Neetel Inside ニートノベル
表紙

カクウの天使
集結 〜4人・6体・2刺客〜

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 ――そして、週末がやってきた。雲ひとつない、最高の青空が広がっている。俺は、2人との待ち合わせの場所――臨海公園に立つ時計台の前――に到着すると、周囲を見回した。……どうやら、まだ2人とも来ていないらしい。
「到着が少し早過ぎたのでしょう。ここで待っていれば、すぐ来ると思います」
と、スミレが冷静な口調で言う。キキョウの方はと言えば、ポケットの中で居眠りしているらしく、耳を澄ますとかすかに寝息が聞こえてくる。そういえば、昨日夜遅くまで俺の勉強に付き合ってたからな……。あれほど何度も寝ろと言ったのに、まったく聞かないのだから困ったものだ。――まあ、セインと口喧嘩にならないだけマシか。
 暇を持て余すというのも勿体無いので、これからの予定を確認する事にした。ケータイを取り出し、メモ帳に書き出しておいたスケジュール表を表示する。合流後は付近を散策しながら今後の行動について話し合い、その後昼食、他プレイヤーの探索をして、夕方前に解散・帰宅。まあ、確認するほどの内容じゃないが一応。
「それにしても、他プレイヤーがそう簡単に見つかるとは思えないんだがな」
俺は、小声で呟いた。発案者は大河だ。彼女らしい考えではあるが、あまりいい結果が望めるとは思えない……。
「どんな方かは存じませんが、現実的とは言えない発想です」
「やっぱりそう思うか……。まあ、やるだけやってみるとするか」
 そんな事を話しているうちに、姫澄が到着した。彼は俺の姿に気づくと、2、3度手を振った。その隣には、姫澄そっくりの顔をしたお下げ髪の少女がいる。ほほう、さては妹でも連れてきたな。そんな事を考えつつ、俺は彼らを出迎えた。
「随分と早い到着だったらしいな」
開口一番、彼はそう言って笑った。まあ、昔から待ち合わせで待たされる立場だから、そういう台詞が飛び出してきてもおかしくない。
「まあな。んで、お前の連れはさしずめ妹ってところかい?」
俺が尋ねると、彼はチッチッと舌を鳴らしながら指を振った。
「バーカ、姉貴だ姉貴。こいつも相当なゲーム中毒で、例のゲームもやってたらしくてな――」
「誰がゲーム中毒だと……?修哉、公衆の面前で派手な噴水を撒き散らしたいか?」
彼の横で、その姉貴が物騒な台詞を呟く。その目はどう見ても……本気じゃないか。さすがに現実化させるわけにはいかないので、俺は笑いながら皮肉気味の言葉を掛けた。
「仲のいい姉弟ですねぇ」
「やはりそう見えるか?家では流血するくらいの喧嘩をやるからな……。まあ、そう見えてもおかしくないだろう」
俺の言葉をどう捉えたのか、彼女はそう言って笑い返した。この人……絶対に常識を逸脱してしまっている。つか、家で流血騒ぎなんて相当酷いレベルの喧嘩だろう。しかも、彼女の強そうな雰囲気から察するに、流血するのは専ら姫澄の方じゃないだろうか。だとしたら、さぞかし大変な日常を送っている事だろう。
 その場の空気が氷結してしまったのを気にしてか、姫澄が口を開いた。
「えーっと……、改めて紹介しとく。こっちは俺の姉貴で、名前は――」
「瑛香だ、宜しく」
「どうも。俺の事は弟さんから伺ってると思いますが、……」
彼のおかげか、再び会話が進みだした。彼女――姫澄瑛香は、小柄で幼そうな外見とは裏腹に、年齢相応の大人びた性格のようだ。とはいえ、先ほどの話から察するに、論理よりも実力行使といった部分があるらしい。問題は愛機がどの形式なのか、という事だが……。
「スミレ、お前の方で検索なりデータ収集なりはできないのか?」
ヒソヒソ声で、胸ポケットの中にいるスミレに尋ねる。が、彼女は冷静な口調で否定的な返答を返してきた。
「そのような機能は備わっていません。よって、姫澄瑛香の所有するキャラクターがどの形式かは不明、その他のデータについても取得は不可能です」
「そうか。悪いな、無茶な事を言って」
「問題ありません」
普段どおりの素っ気ない返事を返し、彼女はまた黙り込んだ。キキョウは相変わらず爆睡中だし、しばらく彼女達との会話はお預けか。そんな事を思いながら、漫才のような会話を繰り広げている姫澄姉弟に意識を戻した。
 「――で、大河さんとやらはいつ来るんだ?」
唐突に、姫澄がそんな事を問う。聞かれても、本人から何の音沙汰もない以上、どんな状況なのかは把握できない。
「知らん。何なら、今電話なりメールなりで現在地を聞き出すが――」
と言い掛けたところで、俺の目が大河らしき人物を視界に捉えた。ちょうど、人がごった返しているところを挟んで、対岸の辺りに立っている。彼女もこちらに気づいたのか、大きく手を振った。
「あ、いたいた。******さーん」
「あの子か。意外と可愛いな」
姫澄は彼女に視線を向けると、そんな事を呟いた。お前は相変わらずだな、と半ば呆れながら、俺は大河に向かって手を振り返した。
 人の波を八艘跳びよろしく巧みに回避しながらこちら側まで辿り着くと、彼女は嬉しそうな表情でこちらを見た。
「すみません、ちょっと道に迷っちゃって」
「ああ、集合時間前だから問題ない」
左手首に巻かれた腕時計に一瞬目をやり、俺はそう答えた。平静を装っているつもりだが、日程が終了するまでこの精神が持つだろうか……。そんな事を思いながら、姫澄姉弟を手の先で示す。
「俺の友達の姫澄と、その姉さんだ。両方ともプレイヤー」
「瑛香だ、宜しく」
「初めまして、姫澄修哉です」
相変わらずな物言いの姫澄姉と、どう見ても気持ちが悪いとしか思えない、姫澄の紳士的な自己紹介に対し、彼女はニコッと笑い返した。
「大河奈伊留です。宜しくお願いします」
「一通り紹介し終えたところで、早速場所を移すとするか」
そう言って、俺は海岸沿いの休憩所へと歩き始めた。

 「――本当にやるのか、バンガード」
双眼鏡で目標を観測しつつ、ランク・エルフ『ロングバレル』――布津葉優乃(ふつはゆうの)は、相手に問うた。無線機越しに、『僚機』からの返答が返ってくる。
『当然でしょう、ロングバレル。いくらランク・ノインが敗れた相手でも、私達と量産型ライダーの物量作戦なら押し切れるでしょうに。それに』
「なるべくGMの介入を受ける前に仕留めたい、と」
彼女が言うであろう台詞を、彼女は先に呟いた。既に目標は人込みから離れ、海沿いへと移動を続けている。向かうであろう場所は、地図情報と合わせて推測すると休憩所だろうか。大方、何らかの『人前では話せないような』話をする気なのだろう。そんな事を考えながら、双眼鏡をゆっくりと動かす。
『その通り。……何でも、彼女はGMと交戦してやられたそうじゃないの。モタモタしてると、彼女の二の舞になるでしょうから』
「それもそうだ。――しかし、本当に問題ないのか」
『何がでしょうか?』
 相手が尋ねると、彼女は少し目を細めた。懐疑的な口調で、相手に言い返す。
「例の『14番目の戦力』だ。正直なところ、私は信用できない」
『信じる信じないはどうでもいい事でしょう。仕事さえ、忠実にこなして下さるのなら』
悠長な物言いだ、と彼女は思う。信用できない味方は、敵以上に恐ろしい存在。それがバンガードには全く分かっていないらしい。
『貴方もそうです、ロングバレル。砲撃一辺倒の貴方を指名したのはこの私である事、決してお忘れなさらぬよう』
「勝手にしろ、貴族気取りめ」
調子付いた口調の彼女に軽く毒づくと、布津葉は静かに立ち上がった。実行時間まではまだ時間がある。もう少し、彼らの様子を見るとするか……。そんな事を考えながら、双眼鏡を腰のポーチにしまい込んだ。

 さて、と。案の定誰もいない休憩所に入り、各々が木製のベンチに腰掛けたところで俺は考える。何から話し始めればいいだろうか。
「……とりあえず、それぞれが把握してるのはどの辺りまでか、聞かせて貰ってもいいだろうか?当然、俺も説明するが」
「それなら、私から先に話そう。こういう場合は年長者から話した方がいい」
そう言って、姫澄姉が咳払いを1つした。
「私の愛姫から聞いた話では、敵性NPCに自我が芽生えたらしいな。自我が芽生えるほど高度なAIを開発してしまうとは……、変態技術者も困ったものだ」
「「へ、変態技術者……!?」」
姫澄と大河がほぼ同時に叫んだ。呆気に取られたその表情を見て、姫澄姉がしまったとでも言いたげな顔をする。
「ああ、気にするな。こっちの話だ。……それで、自我が芽生えたNPCはネットワーク回線を介してあらゆる情報を吸収、何を思ったか未公開機能を強制解除、この世界に具現化を果たした。その影響を受け、ほぼ全てのユーザーキャラクターまでもが具現化してしまった、という次第だそうだ」
なるほど。これで、事の成り行きについては大体把握できた。とはいえ、これはSF顔負けの超展開だな……。
「私が聞いている事は以上だ」
「それにしても、瑛香さんの愛姫って物知りなんですね。私なんか、******さんから事情を説明されるまで何も知らなかったのに」
大河はそう言うと、申し訳なさそうに視線を落とした。しかしながら、事情を把握しているのはごく一部のキャラだけだろう。むしろ、俺や姫澄姉のような存在の方が珍しい部類じゃないだろうか。そんな事を思っていると、姫澄姉が俺に話を振った。
「では、お前の知っている事を教えて貰おう。できる限り正確にな」
「わかりました」
そう答えて、俺は一息置いた。
「――俺が知ってるのは、敵性NPCが具現化した影響でプレイヤーのキャラも具現化してしまった、という事。これについては、姫澄の姉さんの説明と被るから省かせて貰う。それ以外の情報として知っているのは……『転移』と呼ばれる機能、それと」
「それと?」

「それの応用により、AIと人の意識との融合が可能である、という事だ」

その場に、しばしの間沈黙が流れた。

 「――意識の融合だって?」
数日前、スミレからその話を聞いた俺は絶句した。一方の彼女は、はい、と素っ気無い声で答える。
「正確には、人の意識下への転移を行った際に生じるエラーの一種です。発生条件やその確率は不明ですが、運営には実例が報告されているようです」
「それで……、融合現象と転移とは何が違うんだ?」
「転移は、あくまで一時的、かつAI側の一方的な意識介入であり、実行後の後遺症等はありません。しかし、融合の場合は、転移対象の人格とAIの人格を強制統合し、新たな人格として上書きされてしまいます。つまり……、転移対象が肉体的な死を迎えない限り、永久に解除される事はありません」
永久に……解除されない……?新たな人格を上書き……?それってつまり――。
「敵性NPCが既に特定の人物と融合化を果たしているならば、手遅れという事です」
彼女は、とてつもなく恐ろしい事実をさらりと言ってのけた。……良くも悪くも作り物の頭脳だ、彼女自身は何とも思っていないのだろう。あくまで、自分の保持しているデータを言語化して伝達した、というだけの事。だが、俺に――俺達人間にとっては、自分達に危険が迫っている事を明示する、衝撃の言葉だった。
 そして、既に実例が報告されている。それはすなわち、被害者が出てしまったという事実に他ならない。自分でありながら自分でなくなった状況で、正気でいられる人間なんて存在しない――。それを思うと、俺はなんだかやるせない気持ちになった。
「エラーによる融合は、対策が講じられるまで転移を行わなければ防止できるでしょう。問題は、敵性NPCによる意図的な融合をどうやって食い止めるかです……」
「少なくとも、このまま放置するわけにはいかない。事に及ぶ前に見つけ出して、速攻で撃破するくらいしか思いつかないけど」
俺の言葉に、彼女が頷きを返した。現段階で可能な方法なんて、これぐらいしか思いつかない。それは彼女も同じなのだろう。
「その為にも、大河さんや姫澄さんと情報を共有し、互いに協力する事が必要です」
「だからこその『会合』だ。――スミレ、お前も一緒に来てくれるか」
俺が尋ねると、彼女は無言で頷いた。

 一通り説明し終えた後、俺は3人に話が理解できたかどうか確認を取った。
「おおよそ理解した。要は、連中を見つけ次第叩くって事だろ」
と、姫澄が言う。本当に理解できているのか不安だが、ここは彼の友人として信じる事にしよう。姫澄姉と大河は、ちゃんと理解できているようだ。
「とはいえ、敵の実力は侮れない。単独での交戦は危険だな」
「複数人で行動する事を心掛けるしかない、か。部外者が巻き込まれないだけ、まだ楽だな」
姫澄姉の言葉に賛成しつつ、俺はそんな事をぼやく。関係のない人間が巻き込まれでもしたら、こちらが一方的な不利になる。学校みたいな過密状態の施設なら尚更だ。そう考えると、本当によくできたシステムだな、と思ってしまう。
 さて、と。これで一通り知っている事は話した。まだ未知の部分が多いが、それは現状じゃどうしようもない。問題は、これから話し合う事についてだ。
「それじゃ、大河さん」
「はいっ」
大河は元気の良い返事を返すと、傍らに置いた鞄から何かを取り出した。
「それは何だ?」
机に広げられたそれを見て、姫澄姉が尋ねる。見たところ、この公園の見取り図らしい。何の変哲もない紙切れ。
「臨海公園のパンフレットです。あとは、私の愛姫が上手くやってくれればOKなんですけど」
「一体何を……?」
不思議そうに眺める姫澄姉弟をよそに、彼女は鞄の中をもう一度探った。そして、灰色の機体――タイプ:ウォルフ、チグリス――を掬い上げるようにして取り出した。
「あうー……。まだ頭がフラフラする」
両手で頭を押さえながら、彼女が辛そうな声を出した。先刻、彼女が走った際に酷く揺れたのだろう。あのユーフラテスが出てこないのもそのせいか。
「ボク達が入ってる事、絶対忘れてたでしょ?ユーティなんて激しく振り回されて気絶しちゃってるんだよ」
「ゴメンゴメン」
「むむ……」
申し訳なさそうに苦笑する彼女を、チグリスは恨みのこもった目で睨みつけた。しかし、その挙動もどこか可愛げだから不思議だ。
「それじゃ、打ち合わせ通りお願いね」
「はいはい」
渋々といった調子で返事すると、彼女は通常アーマーを展開した。フィギアサイズでのアーマー展開を見るのはこれが初めてだ。頭部に装備したたてがみ状のアンテナを展開し、彼女は例のシステムを起動させた。
「広域レーダースキャン、ターゲット:フレンド。検索開始」
目を瞑り、パンフレットの上で立ったままの彼女を4人が眺める。
 と、俺の上着のポケットがもぞもぞと動きだした。どうやらキキョウが目を覚ましたらしい。
「ふみ……。あれ、ここどこ?」
寝惚け眼を擦りながら、彼女がポケットからゆっくりと這い出てくる。こんな状況で「ふみ……」なんて情けない声を出されてもな……。呆れ半分で、俺は彼女の首根っこを摘み――机にゆっくりと降ろした。その場にしゃがんだまま、彼女は大あくびをひとつ。
「ったく、早寝しないからだろうが。ホントにだらしない奴だな」
「だって勉強に付き合えって……」
「そんな事は言ってない。むしろ早く寝ろと言っただろ」
ああ、もう。覚醒してようが寝惚けてようが、言い訳がましい奴だな。そこが彼女らしいところ、と言ってしまえば終わりだが。
 そんなやり取りをしている内にチグリスは仕事を終え、自分の身長ほどもあるペンを使ってパンフレットに何やら書き込み始めた。それが終わると、今度はペンを指示棒代わりにし、説明を始めた。
「今このエリアにいるキャラクターは10体ほど。その内の6体はボク達で、ちょっと離れた場所に2体と、遠くに1体。あと1体はすぐにレーダー範囲から出ていった」
そう言って、休憩所とそれぞれの反応があった場所を指し示す。そこには、先程ペンで描かれた円があった。
「という事は、今探知可能なのはその3体だけか」
「そういう事。――正確には、その他の存在も把握してるんだけどね。そう、例えば……」
そこで言葉を切ると、彼女は近くの林に視線を向けた。と同時に、カサッという物音が聞こえてくる。何かが……いや、何者かが潜んでいるのか。
「なんか怖い……。ば、場所を移しませんか?」
「移したところでついて来るから無駄だろ。とはいえ……気味が悪いな」
大河と姫澄が口々に言う。あちらから攻撃を仕掛けてくれれば……っと、敵かどうかも分からないのにこんな事を考えるのはアレだな。そんな事を思いながら、俺は茂みの方をじっと見つめていた。

       

表紙

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Neetsha