Neetel Inside 文芸新都
表紙

4の使い魔たち
公共国『ジャポル』 アリス編

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 ジャポルまで後数十キルメイルというところで、アリスの一行は宿を取っていた。

 そして、アリスは寝ぼけた頭で目覚めた朝のことだった。

「アリス、主は今までユウトの時以外に再び召還を行ったことがあるかの」

 フラムはアリスの部屋の入り口で、
 髭の生えた顎を櫛で解かしながらアリスに尋ねた。

 使い慣れたチェリーの絵柄が入った櫛。
 それがろくに風呂も入っていない老人の顎髭に犯されている。

「うわああああああ! それ私の櫛です!」

 一息に覚醒したアリスは投球するようにフラムの髭ごと櫛をぶちりとむしり取る。
 アリスはぜえぜえと息を切らして項垂れた。

「いったいのう。そんなに気に触るようなことじゃったか?
 主は心の鍛錬が足らぬな」

 ギトギトになった櫛を見てアリスは涙ぐんだ。

「(もうだめだこれ……捨てよう)」

 アリスは櫛をゴミ箱に放って、手洗い場に向かった。

「待て」
「――ッ、な、なんですか」
「主はまだワシの質問に答えておらん。召還を行ったことはあるのかねと聞いておる」
「あ、あるわけない……です。
 そもそもそんなことは校則で禁止されているじゃない……ですか、
 それにもしまたユウトみたいな使い魔が現れたら、とにかく召還はしてません」
「ふむ」

 失礼しますと今度こそアリスは手洗い場へ向かった。


     


「――全く、なんなのよ! あの老いぼれは!」

 アリスは道中という道中で老人のペースにすっかり心身を参っていた。
 タオルや歯ブラシを始めとする生活用品、
 そのあらゆるものが蹂躙されていく感覚にアリスはもはや耐えきれそうになかった。

「ジャポルもすぐそこだし、街に入ったら逃げ出してしまおうかしら」

 だが、フラムは園長であるため、逃げ出したところで学園には戻れない。

「はあ、誰か――」

 アリスは言葉を飲み込んだ。
 その言葉が口から漏れそうになったことにアリスは苛立つ。
 じゃばじゃばと水を顔に打ち付ける。


 手洗い場から戻ると朝食代わりに昨日採っておいた果物を食べる。
 もちろん森の中で探して見つけて採ったものだ。

 お金は一切かけていない。
 それくらいアリスの残金は少ない。

「安く済ませるのには賛成ですけど、
 なんで私が園長の宿代まで持たないといけないんですか?」

 テーブルの反対側でフラムがほっほと笑いだす。

「何で笑うの、何もおかしくない……」

 アリスのお金はとどのつまりただの小遣いであり、
 両親に使い魔のことや仮退学になったことなどは一切言っていない。
 つまりアリスは自分の小遣いで園長に旅費を払っているのだ!

 しかし、アリスはとっくに殺意という言葉を忘れ、
 今はただこの養護施設でも持て余すような老人と早く決別したいのであった。

     


 涙目になる実、アリスの残金はかなりピンチだ。
 帰路にユウトを連れての費用を考えてもぎりぎりの貨幣しか持っていない。

 アリスが行きに二人分の貨幣を消費したとなると、帰りは一人分の宿代しかない計算である。
 そこでアリスは、使い魔を外に寝かせればいいと考えたのだが……。

「でも、これ以上恨みを買ったらどうなるかわからないわ……」

 アリスはジャポルへ近づくごとに緊張が高まっていた。

 何故ならいくら五体満足とはいえ、
 見るも無惨な傷跡だらけだったらどう償えばいいのかとか、
 どんな声を掛ければいいのか、わからないからである。

 それにフラムが言っていた『死の使い魔』とは何なのだろうか――。

 とにかくいろいろな不安でアリスは頭がおかしくなりそうだった。

「さて、行くかの」

 宿を出るフラムは手ぶらだが、アリスには少し物があった。

 アリスが荷物を取りに戻り、持って外に出るとそこには馬車があった。

「えええ?」

 アリスが驚いたのはそこにフラムが乗っているからだ。

「何を驚いておる。さっさとのらんか」

 てっきり、また歩きか高速で移動する獣か何かだと思っていたアリスだが、今回ばかりは驚いた。

「これ、魔法乗用機じゃない! 一度もこんなものに乗ったことなかったのに」

 馬に似せた木馬のような加工物はまさにマナを原動力に前進する最新型の荷台引きだった。
 その手綱の先にある箱に乗り込むと席がいくつもあり、一様に皆美しく清潔だった。

「ジャポルまではこれで一直線じゃ」


「こんな便利なものがあるならどうして最初から乗らなかったの……ですか」
「勘違いするでない。ワシがあってこその結果じゃ」

 なんとも恩着せがましい老人だとアリスは思いながらも適当に相づちを打っておいた。
 がくりと動き出したかと思うとふわっと浮いた感覚の後、一気に景色が流れていく。

「なかなか、速いの――ね」
「たわけ、窓は閉めんか」

 ロックの魔法でぴしゃりと窓を閉められると、
 ぼさぼさになった髪を解く櫛がないことを思い出してアリスは急に疲れた。


     


 ――――。

「起きなさい、アリス」



 フラムに脚と肩を抱かれていることを自覚すると身を翻して転げ落ちる。

「げほっ」

 見上げるとジャポルの門と橋が目の前にあった。
 目的の場所『ジャポル』だ。ここに、ユウトがいる。

 埃を払って立ち上がる。


「もうついたのね」
「ふむ、ジャポルは初めてじゃないようじゃな」
「はい、幼い頃に何度か訪れました」
「何故ジャポルにきたかはわかるかの?」
「は――? 使い魔が遠方に行ってしまったから迎えに来たんじゃない
 ……のですか」

「ふむ、まあ、それも一理あるが――」

 後はユウトを連れ戻すだけだ。
 だが、出会ったところで大人しく同行するだろうか?
 それどころかコントラクトすら拒まれて抵抗されたらそれだけで終わり?

「ああ、もう! うだうだ考えていても埒があかないわ!
 さっさとひっつかまえて無理矢理にでも再契約して学園に帰ればいいのよ!」

「ああ、その件じゃがの、アリス」
「なんです」
「ワシは帰ることにする」
「は――?」


 呆然としたアリスにフラムは続けた。

「ミス・レジスタルに命ずる。
 これよりユウトと共に学園へ帰還することを進級試験とする。
 さすればすぐに復学もできるよう話しを通しておくとしよう。健闘を祈っとるぞ」

 ジャポルとは逆方向へと向かっていくフラムに向かってアリスは前進した。

「え、ちょっと待って下さい!」
「なんじゃ」

「このままじゃ例えコントラクトに成功して帰ることになっても何日かかるかわからないじゃない! ……わかりません」
「……そうじゃの、じゃあ無期限で良い」

「え? そんな適当でいいんですか?」
「二言はない。わかったらとっとといくんじゃな」

「はい」

「(しかし、妙なところでしっかりしておるわ……
 まあ、今までの旅費を出せとか口走りおったら正式な退学をくれてやるところじゃったがの)」

 ほっほとフラムは笑いながら何かをぶつぶつ呟いて、去っていった。




     


 ――どん。

「――きゃっ」
「おい止まるんじゃねえ!」


 アリスにとってジャポルは一度訪れたとはいえ、
 その頃は父や母に抱えられていたような頃だった。

 どう進んでいいかわからないほどの雑踏、沢山の人の出入りがある国。
 果たしてこの中でユウトを見つけられるのだろうか。

「とりあえず、使い魔を探る魔法ね……」

 しかし、召還してから今まで使い魔を使役したことなどないアリスにとってそれは初めて使用するスペルであった。

「上手くいくかしら」

 アリスは杖を肩肘の高さに上げて目を瞑る。


『(契約証明――)Luqal coded a.registal.eliss.bell sxthmellda――』

 だが、それも束の間、不意に背中が押されて前のめりになる。

「――あっ」

 不意に手の力が抜けてしまい、アリスの指から杖が転がり落ちた。

 折り悪しく、人集りがアリスの周りを通りかかり、
 わずかな光を漏らした杖は幾重にも人の靴に蹴り飛ばされ、
 屈むとアリスも蹴り飛ばされそうになる。

「そ、そんな――」

     


「どけ! 足下にかがむんじゃねえ!」
 貴族を見慣れた商人たちは、
 アリスの風貌から金の臭いを見定めると冷たい態度で闊歩していく。

 
 ――あれがなければユウトの居場所を掴む魔法が使えない!
 そう思うも、みるみる間に遠ざかっていく杖。

 アリスは必死になって行く末を追うが、とうとう見えなくなった。

「じょ、冗談じゃないわ! 買い換えたらいくらすると思ってるのよ!」

 アリスは啖呵をきってみせるが、シャレになっていなかった。

 一番安い杖でもジャポルで買ってしまえば残金など残らない。

「か、買うなんて……そ、そんなのバカのすることだわ。
 ふ、ふん、杖なんかなくても大丈夫よ」



「――毎度ありい」


 商店街の一角から頭を出したアリス。
 まるで命の次に大切なものを握りしめるかのような物腰で雑踏を歩く。

「か、帰りは宿を諦めれば大丈夫……まだいけるわ」

 こんなことでメイジになりそこねることなんて出来ない。
 そんな思いからアリスは懐を叩いて杖を買ってしまった。

「い、今さら返品なんて…………」

 アリスが野宿を覚悟して買った杖は軽く旅費を超えていた。
 それでもアリスは貴族のプライドを捨てて必死に懇願して負けてもらったのだ。

 見てくれはいかにも『玩具』のようなメッキが施されているチープな杖だが、
 これでも最安値である。

「……趣味じゃない」

     


 ぶつぶつと杖に文句を言っていると、
 きゅるるとアリスの腹の虫が鳴る。

 気づけばアリスはひらけた雑踏外れにいて、
 腹の虫が聞こえたのは多分そのせいだった。

「貴族にあるまじき節操のない腹ね……なんてひもじいのかしら……」

 全財産と引き替えに得た杖を大切に懐にしまう。

「同じ轍を踏むなんてこと、ありえないんだから。
 ―――あ、ポケットに木の実がある……」

 アリスは嬉々として親指ほどの実を持って、ベンチに腰掛けることにした。

 向かいにいるホットハッグを食べる同年代くらいの若い男女を見て生唾を飲み込む。

「(あ、あれはこの街の裏名物とかいう……ふん、分かってるじゃない。
 総じて巨大都市にうまいものなんかありはしないのよね)」

 アリスはいつだったか、情報誌でそんな記事をみたことを頭の中でなぞってみた。

「(…………あの二人は恋人同士なのかしら、随分若いのね。
 やっぱりジャポルは男女の関係も進んでいるのかしら――)」

 そんなことを考えながら木の実を食べきってしまい、アリスは大変なことに気がついた。

「(そ、そういえば私の使い魔はちゃんとご飯を食べているの……?
 いくら強くなってても空腹という敵には勝てないわよね……?
 ああ、そもそも強い使い魔って総じて大食いじゃなかったかしら)」

 お金はもうない。
 例え使い魔が空腹で倒れていたとしても埃すらやれない。

     


「だめよ、そうじゃない」

 私は今、お金よりも大事なものを賭けてここにいるんじゃない。そう、『メイジ生命』。

 そうよそれ、とアリスは持ち直す。
 どんな形であれ、生きた使い魔を学園に連れ帰れなければアリスは退学になってしまう。

 まだ卒業までには後三年間ある。
 今はようやくメイジのスタートラインへ立ち、
 これからが本格的なメイジの実戦勉強だというのにこんなところで終わるわけにはいかない。

 そう決意を新たにして、
 アリスはマントを翻し、その髪を舞わせた時だった。

「ユウ……」

 後ろからそんな声が聞こえた。

「……?」

 振り返る。

 アリスとそう歳も離れていないであろう少女が隣の男の子をユウ―なんとかと呼んでいる。

 私の使い魔も人並みに成長していればこの目の前の少年くらいだろうかと思案する。

「さ、もう休憩はいいですからもう少し見て回りましょう。ユウト」


 ――ユウト!


 アリスにははっきりとそう聞こえた。

 少女がユウトに抱きついて腕を組み去っていく。


 あにそれどういうこと? と思うより先にアリスは追いかける。

     


 確かにユウトと聞こえた。
 でも、その少年は知らない少女と歩いている……。

 人違いかもしれない。使い魔違いだろうか?
 しかし、アリスは声をかけずにられなかった。

「あ、あの――」

 言いかけたところで二の腕をぐいと引かれる。

「いたっ――」

 アリスの腕の先には見知らぬ男がいた。

「な、なによ! 放しなさい」
「お前、メイジだろ。入国許可証を見せてもらおうか」
「は? 何ですかそれ」
「知らないのか? 今年から新たにメイジの入国には許可証が必要になったのだ」

 アリスは怪訝に思った。

 よくよく見てみればこの男、
 ジャポルに一つしか存在しない正規管理官の証明である六芒星バッジすらつけていなかった。

 ジャポル国の勉強なんて社会科の中で一番最初にすることだ。

「あの、何かおかしくないですか……」
「何がおかしいものか、いいから許可証を見せなさい。
 無いなら少し一緒に来て貰うことになるぞ」

 ユウトと謎の少女はとっくに見失ってしまっていたが、
 ここで事を荒立てては返って時間がかかると思い、
 アリスは焦燥に駆られながらも冷静に続けた。

「許可証が必要だというのなら、
 まず自分を名乗ってください。六芒星の団員か何かですか?」

 男は一瞬苦い顔をした後、すぐに仏頂面になり答えた。

「そうだ、ただ正規の団員ではない。
 巡回団員といったところだな。
 それで、入国許可証は持っているのかね」

 そんなものあるはずはないのだが、
 昨日や今日までジャポルに住んでいたわけでもないアリスは勝負を賭けることにした。

「六芒星のバッジ」
「――あ?」

「だから、六芒星のバッジよ。団員なら、持ってるでしょ」


「――ふっ、とりあえず来てもらうぞ、アリス」

 男はもうどうでもいいと言った様子で、知るはずのないアリスの名前を呼んだ。

「――え?」

 杖を構える余裕もなく、がつんという衝撃と共にアリスは男にもたれるように倒れる。

 敵は一人だと思っていたのが災いしたのか、
 薄れ行く意識の中でアリスは男を見上げて墜ちていった。

       

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Neetsha