Neetel Inside 文芸新都
表紙

4の使い魔たち
疑惑の再契約

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 ひんやりとした空気に気づくと頭痛が走った。
 咄嗟にあの耄碌(もうろく)園長が何かしでかしたものと勘違いしてアリスは叫んだ。

「いい加減に――」

 そこで身体を起こそうとしても手足が言うことを利かなくなっているのを知った。

「お目覚め?」

 見ると腹から腕にロープがかかっており、
 自分の脚は椅子と固定されていることに気づく。


 見渡すと大人十人もはいれば息苦しくなるような薄暗い部屋の奥に
 赤いランタンの光とその隣で微笑する女の姿があった。


 フードを被りマントを羽織った一人の女。

 恐らくアリスよりもかなり年上だろう。
 
 妖艶な笑みを浮かべ、しなやかな手つきでアリスの髪の上を撫でる。

「――あ、あによ」

「ふふ、髪を撫でられるのが好きなのね。アリスは」
「――ッ」

 噛みついてやろうと思ったがそれはアリスには叶わなかった。

 何故か会ったこともないこの女はアリスの自分を知っている。
 素性を調べられているんだとアリスは戦慄した。


 ――ランタンの炎がゆらりと波うった。


     


「真っ昼間からジャポル以外の学園のメイジ、相当目立っていたわよ」

「え?」


『――何故ジャポルにきたかはわかるかの?』


 フラムのその言葉が、不意に目の前の女と結びついた気がした。

「あんた、まさか最初からっ……!」
「あら、察しが良くて助かるわね。
 そうよ、狙いは――」

 女は手首を返しながらアリスの頬をうなじへとなぞっていく。


 考えてみればあんなタイミングで園長がついてこなくなったのは不可解だった。
 ユウトを気にしていたのはあの園長自身ではなかったか。

 女はアリスのない胸の谷間に指を当て、そして懐に手を伸ばした。

「んっ――」

 まさぐり取ったのはアリスの杖だった。
 それを回すようにして見透かす。

「胸は残念だけど、見かけによらず自己主張の強い趣味(つえ)なのね」

「余計なお世話ね!」

     


 女は失笑しながらランプの横に戻り、杖に向かって詠唱を始めた。

『(我が血標――)wllile laineyogltem――』

 杖は女の放つ光を貪欲に吸い込み出したかと思うと、
 かたかたと音を立て、やがて静まった。

「く――、なにして……」

「さ、これでユウトを召還なさい。
 そうすれば命だけは見逃してあげる」

 目の前に差し出された杖を見越して、
 アリスは女に言った。

「あんたね、メイジが他人に召還しろっていわれて
 召還すると思ってるの?
 私がそんなプライドのかけらもないメイジに見えるって?」

「……」

 まさかアリスが四肢を縛られた状態で歯向かうとは思っていなかったのか、
 女は宙に留まった杖をそっと降ろし、フードの中から静かに言った。

「あなたはあの使い魔を捨てたんじゃないの。
 使い魔たかだか一匹を渡すくらい何でもないでしょう?」

 女の包みのない言葉にアリスはさらに憤る。

「はあ? どうしてそうなるのよ。

 私は使い魔がどうしようもなく弱そうなガキだったから
 訓練所に送り出しただけなのよ。

 捨てたわけじゃないわ、
 そもそもメイジが使い魔を捨てたりするもんですか」


 すると、女は腹を抱え海老ぞりになって高い声で笑い出した。

     


「ちょっと、何がおかしいのよ」


「最高だわ、あなた。
 つまりあなたは弱い使い魔はいらない、
 けれど他人に渡す気はない。そういうんでしょう?」

「――?」

「それは傲慢というものよ。アリス」


「そうかもしれないわね」

「わかってるじゃない。なら、くれてもいいんじゃなくって?
 こっちはこんなにお願いしているっていうのに」

「どうしてそうなるわけ? そんなのこっちは知ったことじゃないわ。
 そもそもこんな格好でお願いだなんてよく言えたものだわ」

「そ、ふふ、話しはここまでのようねアリス。
 そういうからには、私の要求には応えてくれる気はないのでしょう」

 そう言って女はアリスの杖を放り投げてランタンの置かれるテーブルへと戻る。
 転がった杖はアリスの足下で止まった。

「……」

     


 女は一考する。


 自由を奪われた上、
 使い魔の一匹や二匹で命を見逃すという条件。

 それこそメイジの誇りなど捨てて召還するのがメイジだろうし、
 使い魔もそれで主の命が見逃されるなら喜んで召還に応じるのではないだろうか?

「(きっと強がっているだけよ。そうに違いない)」

 女はそう思った。


 ――しかし、とうとう一刻を過ぎてもアリスは微動だにする気配がなかったのである。

「そろそろ我慢比べは終わりにしましょう、アリス。
 それともここで死ぬ?」

「いいえ、死にたくなんかない。
 けれど、そんな犠牲を払ってまで生きたいとも思わない。
 それだけよ」

 犠牲――。

 メイジの中には使い魔の命を自分と同価値にしてしまう者もいるというが、
 目の前の少女はその類とは違うような気がした。

「あなたの使い魔を手に入れたからって
 こっちは別に取って食うわけでも、ホルマリン漬けにするわけでもないわ。
 何なら好きな時に会いに来たっていい。
 
 ――どう? 破格の条件じゃなくて?」

     


 アリスは応えない。

 そのシェルピンクの瞳が黙って女を向いている。

 女も負けじとフードの中から睨め付ける。

 しかし、アリスが怯んだり戯けたり、怖じ気立つことは一切なかった。

「――わかったわ……、
 そういうことなら代わりの使い魔を用意しましょう。
 もちろん、強くて役に立つ使い魔よ」

 女はアリスの瞳が一瞬その色を変えたことを見逃さなかった。
 そこで女は両手を広げて一押しする。

「どうかしら、お望みとあらば、『ドラゴン』の一体でも用意するけれど」

 メイジにとって、いや人々にとってドラゴンは憧れの象徴だ。
 今でこそ、そのドラゴンを使い魔にするものは数を見なくなったが、
 昔はドラゴンと人は好ましい関係にあったという。

 だが、それでもアリスは首を縦に振ろうとはしなかった。


「そんなに良い使い魔なら自分で使役すればいいわ」

 アリスは一蹴し、
 女はアリスのその一言に撃鉄を落とした。

「……そうやって粋がるのも今のうちね……。
 いいわ、それならデッドサモン(強制召還)させるまでよ!」

「――! あなた、メイジの誇りってものがないの?!」

     

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 普通の使い魔ならば主が死の危機に直面した時、
 刻まれたルーンの力によって主の危機を悟り、
 命を守るべく駆けつけるだろう。

 しかし、それが距離という壁に阻まれていたとすれば、
 それを可能にするのはまたルーン、すなわちコントラクトの力なのだ。

 一種のテレポートとも言えるそれが発動するのは

 使い魔の主が致命傷を負い、死にかけた時でしかありえない。

 ――故にデットサモン、死の強制召還。

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 女はゆっくりとこちらへ近づいてくる。

「あんた、まさか本気で……」

 そうまでしてこの女はユウトを手に入れたいのだ。
 何故か? それはアリスの知るところではなかった。

「本気よ、そもそもあなたを拘束している時点で
 私は誇りなどもっていないということに
 気づいても良かったんじゃない?」

「……っ」

 アリスは必死にもがいてみせるが、
 ロープはよっぽど強く締められているのか
 アリスの手足に赤い痣をつくるだけだった。

     


「首を切るだけですぐだわ。
 アリス。私はね、あなたと違って、ほしいものは何が何でも手に入れる主義なの」

 マントの内側からランタンの光に反射する得物を取り出し、
 女はアリスの後ろへ回り込む。

「そして後(返り血)も残さない」

 そう言って女が鋭利な鋼鉄を構えた瞬間だった。

『っ、(レオレジル!!)preo rezill !! 』

「はっ――何」

 突如、地面に転がる杖に向かってアリスは詠唱し、
 部屋は閃光に包まれ爆風が起こった。

「きゃあっ――」

 風圧に巻き込まれ、二人は狭い部屋の中で身をしたたかに打ち付ける。

 
 杖にでたらめなマナを流して適当な詠唱をしたアリスは、
 不格好にも椅子に縛り付けられたまま後方へ吹き飛び、

 魔法になりきれなかったマナが体内を逆流して神経や筋肉を浸食していく。


 現に椅子に縛り付けられたままだった小柄なアリスの体は、
 ぶちぶちと音を立てていた。


     


「……あ……ぐ」

 アリスは部屋の隅で呻きながら女を見た。

 女はアリスを壁にしたおかげか、
 ゆっくりと起き上がりアリスを見据えて微笑する。

「びっくりしたわぁ、ア・リ・ス」

 ――無傷。
 女は煤こそついていたものの、全くの無傷だった。

「そうね、確かに靴の上からでもマナは流せるわよね。
 手袋を履いて杖を使用するメイジもいるもの。

 ――でも残念、失策だったわね」


 アリスは魔法の失敗を利用しただけのその場しのぎをしたに過ぎなかった。
 それも自身の躰を擲(なげう)ってその場しのぎだ。


 女はアリスの元いた場所へ近寄り、床に落ちたままの杖を拾う。

「まあ、それでも目的は果たすことができたわ」

「……?」

     


 気がつけば女は目の前に立っていた。
 そして、とんでもないことを詠唱し始めたのだ。

『――――(ア・レジスタル・エリス・ベルの名の下に命ずる。
 使い魔ユウトを我が元に送還せよ)ordile a.registal.eliss.bell rihry yuto dornu』


 輝く色はアリスのマナの色、シェルピンクだった。


「う…そ……」

 女は最後にアリスの腕のロープを解いて杖を持たせる。

「や、やめ……」
「ふふ……、無駄よ」

 杖の先から魔方陣が目の前に現れる。

 アリスはどうにもならない体でただ目の前の見たこともない現象に目を疑った。










 召還魔法は成立してしまったのだ――!



     


「マナなんかもう雛の涙ほどもないでしょうけど、
 これは紛れもなくあなたの詠唱よ。アリス」

 くすりと笑う女。
 アリスはもはや呆然とその光景を眺めていた。

 姿を現した体躯はやはり人の形のまま、ユウトであった。

「……ああ、ユウトだわ」


 完全にユウトの頭部までが顕現したかしないか、
 女は用意していた自分の杖を構えた。

『! 五芒星の神々よ、我(イシス)に使い魔との月引をもたらせ……
(Fifth pentalias halii enemyl^ alction coded isiss…)』

「だめ……」

 何をしようとしているのかすぐに解った。
 アリスは悔しさやら不甲斐なさやら苦痛が入り組んだ感情で、
 目尻に涙を据えて思い切りユウトに向かって叫んだ。


「ユウト! 逃げて!」

 ユウトは女が杖を振り下ろすと同時に左方へ転がりこんだ。

「――、遅い!」

 女はユウトの動きを予期していたのか、
 杖は肩の高さで留まっていた。

 壁によってユウトの動きがわずかに止まった。
 そこへ向かって今度こそ杖を振り下ろす。

『(契約)Luqal!!!』

     


 ――ばちりと光った杖から流れるパープル色のマナがユウトを直撃した。

「うわあああぁぁ――」

 女の杖から放たれた光はユウトを包み込むように拡散した後、
 光は手の甲へ集束していき、アリスの刻んだルーンの悉くを暗紫(あんし)色で塗りつぶしていく。

「そんな……ユウトっ、ユウト! 私の――――」

 ユウトの身に何が起きたのかわからない。
 アリスは痛みを堪えて這うようにユウトへ近づくが、
 ユウトは膝をついたまま動かない。

「はは、あははは、ついに手に入れたわ! 4の使い魔ッ!」叫ぶように言い放つ女。

 4の使い魔?
 アリスは困惑しながら痛む腕を動かしてユウトを見上げるようにそばへ寄った。
 良かった、傷はない。

「さあ、ユウト。そこの小娘を殺しなさい。それはもう用済みよ」
「!」

 突然ユウトが起き上がり、
 ぐいと引き寄せられた胸の内でアリスは確かにそれを聞いた。

「掴まれ」
 

 ――刹那、女は尻餅をついた。部屋の扉が壊れた。


 ただ、部屋で起きたことは一瞬でそれだけだった。

 それだけだというのに依然として女は何が起こったのか理解できなかった。
 

     

 ユウトは跳躍に似た格好で地面を蹴った。
 その勢いたるや、獣の使い魔のそれと思えるほどの速さだった。

 あっという間に出口が見える。

 そこには見張りをしていると思われる男二人の後姿があった。
 頭部が無様にもさらけ出されていているのを瞬時に見て、
 ユウトは手刀と回し蹴りで意識を一息に刈り取る。

「はっ――」

 刹那の間に放たれた進撃。
 ユウトの勢いとの相乗効果によって命を奪ってしまいかねない威力となって男たちを襲う。

「がぅ……」「ぐふ……」

 二人は二の句を継ぐことも出来ずに倒れる。

 ユウトは男たちが地面につくより早く、
 アリスを担いだまま上方へと跳躍した。

 何の補助魔法もなしに数メイルはある建物の天井へ昇りきる。
 それが出来たのはユウトがこの世界の人間ではないからかもしれない。

「ちょっと、やばかったな」

 ユウトの声でアリスの思考もようやく正常に戻った。

 アリスは夜空に輝く星の下で、
 ユウトの首にまわしていた腕を放す。

 すとんと滑り降りる音が聞こえ、華奢な体躯を追って、
 エクルー色の髪がはらはらと風になびく。

     


「あ、あんたのルーン……その、何ともないの?」
「何ともないわけない、早く書き直してくれ」

 女が使ったコントラクトは間接的な契約に過ぎず、
 アリスが使った直接的なコントラクトを上回っての契約にはならなかったようだった。

 ただ、ユウトの体内に流れるあの女のマナの奔流を気持ち悪く感じる。

「すぐ始めるわ」

 ユウトが頷くと、アリスは杖もなしに詠唱を始める。

 建物の一角からあの女の姿が追ってくる。

「見つけた、逃がさない。『(抗力!)Antil!』」

 女が振りかざした杖は紫色の光線を放ち、それはユウトの手の甲に吸い込まれた。

「う……急いでくれ、
 あいつおしみ気もなく俺に制圧魔法使ってきやがった」

 アリスにとっての唯一の不安は杖のないままコントラクトし、
 あの女の上書きができるかどうかであった。

 立っているだけでやっとの状態なのに毒づく余裕もなく詠唱を続ける。

 ユウトの手の甲のルーン、
 女のスペルによって編み上げられた抑圧の魔法が、
 徐々に楔のような形を伴ってユウトの身体を縛り上げ始める。

『(契約)Luqal!!!』

 そこで詠唱は完成したのか、
 アリスは回復した分のありったけのマナをユウトの甲へ、
 手から直接押し込むように流した。

 電流が流れるようなマナの衝突、
 女のルーンはいくらかの抵抗を見せた後、アリスのルーンに上書きされ消え去っていく。

     


「つ――、やったか」
「ユウト、はやく逃げて……」

 ユウトはアリスに刻まれたルーンによって、
 自由を取り戻したと同時にマナを使い果たして崩れるアリスを抱えた。

「な――、ふざけ……何のためにお前たちをここへ呼んだと――ユウト!」

 女はついに逆上したのか、こんな街中で大魔法を詠唱し始めた。

 もちろん、そんなことは正規のジャポル警備官である六芒星の団員たちが黙ってはいない。

 街の中で最も高い白い塔から警音がなる。

「何処かで会ったような気もするけど……悪いな」

 ユウトはアリスを抱えて文字通り疾風のごとくその場を後にした。

「ま、待って! くっ、お前たち!」

 女は完全に伸びた男二人をようやく見た。
 よもや一介のメイジなど彼の前では敵にもなり得ないというのか。

 女は戦慄した。

「……」

 星空に輝く月を仰ぎ、大魔法「メモリアルス」が完成した時、女は地面に抑えられた。

       

表紙

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Neetsha