Neetel Inside 文芸新都
表紙

歌舞伎町の嬢王
理由

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両者ともに、俯きつつも、最初に口を開いたのは少年であった。
「お、おれ、別に恨んでたりとか、ホントはしてねーんだ」
語尾は引きぎみで、消え入るようだった。
その言葉に、多少なりと救われた感を覚えた大三和は、はっと顔をあげる。
「いや、おれは償いきれない過ちをおかしたし、一生かかっても、おれの命に代えてでも、どうしようもないことを」
そこで大三和の発言はさえぎられた。
「いや、ほんとにいいんだ。大三和さん、覚えてないかもしんねーけど、一度は大三和さんに、おれチャンスもらってんだ」
大三和はそれを聞くなり、いぶかしむような表情を浮かべ、少年を凝視する。
うつむき、なんとも悲しそうな笑みを浮かべ、少年は一度首を横に振り、言う。
「いや、いいんだ」
そうしてもう一度言葉をつないだ。
「おれ、やり残したこと、他にあるんだ。ついてきてくれる?」
少年は言うなり、大三和の手を掴んでいた。
「あ、ああ」
二人は歩き出したが、大三和からしてみれば、きた道をほとんど引き返す形となった。
会話はなく、あるのは通り過ぎる、化粧の濃い女たちと酔っぱらいの黄色い声だけである。気まずい沈黙が二人の空間を包み込んでいた。
そうして、最初にその沈黙を破ったのは、少年であった。
「こ、ここ」
「え?」
不意に立ち止まり、口ごもる少年に、大三和は間の抜けた返事をしてしまう。
「やり残したこと、ある場所」
少年は、言いつつ、視線を大三和から徐々にそらしていき、完全にそむける。すると、その視線の先には大きな病院があった。
ずいぶん見慣れた私立病院である。と、いうのも、大三和の勤務する交番は、このすぐ隣にあるのだ。
「実は・・・」
少年が微笑とも、苦笑いともつかない表情を作りながら、言う。
「母親がさ、病気・・・っつーかガンで、ここ、入院してんだ・・・。実はさ、そんな長くは生きられ・・・ないって」
後半にいたっては、もうその声は嗚咽がまじっていた。
重苦しい発言に対し、大三和は言うべき言葉を模索したが、結局それが出てくることはなかった。
「最期だけは看取ってやりたかったから。それが、それが俺のやり残したこと」
またも降り注ぐ、沈黙。
今度は、大三和が沈黙を打開する番だった。
「この時間だ、裏口から入ろう」
少年は、鼻をすすり、袖で涙をぬぐうと、小さく二度頷きで返答をしてみせる。
大三和は、十年もここ新宿歌舞伎町交番で勤務しているということもあり、この時間帯の当直警備員や看護師など、その大半が融通をきかせてくれる人物たちであり、また、今宵にしてもその例からもれることもなく、あっさりと院内に通してくれた。
院内は、夜間で、加えて面会時間を既に終えているということもあり、非常灯しかついていなかった。
少年は馴れた足取りで、病室へと足を運んだ。
病室前のネームプレートには、「橘 君子」と書かれていた。一人部屋のようだった。
扉はスライド式で、それを開けると、そこにはベッドがあり、やせほそった女性が一人、横たわっている。呼吸器をつけ、手足というのは、服の上から一瞥しただけでやせ細っていることを解することが十分であった。
表情を見ると、真っ青になっており、とても人のものとは思えなかった。が、すぐあとに、多少の生気を取り戻した感があった。
直後、大三和ははっと顔を上げ、悟るのだ。
(そうか・・・。あれが死相か・・・)
大三和は、部屋に足を踏み入れたばかりの少年の肩を叩き、「廊下で待っている」と一言残し、返事もきかずに引き返してきた。

     

大三和は、病室の前にあるイスに腰をかけると、まるで試合前のボクサーのごとく、腕を膝の上にのせ、うなだれていた。
 どれほどの時間が経ったのだろうか。
ただ、そう、ただ茫然と時間を浪費し、意識を、ほとんど喪失と言っていいだろう、そうした状況を過ごしていると、不意に足音が、大三和の耳をつき、意識をこの現世へと引き戻した。
そしてその足音は複数で、かなり焦りがあるということだけは判った。
不意に目の前のドアが開く。
出てきたのは、少年ではなかった。
大三和は、視線だけをそちらに向けたため、上目づかいをするような形となる。
「二人とも成仏したわ」
御一条だった。彼女は、言いつつ、大三和の前に立ちはだかった。
言い終えるとほぼ時を同じくして、大名行列を思わせる、看護師と医師の隊列が病室になだれ込んでいった。
大三和と御一条は、それらを横眼に、病院を跡にした。

     

病院の外に出ると、二人は病院正面入り口に回り込み、そこにいくつか並ぶ木々のふもとにあるベンチに、腰をおろした。
大三和の勤務する交番は、ここから100Mそこらの位置にある。無論だが、目視可能だ。
「さて、と何から話そうかな」
気まずさにたまりかねてかはしらん、しかし最初に口を開いたのは御一条であった。大三和は、隣に腰を下ろす彼女に視線を投げかけるだけだった。
「口寄せって知ってる?」
唐突な質問に、大三和は、多少口ごもりはしたが、「ああ」と返事をすることはできた。
「そう。私がさっきしたのはそれ。で、あの子のやり残したことっていうのは、母親の死を見届けること。だからもう戻ってこないでしょうね」
こともなげに言ってのける御一条であったが、大三和はその言に、彼女が思っているよりもはるかに上回る安堵感を得ていた。
しばらくの沈黙ののち、大三和は、思い出したように口を開く。
「じゃ、じゃぁ、何かと、御迷惑をおかけしましたが、僕はこれで失礼しようかと」
言い終え、立ち上がろうとする大三和の腕を、御一条はとっさに掴んだ。
「私がここにくる前に言ったこと忘れたの?」
大三和の顔は、帽子の作る影と、夜闇に隠されていて表情は読み取りにくくはあったが、そこに困惑が表れているということだけは判った。
「犯人探し、手伝いなさい」
「犯人探し?」
あまりに、にわかなことであったので、オウム返しをするほか、大三和になすすべはなかった。
「あんたホントに人の話きかないのね。言ったでしょ、この世の中に、あるのは、『生』と『霊』と、『神』だけで、それぞれは実体と、半実体と、霊体を持っていて、半実体を形成するには何らかの特別な力を持った『誰か』が協力している可能性があるって。ホントはあの少年だってあんな姿にはなってないはずなの。そこになんらかの他意が働いたことは間違いないから、それをやったやつを見つけるの!判った!?」
後半の語気は完全に荒立っており、傍目から見れば、痴情のもつれにしか見られていなかったであろう。
御一条は、返事も聞かずに、「じゃぁまた明日いくから」、とだけ残し、その場をあとにしてしまった。

       

表紙

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