Neetel Inside ニートノベル
表紙

カクウの天使
始動 〜転移・具現化・初戦闘〜

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 「冗談だろ……」
"ソレ"を目にした瞬間の俺は、そう言って絶句した。俺の目の前には、ついさっきまでクラスメートだった、――そして、今は全身に白色のアーマーを纏ったその少女がいた。その姿はまるで……、いや完全にネトゲ上での俺の愛機じゃないか。立ち尽くしている俺に、彼女はゲームと同様の声で、同様の台詞を口にする。
「システムに一切異常なし、これより作戦行動を開始します」
彼女の背中に取り付けられた飛行ユニットが展開し、白色の巨大な翼が姿を現した。

 ……という夢を見た。いくら何でもこれはやり過ぎだろう、そう思いながらベッドから這い出る。ネトゲと現実がごちゃ混ぜになった夢を見るほど、あれをやり込んだつもりはなかった筈なのに。しかも、中の人はクラスメートとか。
「しっかりしろ、俺」
いつもはお湯で顔を洗うのだが、今日はしっかり目を覚ますために冷水で。何しろ冬だから物凄く冷たい。が、これで完全に覚醒できる事は間違いない。食卓に放置された朝食を適当につまみ、いつものように鞄を引っさげて家を出た。

 俺のやっているネトゲとは、メタルガールバトルアリーナとかいうタイトルで、いわゆるメカ少女ゲームだ。KO○AMIのあるゲームに似てるといえば、そんな気もする。基本的には、素体となる少女がいて、プレイヤーは彼女の纏う外装や武器を色々変更できる。戦闘はリアルタイムで指示を出すだけ。バトルアリーナというタイトルが付く割には、おまけの筈のストーリーモードが充実していたりして、対戦に興味の無かった俺は、そっちばかりをひたすらやり込んでいた。
 ……元々は、友達に誘われてやり始めたわけだが、今じゃその本人が引退しているという罠。俺も引退したいとは思うものの、なかなか後には引けないわけで。
「つか、あれが現実だったら彼女はサイボーグという設定になるわけだが……」
 ひとり呟きながら目の前の坂を上る。今日は一層冷え込んでいるのか、コートにマフラーという出で立ちをしていても肌寒く感じる。それはともかく、あのゲームの設定ではサイボーグ化された少女が戦いを繰り広げてるわけで、あの夢が現実になったりしたらあの子はサイボーグなわけで、しかもあんな超技術は実現すらしてないわけで。つまり、俺妄想乙というわけで。
 そんな事を考えているうちに、とうとう目的地に到着した。学生という立場である以上、いつまでも下らない妄想をしているわけにもいくまい。ここはしっかりと気持ちを入れ替えて、勉学に励むべきだろう。……正確には、あのような半端ない妄想から逃げるために、あえて勉学に励む、というのが適当か。兎にも角にも、俺の何気ない一日はこうして始まろうとしていた。同時に、俺の日常に終わりが近づいていたのだが、そんな事は知る由も無い。

 授業中、俺の視線は自然と斜め前の少女に目が行ってしまっていた。その子こそ、俺の夢でリアル愛機として登場した本人なわけだが、やはりああいう夢を見ると意識してしまうものだ。
「……であるからして――」
おっと、いかんいかん。授業に集中しろ、俺。あわてて板書に視線を戻し、ルーズリーフにそれを写し取っていく。こうして板書を取るのも久しぶりのような気がする。いつもは友達任せだからな。
「……というところか。じゃあ、今日はここまで」
教師が言い終えると同時に、予鈴が鳴り響いた。まったく、この先生はタイミングが良過ぎるというか何というか……。

 そんな感じで一日の授業が終わり、俺は所属している部活の方に顔を出してみた。うちの学校は、特に込み入った事情が無い限りは部に所属しなければならない。というわけで、俺は文学同好会とかいうどうでもいい部活に籍だけ置いていた。いわゆる幽霊部員という奴なんだろうが、特に何も言われないので絶賛放置中だ。
「大体、あそこの部員は幽霊部員とキモオタしかいないだろう……」
「わかるわかるよ君の気持ち~♪」
「その歌はやめろ。――つか、キモオタってお前の事なんだが……」
 倉橋という名のキモいガリガリ君に付きまとわれながら、俺は部室に入った。はあ、いつものキモメンズしかいないじゃないか。しかも予想通りと言うべきか……、棚に置いてある本が特定の文学しかしてないようだ。
 お前らは夏目さんや森さんの作品は読まないのか、と小一時間問い詰めたい衝動に駆られながらも、手頃な厚さの文庫本を手に取る。この際タイトルや内容にこだわってられるか。
「それ最近入った奴でさー。ネトゲが題材らしいんだけど、結構面白」
「本読む時くらい黙れ」
まだしつこく話しかけてくる倉橋に釘を刺すと、俺はページを開いた。ああ、よりによってまたこのネタですか。ストーリー自体はオリジナルらしいが、この元ネタは明らかに……アレ、か。
「ごめん、今日はこれで帰る」
パタンと本を閉じ、俺は席を立った。これ以上付きまとわれてたまるか。キモメンズにも、アレにも。

 部室を出ると、俺は校門に向かってひたすらに歩き始めた。空は、不気味なほどの赤に染まっている。不思議な事に、他の誰一人とも出くわす事が無い。いつもなら、校庭には部活動に勤しんでいる人間が幾らかいる筈なのに、そこにすらいない。これはおかし過ぎるだろう……。まるで、俺のいる場所だけが異空間になったような、そんな状況じゃないか。俺は立ち止まり、周囲を見回してみた。やはりおかしい。――何がって、ここにある時計が停止している事だ。俺の腕時計も、校舎の外壁に掛かった時計も、部室を出て数分後の時点で静止しているらしい。
「これって、いわゆる閉鎖空間って奴か……?」
そんな予感がした時、近くで悲鳴が上がった。――という事は、誰か他にいるのか?
「行ってみるしかない、な」

 声のした方向――校舎の裏側――に辿り着くと、あろうことか彼女がそこに倒れていた。見たところ出血は無さそうだが……、何だかやばそうだ。何度声をかけても、強く揺さぶっても起きる気配がない。脈はあるし、呼吸もしているようだが、これは一体……?
「あれ~?もう一人入り込んじゃってたんだ」
 不意に背後から声が聞こえ、慌てて振り返る。そこには……にわかには信じがたいが、ネトゲの敵役が仁王立ちして笑っていた。アーマータイプ:ツインエッジ……近接戦闘を得意とするアーマーをまとった彼女は、まさにゲームの中から出てきたとしか思えなかった。髪型や顔つき、性格、はては言動やその声――彼女を演じる声優の声――までもが、全て適合している。
「アハハ、驚いてる?私が実在するなんてありえない、とか思ってるんじゃない?」
全く持ってその通りだ……。冷や汗が額を流れ落ちる。
「お前、彼女に何をした?」
俺は、ツインエッジに向かって尋ねてみた。おそらく……いや、確実に彼女の顕現とこの状況とは関係があるはずだ。
「何をしたって……。ゲームをやり込んでた貴方なら察しが付くんじゃないの?」
彼女はゲームそのままの笑顔を浮かべたまま、返答した。
 ゲームの中で彼女が、彼女の属する集団がやっていた行為……。それはつまり、人間の意識を奪い、意のままに操る事。それによって、彼女達は自分達の望む世界を作り上げようとしていたはず。
 まさか、それを現実でやるとでも言うのか。
「理解してくれた?……そして、主人公の可能性である貴方のような人間をを排除する事で、この計画は確実なものとなる」
そう言って不敵の笑みを浮かべる彼女。ゲーム上では主人公らによって倒されているのだが、こちらは多少状況が違うらしい。
 「ゲームのストーリーから学習してるってわけか……。という事は、彼女も」
「その通りよ。ああ見えて結構やり込んでた子でね。ま、パートナーさえいなければクズ同然よ」
「それ以前に呼び出しようがないけどな……」
ゲーム内のキャラクターを呼び出すなんて素敵な事ができたら、どれほど楽しい事だろう。もちろん、エロいゲームを含めない意味で。もし、今すぐに呼び出せるなら、俺の愛機を即呼び出してコテンパンにしてやりたい所だが……。
「そう怖い顔をしないでよ。貴方が望むなら、生かしてあげてもいいけどね。……私のパートナーとして、ね」
「せっかくの話だがお断りだ。俺は、敵に寝返ってまで生き延びる気はない」
意味不可解な状況で生き長らえたとして、どうなる。この悪夢が今後も続くのならば、むしろ彼女の餌食になる方が幸せだろう。その後はどうなるのかわからないが……。
「そう、それは残念。貴方なら少しは理解してくれるんじゃないかって思ったけど、私の見込み違いだったようね」

 彼女の両手の先に赤い刃が出現する。ゲーム中ならばこの後足先からもブレードを、そして最後は腕全体がブレードに変化し、驚異的な範囲を斬り裂いて攻撃してくる筈だ。それまで、この体が持つとは思えないが。
「心臓を一突き、で人生が終われば最高だろうけど、私貴方に恨みがあるのよね……。その分だけ苦しんで貰わないと、私が損すると思うんだけど」
「どちらにしろ変わらないだろう。どうせなら、一思いに殺してくれ」
「そう言われると、余計になぶり殺ししたくなっちゃうじゃない。……じゃあ、いくわよ!」
その声と同時に、彼女はブレードを振り上げて接近してきた。回避などという手段を採っても意味は無いだろう。南無参。俺は、静かに目を瞑った。直後、目の前でガギキッという気味の悪い接触音が聞こえ、すぐに静かになった。痛みはおろか、刃が切り裂いた感触すら……。という事は――。
「全機能のダウンロードを完了。転移先との整合性97.5%。シールド展開によりパートナーの安全を確保しました」
聞き覚えのある声。少し無機的な、しかし微妙に感情のこもったようなその声に、心当たりが無い筈は無かった。
「その声はまさか――ッ!」
目を開けた先には、愛機が、純白のアーマーをまとったあの子が光の盾を展開していた。転移という事は、意識を奪われた彼女に俺の愛機が乗り移っている、と考えるべきか。
「そんな!具現化コードは既に破壊した筈なのに……」
ツインエッジは後ろに飛び退くと、驚いた表情で彼女を見つめた。具現化コードが……という事は、何らかの形で現実に出現することが可能、という事なのか。あるいは……。
「後ろへ退いて下さい。ここで彼女を破壊します」
「破壊って……どうするつもりだ?」
驚く俺の前で、彼女は左の肩部アーマーを展開してライフルを形成した。こんな所までこだわっているとは。
 って、感心してる場合ではなかった。俺は校舎の陰まで後退すると、彼女を見守ることにした。
「今回指示は必要ありません。全て自動戦闘システムで対処します」
「自動戦闘だなんて、私を舐めて掛かってるのかしら?あまり足元を見ない事ね」
そう言ってブレードを振り上げたツインエッジの右手首が吹き飛ぶ。続いて刺突体勢に入った左手首も撃ち抜かれた。痛覚などは無い筈だが、戦力的に、そして精神的に痛手だろう。
「敵兵装を破壊」
「舐めるな!」
彼女がそう叫ぶと同時に、両足と両腕から極大のブレードが出現した。やはり、ゲームとは行動パターンが若干異なるか。間髪無く振り回されるブレードがライフルの砲身を何度も切り刻む。これでライフルは仕様不可能になった。
「これで遠距離からチマチマ狙い撃つのはできなくなったわね」
「そのおかげで、近接戦闘へ移行できます」
「え……?」
彼女の誇らしそうな笑顔が曇った瞬間、両腕に亀裂が走った。あっというまに破断し、腕が使い物にならなくなる。
「一体何……!?」
驚く彼女の前で、あの子は右手に持った幅広のブレード発生器を振ってみせる。その緑色の刃を見た瞬間に、謎の攻撃の正体がわかった。
「ソニックブレード、か」
斬撃と同時に衝撃波を発生させる武器。近接攻撃でありながら、若干離れた位置からでも攻撃が可能な近接格闘武器。貫通力があまり高くないとはいえ、当てるべき場所に当てれば部位破壊が十分に可能な兵器だ。そういえば、この前あるボス戦用に装備させたんだっけ。
「私の腕をよくもぉ!」
怒りに燃える彼女は、飛び蹴りを食らわそうと大きく跳躍した。
「……一々煩いです」
そんな冷静な声とともに、その最後の一撃さえもが粉砕される。着地など到底できる筈も無く、四肢をもがれた彼女は地面に激突した。
「戦闘終了。左肩部格納武装以外、損傷はありません」

 「やはり運命には、抗えない、か……」
仰向けになったまま、ツインエッジはそう呟いた。破断面から、真っ赤な血ではなく茶褐色の潤滑剤がとめどなく流れ出ている。どちらにしても、同じようなものだ。ある程度喪失すれば、潤滑が止まり機能停止に陥る。ゲームなら、そのまま放置されて『死ぬ』運命にある彼女だが……。現実には、それ以外の選択肢だってあり得る筈だ。
「止めは刺さないでいい。応急処置、できるか?」
「不可能ではありません。ただし、安全上戦闘に関する機能はオミットします」
彼女はそう言って、背面ウイングに搭載されたリカバリフィールドを展開した。装置から溢れ出る青色の光が、彼女の四肢を徐々に再構成していく。
「なぜ、助けようとする。……私は、貴方を殺そうと――」
「だからと言って、ゲームの設定通りにしたくはない。選択肢があるのなら、俺は最も最善を選ぶつもりだから」
ゲームのキャラクターにこんな事を言う奴は、相当変態だろう。しかし、そうだとしても俺はシナリオ通りにするつもりはない。予め定められた運命など、存在していい筈が無い。
「貴方は……変わり者、だね。……少し、眠い、か……な」
そう言って、ツインエッジは意識を失った。見たところ、『死んだ』わけでは無さそうなのでひとまず安心する。その場の空気を察したのか、フィールドを展開している彼女が状況を説明してくれた。
「損傷が大きいため、スリープモードに移行するようです。引き続き応急処置を行います」
「頼んだぞ。――ところで、その体の持ち主の意識は……」
「問題はありません。私が再転移および具現化を完了すれば、彼女は以前と同様の状態に戻るでしょう。……ただし、都合上この空間における記憶は削除します」
「そうか、それならいい」
変に記憶が残る事も無いのなら、心配する事はない。
 それよりも、問題はこいつとツインエッジ、両方の面倒をどう見るかという事だ。こいつはゲーム上で装備を弄れるからいいとして、ツインエッジはNPCだ。このまま固定武装にせざるを得ないとなれば、かなり問題が出てきそうだな。
「彼女自身は、元のNPCとしてのデータからは完全に独立しています。つまり、彼女は現在ひとつの存在としてここに存在しています」
俺の心を読んだのかどうかはわからないが、彼女はそう答えた。
「アセンブルの変更などを行えるよう、こちらで専用のプログラムを提供します。記憶容量を2GBほど用意して下さい」
「わかった。それで、応急処置は完了したのか?」
「終わりました。後は彼女自身の自動修復機能が働くと思われます」
自動修復機能、そんなものまで備わっているのか。ある意味恐ろしいな。ところで、この空間からはいつ頃脱出できるんだろうか。そう思っていると、また彼女が返答を返した。
「この空間が解除されるまでおおよそ一時間ほどです。今のうちに彼女を適当な場所へ搬送するのが適当と思われます」
「そうするよ。……なあ、何で俺の思ってる事が分かるんだ?」
「貴方と精神的な部分において同調した状態にあるからです」
彼女はそう答えた。同調……だって?もっと詳しく訊こうとした矢先、彼女が再び口を開いた。
「詳しい事は再構成後にします。今は、彼女を搬送するのが最優先です」
ふぅ、やはり一気には話してくれないな。とりあえず、この子を運ぶ事にしよう。そう思いながら、俺は眠っている簡易アーマー姿の少女を背負った。

 『――以上の通り、NPCとプレイヤーデータの具現化現象らしきコード生成が確認されています。消息は不明ですが、ほぼ全てのキャラクターが具現化したと考えるべきかと……』
「そうか、報告ご苦労様……。――全く、厄介な事になったものだ」
画面上の死神を模したキャラクターに、マイクを通して話しかけている男性が一人。彼の周囲の机には、彼と同じスーツ姿の人々が座っている。その視線の先にあるモニタには、例外なく同様のキャラクターが映っており、彼らの操作とともに彼女らのまとうアーマーと武装が同調して変化していく。
『主は如何されるおつもりですか?敵性NPCが放たれてしまった以上、このまま放置し続けるわけにはいきません』
「その通りだ。しかし、現状では自ら戦線に赴けるほど芳しい状況ではない。まずは先遣隊として、GMのキャラを数体具現化させ、詳細な調査とNPCの駆逐を同時に進める事になる」
そう言って、彼は対NPC用アセンブルの構築作業を進めているGMらに目を向けた。
『その選定基準は如何に?』
「そうだな、お前達の方で各キャラの特性をステータス化し、今回の任務に適合する者を選んでくれ。任務の内容は既に転送済みだ」
『了解しました、主(マスター)』
さて、と彼は立ち上がった。まさか、NPCに未公開の機能を勝手に使用されるとは思いもしなかった。そこまで知恵の回るAIを開発してしまった開発陣には、尊敬と畏怖の念を抱かざるを得ない。が、事態が予想以上に進行している以上、我々が手をこまねいている訳にはいかない。
「問題の解決を直ちに行わなければ……。このままでは――」

       

表紙

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Neetsha