Neetel Inside 文芸新都
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「さっき言った、日の昇る方角にある村……スントーって言うんだけどね。その村のイネルっていうお爺さんに、この石を渡して欲しいんだ」
 ロイは渡された塊を手に取った。
「これは……もしかして、君の力と何か関係があるのか?」
「正解。絶対にその布を外さないでね。石に直接触れるだけで効力があるから」
「触れるだけで? 効力?」
「そう。触れた者に力を与える、奇跡の石。その人の持つ潜在的な力を引き出してくれるの。仕組みはよくわからないけど」
「じゃあ、僕もこれに触れれば――」
「それは駄目。触れた者の半分は、無条件に死ぬから」
「えっ……」
 ロイは口を開いたまま、固まった。レイリは口に手を当てて青ざめる。
「それじゃ、君は命懸けで……」
「あたしには、どうしてもこの力が必要だったからね」
 ロイは俯いてしばらく沈黙し、少ししてゆっくり顔を上げた。
「……それなら、僕も命を賭ける。サナが助けてくれなければ、僕はどうせあのまま殺されてたんだ。いくら君が強いといったって、女性をたった一人で行かせるなんて――」
「ロイ」
 サナはロイの言葉を遮り、真剣な表情で彼を見据えた。ロイは口をつぐむ。
「あなたがここで死んだら、誰がレイリを守るの」
 ロイははっと顔色を変え、レイリを見た。レイリは一瞬戸惑ったような表情を見せたが、唇を噛んで口を開いた。
「わ……私も――」
「駄目だよ、レイリも変な事を考えないで。二人で触れば、まずどちらかが死ぬんだよ。あたしは一人で大丈夫。二人はここから逃げ出す事だけを考えて」
「でも……」
「お願い」
 サナの真剣な瞳に見つめられ、二人はたじろいだ。少しの沈黙の後、レイリが口を開く。
「でも、やっぱり私達二人だけで逃げ出すなんて……部屋の人達も見捨てることになるし……」
 サナは微かに笑って溜息をついた。
「レイリは優しいね……。あの人達は、襲われてるあなたを見殺しにしようとしたんだよ」
「でも……」
「よく聞いて、レイリ。あの部屋の人が皆で逃げるのは無理なんだよ。人数が多すぎる。目立ち過ぎる」
 黙っていたロイがレイリの手を取った。レイリはロイを見る。
「サナの……言う通りにしよう。わざわざ僕達の為に、抜け道まで調べてくれたんだ。無駄になんて、できない」
 サナも言葉を加える。
「うまく行けば今夜中に全て終わる。さっき伸した兵士も朝までは目を覚まさないから、あの部屋の人達も皆助かるよ。でもあたしはまず、あなた達二人の安全を確保したいの。お願い、レイリ」
 レイリはしばらく躊躇った後、頷いた。

「じゃあ、その石のこと、よろしくね。全部終わったら、すぐに村まで知らせに行くから……一緒に行けなくて、ごめんね」
「わかった。でも、本当にいいのか? こんな大事なもの、僕に預けて」
「うん……本当は、最後にその石の力を授かった者が肌身離さずに持つ決まりなんだけどね。流石にこの状況じゃあね……もしも悪意を持った人に奪われたら、大変なことになるから。今はロイとレイリにしか、頼める人いないの」
「ごめんなさい……本当は一旦村に帰って、預けてくるつもりだったんでしょう? 私が問題を起こしたせいで、こんな急な事に……」
「あたしがあの部屋に入った時点で、もう村に戻るのは無理だったよ。レイリのせいじゃない。駄目だよ、変な風に考えちゃ」
「うん……」
 二人の傍らで、ロイは手に持った石をぼんやり見つめている。
「ロイ、どうかした?」
「いや、よく今まで見つからなかったなと思って。普段はともかく、捕まった時は荷物とか調べられただろ?」
「掟に従って、肌身離さず隠し持ってたからね。さすがにそんな所まで調べられなかったし」
「そんな所?」
「あ、大丈夫、汚くないよ。水で洗ったし、最近は胸に挟んでたし」
「汚い?」
 ロイは持っていた石を目の前に持ち上げ、鼻に近づけた。レイリが慌ててその手から石を奪い取った。
 ぽかんと口を開けて、ロイはレイリを見た。レイリは頬を少し赤らめて、顔を逸らした。サナは二人の様子を見て笑った。
「ロイ、興味津々?」
「……あ」
 意味を理解したロイは、今更ながらに顔を赤らめた。

「じゃあ、そろそろ行こっか。ここで一旦お別れだね」
「本当に、大丈夫なの……?」
「うん、あたしは大丈夫だよ。二人の方が心配なくらい」
「終わったら……ちゃんと、知らせに来てくれよ」
「もちろん、真っ先に会いに行くよ。レイリをよろしくね、ロイ」
「わかった」
 サナは二人に手を振り、背を向けて歩き出した。
 何かを思い出したように、二人を振り返る。
「一つ、言うの忘れてた」
「何を?」
「あたし、レイリと同い年って言うのも嘘なんだ。本当はもっとお姉さんだよ。童顔だけどね」
 サナは無邪気に笑った。ロイからもレイリからも、とても年上には見えない笑顔だった。
「微かな大人の魅力とか、感じたでしょ?」
「あんまり」
「失礼な」
「……じゃあ本当は何歳なんだ?」
 現国王ウルの兄カルツは、生きているとすれば今二十五歳。サナが彼の恋人ならば、同じくらいの年齢でもおかしくはない。
「内緒」
「なんだ、結局言わないのか」
「女には秘密が多いって言うでしょ。隠す所も多いしね」
 サナは面白そうに笑って二人に背を向け、走り出した。
 彼女はそのまま、暗闇の先に姿を消した。

       

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