寝室の中央には鎧兜に身を包んだウルが立ち、巨大な斧を肩に担いでサナを見下ろしていた。護衛の兵士が全滅した事を理解している筈だが、その表情に恐怖や焦りは感じられない。
「……お前が侵入者か。女一人でよくここまで来れたな」
 サナにとって、初めて見るウルの姿だった。しかしその体全体からは禍々しい気配が感じられる。サナは我を忘れそうな程の怒りに包まれた。肩が震えだす。サナは擦れた声を絞り出した。
「あなたが……ウル……」
「一国の王に向かって呼び捨てか。いい度胸だな」
 不遜な王の態度に、サナは理性を失いそうになった。必死で頭を落ち着かせ、言葉を紡ぐ。
「逃げ出さなかったことだけは、褒めてあげる。まず質問に答えてもらうよ」
 ウルは声を上げて笑った。
「面白い女だな。言ってみろ」
「……カルツはどこにいるの」
 ウルの表情に変化が起きた。
「お前、何故その事を……?」
「あなたに教える義理なんか、ない」
「……そうか」
 王は斧を両手に持ち、サナに向けて構えた。
「俺にも、ただの侵入者に教えてやる義理などない。聞きたければ力ずくで来な」
 サナは目を見開いた。押さえていた感情が沸きあがり、体が熱くなる。無意識に唇の端が持ち上がった。
「後悔するよ」
 言うなりサナはウルに飛び掛った。ウルは鎧兜に身を包んでいるため、隙間の首筋を狙って手刀を叩き込む。ウルは防御する事もできずにサナの手刀を受け、膝をついた。
「……?」
 サナは目を見開いた。確実に気を失う点に、確実な強さで入れた攻撃だったにもかかわらず、ウルは膝をついただけで顔をしかめ、こちらを睨んでいる。サナは思わず後ろに飛び退いた。
「お前……只者じゃねえな」
 ウルはそう言って、にやりと笑った。徐々に顔が歪み、狂ったように笑い出す。不気味なウルの態度に、サナは後ずさった。
「いいじゃねえか……へへ、丁度最近は退屈してたとこだ……久しぶりだ……こんな気分はなあ!」
 ウルは笑ったまま勢いよく立ち上がり、サナに突進した。斧を最上段に構え、咆哮をあげながら振り下ろす。
「うおおおおおおおお!」
 サナから見れば隙だらけの攻撃だった。しかし、サナはその気合に気圧され、後ろに飛んで避けた。躊躇いなく振り下ろされた斧が床を割り、破片が飛び散る。ウルは再び斧を振りかぶり、間髪入れずに次の一撃を放ってくる。全てが全力を込めた、一撃必殺の攻撃だった。石の力を得たサナでさえ、まともに食らえば致命傷を負う危険がある。
 数回の攻撃をかわし、サナは大きく後ろに跳んで間合いを取った。ウルは余裕の笑みを浮かべ、斧を肩に乗せる。
「どうした、女……逃げ回ってるだけじゃねえか。もっと俺を楽しませろよ」
「……戦闘狂って噂は本当だったみたいだね」
「ふん、いいか……人間ってのはな、戦う動物なんだよ。戦えねえ人間なんぞ、生きる価値もねえ。俺やお前みたいな力のある者の為に、一生奴隷として働くのが身分相応ってことだ。お前もそう思うだろう」
「……クズだね。一緒にしないでよ」
 ウルは大声で笑った。
「何が違う? 力を持ち、それを戦いに使う。お前もここに来るまでに、何人もの兵士をその力で倒して来たんだろう。俺とお前は同じだろうが!」
「あたしは、弱者を虐げる為に力を使ってるんじゃない!」
 サナは地を蹴り、ウルに突進した。ウルが振り下ろす斧を避けて懐に入り込み、みぞおちに掌底を叩き込んだ。鋼鉄製の鎧が砕け、ウルの体がくの字に折れ、口から血を吐き出す。
「く……」
 ウルは忌々しそうにサナを睨み、膝から崩れ落ちた。サナが軽くその肩を蹴ると、巨体は音を立てて床に転がった。
 大の字になって横たわったウルが憎々しげにサナを見上げる。
「お前……一体、何者だ……」
 サナは質問に答えず、ウルを見下ろして問う。
「カルツの居場所を言いなさい」
「何故……お前がその事を知ってる……その辺の兵士にでも吐かせたか……?」
「言ったでしょ。あなたに言う義理はない」
「兄貴を……どうするつもりだ……?」
 サナの目に、怒りの炎が燃え上がった。
「何が兄貴だ……おまえにカルツを兄と呼ぶ資格なんか無い!」
 怒りにまかせ、サナはウルの腹に向かって拳を振り下ろした。ウルが再び口から血を吐く。
 サナは拳の感覚で我に返り、息を整えてウルを見下ろした。
「……答えなさい。彼はどこにいるの」
「く……そ……」
 ウルはようやく、カルツの居場所を白状した。
 サナはウルを柱に縛りつけ、その足でカルツのいる部屋へと向かった。

 僅かに残っていた兵士達をことごとく気絶させ、サナはウルに聞いた道筋を辿った。ベリアにもらった見取り図にはなかった筈の階段が視界に映る。ウルが王に就いた後に作られたものであろう。
 長い階段を駆け下りると、その先には頑丈そうな鉄の扉があった。扉の前に立っていた兵士を一瞬で気絶させ、サナは扉に手をかけた。しかし鍵がかかっているらしく、扉は開かない。
「カルツ! いるの?」
 サナはカルツの名を叫び、扉を叩いた。しかし声が届いていないのか、中からの返事はない。
 はっと我に返り、気絶させた兵士の服をまさぐる。数分と経たず、扉の鍵を見つけた。
 鍵穴に鍵を指し右に回すと、錠の開く音がした。
 扉を開くと、薄暗い部屋の奥に、手首を鎖で繋がれている一人の男の姿が見えた。