Neetel Inside 文芸新都
表紙

青春喫茶
青春な出逢い

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高い高い春の空。明るい青が、眼の奥を痛くする。

「今日は雨がよかったな」

空っぽの学生鞄をぶら下げて、桜の花びらの舞う小道を歩いていた。
街並みは春の陽気に満ちて、「新しい人生を! 新たな自分に!」と呼びかけているようでうっとうしい。

重たい足取りのまま踏切を渡り、殺風景な駅前広場に出る。ロータリーの中央にある植え込みに囲まれた時計を見上げる。

九時。
俺が通う高校の登校時刻は八時四十分だから、現時点で遅刻は確定している。

「ふう・・・」

ため息をつきながら近くのベンチに腰を下ろす。春の日差しに暖められ、うっすらと温かい。

高校に入って、丸一年。あいも変わらず、まだ俺はここにいるのか。
この間、入学式があった。新しい制服に身を包んだ下級生がぞろぞろと中庭を歩いていく光景。整然と並び、期待に満ちた表情。それを見ると、否が応でも自分があそこにいたころから、一年も経ったことを実感した。

俺は学校なんてものが、退屈で意味がないと気づくまでに、どれくらいかかったのか・・・。
いっそ、遠くに行ってやろうか。そしたら、何かここと全く違った場所が俺を受け入れてくれるかもしれない。どうせ今日も、ここでぼけっとして適当な時間になったら帰るだけな――

「ったああああ!」

え!?

驚きのあまり、ベンチから立ち上がった。声の方に振り返ると、そこには誰かがうつぶせに倒れている。
まじかよ。思わず駆け寄ってしゃがみこむ。この人のものだろうか、あたりには紙袋が2つ放り投げられたように転がっている。中身らしきものがあたりに散乱している。

「大丈夫か?」

「うう・・・」

声をかけると、ゆっくりと顔があがってきた。
その顔を見て、思わずハッとする。真っ白い肌、乱れた前髪、その隙間からのぞく、黒い瞳に整った眉。今にも零れてしまいそうなほど潤った唇。
たった一瞬のことなのに、彼女の表情がスローモーションで何度も繰り返し見せられたみたいに鮮明に頭のなかに焼きつく。

――かわいい。

好みだ。もう、完全に好みだ。
ストライクどころか、キャッチャーミットを突き抜けて、後ろの壁に跳ね返って、そのままホームランになるくらいの勢いだ。

「どうしたんだい、お嬢さん」
「まあ、あなたは?」
「僕かい? ただの通りすがりさ。それも、可愛いお嬢さんが転んでいるところをほっとけない通りすがりさ」
「まあ」
「おや、怪我してるじゃないか。さあ、僕の背中に」
「あなたって優しいのね」
「行っただろう、ほっとけない通りすがりなだけさ」
「ありがとう」
「それで、どこに行くつもりだったんだい?」
「・・・あなたとなら、どこでも」
「・・・そうかい」
そうして2人は、春の日差しのなかに消えていった――。

うっひょー! ねーって! 初対面でそれはないって! ていうか初対面とか関係なしにこれはないって!
頭のなかに浮かんできたバカバカしい展開に、心のなかでひとりごちる。

実際の彼女は顔をあげ、黙ったまま震えている。
おい、なんだ、泣くのか?

「おい、大丈夫な――」

「いったああああい!」

俺は本日二度目の驚きに、体のバランスを崩し尻もちをつく。

「もーやだやだ!」
少女は体を起こし、愚痴をまき散らしながら、ついたホコリを払い始めた。
よく見ると、少女はエプロンをしていて、胸元には白い文字で何か書いてある。

青春喫茶――・・・

俺はエプロンに書かれた文字を心のなかで読み上げる。
なんだろう、近所の喫茶店でアルバイトでもしてるんだろうか? よくわからないが、なんとなく興味をひかれる言葉だった。
自然と、食い入るようにその文字を見つめていた。

「――ちょっと!」

「へ?」

ハッとして彼女の顔を見た。するとなぜか彼女の白い顔が赤く染まっている。
もう一度、白い文字に視線を戻すと、それがゆるやかに歪んでいるのに気がついた。
いまさらだが、彼女はかなり巨乳だった。小柄な体格に似合わない大きな胸がエプロンを引っ張っている。

ああ、そういうことか。

思い当たった瞬間、彼女の手が振り上げられるのが見えた。


パァン!!


明るい朝の駅前に、乾いた音が響き渡った。

     

パァン!

朝の駅前に、乾いた音が響き渡った。
その音源というか、爆心地はまちがいなく俺の右頬だ。

「どこ見てんのよ! 変態!」

視界が弾け、思考が停止する。女の子から頬をひっぱたかれるなんて若干ロマンチック経験が初めてだったから・・・
いや! 違う! 単なる衝撃だ!

ぶるぶる頭を振って、必死で我に帰る。
目の前の世界に戻ってくると、彼女はすでに俺のことを忘れたようにあたりに散らばっていた袋のようなものを拾い集めいている。

「――お、おいおいおい!」

「1、2、3・・・あれ? いっこ足りない」

うっそー。無視するんだー。心のなかでつぶやく。
ふと、足元に視線を下ろすと、彼女が持っているのと同じものが足元に転がっている。

「もしかして、これか?」

俺はそれを拾い上げて、彼女に差し出す。
声に気づき、女はこちらを振り返る。視線は、あきらかにこちらを見下している。

「ああ、ありがと」

彼女は俺の手から持っていた袋をもぎとって紙袋に放り込んで立ち上がる。
ついでに、よいしょ、と勢いをつけて両脇に抱え込んだ2つの紙袋を揺する。

「じゃあね、変態」

彼女はけろっとしながら歩き出す。

うん、じゃあね♪・・・ってなるわけないだろう!

「お、おい!」

なんだか、叫んでばっかりだ。そう思いながらも、こちらも勢い込んで立ち上がる。
立ち上がると、彼女の背は俺の肩くらいまでしかなかった。

数歩前に行った彼女が、ゆっくりと振り返る。隠すことなく、うっとうしそうな視線を向けてくる。
うわー、うざがられてるよ。けれど、ここで引くわけにはいかない。

「これ! いってえだろ!」

俺は叩かれた頬を指さしながら、叫ぶ。それを聞いて、彼女はここからでも充分聞こえる大きさのため息をついた。

そして、以外なことに踵を返し、こちらに歩み寄って来た。

また殴られる!?

思わず身構える。
しかし、彼女は俺の前まで歩み寄ってきて、立ち止まり、じっと俺の頬を眺めてきた。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

――ち、近い。

息がかかるほどの距離、彼女が背伸びして俺を見つめている。
耳をすませば、心臓の音が聞こえてきそうだ。首筋の裏が熱くなる。
それに、見れば見るほど・・・・・・可愛い。

「・・・っ!」

耐え切れなくなって一歩後ろに飛ぶ。彼女は微動だにしておらず、なにしてんの? と言わんばかりで佇んでいる。

「ところでさ、あんたコーヒー飲みたくない?」

「はあ?」

急な展開で話が見えない。

「だって、喉乾いたでしょ。さっきから大声出して」

思わず喉をさする。そういえば、喉カラカラだな。

「まあ、そうだけど・・・」

「じゃあ!」

そう言うと、彼女は持っていた紙袋を俺に投げつけた。

「うおっ!」

体勢を崩しながらも、必死に受け止める。どうやら袋の中身はコーヒー豆のようだ。抱きとめると、紙袋の匂いにまじって、ふんわりと豆の匂いが鼻に触れる。

「ついてきて、すぐそこだから」

「おい! ちょ、待てよ! おい!」

俺の言葉を無視して歩き出した彼女の背中に、必死についていく。
まったく何なんだこいつは。そう思いながらも、何もない日がそうじゃない日になった喜びが、どことなく胸の奥に湧き出していた。

       

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