Neetel Inside ニートノベル
表紙

カクウの天使
激戦 〜全力・全壊・意思転移〜

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 「チグリス……だっけ?こっちに向かってきてる敵を確認してくれない?」
先頭を走っていたキキョウが、そう尋ねた。食堂を脱出した俺達は、校舎内部を東へと向かっていた。西側の通用口から抜けた方が早いのだが、既に敵が展開しているらしい。
「今のところは大丈夫。でも、その内別の経路から迂回してくるかもしれない」
「その時は、強行突破あるのみよ」
そう言って、彼女が腕のブレードをちらつかせた。強行突破するにしても、こんな閉所で戦うのは著しく不利だ。脱出路を塞がれる前に外へ出ないと……。そう思うと、足が自然と駆け足になる。
「ふへぇー……。みんな走るのが速いよ」
大河が息も絶え絶えに呟く。どうやら、運動は苦手らしい。
「まったく、仕方ない奴だ……」
「え?……もしかして、おんぶしてくれるの?」
俺の言葉に、彼女は安堵の表情を浮かべた。が、女子を負ぶって走るほどの体力など持ち合わせていないので、断る。
「頑張って走れ」
「えぇーっ!?」
「『鬼』だね」
俺の言葉に驚き、同時に失望したらしい彼女と、それを呆れた表情で見つめるチグリスがそれぞれに反応を返した。
「とにかく走ればいいのさ。当てずっぽうに」
「当てずっぽうはダメ!ちゃんと経路に沿って走らないとダメ!!」
突拍子も無い事を言い出したユーティに、チグリスが慌てて注意した。……早く外に出たいな。
 そう思った瞬間、突然開けた場所に出た。あれ、もう校舎の外か。
「なんだ、意外と早かったじゃない」
校庭の真ん中で、キキョウが辺りを見回しながら言った。まだ、敵は来ていないようだ。
「ねぇ、敵は?」
今にもやり合いたそうなユーティが尋ねると、チグリスが答える。
「こちらにはまだ来てないみたい。多分、西側からこっちに回ってくるんじゃないかな」
「多分?レーダーで敵の現在位置を把握できるんじゃないのか?」
俺が尋ねると、
「うん、その筈なんだけど……」
と、彼女が言葉を濁した。何かトラブルでも起きたのか。
「レーダーの有効範囲が、通常の半分にまで低下してるみたいなんだ。ECMか何かだと思うけど、何処から――」
「チグリス後ろ!」
 突然、大河が叫ぶ。チグリスがとっさに下がった瞬間、赤い光が先ほどまでいた空間を引き裂いた。
「排除スル、イレギュラーハ排除スル……」
何処からともなく、そんな声が聞こえてくる。という事は、おそらくドローンではない。
「あそこだ!」
キキョウが前方を指差して叫ぶ。そちらに視線を向けると、赤いアーマーをまとった少女の姿が見えた。その後方にも、もう1人。その少女の口がゆっくりと開き、無機的な口調で言葉を紡いだ。
「ようこそ、イレギュラー。そしてさようなら」
「イレギュラー……?一体何の――」
「排除して、セラフ」
俺の質問に答える事無く、彼女は眼前の愛姫――セラフ――に指示を出した。その指示に、彼女は無機質な声で答える。
「了解」
 彼女の背負う翼が変形し、砲らしき翼の一部がこちらに向けられた。見た事の無い武装ではあるが、相当危険なモノであるのは明らかだ。クソ、これはマズいぞ……。
「撃たせるかぁッ!」
キキョウが叫ぶ。彼女は腰のアクセルダガーを抜き放つと、敵目掛けて投擲した。
「無駄ダ」
セラフは、そう言って腕から鮮血のような光刃を出現させた。そして、並みの銃弾以上の速度に達したダガーを、何の造作もなく弾く。なるほど、反応速度まで異常ってわけか。
「それでも、3体で掛かれば何とか――」
「駄目だ、後ろからドローンが押し寄せてきてる」
俺の言葉に対し、チグリスが絶望的な情報を伝えてきた。こんな時に、雑魚の相手までしないといけないとは。どうやら、この場で倒すのは無理のようだ。
「キキョウ、あいつを『足止めする』事はできるか」
「問題ないよ」
逆に言えば、無理をして倒す必要は無い。この前の戦いから考えると、殲滅よりも相手の撤退を誘った方がいいのは確かなようだ。余裕有り気な返答に安心しながら、俺は大河にも指示を出した。
「わかった。大河さんはドローンの方を頼む。……これで増援が来てくれれば、何とかなるかも知れないが――」
「とにかく、やってみるしかないですね。2人ともお願いね」
「任せて」「任せなさい」
口々に言うと、2体の少女は西側へと向かった。
「無駄ナ足掻キハヨセ。受ケ入レロ、従属スル運命ヲ」
セラフがそんな言葉を投げ掛けるが、それは既に、どうでもいい言葉でしかない。
「無駄かどうかは戦ってからにしないか、堕天使さん」
その一言と共に、戦いの火蓋が切って落とされた。

 「あれ、もう始まっちゃったんだ……」
校舎上空に到達した彼女は、下で交錯する光に気づき、そう呟いた。救出対象となるプレイヤーは2人、その愛姫が3体。一方の敵方は、ドローンが6ダース半に不明の機体、そしてその持ち主と思われるプレイヤー。肝心の削除対象が確認できないものの、それ相応以上の戦力を用意してきたらしい。
「まあ、私に掛かれば一気に片付いちゃうんだけど、もう少し様子見しようか」
自信たっぷりな台詞を呟く彼女に、無線で注意が入る。
『真面目にやって下さい。最悪の事態に至ったらどうするんですか!』
「にゃはは、アテッサに怒られちゃった」
『ちょっと……!』
通信相手――GM『アテッサ』――をからかいながら、彼女は眼下で繰り広げられている戦闘を眺める。どの機体も、いい動きをしている。
「これだけ必死に頑張ってる子達を邪魔するのは、なんか悪いと思ってね。――大丈夫、危ないようならすぐに介入するから」
『そうして下さい。こちらはすぐに片付きそうですから、そちらが長引くようなら支援に向かいます』
「そんな事しなくても大丈夫だよ。もう、アテッサは心配性だよね」
そんな会話をしながら、彼女は心の中で彼らに語りかけていた。さあ、貴方達の力を見せてごらん、と。

 ライフルの銃口を向けるドローンに、ユーティがブレードを突き立てる。端まで切り裂いた瞬間、ドローンの本体が誘爆を起こした。
「えい!……もう、キリが無いよ」
チグリスはと言えば、空中に張り付いた数体に照準を合わせ、高機動ミサイルを立て続けに発射している。ミサイルが芸術的な曲線を描きながら、回避行動を取るドローンに弾頭をぶつけ、ど派手な大爆発を起こした。
「まさか、対多数戦闘がここまで大変だったとはね……」
2丁のライフルを交互に連射しつつ、彼女はそう呟いた。
「このままじゃらちが明かない。ねえ、アレ使おうよ」
「うん。ちょうどいいから使おう」
そう言って、2人は互いに目配せした。同時に、背中のアーマーの一部がパージし、小型の自律ユニットに変形する。
「「ガジェット、起動(ドライブ)」」
彼女らの掛け声とともに、2種4体の自律ユニットのカメラアイに光が点った。それとともに、チグリスのガジェットからは銃のバレルが、ユーティのガジェットからは鋼鉄の刃が生える。それを確認して、ユーティが敵の集団へ突撃を掛けた。
 「切り裂け、ソードガジェット!」
彼女の声に反応し、2基の自律兵装が剣を振るう。その刃が、敵の本体部分をアーマーごと切断し、破壊した。まるで舞を披露しているかのごとき優雅な動作で、ドローンの群れが片端から切り落とされていく。
「撃ち抜け、ガナーガジェット!」
チグリスの掛け声に呼応して自律兵装が銃弾を吐き出し、彼女の前方に弾幕を形成する。無謀にも、弾幕に向かって突撃した敵が被弾し、蜂の巣にされた。それを見て、別の個体が左右から回り込もうとするが、チグリスと自律兵装から射出されたミサイルの餌食となった。
「やっぱり、ガジェットがいると楽だよね」
「うん。これであと20体――」
 そこまで言いかけた瞬間、彼女の脇を赤色の光条が掠めた。それも1発ではなく、複数が絡み合うようにして。
「わっ!?」
「チグリス!まさか新手……?」
ユーティが発射地点に目を向ける。が、そこに敵の姿は見当たらない。
「ユーティ、上から来る!」
チグリスの警告で、彼女がとっさに左へ回避する。次の瞬間、同様にレーザーが先ほどいた場所を通過していった。
「駄目だ、やっぱり目視できない。レーダーにも映らないんじゃどうしようもないよ」
発射地点を見上げたチグリスが、悔しげに言う。
「もう!こんな時に厄介な相手が出るなんて……」
「とにかく、ドローンの方を先に倒そう」
「わかった」
そう答えると、彼女は再びドローンに切りかかった。が、相手は自ら突っ込むと、彼女の剣先をわざと突っ込ませる形で貫かれた。そして、そのまま腕をしっかりと掴まれる。
「え、何?」
「ユーティ、後ろだ!」
呆気に取られる彼女の背後から、別のドローンが突進してくる。チグリスが警告すると、彼女はもう1本のブレードを振るい、ドローンを切り裂こうとした。が、これもまた同様に受け止められてしまった。
「身動きが……取れない!」
「!……まさか、足止めした上で撃ち抜く気なんじゃ――」
直後。チグリスが予想した通り、彼女の直上から光条が放たれた。彼女が警告する間もなく、レーザーはユーティとドローンに着弾する。
「きゃあ――!!」
ユーティの悲鳴が聞こえた直後、彼女の眼前でドローンが爆発を起こした。
「ユーティ!!」
チグリスが叫ぶ。
 ……爆煙が晴れ、うつぶせに倒れた彼女が姿を現した。アーマーは殆どが大破し、ほぼ簡易アーマー同然の状態。そして、身体の各所にできた傷口から『血』が流れ出ている。チグリスは慌てて駆け寄り、彼女を抱え起こした。
「ユーティ!しっかりして、ユーティ!」
「チグ……リス。ごめんね」
煤と『血』にまみれた顔で、ユーティが力なく微笑んだ。すぐに死ぬことはないだろうが、応急処置をしなければ危険だ。
 そう思った瞬間、後頭部に何かを突きつけられるような感覚とともに、背後から声を掛けられた。
「勝手に戦闘放棄しないでくれる?まあ、降参するって言うのなら別だけど」
「……っ!」
ユーティを抱きかかえたまま、彼女は周囲を見回した。既に、残りのドローンが四方を取り囲んでいる。
「チグリス……、ワタシの事はいいから、逃げて」
ユーティが言うが、チグリスは黙って首を振った。
「そんな事できないよ。それに、もう逃げるのは無理みたい」
「チグリス、ごめんね。ワタシのせいで……」
「……」
ユーティの言葉に、彼女は黙り込んだ。入れ替わりに、背後の声が語りかける。
「今、2つの選択肢が残されている。1つは、ここで終わるという選択肢。もう1つは、私に従属するという選択肢。どちらか好きな方を選びなさい」
「……」
「どうしたの?命を取るか、プライドを取るか。貴方達の好きな方を選びなさい」
優越感に浸った口調で言う相手に対し、チグリスがようやく口を開いた。
「……選択肢を1つ忘れてるよ」
「あら、そうだったかしら?私が出した以外の選択肢は、全て1つ目に該当するはずだけど?」
そう尋ねる相手に、彼女は不敵の笑みを浮かべながら答えた。
「『君達を倒して生き残る』。ボクの、ボク達の選ぶ選択肢を忘れてる」
「……」
しばしの沈黙。直後、相手は嘲笑した。
「……ふふ。身の程知らずもいい加減にした方がいいわよ?」
「身の程知らずかどうか、実際に確かめてみる?」
「嘗めた口を利いてられるのも今の内――」
そこまで言いかけた瞬間、包囲していたドローンが一気に爆散した。
 「何……ッ!?」
相手が驚愕と焦燥の声を上げ、突きつけていた銃口を離した。直後、彼女に向けて大量の小型ミサイルが飛来する。それらをレーザーで迎撃しながら、彼女が後退していく。
「マイクロミサイル!?一体どこから――」
「レーダーは有効利用しないと、ね?」
焦る彼女に向かって、チグリスが皮肉を込めて言い返した。その前方に、真紅のアーマーをまとった少女――GM『ネイパス』――が降り立つ。
「なるほど、時間稼ぎのための演技だったか……」
彼女が悔しげに呟く。ネイパスは、チグリスの肩を借りて立ち上がったユーティに視線を向けると、一言声を掛けた。
「安全な場所に退避していて下さい」
「は、はい」
「それじゃあ、後は頼みます。……GMさん」
そう言って、チグリスは彼女を引きずっていった。
 ネイパスが、眼前の敵――メタリナ――に視線を戻すと、彼女はだいぶ落ち着きを取り戻した様子で言った。
「GMがわざわざ出てきたおかげで、誘き出す手間が省けたわ。あとは、ここで退場して貰うだけだもの」
「退場するべき人物を間違えているようね。仕方ないから、直接教えてあげないとね。だから……おいで、反逆者!」
「上等よ!返り討ちにしてあげるわ!!」

 俺の目の前で、キキョウのブレードとセラフの光刃が何度も交錯する。近接戦闘能力はほぼ互角だが、問題は背中の怪しげな兵装だ。もし、ただの一度でもあれを放つ機会を与えてしまったら……危険だ。
「キキョウ、絶対に近距離で押さえ込むんだ」
「分かってる」
俺と同じ事を憂慮しているのか、距離をとろうとする相手に肉薄しながら返答する。とはいえ、この戦法がいつまで通用するかわからないが……。
「イツマデ単純ナ戦イ方ヲ続ケルツモリダ?」
片方のブレードを受け止めながら、セラフが彼女に問い掛ける。
「貴方達が撤退するまで、よ!」
その返答と共に、彼女はもう一振りの剣をまっすぐに振り下ろした。その切っ先をかわし、セラフが横薙ぎの一撃を放つ。
「ッ……!」
その攻撃を、とっさにかざしたブレードで辛うじて受け止める。光刃とブレードの刃先が接触し、大きな火花を散らした。
 「押されてるな……」
こう着状態となった2体を目の前にして、俺は呟く。この調子だと、圧倒されるのは時間の問題か……。雑魚掃討に回った大河達もまだ戻ってこない。おそらくは司令機と遭遇したんだろうが、無事だろうか……。
 そう思った時。
「******さん!」
背後から、俺の名前を呼ぶ声がした。振り返ると、傷だらけのユーティがチグリスの腕に支えられて立っているのが見えた。
「負傷!?……おい、大丈夫か?」
「へ、平気だよ!それより戦いはどうなって――」
彼女が言いかけた瞬間、背後で淡い桃色の光が走った。少し遅れて、大きな爆発音が幾つか重なって響く。
「何だ……?」
俺が尋ねると、チグリスがレーダーを展開した。
「詳しくは分からない。……でも、敵性反応が全て消滅してる」
「消……滅……?」
先ほどの1発で敵が全滅したというのか。一体、誰が何を放ったんだ。
 いつの間にか、セラフとキキョウの戦いも動きが止まっている。勿論、刃を交えた状態ではあるが、相手から攻撃の意思は感じられないようだった。
「落トサレタカ……。一度撤退スル」
落とされた――おそらく雑魚と司令機の撃墜を指しているのだろう――の言葉の直後、光刃が収納された。まさか、撤退する気か。
「させるものか――」
その言葉とともにキキョウが切り掛かった。が、刃先が空しく中を切る。僅か一瞬の間に、セラフとその持ち主らしき少女は姿を消してしまった。
「何なのよ、一体……!?」
そう言って、彼女は絶句した。その指先が微かに震えているのは、敵の並外れた性能に対する恐怖心か。あるいは……。
「分からない。――まあ、生き残れただけでも良しとしよう」
俺自身も、そう言う外無かった。もし次に遭遇したら、生き残れる可能性は殆ど無い。そう思うほどに危険な存在である事を、この戦いで強く実感したのだから。何らかの対抗策を考えなければならないな……。

 「ユーフラテス!……酷い怪我じゃない」
何処に身を潜めていたのか、大河が慌てて駆け寄ってきた。
「平気だよ、この位の怪我は。……へい、き――」
へらへらと笑っていたユーティが、突然バランスを崩した。慌ててチグリスが彼女を抱きかかえる。
「ユーティ?……なんだ、寝ちゃったみたい」
「スリープモードか。――ところで、何故戦いの途中でこっちへ来たんだ?」
先程から気になっていた事を、俺が尋ねる。下手すれば全員が包囲されるような事態にもなりかねなかったというのに、何故。
「ああ、それは――」
 「それについては、私から説明します」
不意に、上から声が掛かった。見上げると、真紅のアーマーをまとった少女がそこに浮かんでいた。彼女は微笑を返すと、俺達の傍に着地した。
「初めまして。グローバリーエンターテイメントから派遣された、GM『ネイパス』です」
「GM……。ゲームマスターが何故?」
俺が尋ねると、彼女が笑顔のまま答える。
「こちらの事情です。……まあ、堅苦しいのはこの位で終わりにして。私の説明、聞いて貰えるかな?」
「分かりました。とりあえず、聞かせて貰います」
「ありがとう。――会社側からの依頼で、敵性NPCの捜索を行ってたの。その最中に戦闘空間の発生を確認して、急行して。それで、到着したら貴方達が戦闘をしていた、というわけなの。
 最初は対処できそうな雰囲気だったから上で見守っていたんだけど、途中でターゲットが出現して、そこの2人を追い詰めちゃって。その時に、彼女から『奇襲を頼む』ってメッセージを貰ったから、そこで戦闘に介入したというわけ。……分かって貰えたかな?」
彼女の問いかけに、俺は頷きを返した。先ほどの話、凡そは理解できた。あの時見た光はこのGMが放った攻撃だったというわけか。
「すみません、突然あんなメッセージを送っちゃって」
チグリスが彼女に向かって頭を下げる。とはいえ、そんな状況下でよく落ち着いて行動できたものだな。
「謝るのは私の方だよ。私がもう少し早く介入していれば、彼女も怪我せずに済んだわけだからね」
「それで、ターゲットというのは?」
「タイプ:ミラージュの敵性NPC。一応撃墜はしたけど、機能停止したかどうかは確認できなかった。でも、よほどの事が起きない限り再起は無いと思うから、安心して」
彼女はそう言って、胸を張った。おそらく、その言葉に偽りは無いだろう。だが、何と無く嫌な予感がしていたのも事実だった。何しろ、こちらはその仲間と思われる2人を取り逃がしているのだから。
 「ともかく、ユーティの手当てをしないと。幾らなんでも、この状態で放置したら危ないと思うんだけど」
キキョウが眠っているユーティを見つめながら言った。
「そうだね。とりあえず、何処か別の場所へ連れて行こう。……でも、治療ってどうやるのかな?」
大河が尋ねる。それもそうだ。リカバリユニットを使うならまだしも、手でできる治療なんてあるのか……?
「それなら大丈夫。今こっちに来てるGMは全員、高性能のリカバリユニットを装備してるから」
そう言って、ネイパスが背面に取り付けたリカバリユニットを展開した。青色の光が周囲に広がっていく。その光に照らされたユーティの身体が、見る見るうちに回復していく。
「凄い……」
「プレイヤーには出回っていないタイプのユニットだな。イベント専用か」
改めてGMの能力を見せ付けられ、俺は絶句した。

 ランク・ノイン『メタリナ』は中庭の茂みから這い出ると、その場で仰向けになった。先ほどの一撃を食らったせいで、アーマーはもちろんの事、両脚までもが大破している。
「くっ……。機能停止に陥るのも、時間の問題か……」
完全に感覚を喪失した大腿部から液体――おそらく『血』だろう――が流出しているのを見つめながら、彼女は悔しげに呟いた。志半ばで散るなど……。そんな終わり方を許容出来るほど戦ったわけでもないのに……。
「大丈夫ですか、ご主人様」
不意に声が聞こえ、彼女は視線をやや上――上前方――に向けた。少女が、虚ろな目をこちらに向けている。
「死ぬな……このまま、では」
思考速度が落ちてきたのを感じながら、メタリナは言った。
「何としても、それ、は回避、しなければ……」
「ご主人様、しっかりして下さい」
そう言って、彼女がしゃがみ込む。抱きかかえたその腕の温もりを感じながら、彼女はある発想に至った。彼女に転移すれば、助かるのではないか……?
「頼みが、ある」
「何でしょう、ご主人様」
そう尋ねる少女に、彼女は命じた。
「私に、その身体を……寄越せ」
「……はい、仰せのままに」
そう言って、彼女が目を瞑る。当然の結果か、と彼女は思いつつ、転移のコマンドを実行した。その身体が、光り輝く……。

 「ご主人様、あなたのご主人様は何処へ?」
中庭に座り込んだ少女に向かって、セラフが質問する。しかし、彼女は黙ったままだ。
「ご主人様……?」
不思議そうな顔をして近寄るセラフ。その手が彼女の肩に触れようとした瞬間に、彼女がやっと口を開いた。
「……セラフ、彼女はもういない」
「どういう事ですか、ご主人様」
セラフが訊き返した。
「融合したんだよ。メタリナと私の意識が」
そう言って、彼女が振り返る。その瞳は元の茶色ではなく、銀色の輝きを放っている。
「私はメタリナで、メタリナは私なんだよ」
その言葉をセラフに告げると、彼女は笑い声を上げた。狂気にまみれたその笑いは、赤く染まった世界に響き渡り、静かに消えていった。

       

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Neetsha