Neetel Inside 文芸新都
表紙


8.力の使い方 <12.5> <12.11>

見開き   最大化      


  8

 視界にネティオ城が映り、サナは一旦足を止めた。五年前にベリアから渡された地図の内容は、完全に頭に入っている。
 ロイとレイリの事が頭をよぎる。彼らが進む道に万が一にも立ち寄りそうな兵士は、念の為に全て倒してきた。ここまでで倒した兵士の数は既に十数人。もう後戻りは出来ない。
 サナは二人の無事を祈り、再び走り出した。途中、数人の見張りの兵士がいたが、ただ立っている兵士には、彼らの死角をぬって高速で走るサナの姿は目にも映らない。
 城の裏口にいた兵士を当て身で気絶させ、サナは難なく城に潜入した。高鳴る胸に手を当て、音を立てずに深呼吸する。
 サナは故意に目立つ行動をとる気はなかったが、こそこそと隠れてカルツを探すつもりもなかった。まず目指すのは諸悪の根源、ウルが眠っているであろう王の寝室である。
 邪魔をする兵士は全て倒し、ウルを拘束してカルツの居場所を吐かせる。今や自身の力に絶対の自信を持つ彼女の、極めて単純な作戦だった。
 サナは壁に背中をつけ、耳を澄ませた。石の力により、サナは全ての感覚が異常に発達している。サナは数十メートル先の廊下にいる兵士の息遣いを聞き、その人数が二人であることを確認した。
 ベリアの話によれば、城にいる全ての兵士がウルに心から忠誠を誓っているわけではない。カルツが人質に取られている為に逆らえず、ウルの意のままに動かされているだけの兵士も数多くいる筈だった。
 しかし、通路に立つ兵士全てにその事を一々問うわけにはいかない。もしサナの目的がカルツの救出にあると知れてしまえば、カルツの命が危険に晒される可能性もあった。
 サナは地を蹴り、廊下を走り、目にも止まらぬ速さで二人の兵士の後ろに回りこみ、手刀を浴びせた。兵士達は何が起こったのかを理解することもないまま気を失い、その場に倒れ込んだ。
 頭に城内の地図を描きながら、王の寝室に向けてサナは再び走り出した。
 通路にいる兵士を次々と気絶させ、大きな階段に差し掛かったとき、最初に兵士を倒した場所から、他の男数人の声が聞こえた。サナは足を止め、柱の影に身を潜めて耳を済ませる。
「おい、大丈夫か! 何があった?」
「だめだ、完全に気を失ってやがる」
「一体誰が……」
「とにかく、侵入者だ。城内全ての兵士とウル様に連絡を」
「了解」
 兵士達の話し声は消え、代わりに慌ただしい足音が響いた。
 サナは溜息をついた。予想より遥かに早く、見つかってしまったのだ。兵士に連絡が行き届けば、彼らは武装し、十分に警戒する。ウルの部屋への通路に配置される兵士の数も増えるだろう。
 しかし、ここで止まるわけにはいかない。サナはすぐに気持ちを切り替え、階段を駆け上った。

 五年前、ネティオを出てスントーの村に着いたサナは苦心の末、奇跡の石を持つイネルという老人を見つけ出した。
 何度もイネルの家を訪れ、故郷ネティオの置かれた状況を説明し、石の力を得たいと何度も懇願した。
 イネルは何度もサナの話を聞くうち、彼女の人間性とその覚悟を認め、石を手渡した。サナは死を覚悟して石に触れ、その結果、石の力を得る事ができた。
 しかしサナはそれから数年の間、スントーの村を出る事ができなかった。石によって引き出された力の使い方を、数年かけてイネルに叩き込まれたのだ。それが、石の力を得る為にイネルと交わした条件であった。
 石の力を得た者が何も考えずに人を攻撃すれば、それだけで相手を殺めてしまう。サナは数年間にわたる訓練によって、人を殺さずに制する技を身につけた。

「いたぞ! 侵入――」
 叫んだ兵士は言葉を言い終える間もなくサナに手刀を浴びせられ、倒れ込んだ。声に振り向いた兵士達も、武器を構える間もなく次々と倒れていく。目に映る兵士全てに当て身を入れ、サナはふぅっと息をついた。床には数十人の兵士が横たわっている。経験上、彼らは明日の朝まで目を覚ますことはない。
 その瞬間、遠くで銃声が聞こえた。自分に向かってくる銃弾を察知し、サナは慌てて身を翻す。油断したところを突かれたために避けきれず、上腕部を銃弾がかすめた。作業着が破れ、腕に赤い血が滲む。
 兵士は狂ったように銃を撃ち続ける。サナは銃弾をかいくぐり、一瞬で兵士に間合いを詰めて当て身を入れた。
 サナは腕の傷に口をつけて血を吸い取り、念の為に吐き捨てた。城に侵入してから既に五十人近くの兵士を相手にしており、額にうっすら汗が浮かんでいる。
 サナは再び走り出した。王の寝室まではあと少し。おそらくその前には、多くの兵士が配置されているだろう。

 彼女の読みは当たった。目指す寝室の扉の前にはおよそ二十名の兵士が銃を構えて並んでおり、サナの姿が視界に映るやいなや、兵士達は一斉に銃を乱射した。かいくぐる隙間もないほどの銃弾の雨に、サナはたまらず横に飛び、壁に姿を隠した。
 兵士達を全て、もしくは何人かは殺しても構わないとすれば、いくらでも方法はあった。しかし、石の力で人を殺めない事は掟であり、イネルとの約束でもある。そしてそれ以上に、ウルに操られているだけの兵士であれば殺めるわけにはいかない。
 サナは覚悟を決め、壁から飛び出した。察知した兵士が銃を放つ。
 壁と天井を足がかりにして飛び回りながら、サナは兵士達に向かって間合いを詰めた。避けきれない銃弾が腕や足をかすめる。
 サナは銃の雨が降る中で、全ての兵士に一人ずつ当て身を入れ、気絶させた。体をかすめた銃弾によって、致命傷ではないものの数箇所に傷を負い、衣服が所々、赤く染まっている。
 サナは弾んだ息を整えようともせず、寝室の扉を蹴り開けた。

     


 寝室の中央には鎧兜に身を包んだウルが立ち、巨大な斧を肩に担いでサナを見下ろしていた。護衛の兵士が全滅した事を理解している筈だが、その表情に恐怖や焦りは感じられない。
「……お前が侵入者か。女一人でよくここまで来れたな」
 サナにとって、初めて見るウルの姿だった。しかしその体全体からは禍々しい気配が感じられる。サナは我を忘れそうな程の怒りに包まれた。肩が震えだす。サナは擦れた声を絞り出した。
「あなたが……ウル……」
「一国の王に向かって呼び捨てか。いい度胸だな」
 不遜な王の態度に、サナは理性を失いそうになった。必死で頭を落ち着かせ、言葉を紡ぐ。
「逃げ出さなかったことだけは、褒めてあげる。まず質問に答えてもらうよ」
 ウルは声を上げて笑った。
「面白い女だな。言ってみろ」
「……カルツはどこにいるの」
 ウルの表情に変化が起きた。
「お前、何故その事を……?」
「あなたに教える義理なんか、ない」
「……そうか」
 王は斧を両手に持ち、サナに向けて構えた。
「俺にも、ただの侵入者に教えてやる義理などない。聞きたければ力ずくで来な」
 サナは目を見開いた。押さえていた感情が沸きあがり、体が熱くなる。無意識に唇の端が持ち上がった。
「後悔するよ」
 言うなりサナはウルに飛び掛った。ウルは鎧兜に身を包んでいるため、隙間の首筋を狙って手刀を叩き込む。ウルは防御する事もできずにサナの手刀を受け、膝をついた。
「……?」
 サナは目を見開いた。確実に気を失う点に、確実な強さで入れた攻撃だったにもかかわらず、ウルは膝をついただけで顔をしかめ、こちらを睨んでいる。サナは思わず後ろに飛び退いた。
「お前……只者じゃねえな」
 ウルはそう言って、にやりと笑った。徐々に顔が歪み、狂ったように笑い出す。不気味なウルの態度に、サナは後ずさった。
「いいじゃねえか……へへ、丁度最近は退屈してたとこだ……久しぶりだ……こんな気分はなあ!」
 ウルは笑ったまま勢いよく立ち上がり、サナに突進した。斧を最上段に構え、咆哮をあげながら振り下ろす。
「うおおおおおおおお!」
 サナから見れば隙だらけの攻撃だった。しかし、サナはその気合に気圧され、後ろに飛んで避けた。躊躇いなく振り下ろされた斧が床を割り、破片が飛び散る。ウルは再び斧を振りかぶり、間髪入れずに次の一撃を放ってくる。全てが全力を込めた、一撃必殺の攻撃だった。石の力を得たサナでさえ、まともに食らえば致命傷を負う危険がある。
 数回の攻撃をかわし、サナは大きく後ろに跳んで間合いを取った。ウルは余裕の笑みを浮かべ、斧を肩に乗せる。
「どうした、女……逃げ回ってるだけじゃねえか。もっと俺を楽しませろよ」
「……戦闘狂って噂は本当だったみたいだね」
「ふん、いいか……人間ってのはな、戦う動物なんだよ。戦えねえ人間なんぞ、生きる価値もねえ。俺やお前みたいな力のある者の為に、一生奴隷として働くのが身分相応ってことだ。お前もそう思うだろう」
「……クズだね。一緒にしないでよ」
 ウルは大声で笑った。
「何が違う? 力を持ち、それを戦いに使う。お前もここに来るまでに、何人もの兵士をその力で倒して来たんだろう。俺とお前は同じだろうが!」
「あたしは、弱者を虐げる為に力を使ってるんじゃない!」
 サナは地を蹴り、ウルに突進した。ウルが振り下ろす斧を避けて懐に入り込み、みぞおちに掌底を叩き込んだ。鋼鉄製の鎧が砕け、ウルの体がくの字に折れ、口から血を吐き出す。
「く……」
 ウルは忌々しそうにサナを睨み、膝から崩れ落ちた。サナが軽くその肩を蹴ると、巨体は音を立てて床に転がった。
 大の字になって横たわったウルが憎々しげにサナを見上げる。
「お前……一体、何者だ……」
 サナは質問に答えず、ウルを見下ろして問う。
「カルツの居場所を言いなさい」
「何故……お前がその事を知ってる……その辺の兵士にでも吐かせたか……?」
「言ったでしょ。あなたに言う義理はない」
「兄貴を……どうするつもりだ……?」
 サナの目に、怒りの炎が燃え上がった。
「何が兄貴だ……おまえにカルツを兄と呼ぶ資格なんか無い!」
 怒りにまかせ、サナはウルの腹に向かって拳を振り下ろした。ウルが再び口から血を吐く。
 サナは拳の感覚で我に返り、息を整えてウルを見下ろした。
「……答えなさい。彼はどこにいるの」
「く……そ……」
 ウルはようやく、カルツの居場所を白状した。
 サナはウルを柱に縛りつけ、その足でカルツのいる部屋へと向かった。

 僅かに残っていた兵士達をことごとく気絶させ、サナはウルに聞いた道筋を辿った。ベリアにもらった見取り図にはなかった筈の階段が視界に映る。ウルが王に就いた後に作られたものであろう。
 長い階段を駆け下りると、その先には頑丈そうな鉄の扉があった。扉の前に立っていた兵士を一瞬で気絶させ、サナは扉に手をかけた。しかし鍵がかかっているらしく、扉は開かない。
「カルツ! いるの?」
 サナはカルツの名を叫び、扉を叩いた。しかし声が届いていないのか、中からの返事はない。
 はっと我に返り、気絶させた兵士の服をまさぐる。数分と経たず、扉の鍵を見つけた。
 鍵穴に鍵を指し右に回すと、錠の開く音がした。
 扉を開くと、薄暗い部屋の奥に、手首を鎖で繋がれている一人の男の姿が見えた。

       

表紙

ticler 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha