが終わった。
 ユウトにとってはここ数ヶ月で一番気の抜けない日が続いた。敵の目的がわからないことや自分の力が通用しないことに対しては特に気を揉んでいた。
「ユウト、そんな顔でシーナに会うつもりなの?」
「スーシィか、やっぱり怖い顔してるか?」
「そうね」
 廊下をすれ違う黒服の少女が怖い視線を向ける。
 スーシィはこの問題にいち早く取りかかっていた。書物を読みあさり休みが終わる頃には既に歩き回れるほどに回復していた。
 黒い影の敵については自分をあまり責めないよう言い聞かせてくれたものの、ユウトにはそれが自分の力不足を指摘されているようで辛かった。
何よりもスーシィは様子がおかしく、心ここにあらずで何かにつけていつも研究と魔法に没頭していた。
「ユウト、シーナがエントランスで待ってるみたい」
 ルーシェはあれ以来、ユウトに付きまとうようになっていた。
 理由は単にルーシェしか敵の脅威に対抗できないためだ。学園長と実力が同等といわれるイノセントドラゴンの子供なだけにやはり魔法は群を抜いて強い。
 逆にアリスはあれからショックで数日寝込みルーシェがユウトのそばにいるとわかると何か物言いたげに眉をひそめて去ってしまうのが日常となっていた。
「アリス、入るぞ」
 ノックに返事はないが、ユウトは自然に入っていく。
「あによ」
 机に向かっているアリスは今日から始まる新学期の予習のようなことをしていた。
 ユウトは掛ける言葉が見つからず、その場に立っているとアリスはすねたような口調で声を震わせた。
「いいわよね、あんたにはボディガードがいて。あんたたちが休みの間に学園内でなんて呼ばれていたか知ってる? マーメイト、夫婦だって。いっそ結婚しちゃえば?」
「いや、結婚は無理だろう」
「別に使い魔が結婚しようと私はきちんと仕事をしてくれればそれでいいのよ――だし」
 最後は聞き取れないユウトだった。
「お似合いだって言ったのよ!」アリスは目をわずかに潤ませて部屋を出て行く。
 そうして出て行ってからユウトはメィンメイジの制服が三学年の新しいものになっているのに気が付いたのだった。
エントランスではシーナが去年のままの格好で教科書を持って佇んでいた。
「ユウト、先ほどアリスさんを見ましたが何やら様子がおかしくて……アリスさん、どうしたんでしょうか」
 シーナはまだアリスがどうなっているか知らない。首に付けられたリングもただのアクセサリ程度にしか思っていないようだった。
「大丈夫、いつもの不機嫌だよ。おかえりシーナ」
 2人は生徒の行き交う中で再会の喜びを伝え合うと教室に向かって歩き始める。
「ところでずっと後ろにいるルーシェさんは何かご用があるのですか?」
「ああ、これは――」
 休みの間に起きた影との戦闘を話すとシーナは目を丸くして驚いていた。
「ユウトを守ってくれてありがとうございます」
 シーナはもともと分別がはっきりとしているためか、ドラゴンに対して余計な感情を抱くことをやめたようだった。聖誕祭で本気になった自分を悔いている節がどこかにある。
 ユウトはそんな些細なシーナの変化、悪く言えば自分の感情をさらにどこかにしまい込んだ風を寂しく感じていた。
「ユウト、午後から時間はありますか? 少し見て頂きたいものがあるんです」
「わかった」
 シーナとは階段で別れ、ユウトはルーシェを連れて三学年の教室へと進んで行った。
 生徒の数が少なくなって行くのと同時に廊下の奥、休みの間に網羅した学園の一角である第三学年教室がそこにある。二学年のときとは規模が全く違うそれは三学年はクラス分けが存在しないという理由に起因していた。
「どうしたの、ユウト」
「なんか緊張してな」
 自分が授業を受けるわけでもないのにユウトはおかしく思う。いや、正確にはユウトの後ろにいるこの噂の人物こそが緊張の原因であることをユウトはまだ気づいていなかった。
「おい、ついにきたぞ!」
 扉を開けると同時に脚光を浴びる2人。開けた大聖堂のような扇子型の教室が視界に広がる。天井が恐ろしく高く、下の教壇がまるで豆粒のようだった。ユウトはこれがまるで元の世界にあった球場のように思えた。これから野球の観戦をするのかと思うほどその造りは大きい。
「これが教室?」
 ルーシェもそれには同意なのか、この大きさに半分呆れたような声を上げて見渡した。
「メイジと使い魔の夫婦かあ」
「くそ、可愛いな」
 教室の奥の場所にいるアリスを目指して歩いて行くと口々に声がする。あれだけ全校生徒の前で大戦闘を繰り広げたのだからその知名度は恐ろしく高かった。
「なんでこっちに来るのよ」
「使い魔だからだろ」
 アリスは唇を尖らせてユウトから視線を逸らす。
『あー、聞こえるかみんな』
 音声拡張の魔法が教壇にいる教師の方から発せられていた。アリスは不意に何かを唱えて机の前に魔法を展開する。
「双眼鏡みたいな魔法ね」
 ルーシェが面白そうにそれを見た。どうやら見えにくい教師の姿を大きく見るための魔法だった。他の生徒もアリスと同じ事をしている。
「予習必須項目に遠見の魔法とかいうものがあったのよ。かなり難しい風魔法だったけれど、何人使えるのかしら」
「全員使えているみたいだぞ」
「うそでしょ……」
『あー、それでは君たち留年組の切実なる願いによって今年から三学年を担当するのはアンナ先生とルネア先生になる』
「「ウォオオオ――」」
 何故か沸く教室。
「良かったあ、俺留年して本当に良かったあ!」
「ぶっ倒れるまで徹夜したかいがあった……これであのおっさんから解放されてバラ色の生活が始まるんだ……」
 周囲の特に男子生徒の喜びようはまさに常軌を逸脱しかけたものだった。
「何なんだ?」
 ユウトたちが狼狽していると男性教員はそのまま教卓から離れて後ろから出て来た小柄な2人が教卓に立った。どういうわけか、ユウトたちより幼く見える。
『コン』
「「ウォオオオ――」」
 ただの咳払いが妙に高い声のせいか、小動物のような音が響くがそれに感極まったのは男子生徒たちだった。
『今年からこの学年を受け持つことになったア・ベルトイアナ・ネイン・ヤベルのアンナです。こっちの隣りにいるのはルネア。知っている方も知らない方も……』
 急に止まる紹介、ドームの中がざわめき始めた。
「どうしたんだ?」
 ルーシェが倍率の魔法で2人の様子を拡大する。たった今アリスのを見ただけで真似できたようだった。
「隣のルネア先生が震えてるみたい」
「ええ……」
「おいお前ら、先生が脅えていらっしゃる。静かに授業を聞け」
 眼鏡をかけた男の一人が立ち上がり、勝手に音声拡声魔法で呼びかけると男子生徒は鞭で打たれたかのように黙った。
『失礼しました、今後の授業内容については後日発表致しますが基本的には昨年度と制度は同じです。1学期からの点数制にて学年末の時点で上位50名がトップメイジ一学年に進みます。二年留学した者については申告の上、退学を選ぶこともできます。何か質問はありますか?』
「せんせー! 一体いくつなんですかあ!」
『先生は女の人に直接年齢を聞く生徒がキライです。ちなみに数えで8歳です』
 どよめきが起こる教室に再び先の男子生徒が一喝をいれる。
『他に質問はないですか?』
「はーい」
 次は女子生徒からの挙手だった。アンナが名指しすると女子生徒は指に髪を巻き付けながら起立した。
「先生はどこかの魔法学園を卒業なさったんですかあ?」
『はい、北の魔法「学院」を卒業しています。先生の知識が不安であれば他の先生に尋ねて貰っても構いません。でもそんな生徒はキライになります』
「先生の好きな男性のタイプを教えて下さい」
『誰ですか? 今の質問をした人。好きなタイプというのは結婚を考える相手のこと? それなら先生の好きな男性のタイプはイケメンです。そしてお金持ちの人。後は私がキライにならない性格をしていれば結婚したいと普通に思います』
 そこでなぜか先ほどの男子生徒が立ち上がる。
「――――」
 何やら髪を掻き上げて存在感をアピールし始めた男子生徒の隣で一人が立ち上がった。
「彼はあの名門、カルフォール家の血筋を引く由緒正しき嫡男です。もちろん財産も持ち合わせております! いかがでしょうか!」
 どうやら隣りにいたのは立ち上がった男子生徒の付き人。それが必死に男の説明に入るものだから周りの生徒は引き攣った微笑を浮かべている。
『先生はえらそうな男がキライです。権威を笠に着た男もキライです。初めからお金の自慢をしてくる男もキライです。なのでそこの人は男としては見られないので諦めて下さい』
 その後の男子生徒は白い石と化していた。
『ばかっぽい質問しか出ないので先生からお話しします。私が担任になったからには皆さんに何か一つ水の魔法を使って頂きます。それが進級する条件の2つ目です』
 教室中に困惑する声が上がった。
「水? 水だって言ったのか今」
「無理よ、四大要素の水だけは生まれ持つマナが関係するもの」
 周囲の声にアリスも青白い顔をしていた。
『皆さん、無理だと考えているようなので、基本的なことをおさらいしておきましょうか。そこのあなた四大要素の習得について知っている限り話してください』
 アンナが名指しした男子生徒は立ち上がると属性について話し始めた。
「はい、四大要素は火・水・土・風の四属性を指します。習得についてはすでに生まれ持った得意属性が存在します。全てのメイジはこの四つのいずれかを得意としていますが……」
 続けてと言うアンナに男子生徒は当惑した様子で一度あたりを伺った。
「水属性だけは得意とするメイジが非常に少ない、と本で読みました」
『では、具体的に何故少ないのか充分に説明できる人はいますか?』
「はい」
 意外にもそれを名乗り出たのはアリスだった。アリスは起立すると同時にしゃべり出す。
「西の今は亡きルリトラ国が300年も前から水属性を持つ全てのメイジを束ねていたからです。10年前にその国が崩壊を起こしてからは各国が生存者を探索しましたが、依然として生き残りは見つかっていません。よって――」
 もう結構とアンナがそれを制する。
「私たちは当然ルリトラの生き残りではありません。証拠は髪の色を見て貰えばわかりますね。しかし、水属性は得意です。これは水属性を他の属性より極めたからです」
 ドーム全体が驚きの声に包まれる。不可能だと叫び出す生徒さえいた。
「いい反応です。そうです、本来は不可能と言われています。得意系統以外を強くすることはできないというのが一般論です。それでも、強い意志をもって望めば得意系統は変えられます」
 するとアンナは詠唱を唱え出す。
「uzmoyi titasahie oireta(水よ、柱となりて降り立て)」
 砂が敷き詰められた教壇の周囲から水が吹き上がる。それは滝音のごとく吹き荒れて教室全体を清々しい澄んだ空気で満たしていく。
 わっと生徒達の感嘆する声はもっともだった。年齢の差などものともしないその強大な魔力は生徒達全員を虜にする。ドームの教室一杯に表れた水はそのまま霧となって霧散した。
「このように私たちの通説というのは時として曲がります」
 それを可能にするのは意志の力だとアンナは言った。それからは水属性についての授業が続いて2の刻を刻んだところで終わりとなる。
 授業が終わると生徒たちの足並みは一様にアンナたちを探すようにいそいそとにそれぞれ教室を後にした。一方でルーシェに強い関心を持った生徒たちは次々とルーシェに話し掛ける。そのタイミングを見てアリスが言った。
「ユウト、あんた午後の予定は?」
 アリスは教科書をまとめて立ち上がる。ルーシェなど全く気にしていない素振りが今までを嘘のように思わせる。
「特にないな」
「そ、じゃあちょっと私は寝るから」
 アリスはそれだけ告げるとユウトの横を通り過ぎる。伏せった目蓋が長い睫を際立たせて目に映る。ユウトに対する視線はなかった。
「え、寝るって? まだ昼なのに?」
「そうよ、何だか眠くて」
 ユウトは調子が悪いのかと聞いたが、アリスは退屈だったけど問題ないとだけ答えた。心配してそのままユウトはアリスを部屋まで送ったものの会話は一切無かった。
「…………」
 いつの間にか隣りに来ていたルーシェが厳しい視線を送る。
「ごめん、ルーのことほったらかしたわけじゃないんだけど……」
「ううん、別にいいの」
 ルーシェには何か引っかかっていた。アリスには強い魔力を感じる。マナではなく何か発動中の魔力である。
「アリスはユウトの主なんだよね?」
 ルーシェはユウトと当てもなく廊下を歩きながらこわごわと尋ねた。
「そうだよ」
 ルーシェの唇は突き上げるように歪み視線は宙を舞う。
「アリスの体から何か変な感じがする」
 ユウトはそれに答えることはなかった。スーシィからも忠告は受けていたし、その原因が何なのかも知っている。それでもそれを詳しく説明するのは気が重かった。
 ユウトはアリスについてスーシィが何か掴んでいるかもしれないと探すことにする。
 何かしていないと落ち着かない。ユウトはそういう気分になってしまった。
「スーシィ、いるかい?」
 ユウトは焦燥感を紛らわすようにその部屋をノックした。返事もなく扉は独りでに開く。
「スーシィ?」
 新しい魔法でも掛けたのかと思うと同時にその部屋の異様さは元の部屋の面影すらなくなっていた。高々と積み上げられた本に器材。その壁の向こうに辛うじて感じる人の気配はスーシィなのだろうが、部屋に入る前から一言も発してはいなかった。
「あ……」
 ルーシェが机に並ぶ高度な魔法調合に声を上げたとき、スーシィは机の上から顔を上げた。その顔には眼鏡が掛けられている。
「あら、2人共珍しいわね」
 スーシィはどこかやつれた様子で2人の姿を眼鏡の隙間から上目で見つめた。
「スーシィ、話しがあってきたんだ」
「なにかしら。私の使い魔になるとかそういう話?」
「いや違う」
 ユウトははっきりと言った。スーシィは溜息をついて2人に腰掛けを何処かから持ってくる。
「これに掛けて」
 そう言い残してスーシィは壁の向こうへ消えた。しばらくして2人に運ばれてきた紅茶とお菓子はスーシィらしからぬ待遇のように思える。
「ごめんなさい、研究が長くなると人への対応というのを忘れがちになってしまうのよ」
 だからこうしてと紅茶とお菓子を指す。
 ユウトは何となく理解して話しを始めた。
「ここへ来たのはスーシィが何かアリスの情報を掴んでないかと思ったからなんだ」
 ユウトがそう言うとスーシィは前より大きな溜息をついて首を振る。
「ユウト、私はあなたを歳不相応にしっかりした考えで思いやりのある使い魔、まあ今は人間だと思っているわ。けれどね、アリスの問題は……」
 スーシィは長い間言葉を選んで天井に何か一瞬許しを乞うように「終わった事よ」と続けた。

     

「終わったこと……?」
 ユウトはそれが疑問だった。それはアリスの死を容認していることであると理解が及ぶとユウトは大きな感情の揺れを自覚せざるを得なかった。
「つまり、もうアリスは死ぬってこと?」
 ルーシェの手が立ち上がったユウトの手を掴む。ルーシェはユウトの感情の波を繊細に感じ取っていた。スーシィの持って来た椅子が地面に音を立てて倒れる。
「いい? ユウト」
 スーシィは眠そうに眉間を揉みながら考える仕草をし、徐に椅子を立て直す。
「私の考えは最初から一貫しているの。あの魔法神秘は人為的なものの範疇を超えている。もっと言うならそれは神か、それを侵した存在でしかなし得ないようなレベルの魔法。そんなものを作った奴を相手にすると一体どれだけの規模のメイジが必要かわかる?」
 ユウトは首を振った。
「もし仮にあの魔法を掛けた人物がまだ生きていて、恐らく生きているでしょうけれどそいつを殺さなくてはならなくなった場合。ユウトが何万人いたところでそいつを殺すのは無理なのよ」
 ルーシェは大きく頷いた。
「それってもう人間じゃなくなってるっていうこと?」
「そういう可能性もあるわね。でも問題はそこじゃない、まずアリスの掛けられていた魔法について説明するところからね」
 スーシィは黒板を魔法で運んで来るとそこに書かれた数式を全て消していく。そして無地になったところに何やら人形を書いた。
「簡単にいうなら今のアリスは誰かとコントラクト(契約)している状態よ」
 その人形の横に一回り大きな人形を書く。その2人を線で繋いで大きな人形には杖をかき込む。
「この契約の主を仮にマスターと呼ぶとしましょう。マスターが魔法を使った時、アリスは強制的に自身の魔力を引き抜かれる。魔法神秘を通してどれだけ離れていようともマスターには絶対的な奉仕を行っているのよ」
 一般的な使い魔とのコントラクトと決定的に違うのだと付け加える。
「普通は距離が開けばそれだけ契約は弱くなる。何故なら気持ちの面で繋がらないと契約にならないでしょう? もし、距離に関係ない契約があるとしたらそれは呪いか、魂の束縛といってもいいくらい」
 ユウトは初めて知るそれに驚くが、何故魔力が抜かれるタイミングが分かったのか気になった。
「減り幅よ」
 スーシィがそれに答える。黒板にはアリスの人形の下に丸い円が描かれてその円がピザのように8つに切り分けられていった。
「この円の欠片1枚がアリスが一度に放出できる魔力の絶対量。ルーシェのように特別な種族でもない限り自分の魔力を瞬間的に全て放出するのはいかなメイジとて不可能よ」
 そしてその円の下に同じ大きさの円を書き加える。
「これが生命マナ、命の根源、アストラル体よ。このマナは基本的に切り分けされないけれど、濃度が存在する。普通は年齢と共に濃度が下がっていって生まれたときから絶対量も決まっている。魔法使いの才能の部分ね」
 スーシィはそこに100/100と書き込んだ。
「アリスは自然と外に漏らす魔力が1日に1欠片ある。加えて意図的に行使する魔力が1欠片。欠片の回復は生命マナが20消費されて2欠片回復するとしましょう。失われた生命マナは1日に30回復する。アリスの今のレベルだと2欠片も使えばもうその日一日は何も出来ないくらいに疲れ果ててしまうでしょうね」
 ユウトはアリスがメイジとして未熟なことに納得する。つまり魔力を使うというだけにも熟練度は存在するのだと理解できた。
「でも、アリスには生命マナそのものを供給するマスターが存在する。この深刻さがわかる?」
 ユウトは何となくわかってきた。補充先がなくなれば魔力は枯渇する。それだけではなく、少しの魔法を使うだけで多大な疲労が襲ってくるはずだった。
「遠見の魔法を授業で使っていた……」
「アリスは得意系統以外は燃費が悪いから特に辛いでしょうね……それでなくても例えばこの生命マナが1日に20誰かに奪われているとしたらどうなるか見てみましょう」
 黒板はもはや書き殴った後ばかりになった。
「単純に1日の回復量が20マイナスされるとアリスは1日に10しか回復できない。そうなればアリスはもう普通に生活するだけで全力疾走した後のようになる。仮に2欠片の魔力を使ってしまえば、その日は10の赤字。次の日は何もしないで過ごさないと生命マナが足りなくてずっと気怠いでしょうね」
 生命マナが不足すると体に様々な不調が訪れるという。
 だから魔法使いはこの生命マナを鍛えることを重要視する。今日の授業で水を使えといった先生がいたのはそういうことなのだ。
「苦手な属性は欠片を多く使う。そうすると、生命マナも多く使う。基本的にこの動きは変えられないけど、生命マナの回復量はメイジの熟練度によって変わってくる。園長ぐらいのビッグメイジにもなれば回復量は80越えでしょうね。そうなるともう普通に5くらいだだ漏れしてても痛くもかゆくもないわけ」
 それでもアリスは違うといった。
「アリスは魔法使いとしては下の下。確かに欠片の大きさは人より大きくて期待できるところはあるけれど今は本当にそれだけ。メイジとして成熟していれば魔法神秘にも対処できたでしょうけれど……」
 それには遅すぎたのだ。減り幅の観察によってマスターの必要量が変化したと思われる今、アリスはこの先生命マナがゼロになることは確実だという。
「生命マナがゼロになるとどうなるんだ……?」
「通常ではあり得ない現象よ。言ったでしょ、回復量分使うだけでもう動けなくなる。それを超えたマナを使い始めるということは――その結末は当然死よ」
 アリスの体を治すときに戦ったユウトの記憶が思い出される。
「アリスのタイムリミットはアリス自身の魔法使用量にも関係するけれど、それを抜きにしてももう赤字を刻み続けている。こうなった以上はこの先簡単な魔法を行使するのさえ難しいのよ」
「でもアリスはそんな苦しそうじゃないぞ」
「平気に見せるのはあの子の得意技でしょ」
 それきりユウトは口を開けなくなる。アリスは必死に自分を隠している。ユウトはそんな姿がすぐにでも浮かんできた。
「一応聞くけれど、ルーシェはこういうのに詳しいのかしら?」
 ルーシェは困ったような顔をさらに困らせてユウトとスーシィを交互に見る。
「竜族の魔法はそもそも人間が使っているものとは違うよ。生まれた時から知っている指先を動かすようなものだから人の魔法に干渉することは難しいかも……」
「じゃあ、アリスを存命させることだけ考えるとしたら?」
「ううん……」
 ルーシェのオッドアイが部屋の照明を映した。小さな口がぴたりと閉じられて蒼と翆の瞳がきらきらと宙を見つめている。
「なくはないけど……」
 ユウトは飛び跳ねた。ルーシェの肩を掴んでその顔を覗き込む。
「それはどんな方法だ? 頼む、教えてくれ」
 ルーシェは苦笑いしてユウトの手をそっと撫でた。
「そんなに焦らなくても教えるよ。けど、この方法は一時的なもので何の解決にもならないし、しばらくは死んでいるような状態になるよ……それでもいい?」
 ユウトは決められないと思った。スーシィがその話しだけを促すようにルーシェに詰め寄る。
「簡単だよ。石化魔法を使えばいいだけだから。ただ、人間という種族もやめることになるけど……」
 ユウトは力無く椅子に腰を落とした。
「なんだよ……それ……」
「本人に聞いてみましょう……どちらにせよ、死ぬような苦しみは味わうことになりそうね……」

       

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Neetsha