Neetel Inside 文芸新都
表紙

沢村夕の恋しない新世界
僕の祈り

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 宣言しよう。僕には特に何も無い。やりたいこととか、主張とか、将来の夢とか。訴えたい事が無いんです、と言ったのは誰だったか。忘れた。僕は武道館ワンマンライブを目指す佐藤君でも、芥川賞受賞が夢の鈴木君でもない。大人には、最近の若者って言われそう。最近の若者の基準を僕は知らないけど。
 朝起きる。学校へ行く。授業に出る。ブラウスから透けて見えるブラジャーに勃起しない程度に欲情する。結局勃起する。弁当を食う。友人と下らない話に青い花を咲かす。出席。帰宅。漫画を読む。飯を食う。テレビを見る。自慰をする。寝る。
 嗚呼! 何と素晴らしい日常! 僕はこの生活にほぼ満足している。ただ一つ、願いが叶うのなら、彼女が欲しい、セックスがしてみたい。この二つはイコールで結ぶことが出来る。だから願いは一つ。愛は祈りだ。僕は祈る。そんなフレーズを目にしたことがある。僕は祈る。セックスがしたい、と。
 授業終了、即ち放課後開始を告げるチャイムが鳴る。友人に別れを告げ僕は教室を出、校舎を出、駐輪場へ行き、銀色の平凡な婦人向け自転車を漕ぎ出す。漫画の新刊を買いに本屋へ行く。コンビニで売っているだろう物だったが、僕には雑誌以外の本は本屋で買うという自分ルールがある。そこには出会いがある。コンビニには置いていない商品との。現に、僕は目当ての商品以外に一冊の漫画、一冊の小説を手にしている。
僕は買い物をする時、結構な時間を掛ける。なので、店に入る前は水彩用絵具の青と白を適当に混ぜたような空には赤と、その他諸々の色が混ざっていた。つまりは夕景の色。
帰宅コースを進む。素晴らしくちっぽけなこの町の住宅街を進む。戦前から在るんじゃないのって感じの日本家屋の横を右に曲がる。その十五メートルくらい先、新築って感じの新築の一軒家、その塀の前、に、いた。クラスメイト。黒のショートヘア。クラスの中心的グループに属している、と、思われる子。その中では大人しい感じの子。可愛らしい子。清楚系? と、僕が判定している子。その子が何かを塀の中に放り込んだ。僕にはそれが何なのか全く分からない。
メラメラ。擬音で言うとそんな感じの音がしてくる。
モクモク。そんな感じの擬音が聴こえてきそうなグレーの煙がモクモクと。
彼女が僕の方を向いた。十五点の答案が母親に見つかった時の小学生のような表情をしている。
「あ! どうしようどうしよう! 見られた!」

「犯行動機は?」
「うーん……自己表現?」
 火災現場から自転車で十分の地点にあるファーストフード店、その奥、窓際の席に僕らはいる。客は疎らで僕らの話が聞こえるだろう位置には誰もいない。
 沢村さんは脳味噌が足りない女性芸能人の真似をしながら答えた。
「自己表現だったらさ、他にもっと色々あるじゃん。バンドやってみたり、ダンスでもしてみたり。小説とか、写真とか、絵とか、そういうゲージュツとか」
「まあそうだけどさあ。まあ良いじゃない楽しいんだから。あはははは」
 沢村さんは教室では見せないような笑顔をしている。
「ねえ、何か、何時もとキャラ違うくないか? 沢村さん」
「えー、だって、見られたし。何かさ、吹っ切れちゃった」
 全く違う。普段の愛想笑いで誤魔化している様な子じゃない。
「何かさ、クラスの子達とやれば良いじゃん。バンドとか、ダンスとか、文化祭とかで」
「えー? 嫌だよ。あんな退屈な人達となんて。体が鉄か鉛になっちゃうよ。ていうか同じこと2回言わないでよ、くどいから」
「じゃあ普段からつるまなきゃ良いじゃん。孤高の少女、沢村夕」
「アレだよ。物事を円滑に進めるためだよ。うん。ほら、可愛くて孤独なんて、苛められちゃうわん」
「まあ確かにね。けど自分で言うなよ。苛められるよ、そういうの。それを知っていた?」
 窓から見える空の色は黒と白と青を適当に混ぜた色に変わっていた。黒に近い、青味がかったグレー。
「それより誰にも言わないでよ。本当に。お願いだから」
「もし言ったらどうする?」
「君に強姦されて気が狂ったってことにしちゃうかもよ。植芝君」
「そんなこと言うのなら、僕は君にこう言うよ。秘密にして欲しいのならやらせろ」
 僕らはなんだか笑ってしまった。自分が女の子とスケベな話をできる人間だと思っていなかった。ひとしきり笑った後、彼女が言った。
「……じゃあさ、手伝ってよ。そしたら、やらせてあげるかもよ」

 僕の人生に始めて、セックスをするチャンスが訪れた。

       

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