Neetel Inside 文芸新都
表紙

4の使い魔たち
学園生活の始まり

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「サロマンの湖が見えたわ!」
「近いわね」

 陽は沈み、夕暮れになっていた。
フラメィン学園は橙色の湖にその白い壁を燃やしていた。

「あまり目立たないようにもう降りましょう」
 そういうとスーシィはドラゴンの肌を軽く撫でた。

「――きゃっ」

 それは一瞬にして無重力という感覚がわかるほどの自由落下だった。
「うわああああ」
 その中で一際叫んだのはユウトに他ならない。

「ちょっと、うるさい!」

 ユウトの節操なしな叫び声が気に障ったのかアリスはユウトに一喝した。

 ――ばばらら。

 空気を掴むような大きな音がし、木々が生える林にあたらないギリギリのところで減速する。

「ここから降りていくわよ」
「え、飛び降りろっていうの? 何十メイルの高さだと思ってるのよ!」

「レビテーションがかかってるから問題ないわ」
 スーシィは勢いよくドラゴンを蹴ると、ゆっくりと地面へ向かって降りていた。

「……いくわよ、ユウト」
「え、ああ」

 アリスは両足が利かないためにユウトに抱え上げられる。
 そしてユウトは全く下を見ずに飛び降りた。

「ちょっと! あんた、木にぶつからないように――――」

 悲鳴とともにめきめきと木の枝が折れる音がした。
 スーシィが慌てて駆け寄ると、木の枝まみれになったアリスとユウトがいた。

「けほ、葉っぱ食べちゃった――このバカっ! 服も滅茶苦茶じゃないの」

 スカートも制服もズタボロになって、
 かすり傷まで負ったアリスは一瞬にして戦渦をくぐりぬけた武将のように成り果てた。

「ごめん……」
 
 その後もアリスはユウトの背中でぐだぐだと文句を続けていた。
「その辺にしなさいよアリス。ユウトが可哀想だわ」
「自分だけ無傷とか、ほんと次があったら魔法の一撃でも放つわ」
「ほら、もう学園よ」

 スーシィが指さした先にある門は巨大な石の塀だった。
 門の前で佇む三人。

 学園の大きさはドラゴンを何百、何十と合わせなければ匹敵しないほどの大きさだった。
 城壁が魔法(スペル)で開く。

     


 地響きに似た音で丁度三人が並んで入れるほどの入り口ができた。

「古風なシステムなのね」

 スーシィがぼそりと言った。

「ちょ、あんたそんな生意気言って入学するつもりなの?」
「先に言ったでしょ。私はこの姿でいると色々不自由だから、
 どんなところにせよ入らないわけにはいかないわ」

 信じらんないというアリスの目の前に光の魔方陣が発生した。
 そこからフラムは現れた。

「ようこそ、フラメィン学園へ」
 老人の体は夕陽によって紅色に光っていた。

 校内へ入るとまず学園生徒の目がユウトたちを奇異の眼差しで迎えた。
 美しく清楚な床と光り物がほどよく並ぶエントランス。

 そこを歩くのはぼろぼろのアリスに変な服を着たユウト。
 そして明らかに年齢的に場違いに見えるスーシィとで、三人は注目の的だった。


「アリスの奴、帰ってきたのか?」
「信じられねえ」

 ユウトは全ての会話を聞いていた。
 そしてその全てがアリスに向いていることに不思議を感じていた。

 学園外の者とはいえ、ユウトとスーシィの二人に陰口を言う者はごくわずかであった。


 別室に案内された三人は園長フラムと対峙した。
 園長室と呼ばれるその空間は炎の精錬を施した特殊な大理石によって夜でも静かに光り輝いている。
「私、スーシィと申します」

「ふむ、してアリスとユウトかね」
 髭を撫でながらなめるように見るフラム。

「私がわからないってどういうことよ」

「ほっほ――、随分と見窄らしき姿になったものでの。
 ほれ、自分の脚でも立てぬほどに手負ったのは自明の理じゃしの」

「……」
 ふふと愛想笑いをするスーシィをアリスは睨んだ。


     


「ときにアリス。お主とスーシィとはどういう間柄かの」
「はい、道中で偶然親戚の――」
「親戚の?」

「(――親戚の子供)」
 ユウトが呟く。

「し、親戚の子供で、魔法の知識が豊富なので連れてきました」
「ふむ、両親は了解しておるのかね」

 スーシィは事も無げに一歩前へ踏み出す。
「はい、しかし、証明する書面のものはありません。
 ですから代わりにこれをお渡しするようにと言われて来ました」

 そう言うとスーシィはフラムが座る机の上にゴールド紙幣を積み上げていく。
「ほっほっほ、随分と変わった出自じゃのう。
 有り難いことだが構わん。素質さえあれば、金は受け取らぬ。好きなだけいると良い」

「本当ですか、ありがとうございます」

 そう言ってスーシィは涙目になりながらフラムに抱きついた。


「なあ、アリス……」
「今更気づいたのね。あの涙はただの水(ウォータスペル)よ」


 かくしてあっという間に編入が決まったスーシィは適正を見るため別の先生へ案内され、アリスとユウトが残った。

「さて、残るは汝らだが……」
「その前に学園長」

 アリスは事の次第を告げようと口を開く。

「お主の言いたいことはわかっておる。しかし、その答えは否じゃ」
「え?」

「主の志が折れぬまでは学園へいても良いが、規則は曲げぬよ」
「そ、そんな……では、学園内での魔法は――」

「今まで通りじゃ、授業と研究時間のみは禁止じゃ」
「そんな……」
 アリスは掠れた声で言った。

「ほっほ、そう落ち込むではない。
 人の助けがあっての生活じゃ。そして、進級おめでとう」

 フラムから手渡された新しい制服をなぜかユウトが受け取った。

     


 それからアリスはユウトと共に部屋へと戻った。

「つまりどういうことさ?」

 ユウトはアリスをベッドに腰掛けさせて聞いた。

「これからは私一人じゃ服を着ることも食事を取ることも、
 あまつさえ下のことも全部一人じゃ出来ないってことよ!」

 アリスはベッドのシーツを固く握った。

「だ、誰かに手伝ってもらえないのか?」
「無理よ……」
 ユウトは少し苦笑いする。
 正直言ってそんな四六時中ついて身の回りの世話なんて犬でもご免だと思った。

 何せ、下の世話は……女の子なんだから。


「き、きっと誰かにお願いすればわかってくれるよ」
 いつもの覇気が全く感じられないアリスを気味悪く思ったユウトは部屋を出たかった。
 ぼろぼろの服のアリスを着替えさせるという発想は微塵も沸いてこない。

「そうだといいのだけれど……」
「じゃ、じゃあ早速誰かに話してくるよ」

 そう言って部屋のドアの前まできたとき、独りでにそれは開いた。
「?」

 目の前に誰もいないので視線を下ろすと、可愛く微笑むスーシィがいた。
「スーシィ!」
 ユウトは思わず大きめな溜め息と共に言ってしまう。

「あら、ユウト。私に会えたのが嬉しかったの?」
「ちょ、ちょっと。あんた何しに来たのよ」

 ドアを閉めてスーシィは笑い顔から一変、アリスに渋い顔を向ける。
「そう邪険にしないでもらえるかしら。
 あなた一人じゃ大変だと思ってこうして相部屋にしてもらったのよ」

 頼んでないわよと言いかけるアリスの口を慌ててユウトが塞いだ。
 校内に来てからアリスに対する異常な雰囲気は学友という感じではなかった。

 ユウトはアリスの怪我のことも含めて穏便に、そして出来るだけ努力しないで済ませたかった。
「よろしく頼むよ。スーシィ」
「ええ、ユウトに頼まれればお安いご用よ」

「ちょ、ふががぐっもおー」
 スーシィはユウトの願いを快く受け入れた。

     

 散々くすぶっていたアリスだったが、
 服を着替えるとなるとユウトでは不安なのかスーシィをちらちら見るようになった。

「スーシィ、あんた私の服を見てどう思う?」
「酷いわね。正直言ってその格好で部屋にいるってすごいと思うわ」

「着替えさせたくない?」
「なんでよ。私はあなたの傷を治すとは言ったけれど、従士になった覚えはないの」

 スーシィは部屋の隅で薬草を並べ、
 アリスはベッドの定位置からまるでイベントキャラクターの用に動いていない。
 ユウトは窓の外を眺めていたが、ついに退屈した。

「(アリス、アリス)」
 ユウトは正直限界だった。
 アリスは先ほどから高圧的でしかない。
 そんな態度で物事を頼まれて頷く奴はよほどのヤラレ好き、Mだ。

「あによ」
「(そんな態度じゃいつまで経ってもスーシィは着替えさせてくれないよ。
 普通に頼めばいいんだ)」
「わかってるけど……何かイヤ」

 ユウトは一瞬眼球が一回転しそうになった。
 こんな調子でこれからやっていけるのだろうか? ユウトはスーシィの方へと行った。

「(スーシィ、スーシィ)」
「なあに? ユウト」

「(さっきはお安いご用っていったけど、全然安くないよね?
 むしろ取引できないよね?)」
「気が変わったわ。まあ、見てなさい。最後に勝つのは私だから」

 ふふ、と笑うスーシィに肝を冷やしたユウトは窓辺へ戻る。
 女はわからないと思いながら窓の外へと視線を戻した。

     

 それから何度か似たやりとりがあったようだったが、うとうとしてきたユウトは途端に目が冴えてきた。
 さわさわ……。
 そう、原因はこの変な音だ。

「……」

 さわさわ……。
 ああ、これはまずい。
 この衣擦れの音は何かがまずい音に違いない。

 ベッドの上で桃色のシーツを握りながらアリスがそわそわしている。
「す、スーシィ……」

 アリスはもう何度目かわからない問いかけをまたするつもりなのだろうか。

「なあに、あなたの服は着替えさせたくないって言ってるでしょう」
「ち、違うの。わ、わかるでしょ? もう、すぐそこまで来てるってことがっ」

 ユウトは息を呑んだ。

「なにが来てるの?」

 さわさわ……。

「わ、わかったわ、私の負けよ。だからお花を摘みに行かせて?」
「行けば良いじゃないの。私は別に行ったらダメとはいってないでしょ」

「もう! どうしろっていうのよ!」
 アリスは顔を紅潮させながらいよいよ限界といったところだった。
「そうやってプライドを保持しているうちは、いつまで経っても行けないわ」

「ごめんなさい。本当に、でも本当に限界なの」

 凄いとユウトは思った。
 限界だというのにごめんなさいにまるで誠意がないアリスは本当に凄い。

「あなたはものを頼む姿勢っていうものを本当に知らないのね。……負けたわ」

 スーシィはやり過ぎてごめんなさいと一言言うと、涙目になっているアリスにレビテーションを掛ける。
(あれ、魔法は……)
 ユウトはそう思ったが、ことは一刻を争うであろうし、それを言及することもしなかった。

 スーシィは足早にアリスを連れて部屋を出ていった。


     


 部屋に戻ってきたアリスは虚ろな目でベッドへ潜って布団を被った。
 何があったのか聞きたかったが、スーシィは笑い顔を見せるだけで薬草の手入れに戻っていた。
 時刻はとっくに夜で、窓の外は月夜が美しく輝いていた。

「そういえばスーシィ」
「なに?」

「俺らご飯食べてないよ……」
 ユウトの腹は緊張が解けたのか猛烈な空腹に襲われていた。

「私も食べてないわ」
「そっか……何か手伝えることはある?」

「ないわ」
「そっか」
「ええ」

 スーシィはユウトに脇目も触れずに答えた。
 見ると華奢なスーシィの細い指先が薬草の葉の一枚一枚を丁寧に毟っている。

 そしてそれを黄色い水につけていたが、ユウトはそこで考えることをやめた。

「スーシィは寝ないの?」
「寝ないわ」

 ユウトは今までの経験上、このような状況下でスーシィから目を離すわけにはいかなかった。

 ――こんこん。
 そう考えていると突如ノックされたドアからフラムが現れた。

「一人は寝とるのかね……ふむ、二人ともこちらへ来なさい」
 赤い絨毯は闇と月明かりでその色合いを紫に変えて、
 壁や廊下には青白い光が静かにたぎっていった。

「まず、スーシィ。君は今日、アリスのために魔法を使ったの」
「申し訳ありません、後始末が大変になりそうだったのでやむを得ず使用しましたわ」

「いや、それは構わん。むしろ原因はアリスの方にあったじゃろう。
 実は用件があっての、これからも二人にアリスの面倒を見て貰えるよう頼みたいんじゃ」

 フラムは本人に秘密裏で魔法告知にてアリスの世話の協力者を女子全員に求めたという。
 しかし、集まった生徒数はゼロ。

 命令ならばやってもいいと回答したのが数人だった。
 つまり、それほどまでにアリスの立場というのは学園内で思わしくないということだ。

 フラムは一通り事情を話し終えると、
 アリスの現時点においての助力はスーシィとユウトの二人しかいないことを付け加えた。

     

「我々メイジが孤立してゆく生き物じゃが……原因は主に二つある。
 一つは価値観の違い。もう一つは専攻系統の複雑な違いじゃ」

「アリスは何の魔法を専攻しているのかしら?」
 華奢な体躯から綺麗な声が廊下に響いた。

「表面上は炎だと言っておるんだがの……」
「では、問題ないのでは?」

 ふむと唸った後、フラムは少し曇った顔をして言った。

「噂では……アリスが闇の魔法を調べているというのじゃ」
「闇……だって?」

「あやつは炎の研究の中でも特に他の生徒と類似性を持たない属性を研究しているのじゃ。
 かなり高度であるが故に誰も彼女の研究には関わろうとせん。
 そんなできもしない研究を好んで行う者などおらんからの」

「つまり、いきすぎた魔法は闇の要素があると誤解されてしまうわけですね」

 スーシィがマントの調子を整える。
「そういうことじゃ、現に闇と掛け合わせた魔法は強大だという噂があるしの」

「そのようなことが、本当だとすればとんでもないことです」

「そうなんじゃ、闇の魔法については知るだけで犯罪に値する。
 しかし、この学園にそのような書物があるわけないしの。
 単なる噂じゃと思うが、主らもそれとなく誤解が解けるように見ていてはくれんかの?」

 ユウトとスーシィは顔を見合わせた。
 スーシィは自分に合わせろと片目を瞑ってユウトに合図する。

「わかりました」
「それと、この件は内密じゃ。内に秘めおけ」
「「はい」」

 フラムが壁に黄金スペルを書くと、その姿は消え去り、廊下には静けさが戻った。

     


「じゃ、行きましょうか」
「え? どこへ」

「部屋よ、アリスの部屋にベッドは一つだったでしょう?」
「あ、そっか……」

 アリスの部屋から数十メイル離れたところにその部屋はあった。
 ドアはよく油が挿してあり、音もなく重そうな扉は開いた。

 それと同時に部屋の明かりがともり、ベッドや机、絨毯から壁の模様がほどよく照らし出される。

「それじゃ、おやすみなさい」

 スーシィは入り口に立ってユウトの後ろで言った。
「あれ、スーシィはどこで寝るんだ?」

「聞いていたでしょう? 私はアリスと同じ、相部屋よ。それとも一緒に寝たいのかしら」

 スーシィは艶笑してユウトに近づく。紫色の瞳がゆらゆらと揺れている。
「別にそれでも構わないんだけれどね。やらなきゃならないこともあるし……」

「うん、それでも俺は一応アリスも心配だから……」
「いいから休みなさい。ユウトが心配しなくても私はもう……」


 気がつくとユウトは閉ざされた扉の前に立っていた。
「あれ……?」

 軽く眠っていたようにぼやけた頭で、ユウトは暗がりの中、手探りでベッドを見つけて潜った。
「何か忘れてる気がするけど……」

 微睡みに落ちていきながら、ユウトは何も思い出せないまま眠りについた。

       

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Neetsha