Neetel Inside 文芸新都
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 カルツが現れないまま数日が経ち、王の死と、弟王子であるウルが後を継ぐ事が街に知らされた。
 サナは知らせを聞いて愕然となった。兄王子であるカルツが王位を継ぐだろうということは、大多数の国民が予想していたことであった上に、サナは本人からもそう聞いていたのだ。
 何かあったに違いない。サナはいてもたってもいられず、訪れたこともない城に直接話を聞きに行こうと立ち上がった。
 その時、玄関のドアをノックする音が聞こえた。サナは目に涙を滲ませ、ドアの向こうにいるのがカルツであることを祈りながらドアに駆け寄り、返事もせずにドアを開けた。
「……ばあや……」
 ドアの向こうには、カルツの世話役であり、いつもこの家にカルツを迎えに来ていた、老女のベリアが立っていた。
「大事なお話があります……入ってもよろしいでしょうか」
 サナは頷き、ベリアを部屋に招き入れた。

「ご存知だと思いますが……前国王が亡くなり、ウル様がその後を継がれました」
 サナは神妙な顔で頷いた。不安に胸が痛み、顔が青ざめている。ベリアは続けた。
「本来ならば、カルツ様が世継ぎとなる筈でした。実際、王はベッドの上で最期にカルツ様の手を握り、後を任せたと言って息を引き取られたのです。しかしそのすぐ後……ウル様と、その取り巻きの兵士達が突然武器を抜き、その場でカルツ様を人質に取ったのです」
 サナは目を見開き、震えだした。
「カルツが人質って……何、どういうこと……?」
 ベリアの目から静かに涙が流れ、頬を伝った。
「城には、カルツ様を心から慕う兵士達が沢山います。その数はウル様を慕う人よりも遥かに多いのです。もし、カルツ様を慕う人を皆殺しにしてしまえば、残った者だけではおそらく国政が機能しない。ウル様……いえ、ウルは……そう考えたのでしょう。カルツ様を人質にし、城の兵士達を全て自分に従わせたのです」
「そんな……じゃあカルツは?」
「城のどこかに幽閉されております。おそらく、この事は国民に知らせられないでしょう。カルツ様は殺された……そういう事にされる筈です」
「何て事を……なんとか助け出せないの? そんなこと、許されるわけないよ!」
 ベリアは俯き、静かに首を横に振った。そして少し間を置き、顔を上げてサナを見つめた。
「サナさん……よくお聞きください。私は、カルツ様から伝言をお預かりしてきたのです。捕らえられた時、私に耳打ちで……もしかしたら、カルツ様はこうなる事を予期されていたのかもしれません」
「カルツから、伝言……?」
 ベリアは頷いた。
「ウルがこれから始めようとしている事は、暴力による恐怖政治です。それが始まってしまえば、もうこの国から逃れる事はできず、国民に先はありません。その前に、この国を出るようにと」
「えっ? そんな、それなら街の人達に早くそのことを――」
「それはいけません。もう既に街には兵士が送り込まれ始めています。もし集団でこの国を抜けようとすれば……その場で全員が殺されてしまうでしょう。武装した兵士の前では、一般国民の力など無いに等しいのです」
「まさか、いくらなんでもそんな事……」
「ウルを甘く見てはいけません。幼少の頃から、あの男は他人の命など何とも思っていないのです。彼につく兵士達も同類です」
「だからって……無理だよ、あたし一人で逃げるなんて。だいたいカルツを見捨てるなんて、とてもできない……できるわけない」
「わかってあげてください。サナさんには生き延びて欲しい……あなたを危険に晒したくない……それがカルツ様の望みなのです」
 サナは顔を歪め、カルツとの最後の会話を思い出した。彼から受けたプロポーズに、サナは未だ返事ができていない。
 涙が込み上げ、手を口に当てた。唇から小さく呟きが漏れる。
「こんな……こんな事になるなら……」
 サナは後悔の念に襲われた。あの時、どうして素直に「はい」と言えなかったのか。どこに返事を躊躇う理由があったのか。自分が彼を慕う気持ちに、疑いは全くないというのに。
「なにか方法は……カルツを助け出す方法はないの?」
 気がつけばサナは涙を流しながら、ベリアの服を掴んでいた。先程と同じ問いをかけてくるサナの手に、ベリアは優しく自分の手を当てた。ベリアの手のぬくもりにサナは我に返り、鼻をすする。
 しばしの沈黙の後、ベリアは躊躇いがちに口を開いた。
「一つだけ……可能性はとても低いですが、方法があります……危険な方法ですが……」
 サナは目を見開いた。
「教えて、ばあや。あたし、何でもする。何でもするから」
 ベリアはサナをじっと見つめ、しばし口をつぐみ、諦めたように話し始めた。
「ウルが用いているのは、力そのもの。力には力で対抗するのです」
「力……?」
「このネティオより、日の昇る方角に半日ほど歩いたところに、スントーという村があります。その村に伝わるとされる奇跡の石……その石に触れた者は、人を超えた力を得ると言われています」
「その石の力で、カルツを助け出す……」
「はい。しかし……その石に触れた者のうち、半数は死ぬと言われています。まさに命懸け……ということになります」
「構わない。このままカルツに会えないなら、生きていないのと同じだよ」
 一度は乾いていたベリアの目に、再び涙が滲み出した。
「本当は……こんな話をサナさんにすることは、カルツ様の望むところではありません。しかし、私もサナさんと同じなのです。カルツ様を何とかして救い出したい……申し訳ありません……」
 泣き崩れたベリアを、サナは抱き締めた。
「謝ることなんてないよ、ばあや。安心して、カルツはあたしが必ず助け出すから」
「ありがとうございます、サナさん……」

 お役に立てば良いのですが、そう言ってベリアはサナに数枚の紙を渡した。城内の見取り図と、城への裏口を示した地図だった。
「奇跡の石は、その力の強大さと危険さゆえに、その存在はほとんど表に出ておりません。ただ、最後にその力を継承した者が、その石を肌身離さずに持つ決まりとか……」
「ありがとう。必ずその石を見つけて、ここに戻ってくるからね」
「どうか、サナさんも無理をなさらずに……」
「うん。あ、カルツに伝言を頼んでもいいかな」
 ベリアは悲しそうに首を横に振った。
「申し訳ありませんが、おそらく私はもうカルツ様に会う事はできません……城を抜け出した私が戻れば、カルツ様に会う前に、ウルの兵士に殺されてしまうでしょう」
「あっ……」
 ベリアが城を抜け出してきた事に、サナはここで気付いた。カルツを慕う人間が、城から自由に出られるわけがないのだ。
 サナはベリアの手を取った。
「一緒にこの国を出よう、ばあや」
 ばあやはサナを見上げ、にっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます、サナさん。お優しいですね……。ですが私はもうこの歳です。今更この国を出て行く力はありません」
「でも、ばあやは追われる身なんでしょ? 駄目だよ」
「サナさんに……私と一緒に行動させるわけにはいきません」
「そんな事言っちゃ――」
 サナは言葉の途中で口をつぐんだ。自分を見上げるベリアの表情に、強い決意を感じたからだった。
ベリアは気持ちの伝わった事を理解し、にっこりと微笑んだ。
「カルツ様をよろしくお願いします、サナさん」
「……!」
 サナの目から涙が溢れた。サナはベリアを抱き締めた。ベリアは孫を抱くようにサナの背中に手を回し、ぽんぽんと軽く肩を叩いた。
 サナはベリアから体を離し、涙に濡れた顔を近づけ、頬に軽くキスをした。
 そのままサナは振り返り、ベリアの顔を見ないでドアを開け、涙を拭って家を後にし、スントーの村を目指して走り出した。

       

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