Neetel Inside 文芸新都
表紙

宮子ちゃんを見ないで
第一話:宮子ちゃんとわたし

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 ………

 『それじゃー明後日!新宿の何処で待ち合わせる?』
 『東口 アルタ前』
 『人多くない?分かる?』
 『着いた方から電話』
 『絶対オマエ遅れるだろー。(笑)』
 『また明後日ね』

 携帯電話の送信ボタンを押し、画面の送信完了を確認してから、携帯電話を閉じた。
 「楽しみにしてるね」と言う文字は、打ってから消した。それはわたしの本心ではあるけれど、そんな言葉を打ったら、何だか小林くんに媚びているみたいだ。だからわたしは、迷いに迷って、句読点すら無い淡白なメールのまま、小林くんとのメールを終わらせた。

 「珍しくない?」
 「へ?」
 「亜紀ちゃんがちゃんとメール返すの」
 「そうかな?」
 「そうだよ!ってゆうか、やっぱりメールなんだ!ダレ?!」
 「友達だよ」
 「男の子でしょ?!」
 「…男の子だって、友達は友達だよ」
 「何でミヤに言ってくれないの?!」
 「…移動しよ」
 「亜紀ちゃんが話すまで、動かない!」
 「宮子ちゃん、これからデートでしょ?」

 わたしはテーブルの上に散らばった、コーヒーカップやら紙ナプキンをトレイに乗せて、席を立った。「デート」と聞いて、宮子ちゃんも慌てて荷物をまとめ始めた。これからデートだって事、すっかり忘れていたらしい。
 荷物をまとめる宮子ちゃんの爪は、濃いピンク色でキラキラしている。先週はオレンジ色で、先っぽにはたくさんのラインストーンが乗っていた。それに比べて、トレイを持つわたしの爪は、剥き出しの何もしていない状態。
 返却棚にトレイを置くと、わたしは一階席へ上がる階段を上った。途中で振り返ると、宮子ちゃんは綺麗に巻いている髪をキラキラのピンクが付いた指でくるくると巻きながら、ゆっくりと階段を上って来た。店員達の鼻にかかったような声の「ありがとうございましたぁ~」を背に、わたし達はコーヒーショップを出た。
 そこから駅までの道のり、宮子ちゃんは今日のデート相手の話をした。宮子ちゃんはついこの前に、一歳下のサークルの後輩と別れたばかり。今日のデート相手は、バイト先の先輩らしい。「年上だから、何でも甘えられるんだぁ。亜紀ちゃんも絶対年上がいいよ!」と宮子ちゃんは言うけれど、その前の年下の彼氏の時だって「しっかりしてるから、甘えられるの!」と言っていた気がする。
 わたしが曖昧な返事ばかりしているうちに池袋駅にあっと言う間に着いて、宮子ちゃんは「アッチ行くから!」と何処かへ消えて行った。別れ際に「メールの男の子の話、月曜日に絶対聞かせてね!」と言い残して。

 わたしは一人で山手線に乗り、ぼんやりと窓の外を眺めた。ホームでつけたヘッドフォンからは、HOLEが流れている。ヘッドフォンの中のコートニーは、今日もよく叫ぶ。叫ぶコートニーの真っ赤な唇を想像しているうちに、その唇が宮子ちゃんのピンク色の爪になってくる。
 宮子ちゃんの爪は、毎週変わる。わたしが毎週最後に宮子ちゃんに会うのは木曜日の授業で、次に会う月曜日には、いつも必ず別の爪になっている。来週の宮子ちゃんの爪は、どんな風になっているのだろう。
 もう一度くらい小林くんから返信来ないかな、なんて思ったけれど、さっきのわたしの返信で話はついている。あんな返信なんだから、小林くんからメールが来ないのは当たり前だ。
 だから、また、明後日。

     

 宮子ちゃんは、わたしの同級生。
 わたしの同級生は、みんな宮子ちゃんのようにキラキラしている。女子大なのだから、当たり前なのかもしれない。みんなヒールの高い靴を履いて、可愛いスカートやワンピースを着ている。そんな中でも、宮子ちゃんは特別に可愛い。いつだってワンピースを着ていて、器用にお化粧をして、キラキラした爪を持っている。
 わたしだって同じ大学の生徒だけど、どうにも馴染めない。ヒールの高い靴なんて、似合わないんだ。ワンピースなんて、似合わないんだ。そういうものを着ていると、何だか自分が嘘を吐いているような気がしてくる。だから毎日、コンバースのスニーカーにジーンズ。髪を巻く事も出来ないから、お団子にして終わり。
 どうしたって大学から浮いている。現に、大学には単位が取れるギリギリのラインでしか行かない。大学に入学したばかりの時は、周りの女の子に混じって必死に携帯電話のアドレス交換をしたりもしたけれど、結局キラキラした輪の中に居る事に耐え切れず、自然消滅。今ではキャンパスで擦れ違っても、お互いに見なかった振りをしてしまうような相手も居る。
 そんなわたしに何を思ったか、宮子ちゃんは三年に進級したある日、授業後に突然話し掛けてきた。

 「亜紀ちゃん、携帯教えて!」

 宮子ちゃんのことは、大学に入学した時から知っていた。誰よりもキラキラして目立っていて、中心グループの真ん中に居た。
 彼女達は毎日無意味に楽しくて、放課後は楽しく一緒に買い物に行ったり合コンに行ったり、そのお金の為に時にはバイトをしたりするのだろう。わたしには無縁の人間だ。
 そんなグループの中心の彼女が、自らわたしに話し掛けて来たのだ。

 「…いいよ」

 女の子の冷やかしは、苦手だ。「あの子は友達が居ないから」なんて言う、彼女達特有の気まぐれだろう。
 わたしにだって、友達は居る。大学に居ないだけだ。でも、そこで断る程にわたしは子どもでもないし、逆にこだわりを持っている訳でもない。
 どうせしばらくすれば飽きるだろう。そう思って、わたしは素直に携帯電話を差し出した。
 田嶋さん、と呼ぶと、田嶋さんは「宮子って呼んでよ」と笑っていた。宮子、とも呼べなかったわたしは、それから彼女を「宮子ちゃん」と呼んでいる。

 すぐに飽きるだろうと思っていた宮子ちゃんは、思いの他しぶとかった。もう数ヶ月経って夏休みも目前だと言うのに、あの日以来、木曜日の授業後は未だにわたしの元へとやって来る。
 拒む理由も無いわたしは、それ以来、毎週木曜日はバイトの時間まで、宮子ちゃんと池袋でコーヒーを飲む。
 わたしから自分の事を話した事は一度も無いけれど、宮子ちゃんはそれを気にする風でもなく、わたし相手に取り留めの無い話を続けている。

     

 わたしはきっと、宮子ちゃんの事を「宮子」と呼ぶべきなのだ。…べき、と言うのはおかしいかもしれない。でも、少なくとも、彼女はわたしがそう呼ぶ事を望んでいる気がする。彼女はわたし以外の人と話す時は、いつだって親しげに下の名前をそのまま呼ぶ。彼女の友達もまた、彼女の名前をそのまま呼ぶ。女の子はきっと、その呼び方一つからも互いの親密度を測っているのだろう。
 そこまで思っても、わたしにとっての「宮子ちゃん」はいつまで経っても「宮子ちゃん」のままだ。宮子ちゃんも何かしらを感じているから、同様にわたしを「亜紀ちゃん」と呼ぶのだろう。

 ヘッドフォンの中のコートニーは、Malibuを唄い始めている。燃える木の並ぶ海岸沿いを歩くコートニーを、わたしは頭の中で思い描く。
 MalibuのあのPVは、何だかとても宮子ちゃんっぽいのだ。彼女はそもそも「コートニー」という人物すら知らないだろうけれど。宮子ちゃんが常に前面に押し出す「女」という部分が、わたしの中のコートニーに近いのだ。
 宮子ちゃんなら堂々と木を燃やして、笑いながら何事も無かったように歩いて行く気がする。「これからデートだから」と、当たり前のように言って。

 コートニーから宮子ちゃん、そこから先は、来週締切のレポート、全く準備をしていない演習発表、ああ、あの人にまだメールを返していない…わたしの頭の中がぐるぐると色んな事を考えているうちに、山手線は品川駅のホームへ入る。
 たくさんの人が降りる品川駅。そのたくさんの人に混ざりながら、わたしもまた品川駅で降りる。どうして人って、こんなに集まるのだろう。
 エスカレーターは、何故か右側も進んでいない。ホームからエスカレーターの上の方を見上げると、中年の女性が先頭で立ち止まっているのが目に入った。右側に立つなら、歩けばいいのに。…こんな風に考える時、こんな事で軽いイラつきを覚える自分が、小さい人間にようにも思う。
 わたしは、エスカレーターではなく階段を選び、急ぎ足で上り始めた。

 今日もバイト。
 ちゃんと、働かなくちゃ。

       

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