五

署内にいた警官は、制服私服など問わず、みなが浮き足たっていた。
状況を把握したころには、公安職らしい公務員の動きとなっている。
何名もの人間が階段をかけあがり、一心にガラスの割れた最上階、つまり清和寮を目指した。
高橋もそれらに加わろうとかけだそうとする。
と、その時だった。
肩に手がかけられていることに気が付き、振り返る。
するとそこには、案の定ではあるが、あの和服女がいた。
高橋が言うより早く、女が口を開く。
「どこ!割れたのはどこなの!」
いやな凄味が女にはあった。
「え、あ、いや、りょ、寮だが・・・最上階の・・・」
聞くなり返事もせず、女は駆け出していた。
「ちょ!関係者以外は!」
高橋が気が付き、話をかけたころには時既に遅く、彼女はもう通路を曲がり切り、階段をのぼりはじめていたのだった。

                     六

相も変わらず大三和の上では、死体が馬乗りになり、気管を押しとめていた。
この死体の絶叫のほかに、ドアのほうからは開けようと試みる同僚たちの怒声が響いたが、それが中に押し入ることはなかった。
カギはかけていないはずであったが、なぜか彼ら同僚たちはこの部屋、大三和の部屋に突入しようとはしないのだ。
仮にかかっていたとしてもこれだけの騒ぎを起こしてしまったのだから合鍵くらいもってきて入ってきてもいいはずである。
と、いうことは、この死体が人を殺そうとしている異常事態から考えるに、ドアもなんらかの原因により開かないと考えるのが妥当であろう。
さらにいうならば、これは大三和にとっては絶望的状況である。

                     七

とはいっても、やはり和服を着た女性と、動きやすい制服を着た男の警官では俊敏さは歴然であり、高橋はさっさと和風女を追い抜き、問題の清和寮前についていた。
ドアの前には何十人という警官たちがたかっていた。
高橋はそこに割って入ていく。
カギはかかっていないそうだが、中からなんらかの形で厳重に固定されているため、開かないという。
「壊すぞ!」
誰かの掛声により、何人もの男たちがドアに体当たりを加えているが、いっこうに開く様子はなかった。
すると、徐々に周りの掛声が、怒声が小さくなっていった。
高橋はそれを不審に思い、周囲を見渡せば、やはりあの女が割って入ってきたのだ。
「おい!いい加減に!」
高橋は女に掴みかかろうとしたときとほぼ時を同じくして、女はドアノブをつかんでいた。
「え?」
高橋は意識せず、そう、つまり無意識のうちに、あまりの驚きにより声を漏らさずにはいられなかった。
それは勿論周りにいる者たちも同様である。
なんと、ドアが開いたのだ。

                     八

ああ、おれはここで死ぬのか。
大三和はその『死』という単語が頭の中をかけめぐり、絶望感に打ちひしがれていた。
が、突如として死体の視線が、今まで一心に大三和の表情を見ていたのにも関わらず、ドアのほうに投げかけられたのだ。
それから僅かもしないうちに、死体はゆっくりと窓から外へと出て行ってしまった。
ほどなくして、ドアが開く。
大三和は朦朧とした意識の中、そちらへ視線をやると、和服を着た長身の女性がそこに立っていた。
女は横眼もやらず、真っ先に大三和のもとへと駆け寄り、肩をかす。
ぐったりとした大三和の体は、まるで人形であった。
女は廊下に出ると、大三和をおろし、壁によりかかるように座らせる。
当の女は、ひざだちになり、大三和と向き合う形となった。
すると、突然女は大三和を抱きかかえ、自らの頭が大三和の肩の位置にくるようにした。
「あなた、人殺したでしょ」
大三和の朦朧とした意識が、その一言によって急速に回復されてゆく。
女はそれだけを言い残し、さっそうとその場をあとにした。