Neetel Inside ニートノベル
表紙

カクウの天使
遭遇 〜戌猫・九番・熾天使〜

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 今日の俺を一言で表すなら、この言葉じゃないかと思う。『蝶☆遅刻』。
「何で誰も起こさないんだよっ!」
俺は鞄を脇に抱え、坂道を駆けていく。既に登校時間を過ぎ、人の殆どいない通学路。確実に遅刻すると分かっていても急ぐのが、人間という生き物だ。
「気持ちよく眠ってたから、起こしたら悪いかなって」
ブレザーの胸ポケットに入ったままのキキョウが、申し訳無さそうに呟く。家を出てから気づいたのだが、さすがに一度戻るわけにもいかないのでそのまま連れてきてしまった。
「そこは起こせよ!クソ、まじでヤバいぞこれは……!」
「ストップ!前!女の子が!」
丁字路の角から、うちの学校の制服を着た少女が飛び出そうとしていた。このままでは直撃する、と思った俺は、慌てて止まろうとする。
「うわっと……って止まらないッ!?」
そう。昨日の雪が固まって氷のようになっていたのだ。勢いが殆ど消える事無く、俺は最悪の状況で彼女と激突してしまった。地面と空が反転し、意識が一瞬だけ暗転する。
「痛つつつつ……」
額に右手を当てて、俺は起き上がった。ここで彼女のパンチラが!というラッキースケベな展開は無く、昏倒している彼女に気がついた俺は、慌てて彼女に駆け寄った。
 「おい、大丈夫か!」
何度か肩を揺さぶると、彼女が目を開けた。良かった、特に問題は無さそうだ。
「あれ……?」
キョトンとした表情でこちらを見つめる彼女に、俺は早口で事情を説明し始めた。
「大丈夫か。スマン、今凄く急いでて――」
「あの、もしかして……何処かで会った事無いですか?」
「はい?」
そんな事を唐突に言われ、俺は戸惑った。彼女と会った事なんて、果たしてあっただろうか……。同じ学校の生徒とはいえ、女子と話す機会なんて全くと言って良いほど無い筈だが……。
「えーっと……、その、ゲーム内で」
「ゲーム……まさか!」
彼女の言葉で、俺は思い出した。一度アリーナに行って、初級のランカーとやり合っていた時。確か、ヴォイスチャットで女性プレイヤーと会話した事があったような……。
「まさか同じ学校の生徒だったなんて……、乙女座の私には、センチメンタリズムな運命を感じずにはいられません!」
「いやいや……」
そんなシチュエーションで、何処かで聞いたような台詞まで聞かされてもなぁ。その時、キキョウが苛立った声で俺をせかした。
「ちょっと!学校に遅れるよ!」
「ああ、スマン。……じゃあ、俺急いでるんで」
俺はそう言ってその場から立ち去ろうとした。野性の勘というべきか、このままここに留まっていては危険な気がしたからだ。が。
「せっかくだから、一緒に行きましょう?聞きたい事もあるし」
その一言と共に、俺の左腕が力強く引き寄せられた。
「ちょ……!」
「ダメだこりゃ……」
ああ、これはもう……遅刻確定だな。

 「――じゃあ、******さんの相棒はそのスミレさんって子なんですね?」
「そう。まあ、キキョウも相棒なんだけどな」
虚しい抵抗を諦め、俺は彼女と並んでゆっくりと登校する事にした。それにしても、よく喋る子だ。ゲーム内で会話した時――詳しくは覚えていないのだが――は、それほどでも無かった気がする。
「それにしても、愛姫を持ち歩くなんて用心深いですね。私もそうですけど」
いつもは家で待機して貰ってるんだけどな。つか、この子愛機を常に傍に置いてるのか。
「ああ、これは偶然。……ホントに持ち歩いてるのか?」
俺が尋ねると、彼女はニッコリと笑って答えた。
「はい!今見せましょうか?」
「そうだな……、一応見せて貰えるか?」
どういったタイプのアーマーか見ておけば、後々何かの役に立つだろう。そう思って、俺は見せてくれるよう頼んだ。その懇願に、彼女は笑顔で応える。
「分かりました!――チグリス、ユーフラテス。出てきていいよ」
 彼女が呼びかけると、2体の少女が鞄のポケットから出てきた。種類は、タイプ:リンクスとタイプ:ウォルフ。山猫に狼、か……どちらも3周目以降で使用可能なアーマーだ。
「ねぇマスター、こいつ何者?」
2体の内の片方――薄茶色に黒い斑点の入ったアーマーを着た少女――が、こちらを指差した。初対面の人間に対して『こいつ』呼ばわりとは、自由奔放にも程があるだろう。
「ちょっと、それ失礼だよユーティ。せめて『あの人』とか『彼』って呼ぶべきだよ」
彼女に向かって、もう1体――灰色系統の迷彩で彩られたアーマーの少女――が注意を促している。山猫の方がユーティ――おそらくユーフラテスの事だろう――と呼んでるから、この子はチグリスか。相方と比べると、それなりに行儀をわきまえているようだ。そんな2体に、彼女が説明する。
「この人は他のプレイヤーさん。チグリスは1度戦った事があるから、もしかしたら覚えてるかもしれないね」
「う~ん……、イマイチ思い出せないなぁ。戦った相手は別のキャラだった気もするし」
「ああ、そっちなら今家にいる筈だ」
頭をひねるチグリスに、俺はそう言って説明を補足した。
 「ところでさぁ、その子敵性反応示してるんだけど?敵だったら、さっさと倒さなきゃいけないんじゃない?」
突拍子もなく、ユーティがそう言ってキキョウに懐疑的な視線を向ける。一方、チグリスは落ち着いた物腰で状況を判断したのか、彼女に反論した。
「きっとワケ有りなんだよ。ホラ、敵だったのが味方になった、なんて話はよくあるじゃない」
「でも……」
まだ何か言いたげな表情をするユーティに、彼女は胸を張って言った。
「大丈夫。もしマスターの命を狙うような真似をしたら、ボク達で懲らしめればいいだけの話。ね、マスター?」
彼女の言葉に、肯定の頷きを返す少女。その姿を眺めながら、それはそれで恐ろしいモンだな……等と考えてしまう。少なくとも、敵に回したら厄介だ。
 「そうだ……。そういえば、君の名前聞いてなかったな」
完全に思考の隅へと追いやられていた事を、やっと思い出した。俺の問いかけに、彼女は笑顔で答える。
「大河奈伊瑠(おおかわないる)、ナイルって呼んでくれればいいです」
「さすがに名前で呼ぶのは……。大河さん、と呼ばせて貰うよ」
俺はそう言って、大河ナイルを改めて観察した。この年頃にしてはやや小柄で、体格も子供のそれから脱却できていない感じだ。ただし、顔は大人びた雰囲気で、人形のように整った顔立ちをしている。もしNPCが乗っ取ろうとするなら、こういう子だろうか……って、俺は何を考えているんだ。そうこうしている内に、俺達は学校に到着した。

 「――それで、彼女に事情を説明するの?」
昼休み、学生食堂で隅のテーブルに座った俺に、キキョウが小声で尋ねた。結局、1つ目の授業をすっぽかす事になってしまった。また板書を貰いにいかないと。まあ、そんな事はどうでもいい。
「ああ、あの様子だと説明して貰っていないようだからな」
呟くような声で、俺は彼女に返答を返す。何らかの理由があって説明していないのか、あるいは単に知らないだけなのか。彼女達の雰囲気から察すると後者の気がするのだが、そうなると、スミレの情報は一体どこから得たんだ……?答えを出すには、情報が少な過ぎる。
 ところで、ここへ来て気づいた事がある。不思議な事に、あのゲームのプレイヤー以外には彼女を認識できないらしく、彼女が俺の肩に乗っていても誰一人気づいた素振りは見せないのだ。気づかない振りをしている、というわけではなく、素で気づいていないらしいのだから驚く。
「で、お前らは食事とかしなくても大丈夫なのか?」
「うん。何でなのか分からないけど……」
不思議な事といえば、彼女達が食物を摂取しなくても生きられるという事もある。ロボットならともかく、設定上はサイボーグだから食事が必要になってもおかしくない。仕様で済ませてしまえばそこまでだが……。プレイヤーだけが認識できる事といい、まだ謎の部分が多いな。そんな事を考えながら、ランチセットのハンバーグを口に入れた。
 その時、彼女が声を上げた。
「あ、あそこ」
「何だ……?ああ、さっきの子か」
彼女の指差した方向に視線を向けると、大河がトレーを持って席を探しているのが見えた。時間帯が悪いせいか、食堂の席は殆ど埋め尽くされていた。俺の向かい側と、その反対側の一帯を除いて。
「ちょうどいい機会じゃない。ここに呼べば?」
そう言ったキキョウの顔が、意地悪そうな笑みを浮かべている。
「馬鹿言うな、こんな場所で話す内容じゃない。大体――」
「あの、ここいいですか?」
彼女に反論しようとしたところで、唐突に声を掛けられた。ああ、と反射的に応えると、彼女――大河ナイル――は俺の目の前に座った。
「これはチャンスだよ、アタックチャーンス」
「最近、どうでもいい事を覚えるな。しかも若干ネタが古い」
更にからかう彼女をあしらうと、俺は黙ってご飯に箸をつけた。が、前触れも無く鳴り始めたあの音に、慌てて周囲を見回した。

 見る見るうちに空間一帯が赤く染まっていき、同時にそこにいた筈の学生達が姿を消していく。カウンターに並んでいる筈の職員も含めて、俺と大河以外の人間があっという間に消滅してしまった。
「敵襲!?こんな時に……?」
そう言って、キキョウが通常モードへと移行する。大河の愛姫も通常モードへと以降したようだ。簡易アーマーと同じカラーリングの通常アーマーが展開されている。見たところ、ユーフラテスは格闘戦特化、チグリスは遠距離戦特化といった感じか。
「何なんですか、これ?一体何が……?」
只ならぬ雰囲気から察したらしい2体はともかく、事情を知らない彼女は戸惑っているようだ。そんな彼女に、俺は簡単ながら説明をした。
「敵性NPCの襲撃だ。敵を全滅させるか撤退させない限り、この空間から脱出する事は出来ない。とりあえず、一緒に行動しよう」
「はい。……2人とも、レーダーで敵性反応を確認して」
彼女が命じると、チグリスが頭部アーマーについたたてがみ状の角を展開した。そういえば、このアーマーには広範囲レーダーを標準で搭載してたな。
「敵性反応を確認……。10、20、……60体以上!?」
「何それ!?チグリスの数え間違いだよね?」
ユーティが驚いた表情で訊き返したが、彼女は首を横に振った。数え間違いだとしても、50体は確実にいるだろう。おそらく大半はザコ――ドローンと呼ばれるAI機――だろうが、侮ってはいけない。何しろ、閉所での戦闘をさせられるかもしれないのだから。
「とにかく、開けた場所に出よう。ここで戦闘するのは不利だよ」
同じ事を思ったか、キキョウがそう提案する。
「ああ。最短ルートの探索と誘導を頼む」
チグリスに対して、俺はそう指示を出した。プレイヤー自身でなければいけないか、と一瞬思ったが、
「わかった、やってみる」
そう言って、彼女は作業を開始した。やはり、こういうのはキャラによるのだろうか。
 程なくして、作業を終えた彼女は、外への最短ルートをキキョウとユーティにも転送した、とこちらに告げた。とりあえず、これで避難と迎撃の準備は整ったわけだ。
「キキョウ、道案内を頼む」
「任せて」
俺の指示に自信有り気な顔で応えると、キキョウが俺達の先頭に立った。その後ろに俺と大河、そして後方にユーティとチグリスが防御につく。そんな感じの陣形で、俺達は校舎内からの脱出に取り掛かった。

 ランク・ノイン『メタリナ』――タイプ:ミラージュをまとった少女――は、屋上の貯水タンクの上に立ち、ドローンに指示を出していた。どうやら、目標は別のプレイヤーと共に脱出を図っているらしい。しかも、そのプレイヤーというのが彼――先日の戦闘でこちらに損傷を負わせた相手――なのだ。
「また現れるなんて……忌々しい人間ね」
彼女はその時の事を思い出し、毒づいた。あんな所で傷を負わされるなど思いもしなかっただけに、その悔しさは計り知れないほどに大きかった。
 でも、今回は違う。ドローンに比べればはるかに強力で、なおかつ従順な味方がこちらにはいるのだ。そう思うと、彼女はいつもの自信を取り戻した。
「さあ、後悔しなさい。2人まとめて、私の下僕にしてあげるんだから」
そう言って、彼女は前後4枚の盾を展開する。直後、光学屈曲装置が起動し、彼女の姿はその場から消滅した。
 同時刻、人のいない教室に2つの人影があった。1人は普通の少女、そしてもう1人は赤いアーマーをまとった少女。
「ご主人様、ノイン様から作戦の開始を指示されました」
アーマー姿の少女が、もう1人に向かってそう言った。無機質な声で。
「それなら始めようか。私のご主人様が命じているのなら、それに従わないと」
少女はそう答えた。その声には、一切の感情がこもっていない。彼女は、虚ろな目を開かれたままの扉に向けた。
「目標の捕獲、それ以外は全て排除せよ」
「排除、排除、はいじょ、ハイジョ」
狂ったように、『排除』という単語を連呼する少女のアーマーが、変形を始めた。若干丸みを帯びたような形状が、徐々に凶悪さを帯びた鋭角的なものへと変化する。背面のウイングは、ビームカノンのバレルへと変化していく。そして、両手には禍々しい光を放つ光刃が出現した。その姿は、まるで堕ちた織天使を思わせるかのようだ。
「「不穏分子(イレギュラー)を全て、排除する」」
2人の少女の声が、不気味に重なり合い、教室に響き渡った。そして、次の瞬間。彼女らの姿は無く、半壊した教室がそこに存在していた。

 『――以上が、現在の状況です』
「ありがとう。あとはこっちで情報を収集するから」
真紅の装甲をまとった少女は、無線の相手に向かってそう言った。その外観から、通常のプレイヤーが使用可能なモノで無い事は明らかだ。そして右肩のアーマーには、グローバリーエンターテイメントのロゴ。
『気をつけて下さい。対多数戦闘に特化しているとはいえ、敵の潜在能力は未知数です』
「未知数?所詮は私達と同じ、プログラムの範疇から脱却しきれないAI。潜在能力といっても、それは既に既知の領域だよ」
『しかし……』
不安をぬぐえない相手に、彼女は、余裕たっぷりの口調で答える。
「大丈夫。先遣隊に選ばれた以上、必ず生きて帰るから」
『わかりました。では――』
「うん。GM『ネイパス』、作戦行動を開始します」

       

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Neetsha